第6話


「だけど……ね、少しは知った気でいたの由季のこと。連絡いっぱいしてたから。だけど……私全然知らなかった。由季があんな楽しそうに笑ったり私の知らない話したりいろんな友達の話したり…嬉しかったし楽しかったけど……なんかね…こんなこと思っちゃうの変かもしれないけどね……嫉妬…しちゃった…の」


「嫉妬?」


随分可愛らしいことを言ってくる葵に優しく聞き返すと小さく頷いて目を潤ませていた。この子は本当に泣き虫で繊細である。今日はよく泣かしてしまう。友達が少ないと言っていたし葵は静かなタイプだから私のようなタイプは初めてなんだろう。握っていた手に力が入るのが分かる。


「他の人と話したり、嬉しそうにしてるの見てたら私とは全然世界が違うんだなって思って。私は知らない人と……上手く話せないけど由季は凄く社交性があって、優しくて…いっぱい話せる。…口下手な私にも優しくしてくれて、嬉しいのに……胸がもやもやして……苦しくて…………」


遂に目にいっぱいに溜めていた涙をこぼすと、ポロポロと涙が次から次えと溢れて泣き出してしまった。頭を優しく撫でながら本当に後悔した。よく分からなかった表情の答えはこれだったのか。きっと言いかけたあの時は気持ちが抑えられなかったんだろう。楽しませてあげたかったのに嫌な思いをさせてしまった。葵はさらに続けた。


「それに……由季に友達が沢山いるの…知ってたし由季と話してて分かってたのに……友達の話ししてるとことか見てたら……また、もやもやして……あの時ね…帰ろうとしたの。最悪だよね……ムカムカして…見てられなくて……楽しかったのに。なんかもう…訳分かんなくて……」


さらに泣き続ける彼女に胸が締め付けられるようだった。知り合って期間は短いもののそんなに好かれていて素直に嬉しかったしなんだか愛しいとさえ感じた。優しく胸元に頭を抱き寄せて背中を擦ってあげるとびくりと体を震わせたが顔を胸元に押し付けて腕の中で泣き続けている。純粋な子なんだなと思いながらどうか泣き止んでほしくて優しく話しかけた。


「葵が私のこと好きでいてくれて嬉しいよ。別にね、そうやって思ったりするのは変じゃないし、好きならそうやって思ったりするのは当たり前だし、無いものねだっちゃったりするのはしょうがないんだよ」


「うん……」


小さく頷いて擦り寄ってくる葵が可愛くて笑みがこぼれる。


「私はさ、他の人より慣れてるだけなんだよ?社交性があるって言ってたけど、私はただ人と話す機会がたくさんある場所に行ってそこでたくさん話してただけなの。毎日同じようなことしてたらできないこともできるようになるでしょ?それと一緒。昔は私も全然人と話せなかったしやばかったよ?」


「そう…なの?」


少し泣き止んで鼻を啜る彼女にそうそうと頷いて続けた。


「だから自分が口下手で、なんて思わなくても羨んだりしなくても良いの。そんなの慣れてるか慣れてないかの差だし死ぬ訳じゃないしさ、口下手でもちゃんと気持ちを伝えようとしてるじゃん葵は。そんなの中々できることじゃないしむしろ勇気あるよ?」


「勇気?」


「うん、勇気。葵は言いづらいって思ってても言ってくれるでしょ?今みたいにさ。ちゃんと自分と向き合ってて良いじゃんそういうの」


葵の腕が控えめにすがるように背中に回って胸元の服をぎゅっと掴まれた。どうしたんだろうと思うと胸に押し付けていた顔を上げてこちらを見つめてきた。まだ目は潤んでいて不安げな顔をしている。不謹慎にもその顔が綺麗で可愛いらしくて少しドキッとしてしまう。


「そんなことないの。由季が、いつも私が話しやすいように…優しくしてくれるから。だから、話せるだけ」


「えぇ?私は別になにもしてないよ?」


「ううん。最初からそうだったもん。だからいつも頼ってて、私全然うまくできなくて…だからね……あのね、…あの……」


また言い淀んで目に涙を溜めている。そんなことないのに。頑なな彼女に私は頭を撫でて、だからなに?と問いかける。


「私のこと、嫌わないで。……これからなおすから…これから……ウザくないように、ちゃんとするから……」


小さく懇願するように言う彼女に胸が傷んだ。どうしてそんなことを言うのだろう。いきなりのことに言葉が出てこなくて、私が顔を歪ませたから誤解した葵は涙が溢れてしまって少し泣き止んでいたのにまた泣き出してしまった。私は慌てて慰めた。


「葵、好きだよ。嫌いにならない。何でそんなこと聞くの?」


「だって……私……最悪だし…勝手に嫉妬して……もやもやしちゃって、…き、キモいよね?……ごめんね。こんな…こんなこと、初めてで自分でもよく分からなくて。でも、嫌われたくないの」


鼻を啜って泣き続ける彼女の涙は止まらない。頬を撫でながら優しく涙を拭ってやる。本当に素直で、謙虚で良い子だ。ちゃんと分かってて謝って、自分の気持ちをしっかり伝えられている。葵は、口下手なんかじゃないじゃないか。私もちゃんと伝えてあげないと。この子を安心させてあげないと。


「泣かないで?嫌いじゃないよ。キモいとか思ってない。葵が嫉妬したって聞いてね、可愛いこと言うなって思って可愛いらしいからまた好きになったよ。繊細で恥ずかしがりやだけど素直に自分の気持ち伝えてくれて嬉しいし、そんな所も好きだよ。別にね、私はそんな怒らないから嫉妬とか嫌なこととかあったら何でも言って良いよ?今度からは私が気を付けるようにするから。それに、私葵が口下手とか気にしてないし、そこも可愛くて好きだし、てゆうか嫌いなとこないから。ね、だからもう泣き止んで?明日目が腫れちゃうよ?」


葵は何度も頷いてうんうんと言いながら涙をこぼして胸元に顔を押し付けてしまって、私はどうしたら良いか分からなかった。とりあえず安心するように背中に腕を回してとんとんと、小さな子供にするように優しく擦って、もう大丈夫だから早く泣き止んで?と優しく囁いた。そして葵の頭に顔を押し付ける。


「葵、泣かないで?好きだから大丈夫だよ?」


「うん…ありがとう……」


葵が泣き止むまで背中を優しく擦って時より大丈夫と声をかけていたら泣き疲れてようやく眠りについたようだった。それにひと安心してようやく私も眠りにつくのだった。



朝、腕の中でなにかがモゾモゾ動くのを感じて目が覚めた。どうやら葵が私の腕から抜け出そうとしているようだ。少し離れてしまった距離にまた腕に力を込めて抱き寄せた。


「あおい、起きたの?」


「わっ!由季、起きてたの?」


「今起きた。目、大丈夫?」


ぼやけ目で葵を見るも少し慌てたように目を逸らすが少しだけ葵の目は腫れていた。


「ちょっと腫れちゃったね、痛くない?冷やしといたら?」


「ううん、大丈夫。昨日は…その、ごめんね?いっぱい泣いちゃったし、色々その…言っちゃったし……」


葵の頬を触りながら指で目元を触っていたらその手を控えめに握られた。照れたように申し訳なさそうな顔をして律儀に謝りながら目を見つめてくるからなんだかくすぐったかった。


「いいよ、もう良いから。気にしてないよ?葵が私のこと大好きなのが良く分かったし?」


ニヤリと笑って答えると途端に下を向いてしまうから微笑ましくて耳元に顔を寄せる。


「もーまた照れてんの?可愛いなぁ」


「や、やめてよ。もう…恥ずかしいから」


「昨日あんなに泣いてたのに?」


少し体を離して顔を覗き込もうとすると両手で顔を隠しながら反対に体を向けてしまった。昨日はあんなに泣いてたのに今になってこんなに照れるとは。本当に照れ屋な彼女に笑えて後ろから背中をつついた。


「あおいー?顔見せてよー」


「やだ」


「じゃあ、勝手に見ちゃうよ?いいの?」


「だめ」


小さく丸まって顔を頑なに隠すから面白くていつもなら絶対にやらないけど強引に手首を掴んで無理矢理腕を広げさせようとした。


「やだやめてよ」


「だめです。見ちゃうからねー」


抵抗なんてあってないような物で私より背が高いくせに力はないから簡単にベッドに両手を抑える事ができた。葵は案の定顔を赤くさせて拗ねたように目線を反らしている。この子の可愛さに胸が暖かくなる感じがする。


「可愛いね、本当に」


「か、…可愛い可愛い言いすぎだから……」


そっと押さえていた手を離して頬を撫でると気持ち良さそうに目を細めてすり寄って、手を重ねてきた。小動物のようなその行動が可愛くて私はますます顔がにやけてしまう。顔を隠すのを忘れてしまった葵は私にされるがままだがそのまま小さく呟いた。


「昨日は、ありがとう。嫉妬とか…またしちゃうかもしれないけど…また由季とどこか行きたい。もっといろいろ遊んだりしたい。いいかな?」


言いきる前に視線をこちらに向ける。恥ずかしいなら見なければ良いのに。大切なことはちゃんと伝えたい誠実な彼女に笑って答えた。


「もちろん。いろんなとこにいっぱい行こう。私もいっぱい遊びたいし。あ、でも今日はさ、葵の家で遊びたいかな。ゲームやるんでしょ?ゲームやりたい」


「うん!!ありがとう。ゲーム由季もやるって言ってたもんね。あ、その前にご飯作るね、お腹減ったでしょ?」


「ああ、うん、食べる!てゆうかもうお昼なの?結構寝ちゃってたんだ」


葵はさっと起き上がってキッチンに向かうと手際良く料理を始める。もう時刻は十二時だ。お腹も空いている。


その日の料理はスクランブルエッグとフレンチトーストとサラダに作りおきしていたというポトフだった。今回も美味しすぎて直ぐに食べ終えてしまった。せっかく作ってくれたから洗い物は私がしようとしたら物凄い勢いで断られて座っててと言われたので仕方なく座っていた。料理に関わることは全部やりたいみたいだ。


それから葵がよくやっていると言うテレビゲームを始めた。簡単な対戦ができるやつや謎解きがメインなゲーム、戦闘が難しくないファンタジー系のゲームなど色々話ながらたくさん遊んだ。葵はかなり負けず嫌いな所があり対戦ゲームでは負けると少し怒りながらもう一回!と駄々をこねるのでいいよと葵が勝つまで何回もやった。

私もたまにゲームをやるからそれはとても充実した時間だった。


謎解きのゲームを一緒に進めながらふと時計を見るともう五時過ぎだった。もうこんな時間か、葵は私の肩に寄りかかりながらこっちに行ってみようよ、と私が持っているコントローラーを私の手の上から操作する。


「葵?」


「ん、なに?由季ここの何かわかった?」


相変わらずゲームに夢中で画面を見ながら答えるから少し言いづらいけど長く居すぎるのも良くないかと優しく言った。


「私、そろそろ帰ろうかな。明日は葵も仕事?」


「え?もう帰るの?…明日は仕事だけど…」


すぐに私を見てシュンとしながら答えるからまるで犬みたいに可愛くて申し訳なくなる。


「そんな顔しないでよ。また遊ぶでしょ?」


「うん……」


私の服の袖を掴んで離さない彼女が可愛くて初めて泊まった日を思い出す。あの日も帰り際に悲しそうにしていてなんだか帰りずらかったから思わず頭を撫でてあげたんだっけ。


「また連絡するし、電話もするから。葵もして良いからね?」


髪を優しく撫でて頭をぽんぽんと撫でると控えめに抱きついてきた。優しく抱き締めてあげると彼女の良い香りがする。甘やかしてしまう私の癖のせいで彼女は少し甘えたがりになってしまったか。それでも可愛いからやめられない。


「ちゃんと返してくれる?」


「もちろん。葵こそ仕事忙しかったら無理しなくて良いからね?」


「……由季のが大事だもん」


「はいはい」


少し近すぎるスキンシップと少しわがままな彼女にまるで妹ができたみたいで私も大概彼女が好きなんだなと笑えてくる。それから抱き締めてあげたけど玄関でさらに悲しそうにするから頭を撫でてあげる。それだけで嬉しそうに笑うから私の方が満たされた気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る