第四十九話・日常大戦争 ゲーム編
テレビゲームをすることになった。
赤いキノコを食べて加速したり、亀の甲羅を他人にぶつけたり、他人に雷を落として蹴落としていく、あの有名なレースゲームである。
タイトルを言ってしまえばすぐに伝えられるのであろうが、
ちなみにこのゲームを選んだのに大した理由は無い。三人で盛り上がれそうなこと、と言ったらこれが浮かんだだけである。決してぼっち時代にみんなとワイワイやれなかったときの憧れがあるだとか、そんなみじめな思いはこれぽっちも無いからな。
「ねぇお兄ちゃん、なんでそんなよく分からないやつ使うの?」
キャラクター選択画面。僕の選んだキャラは、姫を
長いよ、名前出せば四文字で終わるのに。マイナーキャラだから名前言っても分からないというのは事実だろうけど。
「理太さん、大人げないですよね」
夕雨がちらりと視線を寄越して、一言。
僕が使っているキャラが
夕雨は夕雨で、このゲームにおいて強力だと言われる重量級を選んでいるあたり、意外と玄人なのであった。
ちなみに妹は、姫を攫われることに定評のある兄弟の弟、つまり緑の方を選んでいた。兄の方でないあたり、妹はどの世界でも
まぁあの兄弟に関しては双子だから、年下というわけではないんだけど。
「ねぇお兄ちゃん、せっかくの勝負事なんだし、それこそ戦争に取り入れちゃえばいいんじゃない?」
左横、液晶の光を受けて青白く発光している(ように見える)妹が提案する。
「いや、戦争って名前は付けたけど、要するにこれってどっちの愛が重いか、みたいな勝負だから数量的な勝ち負けではないんだけどな」
「いいじゃないですか。私が負けたら悔しくって勝つまで別れられない! という風になるかもしれませんし」
何かそれ嫌だな……。
でも、どんな理由であれ、一緒にいられるのならばそれでいいか。
「分かった……、じゃ、やろうか」
「そんじゃ、私が勝ったらどっちかにお願いひとつ聞いてもらうってことでいい?」
と、妹。
「さらっとトンデモ条件突きつけてくるな」
「面白いですね。それではそうしましょう」
「なんか妹に甘くないですかね、夕雨さん」
「ふふっ……もしかして、嫉妬ですか――?」
夕雨は悪戯っぽく微笑むと、右肩をつんつんと人差し指で突いてきて、さらに小動物のように小首を傾げる。
僕の心拍数は上昇中。
――ふぅ、心を落ち着けて。
「妹に構うカノジョにヤキモチとか相当だな」
「理太さんはそれほどの人物かと」
「褒められているようで全くそうでないのがミソだな!」
「……お兄ちゃん、いちゃついてると出遅れるよ」
と、妹にジト目を向けられ呆れられる。
事実、レーススタートのカウントダウンは既に始まっていたのだから、感謝すべきなのだろうが。
とまぁこれでこのレースに負けられない理由が出来たわけで。ゲーム歴イコールほぼ年齢の僕の実力を見せてやりますか!
ピーッ!
そうしてレースの幕が開けた。
全員ロケットスタートに成功し、一気に加速していくカート。
直後のカーブで上手くインコースを攻めて、加速。僕が頭一つ抜け出す。後続には夕雨、そして四番手に真衣。
実力と経験については僕が一番だという自負がある。だからここで勝って、なんでもいい、夕雨と一緒に――。
「そういえばお兄ちゃん、昔私の着替え盗撮したことあったよね」
「――ッ!?」
お兄ちゃん(のカート)、動揺のあまり壁に激突。順位を二つ落とす。
「お前根も葉もない嘘つくんじゃねぇ!」
「火の無いところに煙は立たないんだよ」
「そもそも煙が立ってねぇよ」
こいつ……場外乱闘に持ち込んできやがった。
あとこれは僕の好感度維持という観点から補足するけど、僕は妹の着替え姿なんて盗撮していない。僕が中学卒業まで一緒にお風呂に入っていたほどの関係性に、盗撮という単語の付け入る隙はない。
「でも私のパンツ盗んだことあったよね」
「ねぇよ! その前もって大きなこと言っておいて後からそうでもないこと言えば頷いてくれる心理学的手法を駆使するんじゃねぇ!」
僕がツッコんでいる間にも、自動追尾型の赤甲羅をNPCに直撃させ、順位を一つ戻す。しかし夕雨には追い付けない。夕雨のコーナリングが異常に良いせいである。
彼女の独特な切り返しと関係があるのだろうか。
――と、そんな時。その夕雨が、言った。
「パンツ窃盗の方が罪が重いような気がするのですが、気のせいですかね……」
というか、ツッコまれた。
それは独特な切り返しではなく、ただの、一般的で常識的な、ツッコみ。
「え……あ……待って今すごいショック……」
今まで散々ボケ倒していた彼女からの、至極当然のツッコミに動揺が隠せない。なんていうか、こう、飼い犬に噛まれるというか、ルンバにすてみタックルされるというか、そんな心が空っぽになってしまうような衝撃。
呆然自失としてしまって、僕は操作を忘れコースアウトしてしまう。六位転落。
しかし、ここで終わる僕じゃあない。
闘争心にめらめらと火がついた。
「妹よ、覚えているか。
『お兄ちゃんへ。いつも素直になれないで、からかったりしてすみません。でも、真衣はお兄ちゃんが大好きです。いつまでも仲良くしてね!』」
「うがぁああああ!! 忘れて、忘れるんだよっ!!」
これは小学校卒業時に手渡された感謝の手紙の内容、一部抜粋である。この後にも数百文字に渡って兄への感謝の気持ちが述べられているのだ。
ふはは、これはイタいだろう! なにせそれをすべて暗記しちゃってる僕もイタいからね!
妹は涙目になって僕の背中を蹴る。
そのせいで操作が乱れ設置されていたバナナの皮に三連続ヒット。
その隙に僕はキノコで加速。ショートカットを用いて三位に浮上。僕の闘争心がこんなにも汚いものだとは思わなかったけど、目には目を、歯には歯をだ。
さて、問題は夕雨である。ちょっとやそっとのことじゃ動揺しなさそうだし、弱みを握っている訳でもない。
「夕雨」
「……」
レースに集中しているのか、無言。ならば――。
「実は僕、『おかあさんといっしょ』に出たことがあるんだよね」
「……」
無反応。クラスに一人はいるであろうほどのレアリティでは勝負にならないか。
次だ次。
「中三の時の友達がジャニーズでさ、先日プロ野球の始球式に出てたんだよね~」
「…………」
無反応。というか後ろに緑甲羅ぶつけてきやがった。自分の力で戦えということかよ。
ファイナルラップ。先頭を走る夕雨との差はカート三台分。性能に大差が無い以上これ以上詰められない……!
焦り。どうしても追いつけない背中。
手の届かない場所から来て、手の届かない場所に帰るカノジョ。
……させるか。
させてたまるか。
そんな焦燥が、無力感が。
僕の口を、滑らせた。
「じゃあ……、結婚しよう」
「――え?」
夕雨、コントローラーを手放し、僕の方を見る。頬、というか首まで朱く染まっている。まるで茹蛸のようだ。
僕を見つめる熱っぽい瞳は揺らめいて……。
あ、あれ。なんかすごいこと言わなかったか僕。勝ちにこだわり過ぎてとても大切ななにかをすっ飛ばしてはいないかね⁉
本気で言ったわけではない。あくまで口が滑ったのだ。つまりそれは考えてなくもなかったけれど、言わなかった台詞。少なくともあと何年かは熟成すべきだった言葉。
もうレースどころではない。僕らはただあたふたと、互いの瞳にぐるぐる渦巻きを幻視するほどのパニックの最中、見つめ合う。
レースの結果? は、そんなの決まっているだろう。
「お兄ちゃんって、ほんとバカ……っ」
妹の圧勝であった。
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