第94話
気持ちが変わるなんて本当に一瞬のことなのに葵はどう思っているんだろう。
思っていた性格と違った、イメージからかけ離れたことを言われた、話してみたらあんまり話が合わなかった、理由は様々だけど相手を良いと思っている分何かイレギュラーなことがあった時の冷め具合は郡を抜く。それで一瞬で冷めてしまうなんてよくある話だ。そして冷めれば嫌いになったり、なんとも思わなくなったり、好きだったのはバカだったなと反省したりするのがオチだ。
葵もよく考えてみれば私の説明に頷けただろう。それを考えても好きなのか、ただ捨てられないのか、それはまだ分からないけど嫌いではないのだろうか。
部屋には私のパジャマも変わらずに置いてあった。いつだったか昔に葵が買ってくれた物だ。
もう答えは出たのだろうか。私はプレゼントをテーブルに置いて綺麗なガラスの靴を眺めながら思った。葵が私にとって特別だと形にした結果がこれしか思い浮かばなくてロマンティックに私の愛をあなたへ、なんて英語でメッセージを入れてしまったのを思い出した。あの時は不安もあったけど葵への気持ちを貫き通したかった自分に少し笑ってしまった。
もうそろそろ何か言われるのか、葵がどういう答えを導き出しても私は受け止めるけど、私のあげたガラスの靴とブリザードフラワーを見ると気持ちが揺らいだ。
別れたくない。嫌われたくもない。もしかしたら引き留めてしまうかもしれない。
一緒にいれない未来が怖くなった。
これで別れてしまったら立ち直れるのか分からないし、葵以上に好きになれる人なんて現れないと思う。
今まで過ごした時間は本当にかけがえのない大切な時間だった。
葵はいつも不安になりやすかったけど私が励ませば笑ってくれて、一緒に笑いあう時間は幸せだった。
私達は本当に分かりあっていたと思う。
葵の部屋にいると思い出が溢れてきてしまう。一緒にご飯を食べていろんなことを話してお風呂に入って眠りにつく。
些細な日常のことだけど全部覚えている。沢山葵と話して喧嘩した時もあったけど楽しんで過ごした日々をもう過ごせなくなるかもしれないと思うと悲しかった。
私は葵がいないと幸せになれない。
そのことに改めて気づいた。
私はどんな理由があろうと葵が好きだ。
葵の部屋に来てさらに自覚した。関係が歪だったとしてもやっぱり好きなんだ。
不可抗力で陥った関係に悩んで苦しんだけどこの気持ちは間違いない。
私は決意をして部屋を出た。
葵と次に話す時にちゃんと好きだと言おう。どんな結果になったとしても言わずにはいられない。もしかしたら私の話なんか聞きたくないかも知れないけど、それでも絶対に言いたい。
後悔はしたくないしできれば葵を離したくない。葵の気持ちが大事なのは分かるけど私の気持ちも通したいと思うくらい私は本気だ。
あの子と、葵と、ずっと一緒にいたいから。
部屋にプレゼントを置いた日から数日、私は以前よりはマシに生活できていた。葵を好きなことをはっきりと自覚してから心は落ち着いている。あとは待つだけなのだが、それは変わらず長く感じる。
葵がアクションを起こすかどうか分からない部分があるからいっそ私から言った方が良いかもしれないけどそれではダメだ。
葵のタイミングで葵の答えを聞かないと意味がない。
私はただひたすらに日々が経つのを待った。連絡が来るのはだいぶ先かもしれないけどそれでも待ち続けた。
そんなある日、もうしばらく誰とも遊んでいなかった時にやっと葵から連絡が来た。しかも仕事帰りの途中に電話がかかってきたから私は乗ろうとしていた電車に乗るのを止めて慌てて電話に出た。
「もしもし」
「……久しぶりだね……由季」
「うん。そうだね」
何だかんだもう十二月末で二ヶ月位は経っている。葵の声は懐かしく感じた。
「……今から……会えないかな?」
やっと答えが出たのか。葵の言葉に私は緊張しながら答えた。
「うん。大丈夫だよ。葵の家に行った方が良い?」
「……うん」
「分かった。今から行くね」
「……ありがとう。待ってるね」
葵は落ち着いた声でそう言うと電話を切った。待ち遠しかった日がいきなり来ると緊張して不安になる。行くのが怖いけどちゃんと話を聞きたい。
私は急いで葵の家に向かった。
少し汗を滲ませながら葵の部屋の前まで来るとインターフォンを鳴らす。
胸が緊張でドキドキしているけどもう覚悟はできている。しばらく待っていたら中から葵が出てきた。
「いらっしゃい由季。上がって?」
「うん。お邪魔します」
久しぶりに会った葵は笑いながら私を中に入れてくれた。もう、戻れない。これから、別れることになってもならなくても話すことは全部話すつもりだし、全て話は聞いて葵の判断に委ねたい。
私は葵の後を付いていきながらいつものテーブルの横に座った。そこで私は何となく察した。プレゼントを置きに来た時に見たガラスの靴とブリザードフラワーがないから、きっとそうだろう。
あぁ、もう終わりなのか。内心悲しくて辛かった。話を聞きたくない。聞きたくないけどもう最後になるからできるだけ話していたい。
私の前にコーヒーを置いてくれた葵はテーブルを挟んで横に座った。
「飲んで?少し、長くなると思うから」
「うん、ありがとう」
葵の気遣いに私はコーヒーを冷ますように息を吹き掛けてから、自分を落ち着かせるように何度か口に含んで飲み込む。私が傷ついても葵が幸せになるなら私はいいんだ。自分に言い聞かせるように心で言った。
「……誕生日プレゼントありがとう。覚えててくれたんだね?」
葵は私が落ち着いたのを見計らったように言った。あんな自己満足にお礼を言う葵は優しい。
「当たり前だよ。本当はちゃんと祝いたかったんだけどいきなりプレゼントとかごめんね。勝手に部屋に入ってるし、気持ち悪かったよね」
「ううん。プレゼントって……あんまり貰ったことないから…嬉しかったよ」
勝手に部屋に上がったのに葵は嬉しそうに笑ってくれた。私に気を使っているのだろうか、今はもう葵の表情を見るだけで胸が苦しかった。でも、泣いたり悲しがったりしてはいけない。私は葵を沢山傷つけたからそんなことする資格はない。
私は心を殺していつも通りに話した。
「そっか。喜んでくれて嬉しいよ」
「うん。……本当にありがとう」
「……」
何か話さないと終わってしまう。そう思っても話題も何も出なかった。
もう終わりが見えてるからか、私は黙ってしまった。もうこの部屋にも来れないし葵と話すことも容易にはできなくなる。
呆気なかったなぁ。思い出すと短い期間だったけど一緒にいて本当に充実していた。好きになって付き合ったのが葵で良かった。女同士だったけど私の心は本当に幸せで今までにない位満たされて楽しかった。
色々な思い出が頭を巡って嬉しくて悲しくて泣きそうになる。
でも、今日は絶対に泣かない。
泣いちゃダメだ。葵の話を聞いてちゃんと頷かないと、私がそう思っていたら葵は懐かしそうに呟いた。
「こないだのデート、楽しかったね」
「……そうだね」
気遣いに嬉しく感じる。少し猶予をくれる葵に私もあの日を思い出した。
「私ね、ちゃんとお付き合いしたの由季が初めてだからデートも楽しかったけど、いつも一緒にいるだけで楽しくて幸せで満たされてた」
「私もだよ。私も本当に楽しくて……幸せだったよ」
思い返すと止まらない。あの日々は一生記憶に残るだろう。葵も同じだったら良いな、無理な願いをする自分に笑える。
「……本当に、楽しかった。私、あんなに楽しくて満たされたの初めて。由季、今まで本当にありがとう」
葵は控え目に笑ってお礼を言った。あぁ、もうすぐか。もうすぐ言われるのか。言われたら悲しいけど私の気持ちも言おう。
でもなぜか頭が少し疲れて眠いようにうつらうつらしてきた。何だろう。確かに今日は疲れていたけどここに来て葵を見て安心したのだろうか。来るまでに緊張していたからその分の疲れが一気に来たんだろう。
「……うん。私も……ありがとう。本当に…」
急に来た眠気に耐えながら私は答えた。ちゃんと最後まで聞かないといけないのに眠ってなんかいられない。私は気を紛らすようにコーヒーを飲んだ。
「ううん。私、迷惑かけてばっかりだったから。ねぇ由季?あのね、……あの……」
「…どうしたの?……」
「……抱き締めてほしい……」
「……いいよ」
言いづらそうに言う葵に私は優しさに甘えるように頷いた。もう触れるのもできないかもしれないから。瞼が重くなるのを感じながら体を葵の方に向けると腕を開いた。すると葵は笑みを浮かべてから私の元に来ると控え目に抱きついてきた。
「ありがとう由季」
強く力を入れて抱きついてきた葵に私は応えるように抱き締めたいけど先程よりも眠気が強くなって、まるで凭れるように軽く抱きついた。
この眠気はおかしい。さっきのコーヒーか?葵が何か入れたのか?なぜ?葵の暖かさに私は眠りそうになりながら考えたけどもう起きてられなさそうだった。
「由季?……もう……………?」
葵が話しかけてくるけど何て言ってるのか分からないくらい意識が朦朧としてしまう。私はそのまま目を閉じて襲ってきた急激な眠気のせいで眠ってしまった。
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