第59話
次の日、目が覚めると葵はいなかった。今日も朝早くから仕事だったんだろうけど、テーブルには置き手紙があった。葵の綺麗な字で書かれていた。
[由季へ、今日は朝早いから先に出ちゃうけど朝ご飯は冷蔵庫にラップをかけて入れといたからチンして食べてね。由季の寝顔可愛かったよ。由季なら本当にいつでも来て良いからね。大好きだよ。葵]
仕事が忙しいし疲れているはずなのに葵はまめにこういうことをしてくれる。嬉しいなと思いながら私はその置き手紙の四隅に小さくメッセージを書いてから葵が作っておいてくれた朝ご飯を食べた。
昨日は朝方までエッチをしてしまったから葵は仕事があるのに悪かったかなと思うけど初めて葵が私にしてくれたのが嬉しくて、私が葵にしてあげる時に止まれなかった。色々思うことはあるけど打ち明けられて葵のおかげで心は楽になった気がする。一人になっても私の心を占めてくるのは葵だ。
ご飯を食べてからベッドの片付けをして、シャワーを借りてやることを済ますと私は葵の家を出た。清々しい気分だった。
葵はその日から私に時より私の気持ちを聞いてくるようになった。辛くない?暗い気持ちになってない?と聞く葵に大丈夫だよ、と答えるけどそのおかげで私の心が苦しくなったり辛くなったりするのが薄れた。一人になってもたまに優香里について考えてしまうけど葵のことを思い出すと心が安らいで思い詰めないようにしようと前向きになる。まだ優香里のことは分かったつもりでいるけど深く考えずにはいられないのが正直なとこだが、葵がいるから上手く向き合って行けるんじゃないのかと思う。私は今は一人じゃないから。
あれから葵の家に勝手に向かうことはないけど、いつものやり取りは変わらずに行っていた。それによって日々が辛くなくなって私の心は落ち着いていた。
秋に差し掛かってきた頃、私は以前葵に言われていたデートについて考えていた。前からなんとなくは考えていたけど葵の映画の撮影が終わって、話題を出すにはそろそろ頃合いかなと思っていた所だ。だけど、付き合ってまだまだのカップルがそんなに順調に行くことはない。
それでも、最初は順調だった。
「あのね、スーパーガールズショーって言う、大きい所で沢山のモデルさんがランウェイを歩くファッションショーがあるんだけど良かったら由季に見に来てほしいの」
あれから会っていなかった私達は、葵の突然の訪問によって再会することになった。葵のそれに私はそこまで驚くこともなく迎え入れて二人で寛いでいると、鞄から封筒を取り出して私に渡してきた。たぶんファッションショーのチケットなんだろう。私はとりあえず受け取りながら少し不安に思っていたことを聞いた。
「そうなんだ。それは別に良いけど、私あんまり分かんないよ?ファッションとか疎いし、そんな流行にも乗れてないし、有名な人なら分かるけどちゃんと分かってるの葵くらいだよ?…行って大丈夫?」
私は、それなりの格好はしているけどいつも着たい物しか着ないしテレビをほとんど見ないから世の中の流行りに遅れている。葵はそんな私に何でもないように頷いた。
「そんなの大丈夫だよ。由季は綺麗だし、……あの私、頑張るから見てほしいの。たまには、由季に……良いところ、見せたいと言うか…」
「んー?葵はいつも私には良く見えるけど」
少し気持ちとかが行き過ぎてる所はあるけど他は満点過ぎるくらいだ。私は本心を普通に伝えただけなのに葵はいつも通り照れていた。
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど……私もたまにはカッコいいところ、見せたいの!」
「んー、そうなの?ま、だったらちゃんと見に行くよ。じっくり葵をよく見とくから」
雑誌の葵はいつもカッコいいけど葵がこう言うなら頷いた。カッコいいところを見せたいなんてなんだか可愛らしいし、愛らしく感じる。葵は頷いて笑った。
「うん、……由季が私を……もっと好きになってくれるように頑張るから。……私だけ、よく見といてね?他の人ばっかり見たらだめだよ?」
「分かったってば。それに今でさえ大好きなのに、まだ好きにさせたいの?」
愛らしいことを言う葵の髪を撫でるとすぐに頷いて見せた。
「そんなの当たり前だよ?……私をずっと、好きでいてほしいから。他の人に、目移りとかもしてほしくないし…」
「そんなことないと思うけど」
「でも、分かんないもん。私には由季しかいないから絶対に好きじゃなくなったりなんかしないけど、由季は社交的で世界が広いから、いつか私を……好きじゃなくなるかもしれない。そうなったら、本当に嫌なの」
「葵」
好きじゃなくなるなんて、ありえない。こんなに愛を伝えても葵の中には常に不安が潜んでいるみたいで少し悲しく思う。私はそれを拭うように優しくキスをした。
「好きだから大丈夫だよ?」
「……でも、でも…」
「本当に大丈夫。ほら、それより先にお風呂入ってきて?もう遅いしお風呂入って寝よ?」
「うん…」
ちょっと不安そうだけど安心させたくて最後に頭を優しく撫でてから風呂に促してみる。だけど、葵は思い出したように携帯を取り出した。
「…私、山下さんに連絡しないといけなかったの忘れてたからちょっと電話してもいい?」
「あぁ、マネージャーさんか、いいよ。じゃあ、私先に入ってくるよ」
「うん。ごめんね由季」
仕事のことなら仕方ないので私はまだ風呂に入ってなかったし私が先に入った。
だが、出てきたら葵は私に問い詰めるようにある物を持ってきた。その顔は怒っているようだった。でも無理もない、葵が手に持っているのはAVなんだから。
「これ、どういうことなの?」
「え、……あー、それは、……」
捨てるのを忘れていた。ゲームのカセットが入っている棚に入れといたのがバレたみたいだ。確かに隠してもいなかったからバレるのは当たり前だが、これは正直に言いづらくて返答に困っていると葵はさらに続けた。
「なんで?……なんでこんなの、見てるの?」
「いや、あのね、見たには見たんだけど……全部は見てないし、一回見てもう捨てようと思ってたんだけど…」
「どうして?!ちゃんと答えて!!」
ついに怒鳴ってきた葵に冷や汗が出る。これは私が楽しみに見たとかではなくて、私達は女同士で初めて付き合うからエッチのための勉強と言う名目で見たのだ。葵もそこら辺は疎いと思ったし私も不安がない訳じゃない。ちゃんと満足させてあげたいし気も使わせたくなかった。付き合ったなら必ず避けては通れないから、恥ずかしいけどネットで調べたりこんな物を見たりしてしまったけど、AVは興奮するために作られてるんだなと初めて見たくせに感心した。まず、大袈裟なリアクションとか、あり得ないような話の流れとか、その他諸々に開始早々に萎えて引いた私は見るのをやめて放置していたのだ。
そして、最終的にはお互いにやりたいようにやって分かり合って行けば良いと思った私はエッチに関して調べたりすることはなくなった。だけど、これを葵に言ってもあまり気分も良くないだろうし火に油かもしれない。私も恥ずかしくてあまり言いたくない。こればかりは上手い言い回しが思い付かなくて下手な言い訳をしてしまった。
「あのー、別にやましい気持ちで見た訳じゃなくてね、えっと、……何て言うのかな、興味?は違うか、……あの」
「はっきり答えて!!……私じゃ、満足できない?私だけじゃ、物足りない?私が、仕事で会えなくて相手をできないから……だから見たの?」
私の下手な言い訳に葵はさらに怒り気味に言った。あぁ、本当にどうしよう。私も私で焦ってくる。
「え、いや違うよ?そんなはずないから、私はそうじゃなくて…」
「ちゃんと言えないならそうなんでしょ?!私だけって、言ってくれたのに……酷い!!こんなの!こんなの、浮気と一緒だよ!!」
「え、あ、葵!……」
葵はAVを床に投げつけると止める暇もなく出て行ってしまった。
全ては正直に言わなかった私のせいだけど葵のあの怒りようは初めて見た。自分のせいなのに呆然としてしまう。どうしようか…。とりあえず謝って本当のことを話した方が良いんだろうけど、どうやって持って行けば良いのか…。葵じゃなくても、ああやって怒るのは当たり前だし私でも嫌だろう。後悔しても今さら仕方なかった。
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