第82話


「……うん。分かってる。葵の言う通りにするから」


葵の気持ちは分かっているので不安を煽ったりする気もない私は頷いて答えた。


「うん。ちゃんと気を付けてね。由季は凄く魅力的だから…危ないからね?それに、他の人ばっかり見て目移りしないで?私だけだよ?私だけ、私だけ見てて?……」


葵は冗談で言ってないしここで私が前みたいに軽く見て軽はずみなことは言えない。


「うん、気を付けるよ。葵だけだから」


「そうだよ、私だけ。それとね、男の人ともできる限り話さないで?勘違いするかもしれないから、できる限り女の子と一緒にいてね?私も……嫉妬しちゃうから」


「分かった、そうするよ。…でも、大丈夫だよ?本当に。私は葵と付き合ってるんだから」


葵に念を押すように言うと葵は頷いて笑う。


「そうだよね。でも、由季は優しいから……本当に優しいから、心配なの。由季?いつでも……私だけ好きでいてね?」


切なそうな表情に胸が締め付けられるようになる。私はいつだって葵が好きだ。葵しか私にはいない。本当ならこういうことを言うのは私の方だと思うし葵の方が誰かに狙われやすいと思うのに私を好きでいるこの子の愛情の大きさが言葉の裏に透けて見えるようだった。


「私は葵といなくてもいつも葵を考えてるから、いつでも葵が好きだよ」


私の頬を優しく撫でる手を握って指を絡める。この好きな気持ちを疑いたくないけど私は複雑だった。それでも信じたくて、手を強く握る。これから私が行動して葵の依存を減らしてお互いに良い距離を持てるようになればそれが本当かどうか分かるんだ。まだ焦らなくても、不安に思わなくても大丈夫。自分を落ち着かせるように心で呟いた。


「由季……。一緒なんだね。私も沢山考えてるよ。嬉しい」


葵は嬉しそうに言うと私に体を預けてきた。私は葵の体に手を回して、密着してきた葵にキスをする。何度も何度も優しく口づけてから笑いかけた。


「本当のこと言っただけだよ」


「それが嬉しいんだもん。本当に…」


「…私よりもさ、葵の方が……狙われちゃうかもよ?葵は凄く可愛いから」


いつも私の心配ばかりする葵を逆に心配してみるけど葵は私に抱きつきながら動じずに答えた。


「私は平気だよ。由季以外興味ないの。由季以外は本当にどうでもいいし、この関係は絶対に壊したくないし、私達の間に入って来ないでほしいから言われても断ってる。私は由季以外はいらないの。…それに由季みたいに完璧な人はいないから、私は由季しか考えられない」


「……完璧…なの?私」


普通に言ってきた葵に内心驚いた。完璧って、葵は大袈裟に言ってる訳じゃないだろうけど評価が異常に高くて少し動揺する。前から葵は私を高く評価しているけど完璧だなんて言うのは初めてだった。葵は私から体を離して心底愛しそうに私を見つめた。


「うん。由季は完璧で、私の理想の人だよ。こんなに私を理解してくれる人いないもん。優しくて可愛くてかっこよくて、私をいつも助けてくれて嬉しくさせてくれる。由季は私を本当に大切にしてくれて私の我が儘も全部聞いてくれるし私に優しく触ってくれる。ダメなところ何かないの。私の本当に完璧で理想の人。私が求めてたのは由季だけだよ。私のこと本当に考えてくれてるの感じるの。でも、私が一番嬉しいのは気持ちも考えも教えてくれて、こんな私とも分かり合おうとしてくれるところかな。由季はいつも私と話し合ってくれるから…私、由季のそういうところに本当に惹かれちゃう」


「…そっか。嬉しいけど……改めて言われると恥ずかしいな。話すのは普通じゃない?」


葵の気持ちは純粋に嬉しかった。葵が好きだから心から気遣いをしていたのが葵の心を捉えたみたいだ。これは極めて普通のことだと思うのに。


「そうなのかな?でも、由季は何でも私と話し合ってくれて私の気持ちを優先してくれるし……私、あんまり気持ちとか上手く言えないし、由季に決めてもらうなら私の意見はいいって思ってたけど、由季はそれでも私と話してくれて……。こんな私でも、由季に好かれてて求められてるんだなって思って嬉しい」


「それは付き合ってるし葵が好きだからそうしてるだけだよ。私はちゃんと話したいタイプだから、何か嫌に思ったり気を使わせたり葵にはさせたくないんだよ」


話して分かり合う何て私には当たり前のことだけど、簡単に見えて難しいことだとよく理解してるから葵はこんなことを言ったのかもしれない。葵はコミュニケーションが上手い訳じゃない、それにコンプレックスのことがあるからどうしても萎縮してしまう部分があるんだろう。私が笑いかけると葵もいつもみたいに笑ってくれた。


「ありがとう由季。いつも本当にありがとう。……私ね、まだ由季の笑った顔を見ると…嬉しくてドキドキしちゃうの。私の名前、呼んでくれるだけで嬉しくて、私を見る目が優しくて目が合うだけで胸が苦しくなっちゃう。私をこんな気持ちにしてくれる人、由季しかいないよ」


「なに葵、そんな風に思ってくれてたんだね。嬉しいよ」


葵は私が好きになるよりも前から私が好きだったのにその気持ちは少しも冷めていない。本当に微笑ましくなる程の気持ちを感じる。私を見つめる葵は照れたように頷いた。


「うん。私、出会ってから気づいたら由季が好きだったけど今も変わらないの。胸のドキドキが全然収まってくれない」


「そんなの私も一緒だよ。葵と一緒にいると嬉しいし葵が笑ったり、いろんな表情見ると私もドキドキする」


「……じゃあ、由季も同じなんだね」


「うん。葵のこと大好きだから」


私だって葵に胸が高鳴って、胸が苦しくなったりする。私達はその感情にお互いに笑いながら自然とキスをした。笑った葵の気持ちが嬉しくて好きだなって思うけど、心の片隅で早く行動しないとならないと焦っていた。



それから葵の仕事の時間まで一緒に過ごしてから別れると、私はデートのプランを練り直していた。デートは急だけど葵の仕事の関係で来週に決まっている。二人きりでデートをする予定だが少し変更しようと思う。葵は二人きりが良いと思うけど私は早く依存的な関係をどうにかして気持ちをはっきりさせたかったから大きく変更した。葵の気持ちに触れてると心がどうにかなってしまいそうで嫌だから。



デートの内容を考えて数日が経ったある日、葵から以前話していた恋人の役を引き受けることにしたと連絡がきた。私には少し嬉しい知らせだった。葵はたぶんまだ複雑に考えて、嫌な気持ちの方が大きいかもしれないけど私はこれで視野が少しばかり広がるかもしれないと思ったし、もしかしたら私を依存をしていたから好きだったと気づくかもしれないとも思った。



もし依存からの好きな気持ちだったらショックはあるけど葵を正常に戻せる。私はそれで別れることになっても構わないと思っている。葵を今のような状態にしたのは私だし私に何か権限はない。でもどう転ぶかはまだ分からない。


私はその連絡に返事をしつつ、以前話した趣味などは見つかったかそれとなく尋ねてみた。

すると葵はレイラから色々勧められているみたいで仕事終わりや私に会えない時にやってみると言っていた。あと他にも自分で探した良いのがあるとも言っていた。

それに私の心は喜んでいた。思った以上に事が上手く行っている。これなら結果が早く出るかもしれない。葵の依存は解消される。そのことに内心本当に嬉しかった。



しかし、デートの準備をしていたら思いがけない連絡が入った。

その内容に私は心底驚いた。以前仕事の愚痴を言っていた歩美がストレス性の胃腸炎になったらしく色々話して飲みたいと言っているのだ。

あの歩美がそんなことになるなんて相当ストレスが溜まっていたのか私は飲むよりも家に泊まらせてあげようと思った。

心配だし詳しく話を聞いてあげたいし私達は前からお泊まりとかはよくしていた仲だ。泊まった方がゆっくり歩美も気兼ねなく話せるだろう。


でも、まずは葵だ。もしかしたら嫌がるかもしれないけど聞いてみて損はない。私はまず葵に連絡をした。歩美のことを説明して心配だから話を聞いてあげたいから私の家に泊まらせたいと言ったら葵は詳しく聞くこともせず了承してくれた。

歩美のことは前に話していたし葵も分かってくれているみたいで安心する。


私は葵にお礼を言ってから歩美を家に泊めることにした。

歩美は久々のお泊まりの誘いに喜んでいて早速週末に泊まりに来ることになった。

歩美とお泊まりは本当に久しぶりだ。私はお酒とおつまみを適当に買って歩美が来る準備をしておいた。

きっと夜は長くなるし歩美は話し出したら止まらないだろう。私も久しぶりに歩美と話す気がするから心配だけど楽しみでもあった。




そして当日、私は仕事終わりに私の家の最寄り駅で歩美と待ち合わせた。

歩美は久々に会ったけど酷くやつれているとかそんなことはなく、元気そうではあって安心した。歩美は私を見つけると軽く手を振って笑っていた。


「由季ー!久々!」


「歩美、なんか思ったより元気そうだね?大丈夫なの?」


歩美は来る途中に何か買ってきたみたいだ。片手で持っているビニールの袋には何か色々入っているみたいだった。


「いやもう、本当に一時期は死ぬかと思ったけど落ち着いて生き返ったよ。本当にまさか私がストレスのせいでこんなことになるとは思わなかった」


歩美はうんざりしたように言うから私はそれがいつも通りで笑ってしまう。

ストレスで胃腸炎なんて笑えないけど今日は色々話を聞いてやろうと思う。

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