第三十五話・テスト間の気分転換
――暑くて、青い、盛夏の日だった。
十五日。水曜日午後三時。
テストウィークも半ば。夕雨の指導と航一のコネによる過去問入手により、光明の見えた単位獲得への険しい道筋。その道中。
僕はアパートの自転車置き場に眠っていたママチャリを引っ張りだして、漕ぎ出そうとペダルにかけたところ。
レポート印刷用のプリンタのインクを買い足しに横浜駅のヨドバシへと向かうのだ。電車でもよかったし、なんならコンビニのプリンタに任せてもよかったのだが――。
……空を仰ぐ。
白い雲はまばらに、遠くの方にはもくもくと、背の高い入道雲が見える。
やかましい蝉の
少年の心を残す身としては、この夏らしさを満喫せずにはいられなかったのだ。
運動不足はこの前の失踪事件で身に染みたことだし、気分転換も兼ねてと、こうしてしばらくぶりに自転車に
いやぁ、それにしても暑い。少し動いただけでも汗が噴き出てくるぞ。お天道様は他人への気遣いが苦手らしい。お前何千年人間見てるんだよ。いい加減分かれよ。
と、僕が天に向かってみみっちい愚痴をこぼしていると、後ろから声がかかる。
「理太さん、飲み物忘れてますよ」
そう言って、階段を下りてくる夕雨。右手には青い水筒。
……まじで結婚生活送ってるみたいだな、僕ら。
「あ、ありがと」
「中身はトマトジュースです」
「好き嫌い別れるチョイスありがとう」
僕は好きだけどね。
僕は差し出された水筒を受け取って、そのまま自転車の前かごへと入れる。
ちなみに夕雨はお留守番の予定である。横浜駅まで歩いていくと結構時間がかかるし(一時間半ほど)、僕にはチャリと並走出来るだけの体力はない。
今回は単純に僕の気晴らしであって、なにかと忙しい(家事で)彼女をわざわざ連れ出す気にはなれない。暑いし。
「あの、理太さん」
「ん?」
「……やっぱり私も行きたいです。一人だと暇なので」
――やっぱり。言うと思ったよ。だから、言われたら一緒に行こうと思ってたんだよね。
それじゃあ自転車は置いて電車で行こう。
「よし分かった。それじゃあまず、着替えてこようか」
プリントTシャツにチェック柄の羽織もの、そして花柄スカートという主張の激しい出で立ちの彼女にそう促すと、彼女はぴくりと肩を震わして、焦ったように階段を上って行った。
大丈夫だよな、あれちゃんとダサいよな……? 未来で流行る予定とかも無いよな?
独特な夕雨コーディネートに見慣れ過ぎて、徐々に感覚が麻痺している僕だった。
と、すぐさまそのままの恰好で夕雨が戻ってきた。
あぁ、携帯か。
僕がスマホを渡すと、夕雨は再び部屋に戻っていった。
*
「……すみませんでした。行きましょう」
「気にするな。似合ってる」
「理太さんはニヤついてますね」
「すまん、抑えきれなかった」
同時に、スマホを返される。どうやら妹に相談できたらしい。
フリル袖の白いトップスに、太ももが眩しいショートパンツ。大人びた黒いサンダルで余計に脚に視線がいってしまうが――自制自制。
ちょこんと両手で持っているバスケットが大変夏らしいですね、はい。
全体的にカジュアルって感じ。うん、お洒落で可愛い。
ファッション系の相談は妹にしているそうだが(だからスマホを渡した)、確か妹は夕雨の服を全て把握してるとか言っていたな。それですぐさまコーディネートできるのだから、妹のセンスは結構いい線いってるんだろう。
兄としては誇らしい限りだ。何よりその恩恵を受けるのは観客たる僕なのだからね。
「それじゃ行くか」
歩き出す。
すると。
「自転車で行かないのですか?」
「僕、そんな走れないし」
この炎天下だ。きっと僕は倒れるぞ。
「私、夏の風を浴びたいです」
「そんな『TUBE』の歌に出てきそうなこと言われてもな」
「ちゅーぶ?」
首を傾げる夕雨。
まじか、分からない? 夏と言ったらやっぱり『TUBE』だと思うんだけどなぁ。
あー、夏休み。
「すまん、なんでもない。少しジェネレーションギャップを感じてしまったけど」
「私、そんな未来いってましたか」
「その返しは新しいな」
しかも言ってることは間違えてない。あ、いや、別に年は離れてはいないけど。
「理太さんは過去のひと」
「あ、待ってそれすごい傷つく」
「理太さんは今のひと」
「すげえ! これを求めてたはずなのに、この流れからするとじきに僕が捨てられそうな気がして嫌だな!」
日本語ってすごいね。
……仕切り直し。
「とにかく、自転車を出してきてください」
ん、なんか夕雨に頼みごとされるなんて珍しいな。少し嬉しい。
「って自転車? これからマラソンしないといけないのか?」
「――いいえ。一緒に自転車に乗るんですよ」
あらかじめ言っておこう。
良い子の皆は交通法規を守りましょう。
僕が良い子なのかは、まあ秘密ということで。
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