第二十話・本格メイドのご奉仕生活

 

「――はい、あーん、してください」


 突然、夕雨は、クリームと果物が載せられたスプーンを、僕の口元に差し出してきた。

 僕はそれを背中を反るようにして避ける。さながら『マトリックス』のワンシーンである。


「うお!? 不意にそんなイベント突っ込んでくるな!」


「いいではないか、いいではないか~」


 と、らしくもなく、夕雨。


「それはどっちかというと僕の台詞だ!」


 それに感情の薄い口調なものだから、少し不気味だ。


「メイドとは奉仕の象徴。ご主人様に『あーん』をするのは当然の義務かと存じます」


 ぐいぐいっ。


 僕のすぐ隣で、正座を崩したように膝をつけて座る(いわゆる女の子座り)彼女が、器用に足を動かして、距離を詰めてくる。

 もはや肩と肩が触れ合うほどだ。

 

 ……あー、同じシャンプー使ってるはずなのにこんなに甘い匂いがするのは一体なぜなのだ! 


 いつになく積極的な夕雨。メイドがそれだけ気に入っているのかと思ったが、奥の方で妹がクスクス笑っているのをみると、あいつの入れ知恵らしいと分かる。

 しかし今の僕に妹を問い詰める余裕はない。


 差し出されるスプーン。

 にやけながら僕らを眺める妹と航一。

 心なしか楽し気な様子の夕雨。


 くっ、食べればいいんだろ、食べれば!


「はい。あーん、です」


 意を決して、大きく口を開ける。

 僕の視界の正中線に並ぶ、フルーツ山盛りのスプーンと、それを握る夕雨の細指と、ほんのり上気した彼女の顔。


 あー恥ずかしい。ほんと誰だよ『あーん』なんて考えた奴。呪い殺してやるどうもありがとうッ‼

 

「――あ、あーん」

 

 かちんと下の前歯に金属が当たる感触。

 同時に広がるクリームの甘味と果物の瑞々しい食感。

 美味しい、美味しいけど顔が熱い!

 そんな僕を見て、心底おかしそうに噴き出す二人。

 まったくどんな羞恥プレイだよ……。


「美味しいですか……?」


「最高に美味しいよ!」


「そうですか」


 彼女は満足げに頷くと、卓に置かれたパフェをスプーンで少し掬い取って――。


「ってちょっと待――」


 時が、止まったようだった。


 、パフェを掬った彼女が、そのまま、小ぶりな口を精いっぱい開けて、ぱくりと、スプーンを、スプーンにのったものを――頬張る。


 流石に妹たちもここまでの動きは想定していなかったのだろう。

 その一連の動作は、僕ら三人の顔を真っ赤にさせるのには十分な破壊力で。


「もきゅもきゅもきゅ……ん、美味しいですね。流石は私です」


 ぬらりと、煌めく銀のスプーン。

えろちっくです。


「流石は夕雨ちゃんだよ……まさか、ここまでやるとは……」


「おう、俺は久しく嫉妬の念を覚えているぞ……」


 などと、ガヤがわめく。


 あぁ、やっちまった。

 やっちまったよ――間接キス。


「どうしたのですか、熱でもあるのでしょうか」


「……ユー、マジでそういうの気にしないんだな」


「そういうの、ですか?」


 再びパフェを頬張った彼女が、スプーンを加えたまま、首を傾げる。


「糖分でしたら、はい。好きなものは好きな時に食えとよく言われていましたので」


「その意見には激しく同意するけれども……その……いや、気づいてないならいいんだけどさ」


「……間接キスでしたら、気にしませんよ、理太さんなら」


 理太さんなら。

 僕なら。

 

 ――あなたのもの。


「あ、そうでした。理太さん。

 人差し指を曲げてみてください」


「――は?」


 それに何の意味があるのかは分からないけれど、半ば放心状態だった僕はひとまず言われた通りに、人差し指を曲げた。

 すると、彼女も同じように人差し指を曲げて、第二関節同士をこつんと触れ合わせた。


「……え、何」


「関節キスです」


「……だから、そのダジャレに何の意味があるのかと聞いておる」


「直前の『間接キス』の効果が二倍になります」


「速攻魔法かよ……」


 稲妻のアイコンみたいなやつが載ってるやつな。


「正直に言えば、いわゆる、おまじないみたいなものです」


「おまじない?」


「はい」


「どんな効果なんだ?」


「――秘密、です」


人差し指を薄紅の唇にあてて、悪戯っぽく微笑む。

なるほど、小悪魔ってのはこういうことを言うのだと、思った。



それからしばらく四人で談笑した。

妹がやたら恋バナに話題を持っていくのに腹立って、黒い頭ををもしゃもしゃと撫でくりまわしたのが三回。

航一の変態発言にツッコむこと五回。お前、そんなキャラだったっけ?


「うまくやれよ、理太。困った時は言えよ、すぐ来てやっから」


「おいさっきまで水玉パンツの話で盛り上がっていた過去は、そんな安い良い奴アピールでも描き消せないぞ」


「お兄ちゃん。頑張ってね。ヘマしたら最悪私がお兄ちゃんをお嫁に貰ったげるから」


「お前は新しいジャンルを開拓するな!」


 確かに二人の話を聞いて、僕が世間一般に『女々しい』と評されることは理解したけれどもさ。


 と、それぞれボケをかましていったところで、彼らはにやけ顔で帰って行った。

 航一がわざわざ来てくれたのはともかく、根が真面目で、コスプレなんてするはずもない妹でさえこうして協力してくれたことには感謝せねばなるまい。

 今度飯奢ってやるか.......。


 さて、今日がこのまま終わってくれれば良かったのだが、実はもう一波乱あったのだ――。







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