第10話


シャワーを順番で浴びて私がご飯を食べていなかったからまたコンビニに買い出しに行こうとしたら葵が私が作るからと強く言ってくるのでおとなしくお願いした。すると簡単なスープと小さいおにぎりを作ってくれた。相変わらず美味しいそれに美味しいと言いながら全て完食すると嬉しそうにしていて私は完全に胃袋を彼女に掴まれていた。


夜食を食べ終わって歯を磨いて少しタオルで葵の目元を冷やしてからベッドに入る。仰向けになっていた私に横から葵が擦り寄って来るから葵の方に体を向けてあげると嬉しそうに首もとに顔を寄せて抱きついてきた。くすぐったいけど嬉しそうだからそのままに少し話ながら仲直りできて良かったと思って、葵の柔らかい髪を撫でていると小さく呼び掛けてくるのでなあに?と聞き返した。


「今日、助けてくれてありがとう」


私を上目遣いで見ながら呟く。あぁ、喧嘩の方が重要でそんなこと忘れていた。


「いいよ。それより気を付けないとダメだよ?葵は可愛いし綺麗だしスタイルも良いんだから…本当に危ないんだからね?」


「え?だ…大丈夫だよ。私は……そんなに可愛くないし綺麗でもないし……少しだけ…スタイル、良いだけだよ」


最初から最後まで自信無さそうに言うから呆れる。目鼻立ちが綺麗で整っていて十人いたら十人は可愛いとか綺麗って言いそうなのに。この子はなんて評価が低いんだ。私は顔を近付けて言い聞かせるように言った。


「何言ってんの?葵はどう見ても可愛いから。男が放っとかないし、私もなんなら虜だし?葵が可愛いくてついつい甘やかしちゃうしさ。あんまり可愛い事しないでよ?私本当に葵にベタ甘なんだからね」


「そ、そんなことないし……恥ずかしいから本当に……」


目線を泳がせながら言うから少し笑って本当のことですと言いながら頭を軽く撫でるとからかわないで、と照れてしまった。全く言ったそばからこれだ。可愛いくて仕方がない。


「からかってないよ。あ、それより一応聞くけどあんな一昨日来やがれみたいなこと言っちゃったけど大丈夫だった?あの人って違ってたら悪いけど元カレ?なんだよね?見るからに好きじゃなさそうだったからああ言っちゃったけど……」


「だ、大丈夫!!好きじゃないし私も困ってたから。由季が来てくれて本当に助かったよ」


葵がこう言うなら良いのか。少し不安だったけど良かった。これでありがた迷惑なんてしてしまった日には申し訳なさすぎて顔も見れない。


「あの人、確かに元カレ?なんだけどすぐに…別れちゃったから。全然関わりなかったけど今回の仕事が一緒でそれで何度かまた付き合いたいって言われて、断ってるのにしつこくて、だから本当にありがとう」


「そうだったんだ。いいよ全然。にしても葵はああゆう男がタイプなんだ?ま、確かに顔はイケメンではあったね。中身はあれだけど…」


少しニヤニヤして顔を見ると慌てて首を小さく横に振っていたって真面目な様子で答えてきた。


「ち、違うよ?確かに元カレだけどね、えっとね…私、自分に自信がないって言ったでしょ?…だから好きな人ができたり、誰かと付き合ったりしたら変われるのかなって思って……本当は良くないけど好きじゃないけど付き合ってみたの。今考えると相手にも失礼なことしたなって思うけど…でもやっぱり好きじゃなくて…それですぐ別れちゃったから」


「そうなんだ。ねぇ、言いたくなかったら良いんだけどさ………なんでそんなに話し方とか気にしてるの?」


私はずっと気になっていたことを聞いた。いくらなんでも自己評価が低すぎる彼女は自分の話し方を必要以上に気にしている。そのせいで自分の価値を本当に下げていることすら気付いていない。葵は少し視線を下げて黙ってしまった。


「ごめん、この話やめよっか」


それでも私は良かったから優しく髪を撫でていつも通りに答えた。誰しも言いたくないことくらいある。言いたくないなら助けになりたかったけど仕方ないと思った。髪を撫でながら何を話そうか考えているとポツリと葵が言った。


「私ね…昔から引っ込み思案で…初めての場所とか初めての人に凄い緊張しちゃって上手く話せないの。友達とは少しは上手く話せるんだけど、でもやっぱり凄く口下手で…前に友達に言われたの。葵と話すの……疲れるし…あんまり話さないからつまんないって。自分の意見はないの?って言われて………それで……結構ショックで…私も気にしてたから、やっぱり皆そう思うんだなって思って。………それからなの。話してる時とかにウザくないかなって気になったり伝えたいこと色々考えすぎちゃって上手く伝えられなかったりして。気になるけど全然上手くできなくて…嫌になっちゃう」


葵が辛そうに笑って話すからこちらまで辛くなってしまう。強いコンプレックスが友人の心ない言葉がトラウマになってずっと気にしてたんだ。そんなことが起きて人といて心が休まった時はあったのだろうか?でも、少しだけ分かる気がした。嫌なことは強烈な刺激として良いことよりも鮮明に覚えてしまう。それは私も一緒だから。何か言ってあげたいけど言葉を選びすぎてしまう。これ以上傷ついたりしてほしくなくて思考を巡らせていると、でもね、と嬉しそうに葵が話し出した。


「由季と会ってからあんまり気にならなくなったんだよ?まぁ、由季には嫌われたくないから気にしちゃうけど……前に私に言ってくれたこと本当に嬉しくて安心したの。ずっと自分が上手くできなくておかしいって思ってたから。だから、本当にありがとう。」


本当に嬉しそうに言うから、なんだか胸がいっぱいになっていてもたってもいられなくて葵を抱き締めて頭に顔を寄せる。葵は驚いているけど私は目頭が熱くなっていて顔を見られたくなくてぐっと堪えた。変でもなんでもないのに。でも、葵の助けになれていたみたいでそれが嬉しかった。


「由季どうしたの?苦しいよ…」


「葵が嬉しい事言うから抱き締めたくなったの」


「なにそれ?照れてるの?」


ちょっと笑いながら少し強めに服を掴んで抱き付いてくる。苦しいと言っていたのに行動は違っていておかしいのに嬉しかった。照れているのはどっちもか。


「うん。なんか嬉しくなっちゃってさ」


目頭の熱さが収まって顔を離して少しだけ距離を取るといつも通りに笑った。もう大丈夫だ。


「なんにも気にしなくて大丈夫だよ。前に言った通りだから」


「うん、ありがとう由季」


二人で笑いあった。気持ちはちゃんと通じているようだった。私は胸がいっぱいで上手く言葉にできなかったけどこれでいい。安心したら急に眠気がやって来た。もう夜も遅かったのを忘れていた。


「もう寝よっか」


「うん、そうだね」


それを合図に目を閉じると葵がまた寄ってくるからそのままおやすみと言えばおやすみと返ってきて、私はまた背中に手を回した。


私は目を閉じて考えた。葵の話を聞いて胸が苦しくなることばかりだけど放っておけない。そばにいてあげたいし悲しませたくない。話ができるできないなんて気にならないくらい楽しい思いや嬉しい思いをさせてあげたい。

私は葵を、重いから、口下手だからって嫌いになんてなれそうになかった。この際多大なお節介をやいてやろう。眠りにつきながらそう決意した。



翌日、顔に何かが触れているのが分かって目を開けるのと同時にそれを掴むと葵の手だった。あっと言いながら至近距離にあるその顔に何してるの?と問いかけるも


「綺麗で…触りたくなって、つい……ごめんね?」


と恥ずかしそうに照れて謝る。私のどこが綺麗なのかよく分からないけどもう目が覚めてしまったのでいいよと言いながら起き上がった。時刻は九時で葵は二時から仕事らしいからまだ時間に余裕がある。


「葵まだ眠かったら寝てて良いよ?まだ時間大丈夫でしょ?私起きてるし」


「ううん、私も起きてる!少し早く目が覚めちゃったから眠くないし大丈夫だよ」


葵も起き上がって髪を整えている。ん?私はそこで疑問に思った。


「そうなの?…え?じゃあずっと私の寝顔いじってたの?」


「え?あぁ、うん。最終的には触ってたけど……見てたって言うか…」


悪い事がばれたような物言いに、どうやら私が起きるよりも早く起きていたようだ。起こしてくれれば良いのに、アホ面を可愛い葵に見られてもてあそばれたらしい。なんていう失態。


「もー、死にたい……こんなブス面見せてむしろごめん。てゆうか起こしてくれれば良かったのに」


「え、そんなことないよ?由季は…綺麗だしそれに起こしたらかわいそうかなって」


真面目に答える葵に少し引く。どうしたの葵。


「…ねぇ、さっきから私が綺麗って葵なに言ってんの?」


「なにって、本当の……こと、だけど?」


なぜか照れてる葵。こんな可愛い子に言われて少なからず嬉しくはあるけど、待て。おかしい。私の顔は普通だし綺麗ではない。


「いやあのね、私とか普通としか言いようがないしむしろお酒飲み過ぎたりするともう妖怪だし、私が綺麗だったら葵は可愛い過ぎて見れないわってレベルだからね?てか、葵の可愛さと綺麗さに比べたら霞みまくりすぎて霧か?ってなるよ」


少し咎めるように言い聞かせてみるが、葵は相変わらず照れて慌てたように目線をいろんな方向に向けている。伝わってない?


「ゆ、由季こそ可愛い可愛いって…言うけど私…全然……普通だし。由季の方が大人っぽいし優しくて…き…綺麗だよ」


「いや、葵は可愛いから!本当可愛い過ぎて目にいれても痛くないって言うか目に入れたいから!私だからね普通は。てゆうか本当になに、どうしたの葵。あ、誰かに言わされてるの?もうそれしか考えられない、そうか……だから…」


「いや、そんなんじゃないよ。言わされてないから!」


最後の方は冗談っぽく言ったのに焦って否定するからからかいたくなってしまう。私は本当に葵をからかったりするのが好きみたいだ。


「そうか、脅されたんだね。かわいそうに。私安月給だけどいくらか支援してあげるから、いくらほしい?」


「えぇ?お金なんかいらないから!だから違うって言ってるでしょ?私本当に思ったこと言っただけだし……えっと、あの…」


もうここでやめてあげよう。笑いがこらえられないし葵がかわいそうだ。


「ふふ、冗談だよ冗談。可愛くてからかっちゃった」


頭に手を置いて優しく撫でると心底安心したような顔をして


「初めて会った時のこと思い出しちゃったよ…」


と呟くから、笑えてしまう。


「あの時は冗談じゃなかったからね」


「由季変なこと言うしお金渡してくるし本当驚いたんだからね?」


「だって、申し訳なくてさー。でも、葵あの時よく喋ってたよね、怒ってたし」


「それは由季が変なことばっかり言うから!」


珍しく怒ったように言う葵。あの時はお互いに色々思う事があったみたいでちょっぴり申し訳なくなる。


「ごめんごめん」


「もう飲みすぎは気を付けてよ?」


むくれて言うからはいはいと頷くと葵は思い出したように朝ご飯の準備するねとキッチンに向かった。

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