第93話
「……分からなくても、一緒にいたい。……嫌いじゃないなら……いさせてほしい」
懇願する葵の表情は辛そうで本当に胸が痛い。できるならキスをして抱き締めて、慰めてあげたい。でも今は簡単にそんなことができない。気持ちが立ちはだかって私の体を動かなくする。
私は葵を見てられなくて目を逸らした。
「解決したら一緒にいよう?でも、今日は特別だから今日だけ一緒にいよう」
「……今日以外も……一緒にいたいよ……」
「答えが出たらね?ほら、もう寝よう?」
切なそうな葵に私は明るく言った。もう聞いていられない。葵の辛そうな顔を見るのも、葵の気持ちに触れるのも私は苦しかった。
答えを待たずにベッドに入ると葵も同じように少ししてから入ってきた。
「……由季?」
葵は既にいつもみたいにこちらに体を向けている。想像は大体つくから私も体を葵の方に向けた。
「なに?」
「……抱き締めてほしい…」
「……だめだよ。今は……」
控え目なお願いに至って明るく断ったら葵は自分から無言で私に擦り寄って抱きついてきた。私を肌で感じていたいのか強く抱きついて離れない。
「由季……抱き締めて……」
私の胸元で囁く葵の声に私はもう断れなくて抱き締めてあげた。控え目に、恐る恐る背中に手を回すと葵の温もりを感じる。こんなに華奢で細い体をしているのに、求めるのは力強くも美人でも何でもないただの女の私だ。
今のこの状況さえも私を否定させて葵の気持ちが違うという根拠が強くなるのを感じる。
でも、言ってはダメだ。葵がまた傷ついてしまう。
「……好き……好き。…好きだって信じたい。私、いつも由季のことばっかり考えてるのに……分からない」
葵は私に弱々しく呟いた。
「葵……二人でよく考えればいいよ」
今はこれしか言えない。気持ちに返すような言葉は胡散臭さがあるし葵を傷つける種になるかもしれないから。
「…由季?もっと強く抱き締めて?」
「……いいよ」
お願いを聞いて強く抱き締める。優しく、痛くないように。葵は私を見上げるように胸元から顔を上げると切なそうに笑った。
「ありがとう由季…」
「そんなの全然だよ」
こうやって至近距離で見つめ合うのも今日だけだ。今日だけなんだ。前から変わらない葵は本当に可愛くて綺麗で愛しくて、私は目が離せなかった。
「由季」
名前を呼ぶ葵は徐々に顔を近付けてきて何をしたいのかすぐに分かった。本当はダメだ。ダメなんだけど瞳を見ていると抗うことができなくて、私から口づけてしまった。本当に触れるだけのキスをすると葵からも控え目にキスをしてくれた。
「……好き。……由季も…言ってほしい…」
顔に手を添えて愛しそうに呟いた葵。葵の気持ちは本当なのかもしれない。
「……好きだよ」
気持ちが分からないけど葵のために私は言った。今日しかこうやって会えないだろうし私も、本当は言いたかったから。葵は嬉しそうに笑ってくれた。
「ずっと……朝までそばにいてね?」
「…うん。分かった」
優しく背中を擦ると葵は私の胸元に顔を寄せて密着してきた。距離を置いてても変わらないものがある。葵は私と離れていた分を埋めるためにこうしているんだろう。
私も会いたかったのに葵みたいにできなかった。この温もりが胸を暖めてくれるけど葵の気持ちが違ったらと思うと覚悟はしているけど怖かった。
翌日、朝までしっかり抱き締めていた私は葵の眠っている顔を眺めていた。先に目が覚めてしまって、しばらくまた会えないから葵の顔を目に焼き付けておこうと思った。
葵は小さな寝息を立てていて起きる気配はない。今日も仕事だろうからそろそろ起こさないといけないけどもう少し見ていたい。
綺麗な葵の顔は寝ていても変わらない。葵を見ていると気持ちが段々分かってきた気がした。
私はたぶん葵が好きなんだろうと髪を優しく撫でながら思った。葵のお願いはやはり聞いてしまうし、葵を突き放せない。それにどうしても放って置けないし葵の気持ちを何よりも考えてしまう。
こんなに考えるのは、好きだからなんだろう。少しだけしか離れていないのに私の心は以前よりも葵のことばかりだ。傷つけて泣かせて、距離を取ったのに、それでもやっぱり私は葵が好きだ。
心が葵を欲している。
でも私からは踏み出せない。葵の気持ちに整理がついたら、答えが出たら私からしっかり伝えようと思った。
今は葵の気持ちの方が大事だから気持ちを確認して、私はそれからだ。
葵が好きかどうか、それが一番重要だ。
私はそれから葵を起こして会話のない少しぎこちない時間を二人で過ごして別れた。
別れ際に葵は悲しそうな顔をしたけど私はまたねと言って送り出した。葵は最後まで何か言いたそうにしていたけど私はそれを無視した。
まだ距離を置いたにしても短すぎるから。
それから十一月になって季節はどんどん冬に向かってきた。肌寒くなってきたけど本当にハロウィンのイベントの日から私は葵に会っていない。連絡もしていないけど私の心は葵のことばかりだった。
正直長くなってくると会えないのは寂しいし辛かった。葵が何をしているのか、何を考えているのか気になるけど私からアクションを起こす気はない。このまま待って答えを聞くだけだ。
受け入れる準備はできているから言われたら私の気持ちも言えば良い。
気持ちが離れてしまっても葵の幸せを考えれば私は好きだけど身を引く覚悟だ。
それにしても日が経つのが本当に長く感じる。葵がいなくなってから毎日が長くて長くて仕方なかった。かと言って休日が来ても出かける気にもならなくて私は家にいることが多くなった。
携帯を見ても葵との思い出ばかりで、葵は今どうしてるんだろうと考えが巡ってしまう。
それでも時間は必ず経過して月日が流れる。
そんな時、私はカレンダーを見ながら悩んでいた。
十一月は葵の誕生日だ。私も葵がしてくれたみたいにお祝いしてあげたいけど今は無理だ。連絡も何もできない。
でも誕生日は大切な日だから祝ってあげたくてそのことが頭をほぼ占めていた。
最近は、私はまだ葵の部屋の鍵を持っているし会わないなら大丈夫なのではないか?と心では思い始めている。もしかしたらこれで最後かもしれないし、部屋にプレゼントを置くだけなら悪くも何ともないだろう。
私は自分を納得させるように言い訳をして葵へのプレゼントを買うことにした。
そうと決まれば早速休みの日に都内のショッピングモールへ向かった。大体はここで揃うだろうし色々考えたけど買う物はなんとなく決めている。
私は歩きながらそれでも色々見て回った。それにしても、久々に家を出て買い物をするのは楽しかった。好きな葵のためにこうやって買い物をするのもできなくなるかもしれないから葵の喜ぶ顔を思い浮かべて楽しみながら私はプレゼントを買った。
葵の好きなものは変わっていなければ喜んでくれると思うが気が変わっていたらただ気持ち悪いだけだ。だから私はプレゼントの中にメッセージカードを入れることにした。
誕生日の祝いの言葉といらなかったら捨てるようにと書いて。
もう気持ちが変わってしまっていたら私がやっていることは迷惑行為と一緒で気色悪いだろうしこれは勝手にやっている自己満足だ。
私は葵がいなそうな時間を見計らってプレゼントを置きに行った。平日の昼間ならいないだろうと思ったけどその予想は当たっていて部屋に葵はいなかった。
良かった。葵と顔を会わせなくてホッとする。靴を脱いで部屋に上がると前に来た時と同じように葵は部屋を綺麗に片付けていて物が散らばっていることはなかった。
変わらないなと思いながら私はいつも二人でご飯を食べていたテーブルに目が止まった。私があげたガラスの靴とブリザードフラワーがあった。
埃一つもなくあげた時と同じ綺麗な状態で飾られているそれに嬉しくて涙が出そうになった。
まだ私を好きでいてくれるのだろうか。
離れる期間が長くなってきて私はもう内心だめかもしれないと思っていたからこれがあったのに驚いた。
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