第8話


あれから一週間たった。連絡はしてみるものの既読はつかないし電話にも出てくれない。さすがに堪えたけど私は連絡をし続けた。こんなことではめげない。だってあの日のあの子の言葉は少なからず私も傷ついたがそれ以上にあの子の方が傷ついているから。


話がしたいこと、私も悪かったこと、葵を嫌っていないことを葵に気持ちが伝わるように連絡をして、前にした彼女との連絡のやり取りを思い出してカレンダーを見る。


仕事が忙しくなる前に葵は忙しくなっても二~三週間すれば少し落ち着くと言っていた。ちょうど二週間経った。早速、行動を起こす予定だ。


本当なら一週間経つ前に葵に会いに行きたかったがあのまめな葵が一週間も連絡を断っていたのだ。たぶん行っても仕事の時間のせいで会えないだろうしそれこそ四六時中張ってないと無理だろう。生憎私にも生活がある。一週間はもどかしかったが連絡のみにしていた。


私は早く葵に会って謝りたいし話を聞きたかった。私よりも年上で綺麗で可愛くてスタイルも良いくせに中身は随分と可愛らしくて、ちょっと嫉妬深くて自己評価の低い彼女を放っておくことはできなかった。

世間では彼女のような子を重いと言うのだろう。本人も言っていたが、確かに友達に嫉妬したりヒステリックに怒りだしたりよく泣く彼女を見ればそうかもしれない。でも、私は葵を引いたり嫌いになったりなんてできなかった。


そんなこと気にならないほどの魅力が彼女にはあったし私自身苦痛にも感じず、愛らしくてついつい言うことを聞いてしまう。むしろ色々気持ちを教えてほしいとさえ思った。私のお節介な性格上仕方がないのかもしれないが。


それでも、感情を豊かに表現する彼女はとても見ていて飽きないし惹かれる物があった。だって、私にはあまりないから。ああやって誰かに怒ったり、泣いたり、甘えたり、私には殆どない事だから。だから、私は彼女に惹かれてしまうのかもしれない。



週が明けて何日か経ち私の休みの前日、水曜日になった。私の仕事は木曜日曜祝日休みなので今日は終電まで葵の家で粘る予定だ。

仕事が定時に終わって、急いで葵の家に向かう。相変わらず連絡もなければ既読もつかないけど今日家に向かうことを連絡した。


葵の家の最寄り駅について近くのコンビニに足を運んだ。会えた時のために何か差し入れとして色々買って行こうか、葵は甘党だから甘いお菓子と飲み物を適当に選んだ。

もうすぐ春だと言うのに風が冷たくてまだまだ寒い。葵の家の道のりを足早に歩いてマンションについた。

時刻は八時。少し緊張しながらも葵の部屋番号を押して呼び出すも案の定でない。

そんな上手くいくわけないか。と少し笑って、マンションの入り口に出た。人はまぁまぁ歩いてはいるが葵らしき人物は見当たらない。携帯を取り出して家で待っていることを連絡して長丁場になるのを覚悟した。


それから時間が経って十時になった。寒さが流石に堪えるがちょっとした段差に腰掛けながら葵を待った。終電までは時間がまだあるが今日は会えないかもしれない。さすがに人通りがなくなってきた道に私は落胆しながら駅のほうを見つめる。

葵に会ったらまず謝って話を聞かないと。だけど、まずは何を言おうか。私の話を聞いてくれるだろうか、色々考えを巡らせて考えるのを止めた。どうせ考えたって私は私なりにしかできない。会えば自ずと言葉がでるはずだ。ただストーカーっぽい私の行動に気持ち悪がられたり引かれたら終わりだが。不安な気持ちを消し去って時計を見ながらひたすらに待っていた。


すると、駅の方から何やら揉めているような声が聞こえて、どうやらそれは男女のようだった。


「ねぇ、家あがらせてよ?良い偶然じゃん?俺、やっぱお前のこと好きだよ」


「もう終わった話、だよ。和也君、他に良い人いるんじゃないの?……付いてこないで」


「そう言わないでさ、やっぱりお前が良いんだって。やり直さない?まんざらでもないでしょ?」


「私は、…好きじゃないから……!」

 

暗くてあまり見えないが女の声は聞き覚えがあった。葵だ。声からして困っているし男が葵の腕を掴んで歩みを止めさせている。内容を聞く限り元カレなのか?私は少し急いで葵の方に向かった。


「またまた、俺が言うとだいたい皆オッケーだしこれからまた好きにさせるから付き合わない?」


「いや、……あの、だから、私は…好きじゃないし。付き合う気も、ないから」


「俺結構マジなんだよ?絶対大事にするし心配しなくて良いってー。まずはお試しって感じでさ」


「あの、こうゆうの…本当にやめて……」



明らかに困ったような声に私は葵、と歩み寄りながら名前を呼んだ。少し俯いていた彼女は顔を上げて私を見るも驚いて悲しそうな面持ちで視線を下げてしまう。由季と小さく名前を呼んでもらっただげまだましかと小さく笑って、男に向き直った。身長の高い所謂イケメンの部類だが発言はよろしくない。


「あ、なに?葵の友達?」


「………」


「はい。葵の友達です。悪いけど葵困ってるから止めてもらえないかな?」


何も言わない葵の代わりに答えた。笑みを消して最後の方は強めに言った。こういう輩は強めにいかないと勘違いする。だけど、この男は結構頭の悪い男のようだ。


「いやそれがさ、さっき仕事が終わって帰り道に丁度良いと思って声かけたんだけどつれなくてさー。今回の仕事で結構良い感じ?てゆうのになったからやり直したいのにさー」


話を聞いてないのかにこにこ笑いながら葵の腕を掴んで顔を覗き込もうとした男は、嫌と強く否定をされていた。葵は咄嗟に腕を強く振り払うと何歩か後ろに下がる。相当嫌なのか唇を噛み締めて、自分の腕を強く握って、嫌悪感を醸し出している。この子にこんな事をさせるとは胸中が穏やかでない。


「あー、ごめんごめん、葵。あ、そうだ、良かったら三人で知り合いのクラブにでも行かない?絶対楽しいよ!」


この男はまだめげていないようだ。ため息がでる。


「行きません。それに、こうやって嫌がる子に無理矢理付いてくるなんてストーカー紛いなこと警察呼びますよ?」


「え?やめてよ?冗談きついなー。ちょっと姿が見えたから話そうと思っただけだって。それに顔見知りだしさ」


少し焦りが見えた。このまま畳み掛けれそうだ。私は携帯を取り出しながら淡々と答える。


「冗談じゃなくて。葵も嫌がって怖がってるし私は目撃してるし、取り扱ってくれるんじゃない?帰る気ないなら警察呼ぶけど」


私が携帯をタップして無表情に首を傾げるとやっとことの大きさが分かったのか顔を青くして動揺していた。


「いや、帰る帰る、ごめんって。もう帰るから、葵もごめんね?」


「………」


黙る葵の表情はとても嫌がっていた。たぶん、こいつは話を聞いた限り元カレで何回か寄りを戻そうと葵に言い寄っているんだろう。葵の様子から全く気はないようだし良い機会だ。この際、釘を刺すことにした。


「ごめんじゃなくて。葵あなたのこと本当に嫌がってるし付き合う気もないみたいだから金輪際付きまとうのも止めないと今通報しなくても後からいくらでも言って警察に被害届けとか出せるから。分かってるよね?言ってる意味」


冷静に早口に捲し立てると何度も頷いて分かった分かったと繰り返した。男は見るからに動揺していた。


「分かったってば!本当に少し話そうとしただけだから。警察はまじで勘弁してよ。俺もう帰るから。じゃあ」


それだけ言い残すと逃げるように駅の方に足早に去って行った。全くああいう輩には頭が痛くなる。はぁと小さくため息をついて、葵に歩み寄った。


「大丈夫?」


「…うん……ありがとう」


目線逸らしてこちらを見ないけど返事はしてくれた。久しぶりに見た葵は少し疲れた顔をして気まずそうにしている。重い空気を壊すように話した。


「そのさ、あのー、連絡したんだけど、その避けてるみたいだったから分からないと思うけど、葵と話したくて待ってたんだ。」


「………」


何も言わない彼女に少し気まずいけどやっと会えたんだ。今言わないとこのままだ。いつも通りの口調で私は話した。


「葵は話したくないかもしれないけど、私はこのままでいたくなかったからちゃんと色々話したいと思ってさ。それに私の言い方も良くなかったし、嫌な思いさせたから謝りたかったんだ。だから少しだけ話せないかな?」


「………」


「だ、ダメかな?ちょっとで良いから。そしたらすぐ帰るから」


なおも何も言わない彼女に少し困ってしまう。本当に嫌になってしまっただろうか、話し等する気もないのだろうか。不安を抱えつつも次の言葉を探していると地面に何かが落ちた。それが彼女の涙だと言う事に葵が顔を上げて気づいた。


「あ、葵?ど、どうしたの?どこか痛いの?もしかしてあいつに何かやられたの?」


目線を合わせながら悲痛な面持ちで目にいっぱいに涙を溜めてこぼす彼女に酷く狼狽して頭が回らない。本当にどうしたのか、葵は首を横に振るだけだった。もしかしてそんなに私が嫌だったのか?


「ごめん、やっぱり嫌だっ……!?」


言い切る前に葵が抱き付いてきた。首に腕を回して強く抱き締められて驚いたけど泣きながらそれでも必死にすがり付くような様子に言葉を失う。


「ごめんなさい」


震える声で葵は言った。そして何度も何度もごめんなさいと繰り返した。そんな葵に胸が締め付けられて、だから泣き出したのかと思った。謝罪の言葉だけで汲み取ることができた私は優しく抱き締めてあげた。華奢な細い体にあまり力を入れないで優しく優しく背中を擦った。


「葵」


私の呼び掛けに体を震わせる彼女を安心させたくて優しく話した。いつも通りの私の話し方だけど、それでも優しく話した。


「もういいよ?私、怒ってないから。なんにも怒ってないから。だから謝らないで。それに、私の方がごめんね。嫌な思いさせちゃったよね」


「ちっ………違う……違う、から…」


首を頻りに振って否定している彼女を優しく引き剥がして手を握った。不安そうな顔をしてるから優しく笑って頭を撫でてあげる。さっきまでの不安なんかなくなってしまっていた私は少し意地悪かもしれないけど優しく確信を持って聞いた。


「葵、私のこともう嫌い?関わりたくもない?」


直ぐに首を横に振って否定をする姿にまた小さく笑って本当に良かったと思った。


「そっか。良かった。私もね葵と同じだよ。ねぇ、葵、葵の家行っても良い?葵とちゃんと話たいし葵の話も聞きたいから。いい?」


「………うん……」


泣きながら首を縦に振る姿が可愛らしくて一回ぎゅっと抱き締めてあげると少し泣き止んでくれた。もう大丈夫だよと優しく言えば小さく頷いて手を強く握ってきて、ゆっくりと私達は歩きだした。

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