第十六話・知人との語らいと、ギャルゲ的展開(その1)


 好きなこと探し、それは容易なことではない。

 

 とはいえ、別に時間に制限があるわけではない。かといって彼女が試行錯誤している間、僕だけがのほほんと大学に行くだけというのも申し訳ないなと(もっとも、夕雨は気にしてもいないだろうが)思って、金曜日の講義終わり、僕はとある人物に相談することにした。


「なるほど、好きなこと探し、ねぇ。随分と楽しそうなことをやってるじゃないか」


 そう言って白い歯を見せてはにかむ彼の名は出村航一。金持ちリア充医学部の、いつ殴られても文句は言えないスーパー大学生であり、僕の数少ない話し相手でもある人間だ。

 いや、別に僕が積極的にこいつと話したがっているわけではないんだけど。


「というか君にそんながいるとは思ってなかったな」


 言葉通り、意外そうに目を丸くする航一。


 こいつは前回の夕雨との遭遇を一切覚えていないので、それを利用して『夕雨はいとこで、ワケあって一緒に暮らしてる』という設定を刷り込んだ。

 いとこの女子と一緒に暮らすなんてどんなだよ、とは自分で思いつつも、そこを一切指摘してこない彼はきっと心もリッチなのだろう。

 ビバ・リッチ。


「それはともかくだ。君から僕に助けを乞うなんて初めてじゃないか。俺は嬉しいよ。

 そして誇るがいいさ。この世の中、金と顔があれば大抵のことはなんとかなるからね」


 僕の左肩を叩いて言った。

 それはつまり、自分には金と顔があるということなのだろうか。


「そうだよ」


「うお!? お前も心読んでくるタイプのやつだったか!」


 いや、どんなやつだよそれ。と、頭ごなしに否定できないのが辛いところだ。


「先日から心理学と読心術について研究しててね」


「モノローグ読めるレベルまでいったらノーベル賞ものだろ」


「論文は英国学術誌に掲載済みさ」


 それじゃあこれからは鉤括弧かぎかっこが要らなくなるのか!? すべて地の文で表記されると。


 まさにその通りさ。


 うお!? 航一の言っていることが鉤括弧無しでも伝わってくるぞ!?

 これがテレパシーなのかッ!


「とまぁそれは冗談で、ただの推理と腹話術によるものなんだが」


「腹話術で喋るときは地の文で表記するんだな。ためになったよ」


 そんな知識、絶対に使わないけどね。というかそんなルールないし。


「で、どんな話してたっけか」


「夕雨――いとこが好きなコト探しを手伝って欲しいって話だ」


「いいぞ」


「はやいな」


「今日は暇だし、今後も人助けが出来なくなるほど忙しくないしな。それに、人との縁はなるべく多い方が良い」


 理系、しかも医学部の二年時が忙しくないわけだないんだけど……。

 それに最後に自分の得になるということをアピールして、僕の罪悪感を消しているつもりなのだろう。とことん良い奴だ。アニメだと十話くらいで味方守って死ぬんだろうな、こいつ。


「ん、今日来てくれるのか」


「だからこうして駅とは逆方向に歩いてるんだろ」


「でも今日妹も来てるし、四人も入るとなると結構狭いぞ。知ってると思うけど」


 ウチが大学から近いということもあり、一か月に一回は「よう、来たぞ」とアポ無しで部屋に突撃してくるのだ。

 そういう時は基本駄弁だべりながらゲームをして、ぐうたらと一日を終えるのだが、しっかり者の妹がいてはそうもいかないだろう。


「妹さんか……。前に何度かあったけど、お前とは違って礼儀正しいいい子だったよな。妹さんといとこさんが嫌だったらすぐに帰るしいいだろ。お前にも賑やかさってのは必要だと思うし」


「賑やかさね……」


 産まれるのは混沌だと思うのは気のせいだろうか。


「そういや、いとこさんの写真とかないのか? あったら見た目に合った花束でも送ろうと思ったんだけど」


「誰が初対面の友人の親族に花束送るんだよ」


 まぁいたとしても、僕のスマホに彼女の写真はひとつもないのだが。


「ふむ……興野理太?」


「お前だよお前! この時期に花束なんて送られてもみろ。すぐさましょげなベイベーだぜ」


「……ん、どうした?」


 僕の目線よりも上から、彼の心配そうな視線が向けられる。


「……いや、ごめん。色々あってな」


 これは昨日、夕雨の好きなこと候補として、僕がボケ役に回っていたことの後遺症なのだが……うん、大分重症らしい。

 僕は夕雨に対して二度とボケないと誓った、七月の初週である。


 ――ちなみにしょげなベイベーとは、花がことをと掛けて……あ、説明いらないですか。そうですか。


「色々大変みたいだな」


 同情するよ、と航一。


「まぁ、うん。苦労しっぱなしだよ、ずっと」


 昨日までバイト三連勤だったし、正直体力的には黄色ゾーンなのだが、それも僕と彼女にお金として返ってくるのだとすれば、まぁ我慢できるほどだ。


「なんか困ってたら相談しろよ。二十万なら貸してやるから」


「何故金のことで困ることが前提なのか不明だしそもそも大学のヤツに金を貸すな」


「お前なら大丈夫だろ」


「安易に信頼されても困るんだけどな」


「そう切り返せるやつなら大丈夫だ」


「…………」


 まったく、どんな教育をすればこんな好青年を育てられるのだろうか。僕ももう少し工夫して妹を教育していれば、「お兄ちゃんっ! 朝だよっ!」と起こされて、パンチラを拝める朝を送れたのだろうか。

 

 うん、ねぇな。

 兄妹関係って、そんなんじゃないしね、ほんと。


 そんなこんなでジメジメした空気に満ちた外界を歩くこと十数分。アパートに到着する。

 そういや、初めて夕雨を連れてきたときは、妹と遭遇して修羅場だったなぁ。

 でも今回は妹がいることは判明しているし、それ以外にイレギュラーなことが起きることは無い。

 安心して僕はリュックから鍵を取り出して、穴に差し込む。

 

 僕の部屋は僕の日常を映したように、まぁまぁ和やかな空気に満たされているはずだ。


 カギを捻る。

 ドアが開く。


「――――!」


 咄嗟にドアを閉める。


 理由は単純。

 かなり予想外の出来事が起きたからだ。


 うん。ほんとにね。なんなんだろうね。


「どうした、泥棒でもいたか」


「……それよりもあり得ない事態が起きてる。

 僕は本当に何かの主人公なんじゃないかって思うよ、ほんとに」


「主人公? ハリウッドとか?」


「……いや、美少女ゲーのだ」


 彼は怪訝そうに眉をひそめつつ、ノブを捻ってドアを開け放つ。


 傘立て、靴べら、玄関マットに、下駄箱の上のかびん。

 徐々に視線を上げていった先にあるもの、それは――


「「いらっしゃいませ! ご主人様っ!!」」


 の夕雨と妹が、僕らに向かってお辞儀をしている姿だった。


「……はい、二十万」


「ありがとよ、航一……」


 

 

 





 

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