第9話


葵の部屋について一段落つく頃には葵はだいぶ落ち着いていた。まだ少しグズってはいるけど、上着を脱いでさっき買ったコンビニの袋を机に置いて飲む?と水の入ったペットボトルを差し出す。葵は、うんと頷いて一口飲んでテーブルの横に座った。

私も隣に腰かけて横から覗き込みながら葵の手に自分の手を重ねて優しく握る。


「落ち着いた?」


「うん」


握った手をぎゅっと握り返しながら赤く潤んだ目でこちらを見てくる。それに少しドキッとしたけど良かったと呟いて顔を離そうとしたら胸にゆっくりと凭れ掛かって来た。戸惑いながらも受け止めて、どうしたの?と問いかけて髪を撫でると小さく話し出した。


「こないだ、電話であんなふうに怒っちゃってごめんなさい。本当は由季の気遣いもちゃんと私のことを考えて言ってくれてるの分かってたから嬉しかったけど、久々に話せたのにああ言われたのが寂しくて悲しくなっちゃって……本当にごめんなさい。………あんなこと…言うんじゃなかった。………本当にごめんなさい」


重ねていた手に指を絡めて握り返しながらすがり付いてくる。それが痛々しくて頭に頬を擦り寄せた。私より少し身長の高い彼女が本当に小さく感じた。


「いいよ。まぁ、ちょっとは傷ついたけど葵の方が傷ついてそうだったから、だからいいよ。葵も仕事忙しかったから色々あったでしょ?仕方ないよ。私の言い方も良くなかったから」


「由季は………全然悪くない、悪いのは全部私だから。私が勝手に寂しくなって怒ったりしたから……由季は、優しいから。優しいから私が甘えてるだけなんだよ」


優しい?葵の髪を撫でながらふと疑問に思う。話し方は優しいとは言われることがあるが私は普通に接しているだけだ。でも喧嘩した時に言っていた無理に合わせていると言う言葉がちらついた。あれはそう思っていたから出た言葉なのか。葵は静かに泣きながら続けた。


「私、自分に………自信…なくて。いつも言葉足らずだし……上手く話せない。そのくせにいっぱい考えちゃって伝えられなくて………。……それでも由季はいつも優しくしてくれて受け入れてくれて…それが嬉しくて。でも、不安で………」


「だから、私が無理して葵に合わせてるって言ったの?」


この子は綺麗で可愛くてスタイルもよくて今日みたいにイケメンにも言い寄られるのに自己評価はとても低くて、自分の中身にかなりコンプレックスを抱いている。もっと言い聞かせてあげないと不安は取り除けない。他人に劣等感を感じてずっと苦しんできたんだろう。本当に哀れで私まで苦しくなる。


「………うん」


葵は遠慮がちに頷いた。


「由季と一緒にいると楽しくて本当に嬉しい。けど、由季はいろんな友達がいて私なんかとは違い過ぎて…凄く優しいから………もしかしたら嫌いなのに無理してるのかなって…思って。私……つまんないし…上手く話せないし……それに…お…重いよね?最初に友達になってってお願いしたの私なのに……色々求めて……由季を縛ってる気がして。そういうのしたくないのに…気持ちがついてこなくて……私…わた…し‥」


そんなに気にしなくて良いのに、私はとても切なくなった。葵はそこまで言って堪えきれなくなったのか小さく声を出して泣き出した。震える彼女を優しく背中を擦って頭を撫でる。幾分か落ち着いてから葵、聞いてくれる?と優しく耳元で囁くと少し泣き止んで頷いてくれた。葵の心の声にちゃんと答えてあげないとならない。繊細な彼女に私の気持ちが伝わるように絡めて握られていた手を握り返した。


「まぁ友達はそれなりにいるからいろんなとこ遊びに行ったりするけど、それでもさ、上手く話せる話せないとかそんなの気にしたことないよ。こないだも気にしなくて良いって言ったでしょ?上手く話せないからって、葵の気持ちが重いからって葵のこと怒ったりした?」


葵は首を小さく横に振って控えめに否定をする。私はそれを見て笑った。


「私はさ、葵と一緒にいて私も楽しいし嬉しいんだよ。だから遊んだり連絡したりしてるだけ。それに、葵のことが好きだから優しくしたくなるんだよ。葵はつまんなくないし良いとこ沢山あるよ?自覚ないかもしれないけど態度で気持ちを表現したり伝えてくれたりするの可愛くて少し子供みたいで良いし、あと、料理が上手くて私のために頑張って色々作ってくれるでしょ。あとは、まめに連絡してくれて私の話聞いてくれたり覚えててくれたり、全部嬉しいし私は好きだよ。素直で甘えたがりで可愛いしさ。それに優しいのは葵の方だよ?」


「私?」


葵は今まで私の胸に預けていた顔を上げた。泣きすぎて目が赤くなっている。少し目元を拭って目線を合わせた。前から思っていたしそういえばちゃんと言ってなかったなと改めて思った。


「私達の出会いって恥ずかしいけど私が潰れてた時に葵が助けてくれたじゃん?あんな見ず知らずの酔っ払いなんか普通無視して行くのに私のこと介抱して家に泊めてくれてさ、本当に優しくて良い子だなって思ったよ。今も私に良くしてくれるし、こんな良い子と知り合えて本当良かったなって。あの時はありがとね。てゆうかさ、むしろ私の方が葵に嫌われてるかもって思うよ。あんなマイナスからの出会いだったし全然取り柄ないし」


少し照れ臭くて、最後の方は冗談のように言ったつもりが勢いよく首を振って食い気味に否定してきた。


「そんなこと、絶対ない!私、由季のこと嫌いになったりなんか‥しないよ?!」


「うん、ありがとう」


あんまり必死に言ってくるから可愛くて笑みがこぼれる。こんなふうに気持ちを伝えられてくすぐったくて嬉しくなる。葵は私が笑ったから照れているも目線は逸らさない。どうしたのか目で問い掛けると恥ずかしそうに呟いた。


「由季がそう言ってくれて…すごい嬉しい。それに、また仲良くできるって思って‥安心した。あの……私の方がありがとう。私もね由季と知り合って楽しくて本当に良かったって思ってるから」


「うん。じゃあ、これでもう喧嘩の話は終わり。もうそんなに考え込まないでね」


「うん。………いつもありがとう」


「全然。また不安になったりさ、何か思ったことがあったら何でも言ってね?ちゃんと分かりたいから」


「………うん。ありがとう」 


葵は感極まったのかまた涙を流して笑った。泣き虫だなぁと少し呆れたように言ってよしよしと撫でれば嬉しいんだもんと拗ねたように言うから、何も言えなくなってしまう。不安になりやすい葵はようやく不安が解消したようだ。


それから葵が泣き止んで少し話ながらふと時計を確認すると十一時半を過ぎていた。今日は葵と仲直りできたし葵と会えれば良いと思っていたからそろそろ帰ろうか。明日も葵は仕事かもしれないしまだ終電は間に合う。


「葵、私そろそろ帰るよ」


「え?帰っちゃうの?………でも…もう夜中だし、危ないよ?」


やっと泣き止んで笑ってくれたのに帰り際になるとまた不安そうな顔をする。この顔に私は弱いからやめてほしい。


「大丈夫。終電もまだあるし夜道は気を付けるから。それに明日も仕事あるんじゃないの?」


「それは……あるけど」


安心させるように頭を撫でて帰る準備をしながらコンビニで買ったお菓子を思い出す。


「じゃあ、今日はちょっと目擦らないようにして暖かくして寝なよ?それでまた連絡して休みの日に会おう?あ、私の連絡先消してる?あ、でも帰ったら連絡するからその辺は大丈夫か。あと来る時にコンビニでお菓子とか買ってきたから食べて?」


「うん、ありがとう」


コートを羽織って身支度を整えると座りながらこちらを悲しげに見つめる彼女の顔に手を寄せて頬を撫でてやる。少し嬉しそうに目を細めて私の手を掴んでくるから可愛くて思わずにやけてしまう。帰り際の彼女を甘やかしてしまうのは恒例になりつつある。


「じゃあ、帰るから。また連絡するからね、ちゃんと戸締まりしなよ?」


葵の顔から手を引いて玄関に向かおうとすると両手で手を掴まれた。少し強めに握ってはいるけど振り払おうと思えば簡単に振り払える程の力だ。可愛くて顔が緩んで笑ってしまう。


「どうしたの?ちゃんと連絡するから大丈夫だよ?」


まだ不安がっているのかと思って掴まれた手を握って膝をついて目線を合わせる。葵は不安そうにまた私に控えめに抱きついてきた。


「明日の仕事…午後からだから。だから、泊まっていってほしい。……だめ?」


控えめに不安そうに言うからそんな所が可愛らしくてせっかく帰ろうとしたのに彼女のお願いを聞いてしまいたくなる。気持ちを伝えようとする彼女に本当に私は弱いようだ。気付くと笑って頷いてしまった。


「もう、しょうがないなぁ。じゃあ、早くシャワー浴びて寝よう?もう夜遅いし」


「うん!」


嬉しそうな葵と自分の甘さに笑えてしまう。またコートを脱いで甘えん坊だなぁとからかうとだって寂しいんだもんと照れて言うからまた顔がにやけてしまった。

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