第5話


「あ、由季の友達さんもどうですか?」


テーブルから身を乗り出しながら葵に話しかける透。私と同じで人見知りせずに誰にでも話しかける彼に呆れる。人は良いんだけどテキーラを初め会った人に勧めるとはバカなのか。


「あ、私は、その……」


助けを求めるように私を見る葵の肩に手を乗せて優しく引き寄せながら答える。


「飲みません。葵はお酒弱いし大体テキーラを女に勧めるとかバカなの?」


「おまえは飲むだろ?はっ!!おまえは女とかそうゆうくくりじゃないか」


「あんたにそんなこと言われるなんて腹立つわ」


「由季、大丈夫?」


透を他所に小さく不安げに尋ねる彼女に何度か頷いた。


「大丈夫だよ、まだ全然飲んでないから」


ショットグラスに並々注がれたテキーラ。はぁ、味は好きじゃないし飲めるけどこれは本当にダメになりやすい。しかしここまでされたら飲まない訳にはいかない。


「はい、ライム」


翔太がライムをグラスに差してくれた。お礼を言うと気を利かせて葵に話しかけてくれていた。ありがたく思いながらとりあえず私はショットグラスを持って透と乾杯して一気に喉に流し込む。強烈な味と刺激に直ぐにライムを噛んで吸う。


「あぁぁ、やっぱやばいわこれ」


「久々のテキーラうまいな!もっと飲むか?」


透は特に顔色を変えずにライムを口から離してグラスにいれる。こいつは桁違いだったのを忘れていた。今日はそこまで飲んでいないから大丈夫だがまともに相手をしていたらそれこそ死んでしまう。


「いやいいです。おとなしく飲んでて」


「なんだよ。あ、そういえばこないだ行ったバーの近くにうまい焼き鳥屋できたんだけど今度行かね?てかあのバーのママがまた来いってうるさくてよ、由季の飲みっぷりに惚れたらしいよ」


「先月のか、良いね行こ行こ。あの日の記憶かすれてるけどあのママもやばかったよね」


「あのママは強烈だったよな」


あの日は透の友達が通っているミックスバーに行ってしこたま飲まされて潰れてしまった。楽しかったけどまぁいつもの事だ。女にしてはよく飲むと気に入られることがしばしばあるがあのおネエなママに気に入られるなんてまた潰されそうで怖い。


それから話が弾んでしまい飲んだ時の話や近状を話していたらピアノの演奏が終わった。それに気づいて時計を見ると終電ではないが遅い時間になっていたのに気づく。そろそろ帰ろうか。葵をちゃんと帰らせてあげないと。


「透、私そろそろ帰るわ。また飲み行こ、連絡して」


「あぁ、また次な!連絡するわ」


透が来てから葵を随分放置してしまった。葵は翔太と話していたがせっかく会えたのに申し訳ない。


「葵ごめんね、ほったらかして。そろそろ帰ろう?」


「え、あぁ、うん」


「翔太チェックして」


葵は相変わらず顔を赤くして目もとろんとしてしてきている。飲みすぎて眠くなってしまったか、翔太から伝票を貰うとここは私に奢らせてと言って会計を済ませた。あまり飲んでないしこないだのお礼もある。


「由季、悪いから払うよ?」


「良いから良いから」


レシートを貰って笑いかけると小さくありがとうと呟いていた。翔太から荷物をもらって挨拶をして店を出る。夜風はとても冷たくて体が凍えた。


「葵、腕に掴まって良いよ?歩ける?」


「ん、掴まるから大丈夫」


「そっか、駅すぐだから頑張って」


ぎゅっと腕を掴んでよたよた歩くから少し心配だけど路線は一緒だし途中まで一緒だから大丈夫か。少しゆっくり歩きながら葵を横目に見ると顔を赤くして眠そうな目をしていて可愛らしかった。私はここでさっきのことを謝った。


「葵、ごめんね?あんまり話せなかったね。後から来たのもよく飲む友達でさ、人は良いんだけど超酒強くてよく潰されてるんだよ」


「…………」


「葵?」


呼び掛けても何も言わない彼女は腕に掴まって少し俯いているから表情が分からない。すると腕にまたぎゅっと力が入るのが分かった。


「……もっと……色々話したかった…」


「え?あぁ、そうだよね。ごめんね、次は二人だけで遊ぼう?葵は少し人見知りだったからちょっと困っちゃったよね。場所が良くなかったか」


今回は私が悪い。葵が人見知りだしお酒が弱いのを知っていたのにあのバーは良くなかった。たぶん、沢山の人とわいわい楽しんだりするのは苦手なんだろう、葵は少人数で遊んでじっくり楽しむタイプなのだと思う。長くお酒を飲んで遊んでいた私には久々な付き合いであったのでもっと気を使ってあげるべきだったと後悔しているとふいに葵は足を止めてしまった。もしかして、怒らしてしまっただろうか。


「葵?」


「由季……その…明日って……ひま……かな?」


「え、明日?あぁ、うん。暇だけど、ど、どうしたの明日」


腕に掴まる手に力を込めて離さない割りに少し緊張したように言うからこっちまで緊張してどもってしまった。なんだろう、葵の言いたいことが上手く汲み取れない。俯いた顔を覗き込むと不安そうな表情をしているからどうしたら良いのか分からない。すると小さい声で葵が言った。


「今日、うちに泊まらない?」


その言葉に少し拍子抜けした。色々考えていた心配はいらなかったようだ。そんなことで断られるかもしれないと不安だったのだろう。ちょっと黙っていた私にさらに視線を下げてやっぱりダメかなと悲しげに呟いて泣きそうに目を潤ませたから少し抱き締めてあげた。泣き止むように優しく撫でる。この子は本当に可愛いなぁ。


「大丈夫、大丈夫だから。今日泊まるから。あんまり話せなかったから色々話そ?私も色々話したいから」


「うっ……うん」


優しく体を撫でてゆっくり離れると指で涙を拭ってやり大丈夫だから、と言い聞かせるように呟くとこくこくと頷いてくれたから安心した。


電車に乗る頃には葵は少し眠ってしまっていた。というのも電車に乗ったらうとうとしてしまっていたので駅についたら起こしてあげるからと寝かせたのだ。平日だし電車は空いていて肩に寄り掛かるように眠ってしまった彼女を起こさないように葵の最寄り駅に着くのを待った。


「葵、駅についたよ?」


優しく体を揺すると眠そうにうん、と返事をして起きて二人で電車を降りて改札を出た。時刻は十二時前で人もまばらに歩いている。


「寒い、由季コンビニ寄ろ?」


「うん」


葵の家に向かう途中コンビニに寄って色々買ってから葵の家に向かった。その頃にはだいぶ葵も酔いが冷めたようだった。


「お邪魔しまーす」


「はい、どうぞ」


荷物を置いてテーブルの近くに座ると葵は上着をハンガーにかけてくれた。まだほんのり顔が赤いが眠気も少し覚めたのだろう。具合を悪くしなくて良かったと心底安心した。


「由季、先にシャワー浴びてきて?」


「あぁ、いいの?」


「うん、タオルとか部屋着貸してあげるから使ってね」


葵に促されるままシャワーを浴びに行く。髪も短い方なので直ぐにシャワーから出ると用意してくれたタオルで体を拭いてスウェットに着替えた。葵も続けてシャワーを浴びている間に髪を適当に乾かして借りた化粧水等を顔につけて歯を磨いて一段落つく。


そこでふと葵に渡す気でいたタオルを思い出した。これは渡さないと帰れないし今渡しとかないと忘れる。机に可愛らしいラッピングがされた包みを鞄から取り出してシャワーから葵が出るのを待った。が、なんだか眠くて少しだけテーブルに突っ伏してみる。テーブルの冷たさが気持ちよくて目を閉じてしまう。


「ねぇ、由季?風邪引いちゃうよ?」


頬に違和感を感じてふと目を開けると葵が部屋着に着替えていて、私の横に座りながら頬をつついていた。眠っていたのか、それにしても寝顔見てたのか。体を起き上がらせるとくすくす笑っていた。


「ごめん寝てた」


「ううん、可愛かったよ?あ、さっき買った水飲む?」


「葵のが可愛いから。水ちょうだい」


「え……あ、うん…はい」


さっきまで笑っていたのにもう目線を逸らして照れている。葵は照れたり困ったりすると上手く話せなくなってしまうみたいだ。水を受け取って一口飲むとテーブルに置いて、さっき出していた包みを渡した。


「葵これ、あげる。こないだのタオル」


「え?あれ本当だったの?別に良かったのに……」


驚いている葵。本当に人が良い。


「良いから使って?喜びそうな可愛いやつ買ってきたから。それともいらない?」


「そ、そんなことない!嬉しいよ?ありがとう」


こう言えば葵の性格上貰ってくれるのは目に見えていて案の定慌ててお礼を言って受け取ってくれた。少し利用した気になるがダメにしてしまったし受け取ってもらって良かった。それに葵も嬉しそうだしまぁ良いか。


「もう寝よう由季」


「うん、そうだね」


時計を見れば一時を過ぎている。どうりで眠いわけだ。電気を消して私が先にベッドに入って後から葵が入ってくる。葵のベッドは葵の良い匂いがするがそれ以上に近くに来た葵から凄く良い香りがして思わず顔を寄せる。こちらを向いていた葵は身じろぎしていたが逃げられないように腰に手を回した。


「葵、良い匂い。前も思ったけど本当良い匂いするよね。どこの香水使ってんの?」


「え?びっ、びっくりした…。普通のだよ?有名なのかは分からないけど」


「そうなんだ…なんか、良い匂い過ぎて安心する。んー、私のとは全然違うけど好きだわ」


少し甘いバニラのような香りだが甘過ぎず嫌な感じが全くしない。私は爽やかなメンズ寄りな匂いの方が好きで女子の甘ったるい匂いが苦手だったがこれは癖になりそうだ。胸元に顔を寄せると良い匂いに包まれて思わず腰に回した手に力を込めてしまう。しかし細くて柔らかい感触に直ぐに力を緩めた。


「んっ、もう、どうしたの?」


「葵の匂いに包まれて幸せを感じてる」


「なんか、恥ずかしいんですけど……」


控えめに頭を撫でてくれて下から覗き込むと少し笑っていたから嫌ではないのだろう。私は今日のことをちゃんと謝っとかないとと思って葵の顔と同じ高さになるように身動きした。話すなら今だろう。不思議そうに眺めるも撫でる手は止めなくて心地よかった。


「今日はごめんね。葵と楽しみたくて連れて行ってあげたんだけどあんまり話せなかったからさ。それに、話してたのに透が来たから横やり入れられたみたいになっちゃって、ちょっと気分悪かったよね」


あの状況ならそう思っても仕方ないし葵は話したかったと言っていたからもう少し場所を考えれば良かったと後悔していた。それに言いかけてもいたのだ。葵は少し驚いたように目を丸くして撫でる手を止めて顔の横に置いた。


「ううん、私が行きたいって言ったんだし由季のこととか色々知れて嬉しかった。だけど……」


そこで言い淀んで悲しそうに目線を下げてしまった。人の気持ちを汲み取ったり察知するのには長けている方だと思っていたのに葵についてはよく分からないことが多くて何が正解か分からないけど葵の小さな手を優しく握った。


「だけど、なに?……教えて葵」


優しく、優しく話しやすいように問いかければ葵は目線を上げて私を見た。それでも悲しそうに何だか泣きそうな顔をしていた。何でそんな顔をしてるの?私には分からないから葵の答えを待った。

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