第61話
「僕は透君しか考えられないんだ。ごめん」
よっちゃんは楽しそうな私達に目もくれず、迷わずに言った。あんなに透に断られているのによっちゃんの恋心にはもはや執念を感じる。しかし、翔太が数秒でフラれたのがわいそうだけど翔太の様子は特に変わらなくて普通だ。まるで分かっていたみたいだ。
「ま、いつでも来るように誘っただけで俺はいつでも大歓迎だから」
「翔太、心広すぎ!かわいそうだから今日は飲もう」
堀ちゃんは翔太に酒を勧めながら横目でよっちゃんを鋭く見ている。
「あんたフッたお詫びに酒でも入れなさいよ」
「ん?そうだな。じゃあ、何か飲みたいの好きなの飲んで良いよ。おまえらも飲めよ」
「え、私達も良いの?」
私は驚いて聞くけどよっちゃんはああ、と頷くだけだ。よっちゃんは本当に太っ腹で驚く。大体いつも奢ってくれるけど全く嫌みな感じもないし恩着せがましくもない。本当に透を好きなのを止めれば凄く良いと思うのに残念だと思う。
「ラッキー、由季色々頼も!」
「あぁ、うん」
堀ちゃんと私は適当にお酒を頼みつつ皆で話ながら楽しんだ。大体堀ちゃんがおもしろく男の話をしててそれを楽しんでいたけど酒が回ってきてからよっちゃんがいきなり止まらなくなった。
「僕は職も顔も体型も良いと思うんだけど何で透君は僕と付き合ってくれないんだと思う?」
「「え、……」」
その質問に私と翔太は見合わせた。確かによっちゃんのステータスは良いけど、たぶん同じことを思ったはずだ。質問がめんどくさいしベストアンサーがないだろう。二人で目でどうする?と会話していたら酔った堀ちゃんは遠慮なく言った。
「そんなん無理な人は無理なんだよ!幽霊信じるか信じないかみたいなもんでしょ?だめならだめで次行くんだよ!人生そんなもんだよ!てか、あんた自意識過剰過ぎて蕁麻疹出るから言葉に気を付けて。あー、痒くなってきたわ」
「堀ちゃん……」
止めてあげてほしかったけど全て言われてしまった。堀ちゃんは顔を赤くしてウザそうに腕を掻いている。蕁麻疹はたぶん冗談だけど堀ちゃんの辛口だけど前向きな発言に私も翔太も何も言えない。恋愛に限らずだめならだめで次に行くのは正しいけど相手はよっちゃんだ。よっちゃんが怒るか悲しむか不安に思っていたら、よっちゃんはハッとしたような顔をした。
「…そうか。僕はもう次のステップに行けば良いのか!今まではそのための修行だったんだ!」
「「え?」」
翔太も私も理解が追い付かない。よっちゃんいきなりどうしたの?飲みすぎたの?でもよっちゃんは立ち上がった。
「つまり、僕は透君を好きになって苦難を乗り越えて成長したんだ。これだけ長く苦難を強いられたんだ。もう成長したし次に行かなきゃならないんだよ!」
「まぁ、合ってる……と言えば合ってるのか?由季!なんとか言え!」
「え、私?私に振らないでよ!」
いきなりの翔太の振りに困っていたらよっちゃんは翔太に突然言った。
「翔太、僕と付き合ってみないか?」
「「「え?!」」」
今度は堀ちゃんも声が被った。急展開過ぎて付いていけない。さっき、風の早さで断ってたのに何が起こってるの。私が何も言えないでいると堀ちゃんが私の肩をバシバシ叩いてきた。
「由季!どうゆうこと?何が起きたの?!」
「……私も分かんない」
「翔太!どうするの?」
堀ちゃんが聞くと驚いていた翔太はやっと口を開いた。何か恋が始まりそうな予感にこっちがドキドキしてしまう。
「よっちゃんまじなの?」
「僕は真面目だ」
「え、じゃあ、本当に付き合ってみる?俺まじでよっちゃんタイプだし」
「じゃあ、試しに付き合おう」
よっちゃんは手を差し出すと翔太と握手した。この一瞬でどうやらカップルが誕生したらしい。よっちゃん、あんなに透のこと執拗に追い回してたのに気持ちの切り替え早すぎない?でも、翔太は嬉しそうだった。
「やばい、医者釣っちゃったよ俺」
「あぁ、うん。それは……分かったんだけど流れが早すぎて付いていけない。とりあえずおめでとう」
祝ってあげると翔太はにやにや笑っていた。
「俺玉の輿じゃね?」
その発言に堀ちゃんはテーブルを叩いて立ち上がった。
「おまえ、聞き捨てならん!ていうか思ったんだけど私キューピットじゃない?報酬払えおまえ!とりあえず五万払え!それで韓国旅行行ってくるから!一人で抜け駆けなんて許さねーぞ!私より先にベビーカー押す気か!?」
なぜか堀ちゃんは声をあげて怒っていた。酔っ払いだから仕方ないけど言い掛かりが酷いので私は椅子に座るように促した。
「堀ちゃん?僻まないの。どこの悪徳業者なの?とりあえず座って」
落ち着かせるように言ったら座ってくれたけど堀ちゃんは怒りながら悲しそうに私の肩を揺すってきた。それはかなり激しく。
「だって!私より先に幸せになりやがって!……腹立つ!由季!腹立つよ!!許せない!なんなの!見せびらかされてるよ私達」
「…大丈夫だよ。堀ちゃんにはまだ三年も時間があるでしょ?その間に石油王捕まえたら翔太より玉の輿だよ?人生勝ち組だよ」
私はあまりにも肩を揺らしてくる堀ちゃんを慰めるように言った。羨ましいなら有言実行するまでだ。石油王を捕まえたら堀ちゃんのベビーカーを押したい欲は叶う、たぶん。その慰めに堀ちゃんは表情を明るくしてくれた。
「…そっか。そうだよね!そうだよ!とりあえず出会いの場に行きまくれば石油王のチャンスはあるはず!」
「うんうん、そうだよ。大丈夫。まだ三年ある」
「由季ありがとう。ベビーカー押すために頑張る」
「うん、応援するから頑張って!」
堀ちゃんがやっと落ち着いたところで私達は祝い酒と言う名目でよっちゃんの奢りでシャンパンを飲んだ。よっちゃんはいつも高いシャンパンを入れてくれるから本当に美味しい。それを飲みながら新しくできたカップルを祝福しながらからかっていると意外な人物がやって来た。
「いらっしゃいませー…って、葵ちゃん?」
「え?」
翔太が驚いたように言うから喋っていたけど思わず振り向いた。そこにはいつも出かける時の装いをした葵がいた。今日は約束もしてないし、そもそも私の携帯には葵からの連絡はない。だけど私からは前に約束したように、どこに誰と何しに何時から何時まで行くのか等を正確に連絡していた。もう疑われたくないし付き合ってからやっていることだから、日課みたいになっていたのだ。
「由季、待ち合わせてたの?」
翔太は葵と私を見合わせて聞く。葵は気まずそうに黙って私を見てくるけど、今日はお酒を飲みに行くと言っていたから来たのかもしれない。今私は疑われてるし、私が前にした約束を破るかもしれないと葵は考えていそうだ。
「…うん、そうだよ。葵は今日ここら辺で仕事だったみたいだから終わったら合流しようと思ってたんだ」
「なんだ、そうだったんだ」
葵が何も言わなさそうだから私は適当に誤魔化した。これは長居する訳にもいかない。私達は付き合ってはいるけど喧嘩中だ。それでも、そんな雰囲気すら感じないように私はいつも通りに葵に話しかけた。
「葵、お疲れさま。来てくれてありがとう。じゃあ、行こっか」
「……うん」
「え?由季と葵ちゃん飲んで行かないの?」
私が帰ろうとしているから翔太は口を挟んできた。適当に考えながら私は身支度を整える。
「帰るよ。明日朝から遊びに行くんだよ。ちょっと遠いから早めに朝出るからさ。早くチェックして?」
「あーそうなんだ。葵ちゃん久しぶりだから話したかったのに。ちょっと待って」
翔太が会計を確認していたら堀ちゃんは酒を飲みながら残念そうに呟いた。
「えー、由季もう帰るの?」
「うん、また次ね。よっちゃんの今後も気になるし。よっちゃんも今日はありがとね」
「あぁ、また飲もう」
皆に挨拶をしてから翔太が持ってきた伝票を見て会計を済ます。こうやってお酒を飲む機会は山程あるし、いきなり来てしまった葵をあしらったり何かできない。私はさっきから何も話そうとしない葵を連れて店を出た。
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