第66話


風呂から先に上がった私は寝る準備をして先にベッドに入った。あんな愛のない乱暴なエッチは初めてだった。私も怒っていたからって大人気ないし大切な葵に何をやっているんだろうと後悔する。葵はエッチの時に泣いていたし風呂から上がったらそのまま帰るかもしれない。


私の方が悪いのにまた濁すようなことをして、益々罪悪感が沸く。ちゃんと謝らないとな、と思っていたら葵が風呂から出た音がする。そしてドライヤーの音が聞こえた。これが終わったら葵はたぶん出て行くだろう。

それくらい葵には嫌なことをした自覚がある。私は壁の方に体を向けて目を瞑った。もう寝てしまおうと思ったけど葵がさっき泣いていたのを思い出して寝れない。傷つけたのは私なのに、私も傷ついていた。


本当に身勝手な一方的なエッチをしたのにだ。ただ乱暴に、虐めるように、何の気遣いもしないで葵からの声を無視して私はずっと怒っていた。そして、責めるような酷いことしか言わなかった。

何してんだろう。好きなのに上手くいかない。ため息をついていたら葵がついに洗面所から出てきたみたいだった。


もう出たのか。私は何を言われるのか怖くて緊張した。また怒鳴って、怒って、出て行くかもしれない。気まずくてこうやって逃げてしまったけど、もっと逃げたくなった。

でも、葵は私の予想とは違って私の方に歩いてきたと思ったらそのままベッドに乗ってきた。それが理解できなくて緊張する。

何で?葵は泣いていたくせに気にもしていないのか…。


「……由季」


「……」


私は葵の切なそうな呼びかけを無視した。私の肩を控えめに揺する葵はそれでも私を呼び続けた。


「由季」


「……」


「……ねぇ、由季」


「……」


呼びかけられても何て答えたら良いか分からなかった。さっきまであんな乱暴な酷いことをしていたのに。謝りたいけど、どうしたら良いのか分からない。葵の切なそうな声に罪悪感が増して動揺してしまう。すると葵は私の服を強く握ってきた。


「……ごめんなさい。……小さなことで…謝ってくれたのに私がいつまでも我が儘言って、怒らせて、ごめんなさい。……明日からちゃんと連絡する。今日みたいに勝手に友達と一緒にいる所に来ないから、さっきみたいにエッチして…良いから…。嫌いにならないで?……お願い由季……。私を見て…?」


葵は声を震わせて泣いているようだった。私のせいなのに胸が苦しくなる。謝るなんておかしい。

葵とさっきしていた時に私は葵の目を見ていない。怒りが増して見れなかった。それに一回だけ怒って睨んでしまった。本当に嫌になる。私はお腹に回ってきた葵の手を控え目に握った。


「……嫌いにならないよ。私も…ごめんね」


壁を見ながら独り言みたいに言う自分が情けないけど顔が見れなかった。もっとちゃんと謝らないとならないのに上手く謝れない。葵はそんな私の手を強く握ってくれた。


「ううん。……私が、ずっと気にしてるから、由季を怒らせたんだよ。……ごめんね。……由季、こっち見て?」


「……」


「ねぇ、……私のこと…見て?」


「ごめんね」


私はこれだけ言われてもまだ逃げた。なのに葵は優しかった。


「……由季……なんで?……謝らなくて良いから、……こっち見てよ」


しつこい葵は泣き止まない。それでも私は、あんなことしといて葵を見るのが怖かった。葵がどんな目で私を見てくるのか怖い。私が振り向けないでいると、葵は強引に私の肩を掴んで仰向けにしてキスをした。いきなりのことに逃れられなくて、唇を離した葵は私の上から肩を押さえて逃げられないようにすると泣きながら見つめてきた。

辛そうに泣く葵に胸が痛かった。


「……好きだよ、由季。ごめんね?私のせいで、怒ってるんだよね?ごめんなさい。……私が気にして……悪い態度をしてたから。……本当にごめんなさい」


泣いている葵の目から私に涙が落ちてくる。

あぁ、どうして?何で悪いことをしたみたいに謝るの?何で怒らないの?逆に謝るなんてさっきのことは忘れたの?怒ったっていいことなのに…。


私が不安を煽って乱暴に触ったのに葵は私に許しを乞いでいる。私が悪いのにいつも葵は悪くなくても私に謝る。それを疑問に思っても答えなんかすぐに分かる。……だけどそんな葵にまたイライラした。

さっきエッチの時に聞き出した、風呂で誘ったのは何かを確認したかったからと言う言葉が頭をよぎる。確認したかった、としか言わなかったけど私のことを試したようなそれに本当に怒ってしまったのだ。


「……どいて」


「……う、うん。ごめんなさい」


感情のない声でそう言うと葵は驚いて私からすぐにどいた。私の隣に座って涙を拭う葵は私に怯えながらも私を見つめる。

試したくせに、私を信用できないでいるくせに、葵は私を離さない。私は体を起こして葵をただ見つめた。そしていつもみたいに話した。


「……私が好きだって言うのも信用できない?」


葵は焦りながらすぐに否定してきた。


「ううん!そんなことない!それは信じてるよ?だって、私も由季が好きだから。信じてるに決まってる!」


「じゃあ何で私を試すようなことしたの?」


「それは、……ふ、不安だったから。本当に、ごめんなさい。……私が、私が、……悪かったから…怒らないで……」


葵はさっきよりも泣き出してしまった。私はそれでも聞いた。泣いたからってここで引ける程怒りは収まらない。


「それで、確認はできたの?私の気持ち、確認したんでしょ?どうだった?葵の思った通り?それとも違う?」


「……そ、それは、……それは…」


泣いて戸惑って上手く喋れない葵に焦れったくてイライラして思わず声が強くなる。


「泣いてないで答えてよ。聞いてるんだよ?」


「う、うん。……ごめんなさい。……答える、答えるから……」


葵は涙を必死で拭いながら呼吸を落ち着かせている。それもまたイライラした。


「私ってさ、やっぱり信用ないよね?葵の性格は分かってるけど、あんな試すようなことされて乗った私も私だけどさ…本当にムカつくよ?私はいつも葵しか見てないし葵のために色々やってきた。葵が好きだからエッチのことだって調べた。……でもさ、肝心な葵が私を信用できてないなら無駄じゃん。確かに私もあんなの部屋に置いといたら疑われて当たり前だけど、なんか虚しいよ。私のやってたこと何にも意味なかったし前からずっと私を縛って、疑われて………一緒にいる意味あるの?葵はそんなに不安になるような人と一緒にいて楽しいの?」


私がした葵のための行動は葵を傷つけて怒らせた。だけどその前から葵は私に愛を確かめてきていた。だから私は応えてあげていたんだ。でも、愛情を試すようなことをされて、これからもされるかもしれないかと思うと苦しかった。付き合っているのに信用も何もないと捉えられるじゃないか。


「違う!…私…由季のこと信用してるよ?私、由季がいないと絶対いや!由季がいないと何も楽しくない……嬉しくないし、安心できない!……由季がいないと生きてても、意味が失くなっちゃう…!」


私の手を強く握って否定してきた葵に私は怒鳴った。今日試した事実は変わらない。


「だから!私はいつもちゃんと応えてたでしょ?!でも、信用できないから試したんじゃないの?!」


「ち、違う!違うの!私が……いつも由季を……束縛してたのは、信用できないからじゃないよ?私が、……私が不安で、私は……由季みたいに……良いところ、沢山ある訳じゃない。私は、由季だから、由季が私を好きでいてくれるから上手く話せるけど、……私、何もないから。何も……自慢できたりすることない。由季は私に良いところがいっぱいあるって言ってくれたけど、由季と付き合ってから楽しくて幸せだけど……怖い…」


酷く泣きながら言った葵の気持ちは私の心を傷つけた。それによって急激に熱が冷めた。葵の自己評価は前から低かったけどそれは今も変わらない。私の好きな葵に何もないなんて言わないでほしかった。私は葵が握ってきた手を握り返した。


「何もないって……なんで?なんで、そんなこと言うの?……それに怖いって、どうして怖いの?」


「だって!……だって……!」


葵は手を強く握って顔を悲しそうに泣きながら私を見てきた。そんな葵の表情に苦しくなって、見ていられなくて優しく抱き締めてあげた。どうして?葵の心がまた分からなくなった。

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