第99話


葵は一緒に生活をしていたら徐々に心が安定してきているようだった。


葵は約二ヶ月以上は休養していたおかげで最初は食欲もなくてよく泣いて不安定だったのに今は前みたいに食べるようになって料理もできるようになった。それに泣くこともなくなって、夜はちゃんと眠れるようになった。


それは本当に嬉しいことだった。葵の傷も若干の痕はあるけど綺麗に治ったし葵は以前の葵に戻ってきていた。

この頃から葵は仕事を再開した。

私はそれを見計らいながら葵の家に通う回数を減らした。私がいなくても生活はできるようになったと思ったけどここで葵の甘えん坊が私を離さなかった。


葵は私と離れるのを前よりもとにかく嫌がった。部屋にいる時はトイレとお風呂以外はどこでも付いて来るし私に引っ付いて離れない葵は私が仕事で出て行く時や自分の家に帰る時は本当に悲しそうに手を離そうとしなかった。


そうされると葵にベタ甘な私はついつい甘やかしてしまって葵を叱れなかった。私は本当に一生葵には甘いと思う。と言うか私の性格的に強くは言えないからずっと叱れないだろう。



そんな昔のようなやり取りをしながら葵が本当に落ち着いてきた頃、私は葵とデートに行こうと話していた。

葵は仕事も順調で悩みや不安なこともなさそうだけど前のデートは私のせいで最後までできなかったからデートをしようと切り出したのだ。そしたら葵はあの日言った通りデート内容は自分が考えると言ってきた。


私はあの日果たされないかも知れなかった約束が叶って本当に嬉しかった。

嬉しかったけど葵のことだから何かすごくお金を使ったり大掛かりなことをしてくる可能性があるから私は自分の誕生日の時よりも口酸っぱく葵に注意しておいた。

葵は私を確実に喜ばせたいのは分かるんだけど私は葵の気持ちがあればそれだけで嬉しいのだ。






「あの、葵?携帯が見えないんだけど…」


そして葵の嫉妬深さも前にも増して強くなっているのかもしれない。

デートで行きたい場所のリクエストを聞かれた私は携帯で調べていたのを見せようとしたのに、葵に正面から抱き締められてしまって身動きがとれない。


「……どこが好きなの?」


葵は至近距離で私を見つめながら言った。私はただ軽く言っただけなのに葵は本気に受け止めたらしい。


「え?…えっと……ほら、皆綺麗って言うじゃん。昔から変わらないし…」


「由季はどこが好きなの?詳しく教えて」


あぁ、これは逃げれない。私が行きたかった場所を以前宣伝していた女優さんを誉めただけでこれだ。正直に言って大丈夫だろうか…。葵は真面目に聞いてきてるし答えないって選択肢はないだろう。私は恐る恐る口を開いた。


「どこってのはないけど……昔から綺麗で演技も上手だと思うし……素敵だなって……思った…かな?」


怒るかもしれないなと思いながら黙って聞いている葵を見ていたけど葵は少し考えてからまた聞いてきた。


「……髪は?」


「え?髪?」


「…由季は短い方が好き?長い方が好き?」


髪の長さ何か気にしたことないけど私が誉めた女優さんはセミロング位だ。これは、私の好みに近づけたいから聞いてるんだろうか。あんなプロポーズのようなことを言ったのに葵は何でこんなに必死なんだ。あれはそういう意味もあったのに。というか、私は葵が好きで好みは葵なのに、葵は分かっていない。私は小さく笑って言った。


「葵はさ、私の好み知らないの?」


「え?…………うん、知らない……」


葵は何だかいじけたような顔をして目線を下げてしまうから下から覗き込むように見つめた。


「本当に分からないの?」


「……き、聞いたことないもん……」


確かに言ってないけど付き合ってるんだから少しくらいピンと来ても良いのに。本当に分からない様子の葵に私は優しくキスをしてから言った。いらない不安はなくしてあげる。


「葵だよ。私の好みは葵」


「……わ、私?」


驚いてよく分かっていない葵に私は笑いながら言った。


「背が高くて髪が長くて笑った顔は綺麗で可愛いでしょ?あとは、甘えん坊で寂しがり屋で泣き虫だけど優しくてまめで思いやりがある。そういう葵が本当に好きだよ」


「……ず、ずるい……」


葵は途端に照れたように私を見つめる。ずるいも何も私はずっと葵が好きだったんだ。これは当たり前のことだ。


「何で?私は前から葵が好きだったんだからしょうがないでしょ?」


「…だって嬉しくて、……照れちゃうよ…」


「良いじゃん。これからずっと一緒なんだからさ」


葵の頬を撫でてやると葵は照れながら嬉しそうに笑ってくれた。

私はこの先葵を離すつもりはないし心底葵に惚れている。この気持ちが伝われば良いと思いながらまたキスをすると葵は唇が触れそうな距離で言った。


「……他の人……誉めたりとかしちゃやだ。私しか……誉めないで?」


本当に嫉妬深い葵の独占欲すらも私には可愛く思えてしまう。少し難しい内容だけど葵の願いは極力叶えてあげたい。


「ちょっと難しいけど分かったよ。嫉妬しちゃったの?」


私はすぐ近くにいる葵にキスをしながら言った。本当に葵を愛しく感じる。


「…うん。……由季が大好きだから、嫉妬しちゃった。他の人は見ないで?私だけ見てて?」


葵もキスに応えてくれる。キスをしながら言う葵が愛しくて一度深く口付けてから唇を離すと葵の目はいやらしい眼差しに変わっていた。


「葵だけ見てるよ。私は葵だけだから。……もっと見てもいい?」


服の中に手を入れて葵を直に感じる。久しぶりの感触は私を興奮させて益々葵の虜にさせる。葵は上半身裸になるとキスをしながら言った。









「全部見て?全部……由季のだから…」






葵と愛し合うのは以前よりも燃えてしまった。離れていた分お互いに求めあって愛を分かち合って幸せを感じた。一緒にいるだけでも心は満たされるけど肌を重ねることでさらに心は満たされた。




葵はそれからも以前のように嬉しそうに笑ってくれた。葵は以前よりも私といる時間を本当に大切に何よりも重要にしていたが私といない時間は以前よりも寂しくなさそうだった。それもそのはず、葵は前に私が言った通り一人の時間を充実させていたのだ。


そこは遥の助けもあってかよく二人でボルダリングやヨガに行っている。その他にも葵は度々何か色々なことに挑戦していて、嬉しそうにその話をよくしてくれた。



そうやって充実した日々を過ごしていたら葵とのデートの日がやって来た。

今日は待ちに待ったデートの日で葵がデート内容を考えてくれている。私は本当に浮かれていた。待ち合わせ時間には余裕があるけど葵のことだから早く来ているだろうと思って私は待ち合わせ場所に早めに向かった。


待ち合わせ場所に十分前に着くと案の定葵はもう待っていた。今日も変わらず綺麗で可愛らしい葵は落ち着かない様子でそわそわしていたから私は笑いながら話しかけた。たぶん緊張して不安なんだろう。


「葵!お待たせ」


「あ、由季!早かったね」


「葵の方が早いじゃん。待たせてごめんね。じゃあ、行こっか?今日はどこに連れてってくれるの?」


今日は葵が私のために考えてくれるだけで嬉しいけどどこに行くかは知らされていないから本当に楽しみだ。

私は自然に腕を差し出すと葵はにっこり笑って腕を組んできた。


「着いてからのお楽しみだよ。ちゃんと付いて来てね?」


「もちろん。葵から離れないよ」


葵は嬉しそうに笑いながらこれから行くであろう場所に案内してくれた。今日の待ち合わせ場所から考えると一番最初は私のリクエストした場所にしてくれたんだろう。

笑顔の葵に私まで笑顔になってしまった。




私は嬉しそうな葵を見ながら幸せに浸った。

私達はまだ距離は近すぎる位だし葵は私にまだまだ依存的な部分があるけどお互いに好きな気持ちを確認してから本当に順調に愛を育んでいる。

以前よりも私は葵が愛しくてずっと一緒にいたいと思っているし、時期が来たら私から指輪をプレゼントしようと思っている。

私達は女同士だから正式な形で証明はできないけど愛を誓うことも、一緒に生きることもできる。

私はこの大好きな葵の笑顔を一生隣で見ていたい。


葵をこうやって笑わせて一緒に幸せになっていきたいと最近は本当によく思っている。

今まで色々あったしこれからも色々あるだろうけど二人でいれば大丈夫だから。

私達は二人でいることに意味がある。

二人でいる時間は本当にかけがえがないんだ。








「由季?今日は大好きな由季のためにいっぱい考えたから、いっぱい楽しんでね?」


大好きな葵の言葉に私は笑って頷いた。

私達の好きはこれからも変わらない。




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