第67話


葵は私に強く抱きついて泣きながら話しだした。


「私、由季と付き合ってから……本当に幸せ。幸せで幸せすぎてこんなに幸せで大丈夫なのかなって思うくらい毎日充実してる。由季が私を大切にしてくれて、好きって言ってくれて本当に嬉しい。私には……付き合ってからも由季がね、凄く……凄く輝いて見える。いつも本当に優しくて、頼りになって、いっぱい友達がいて、皆から好かれてて……私なんかより……魅力的な人に囲まれてる。……だから、怖いの。由季がいつかどこかに行っちゃいそうで、私を……いつか、いらないって……好きじゃないって……言われちゃうのかなって、思う時がある。私……付き合ってから…由季を離したくなくて、それに必死になってて……由季が言ってくれた自分の良いところ、分からなくなった…」


「……なんで?……私、前に言ったでしょ?葵の良いところ沢山あるよ?」


泣き続ける葵の背中を撫でる。葵の気持ちに悲しくなる。でも葵は全く泣き止む素振りもなくて涙は溢れて止まらないようだった。


「……ないよ。……ない。私、……ウザくて鬱陶しいだけだよ。由季を…由季を縛って、縛り続けてる。不安で…こんなに縛ってるのに不安が失くならない。それで、もっと縛ろうとしてる。そんなの……本当に鬱陶しいだけだよ。私、由季に嫌なことばっかりしてる。由季は優しいから私を受け入れてくれるけど……だめなの‥分かってるの。だけど、由季を離したくない。由季が誰かに取られたら、由季が私を好きじゃなくなったら……本当にやだ。そしたら私、……どうしたら良いのか分からない。由季がいないと、由季がいないと、生きてても…死んでるみたいになっちゃう…」


「葵…私は別に葵をそんな風に思ってないよ?」


聞いていられなくて葵の想いに否定した。そんな風に思っていたなんて私は思ってもなくて内心ショックだった。でも、葵は首を横に振った。


「ううん。……本当にごめんね由季。……いつも、由季を縛って、監視して……本当にごめんなさい。でも私、由季が好きだから……由季を離したくないの。由季とずっと一緒にいたい。ずっと私だけ好きでいてほしい…」


葵はついには声をあげて泣き出してしまった。こんなに泣いてる葵に胸が締め付けられるようになる。葵は私を好きだけど好きなあまりに私への束縛が止められなくて悩んでいたんだ。しかもそれは深まるばかりのようで、私を好き過ぎて依存のような想いが強まってしまっている。


それでも彼女の願いは一つだけだ。私を独り占めしたい。私の気持ちを、全てを離したくない。葵は私をずっと繋ぎ止めておきたいんだ。だから気持ちと行動が繋がらなくなって、純粋に好きになっていくに連れて制御できない自分を理解して苦しんでる。苦しいのに止められない葵は私を手放すことを一番恐れているから止まるに止まれないんだろう。手放せば苦しくなくなるけどそれよりももっと葵は辛くなる。葵にとって私はかけがえがないんだ。


「泣かないで葵。大丈夫だから。……だから、泣かないで」


私は優しく抱き締めて耳元で囁いた。私は葵に縛られて、束縛されて、それが重くて苦しいとは今まで思ったことがない。

葵はただ私が好きで、他の人より不安になりやすいんだ。ただそれだけなんだ、本当に。その好きな気持ちが大きくなりすぎて葵の心を幸せにするけど同じくらい大きくなりつつある不安に蝕まれている。この子をどうしたら安心させてあげられるんだろう。好きなのに、私は葵を上手く安心させてあげられない。葵と付き合っていく上でこれは難しいこととして常に付きまとうだろうけど時間をかけてでも何とかしてあげたい。こんなに泣く葵をもう見たくないから。


あんなことで怒ってしまったけど、葵の気持ちを聞いて切なくて悲しくて、この子の全てを受け入れてあげたくなった。前から私は受け入れていたけど前よりも深く分かり合いたかった。私も葵がいないとだめだし、私達は一緒にいないと意味がない。私は背中を擦って葵が少し泣き止んでから優しく話した。


「葵?私もね、葵と一緒にいたいよ。葵が好きだから葵とずっと一緒にいたい。葵が本当に好きだよ。好きで好きで、葵のことばっかり考えてるよ。それに葵が不安なら私は不安をなくしてあげたい。葵は私を縛ってるかもしれないけど、私は何とも思ってないよ?別に嫌じゃないし葵がそれで不安じゃなくなるならいくらでもやるよ。私はさ、それが私達の普通だと思うんだよね」


「……どういう意味?」


落ち着いた葵はやっと泣き止んで私を見てきた。葵は気にしているかもしれないけど、相手を縛ることは悪いことではない。目を赤くしていている葵にまた泣かせてしまったなと思いながら私は頭を優しく撫でた。


「んー……皆さ、付き合ったらそれなりの取り決めとかすると思うんだけどそれはその人達それぞれで違うから皆一緒じゃないでしょ?他の人は違うって思うかもしれないけど私達は普通って思うことが皆あると思うんだよね。だから、大丈夫だよ。葵はそんなに気に病まなくて良いの。私は嫌じゃないし、無理もしてない。別に良いじゃん?他の人と違ってもさ。それでお互いに理解してやってるなら誰かにとやかく言われる筋合いもないし。私達は好きだからやってるんであって、好きじゃないならこんな風に約束して守っていられないでしょ?」


「……うん。……由季はいつも…私より……何倍も大人だね」


葵は頷いて少し笑うと私の肩に顔を押し付けてきた。それに髪を撫でていたら、空いていた片手をぎゅっと握られる。

確かに私たちの関係は逆な所が多いかもしれないけどそんなの気にしていない。歳なんか友達になる時も恋愛をする時も関係ない。そんな所で人の本質は見えない。それに私は自分はまだ大人になりきれていないと思っている。今日あんなことをしたんだから。


「そう?私なんか、まだまだだよ」


「ううん。大人だよ。由季はいつも考えも、解釈の仕方も、何もかも私より大人だよ。年下なのか疑っちゃうくらい私を安心させてくれる。……由季はいつも、ちゃんと物事を考えて私よりいつも先回りして教えてくれたり助けてくれる。……私にない物、沢山ある。由季の良いところ……本当にいっぱいあり過ぎて……自分がだめなの…思い知らされる」


「葵、なんで?なんでそんなこと言うの?」


葵が卑屈になるのが嫌で、耐えられなくて、私は葵の顔を上げさせた。葵は涙をいっぱいに溜めながら私を見た。悲しそうな顔はさらに私を苦しめる。


「だって、……私…嫌われる要素しかない。……今日も……由季を怒らせて……怒らせたのに……どうしたらいいか……分からない。私いつも何にも上手くできない。由季が助けてくれるから何かができてて、いつも甘えてる。だから、……ダメなんだよ。これじゃ本当に…嫌われちゃう」


葵はまた涙をこぼした。私はそれを言わせた自分も嫌だったし葵がそう言うのも嫌だった。なんで?葵は私にとってとても大切で大好きな存在なのに。葵は確かにネガティブだし、外見とは裏腹に自分に自信がないけど、今回のこれは私まで泣きそうになる。私と付き合って葵はさらに自分に自信が失くなってしまったと言うことだろう。好きなのに、何でこうなってしまうんだろう。私は泣きそうになりながら葵にキスをして涙を拭ってやる。

こんなに泣いてほしくないからちゃんと言葉に出して教えてあげようと思う。葵への私の気持ちを。


「泣かないで?葵がそんなこと言うと私も悲しいよ。……葵は優しいよ?いつも私を考えてくれて、私の話を聞いてくれて、覚えててくれる葵の優しいところ、私は好きだよ。言葉より行動で色々教えてくれるとこも可愛くて、好かれてるんだなって思って本当に好き。上手く話せなくても頑張って伝えようと話すとこも好きだよ。葵はいつも、ちゃんと気持ちを言ってくれるよね。分からなくても分かろうとする不器用で、一生懸命なところも好きだよ。……本当に、私の葵は良いところが沢山だよ?葵の仕事のことも私には自慢だよ。私、葵が出てる雑誌全部買ってるよ?スタイルも良くて綺麗で可愛くて、葵が笑うと私も嬉しくなって、本当に幸せだなって思うよ」


葵は私の話を静かに聞いてくれた。涙は流しているけど私の想いは伝わっている。私はまた唇に触れるだけのキスをして葵を見つめると葵も私を見つめてくれる。


「由季……ありがとう。……嬉しい。…私、由季の負担じゃないんだね」


「当たり前だよ。本当に好きだよ。葵は私にとって大切で大好きで、失くしたくない存在だよ?私とは違う良いところがあって、私は本当に好きだよ。……今はさ、喧嘩してたからお互いに考えることがあるしぶつかったりしちゃうのは仕方ないけど、それでも私は葵が好き。さっきは怒っちゃったけど葵と別れる気もない」


付き合っていくなら喧嘩は付き物だ。嫌だけど分かり合っていくための大切な時間でもある。


「私もだよ。……ありがとう。…いつもごめんね、由季」


葵は感極まったように私にすがり付くように抱きついてくる。体を離さないように葵は強く力を入れてきた。喧嘩してたけど葵の不安は拭えたと思う。私はそれに応えるように少し強く抱き締めた。あと一つ言わないといけないことがある。


「でも、あんまりさっきみたいなこと言わないで?悲しくなるから。葵の性格は分かってるから仕方ないとこもあるけど、私は葵が大好きだからもっと自分に自信を持って?」


葵にはもっと自分を好きになってほしいと思う。私が大好きなんだから。


「……うん。……ごめんね由季。由季がそう言うならそうする。…それに私も嬉しかったから」


「うん。本当だから不安にならなくて良いからね?それと…」


私は言いながら葵の顔をこちらに向かせるとそのまま唇を奪う。これも気持ちを伝える行為として葵にしてあげた。怒りはほんの少しあるけど優しく、優しく舌を絡ませて口づけた。


「あっ…はぁっ、んんっ…ゆっ……き?」


「ちゅっ…はぁ…。葵?私はこれだけ葵が好きなんだからもう試すようなことしないで?次は、……次は怒るだけじゃ済まないからね?」


キスに応えてきた葵に私は言い聞かせる。私の気持ちを、愛を裏切られた気分になるようなことはもうさせない。あんな気持ちになるなら、私は本当に次はないと思っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る