第四十一話・深夜の苦悩

 

ツッコみどころなんて、色々ある。

 タイムトラベルなんて信じられないし、未来人の話なんてツイッターでの胡散臭いアカウントでしか聞いたことが無い。

 それでも、彼女を信じてあげるのが僕の役割だと思うし、だからこそ、


「これで二回目だけど、やっぱり嫌だよ、僕は」


「……っ」


 全てを知ったうえで、嫌だと言おう。

 未来のことなんて知ったものかと。

 今、僕はお前といたいのだと。

 僕をこんなわがままにしたのはお前のせいなのだから、その責任を取ってくれ、と。


 言うと、彼女は唇を噛んで、俯く。

 その表情を見て、やはりこれが僕のわがままなのだと悟る。

 僕は、彼女の苦しめている。でも、だからこそ彼女も離れたくないと思ってくれているのだと分かる。歪んでいるけど、それが嬉しかった。


「……どうしようもないのか?」


「一度帰らなければいけないというのは決定事項ですので……。私はき――帰らなければなりません。未来にいる、私を送り出した人のために」


 真っ直ぐ僕を射抜く蒼の瞳。澄み切った、淀みなき光。

 そんな目で見ないでくれ……。僕が、僕のやっていることが、恥ずかしく思えてしまうから。


「だったら何で僕のとこに来たんだ。だったらなんで僕を好きになった……。僕を――こんなわがままにしたんだよ……っ」


「……だから、言ったではないですか。私は自分勝手なのだと。大罪ニンなのだと。

 それでも、それだからこそ、私には責任があります。果たさねばならない目的があります。あなたを失望させてまでも、私には叶える夢があります。だから、私は過去ここに来ました」


 夢を語るには無感情に過ぎる声で、表情で。

 しかし裏を返せば、揺らぐ感情なんてないほどまでに明確で揺らぎない意志がそこにある、ということなのか。

 こんな有象無象の中の一部でしかない僕に、お前は、時空を超えてまで――。

 

「お前は、っていうのか……?」


 彼女は、静かに頷いた。


 風に揺れる金髪が綺麗で、何を着ても画になるのに服のセンスが壊滅的なお前は。

 頭が良くて料理も出来て何でもござれのお前は。

 あんな奇天烈な出会い方をしておいて、最初から僕のことを好きだったと言ったお前は。


「――お前は一体、誰なんだ……?」


 僕は問う。

 深い海を思わせる蒼い瞳を、見つめ返して。


 彼女は答える。

 微かな笑みをこぼして。


「私は、私ですよ。

 こうあることを、私です。

 そしてあなたの、私です。」


 それはまるで詩のような響きだった。

 だから、意味は分からない。

 でもきっと、それは彼女が彼女について語った言葉かこだ。


「……だから、ください。

 この一週間は私のものです。

 あなたの隣は、私のものです」


 それは、いつの日か、ホテルで聞いた、彼女の言葉とは真反対の。彼女の、願い。


「あと一週間で消える私に、どうか、良き思い出を――」


 目の前の彼女は、静かに涙を流していた。蒼い瞳から、色のない雫を垂らしていた。薄紅の唇は優しい三日月型を描いたまま、彼女は泣いていた。


 綺麗だった。

美しかった。

 他人ぼくの願いを跳ねのけてまで、自らの信念を押し通すその健気さは、なによりも尊いと思えた。


 ――僕は、彼女と会って変わった。

 自意識過剰で、他意識過剰な神経質野郎から、好きなやつくらいにはわがままの言える男になった。身だしなみだって少しは気にするようになったし、面倒くさがっていたバイトも、三連勤を楽々こなせるようにになった。


 僕は変わった。

 だとしたら、彼女も、夕雨も、きっと変わったのだろう。


 何事も僕第一で、すぐ自分の身体を差し出そうとする貞操管理のなっていないから、こうして願望わがままの言える、一人の人間に。貞操観念はどうだか分かんないけど、少なくとも『性行為』なんて単語は聞こえなくなったのは成長なのかな。

 どう変わったのか、その過程でどんな葛藤があったのか、僕は知らない。

 僕の生きる世界では、僕だけが確かで、その他は不確かな、誰かの世界が落とした影でしかない。

 まるで小説のように、この世界では視点が変わることはない。彼女の心象モノローグを知るすべは、この世には無い。


 ……無いからこそ、求める。


 僕は僕のままで、彼女は彼女のままで、お互いの求める理想像に、自分を変えていく。お互いをじっと見つめて。

 美しいお前を、じっと見つめて。


 僕は求めてきた。

 他意識過剰ではない、僕が、僕自身が、彼女を知りたいと思った。

 あの雨の日、妹に言った台詞は僕の願いだ。

 僕は夕雨と一緒にいたい。一緒に息をするなかで、君を知っていきたいと思っていた。


 しかし、僕は知ってしまった。


 それは時間を超える覚悟。創作の中での機構ギミックが現実になった恐怖を乗り越えて、彼女は僕に会いに来た。

 創作物に登場する時間跳躍の象徴するものは、過去への未練。

 人が、ただ時間旅行をしたいがために世界の理を書き換える大発明をするわけがない。発明家がいかな天才であろうとも、その目的はただ一つ。過去の未練を、晴らすためだろう。


 そうして、やってきたのが夕雨である。

 僕は鈍感ではない。他意識過剰のために外界に対するセンサーを常に張ってきた。

 というか、これは鈍感や敏感だとか。そういう話じゃない。


 もし、タイムマシンを開発したとして。

 まず最初に使う人間は、十中八九、それをのはずである。


 ならば、そう。

 これは単純な話。


 彼女は、夕雨は。

 僕に会うためにタイムマシンを作って、過去の僕に会いに来たということなんだ。

 これは僕の仮説でしかないけれど。僕の世界での仮定でしかないけど。


 創作においてのタイムリーパーの結末なんて大抵一つ。過去いまにおいて異質でしかない未来の存在は、泡となって、弾けるだけ。

 無論これは創作での話。これは僕の杞憂に過ぎないかもしれない。


 けれど、そこまでの覚悟を以てして彼女は願うのだとしたら。


 僕は果たして、それを否定できるのか……?

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