第27話

 

ご飯を食べてお風呂に入って二人で寛いでいると葵は携帯でニュースになった記事を見せてくれた。

あの男は無職の三十過ぎで、まだ訳の分からない供述をしているらしい。私のことは居合わせた一般人の女性として扱われていた。まさかこんな形で私までニュースになるなんて。驚きすぎて固まる。葵はそのニュースのせいで親や知人からかなり連絡が来たらしい。親は特に心配して大変だったと言っていたがこんな可愛い娘がいたら心配になるのは頷ける。


葵は仕事も後二、三日ほど休んだら復帰するみたいで、葵を気遣っての対応らしいが人気なのでそこまでの休みはとれないのだろう。ベッドの上で座って色々話していると葵が肩に凭れ掛かってきた。甘えてきた葵の腰に自然に手を回して引き寄せるとその手の上から手を握られる。


「山下さんが、後日またお礼をしたいって」


「えぇ?お礼?そんなの良いのに」


あのマネージャーさんも律儀な方だ。


「連絡先教えてほしいって言われたんだけど教えても良い?」


「んー、まぁでも仕方ないよね。うん、いいよ」


「分かった」


お礼なんかこないだ言われたのにまだなんかあるのか。本当に大丈夫だけど葵は芸能人だし事務所的にも色々あるんだろう。ひとまず頷いた。それきり葵は少し黙ってから小さく呟いた。


「やっぱり、一人でいるの心細くて不安。それに少し怖い。由季がいると安心するけど、いないと落ち着かない。一人で待ってた時落ち着かなくて…不安だった」


「そっか。……あんなことあったんだからしょうがないよ。私もできる限り一緒にいるようにするからさ。不安かもしれないけどもうあんなこと起きないから大丈夫だよ。ちゃんと捕まったしそんなに怖がることないからね」


不安がる葵を優しく励ます。不安なら何度でも励まして不安がなくなるまで言い聞かすまでだ。この子のためならそのくらい苦でもない。


「うん、ありがとう。安心する。……ねぇ、由季?」


「うん?なに?」


凭れ掛かるのをやめてこちらに体を向けて見てくる葵。私も少し体を葵に向けると私の手を両手で握ってきた。葵は何かを伝える時にこうやって過剰に触れてくることがある。


「ありがとう。本当に。一緒にいてくれて…本当にありがとう。由季がいなかったら、私どうなってたか分からない。守ってくれてありがとう由季」


「どうしたの?いきなり。照れくさいなぁ」


少し笑って握られた手を握り返す。面と向かってこんなに感謝されるとなんだか恥ずかしかった。


「前から、ずっと私のこと助けてくれるから…お礼言いたかったの」


「そんなの良いよ。当たり前のことしただけだよ。悩んだり困ったりしたら、助けるのは普通でしょ?」


「それでも、言いたかったの。……すごく嬉しかったから」


強く言う葵に頷いた。最近この子は私が促さなくても自分の気持ちをはっきりと伝える事が増えた気がする。私はそれを心の中で嬉しく思う。


「そっか。じゃあ、どういたしまして?かな」


「うん。……あのそれで、…私も何か…お礼したい。これからも由季に頼っちゃうし、今も…頼ってるから。何か、…できないかな?」


「んー、お礼って言われても葵に見返り求めてやったんじゃないからなぁ。それに葵にはいつも料理とかしてもらってるし何も要らないよ」


お礼なんか求めてやったんじゃないから求められても困ってしまう。本当に律儀な子だ。それに私は何かやってあげたともあまり思っていない。友達で相手が大事なら見返りなんか求めないだろう。それより料理を毎回してもらっている私の方が貰っている気がする。


「料理なんか、そんなの全然だよ。私がやりたいからやってるだけだし……誰でも上手くできるし。な、なにかない?それなりにはできると思うから…何か、やらせてほしいの。いつも、私のお願いとか…全部聞いてくれるから…何か……返したいよ」


「そう言われてもなぁ……」


それでも引かない葵に言葉に詰まってしまってどうしたら良いか分からない。ないものはない。でも、たぶん葵は何も自分はしてあげられてないと焦っているんだろう。こんなに言うのはきっと葵のことだから嫌われたくないからで、頼り過ぎて嫌われるのを恐れているのだと思う。必死な物言いは葵にしては焦っているからそんな気がする。今回の件で私が怪我をしたからさらに過敏に反応したのか、葵は前から嫌われるのに敏感に反応して極端に嫌がる。コンプレックスのせいで自分を自分で追い詰めているのだ。私はあえて核心に触れた。否定をするために。


「それはさ、嫌われたくないから言ってるの?」


「えっ?………………」


驚いて視線を下げる。沈黙は的を得ていたようで、葵は表情を暗くして手を強く握ってきた。やっぱりそうか。この子は本当に自分に自信がない。強いコンプレックスはまだまだ根強く残っていてさらに今回の件が重なって不安な気持ちが勝ったのだろう。どこまでもネガティブな葵に悲しくなる。


「私のこと信用できない?」


「ち、違うよ!そんなんじゃない!…そうじゃないの。私、頼って、甘えてばっかり……だから…」


黙る葵の代わりに続けた。


「だから嫌気がさして私が嫌うと思ったの?」


「…うん」


「葵が重くて私を縛ってるから?」


「……う、うん」


「怪我までさせたって責任感じてるの?」


「………う、うぅ……う…ん」


優しく聞いていたけど最後は泣いてしまった。葵が思っていそうなことを言ったら全部当たっていたようで悲しくなる。不安をなくしてあげたいのに上手くいかないもどかしさに頭が痛い。あんなことがあった後では情緒不安定になるのは当たり前だけど私は片手で顔を上げさせて涙で濡れた目を見つめた。葵も泣きながら見つめてきたから優しく笑いかける。


「ねぇ葵?私、葵のこと好きだから嫌いにならないよ。言い方はあれかもしんないけど、重くても、束縛してても、そんなの気にならないくらい好きだよ。この怪我もさ、葵が無事なら何てことないよ?気にしなくて良いって言ったでしょ?」


「う…ん…」


泣いている葵に不安をなくすようにさらに続ける。


「あと、昨日ずっとそばにいるって、離れないって言ったのは本当だよ?まぁ葵が好きな人と上手くいったらそれはその人の役目になるけど。私はそれまではいるつもりだから。一人にしない。それに上手く行ってもずっと一緒。まだ信じられない?不安?」


「ううん……」


首を横に振ると涙が溢れて手に触れた。本当によく泣く葵の泣き顔は見慣れているけど見ているのは辛いものがある。この子にはできる限り楽しい思いをしていてほしいから笑ってほしい。私の気持ちが伝わって葵の不安がなくなるように顔を近付けて頬にキスをする。


「好きだよ、本当に。嫌いになんてならないから」


安心させるように呟いた。まだキスは慣れないけど何度か繰り返して目を見つめる。こんなこと、普通なら変だしおかしいかもしれないけど私達には普通なんだ。不安をなくして安心を与える行為。不安になって泣いてしまう葵を慰めるキス。葵に流されているのは自分でも何となく分かってはいるけど否定できない私がいる。


それは葵と一緒にいると彼女の闇が見えて、触れられて感じられるから。だから助けてあげたいと思った。私に向ける重過ぎるくらいの気持ちで笑う葵が儚くて、私だけは否定をしたくなかった。否定されて沢山傷ついてきた葵をもう傷つけたくないから。


「ごめんなさい。……一人でいたら嫌なことばっかり考えちゃって…すごい不安になっちゃって…」


至近距離で見つめる葵は涙を溢しながら呟いた。目元に涙を拭うようにキスをする。


「いいよ。ちょっと悲しく思ったけど、許してあげる」


「…ごめんなさい。…ありがとう」


「いいよ、本当に」


目元のキスに目を瞑っていた葵は目を開いて濡れた目で見てきた。涙は引いたようだ。でもそんな葵の表情に目が離せない。どうしてしまったのか妙に緊張しながら吸い寄せられるように顔の至る所にキスをした。触れる時に目を瞑って、触れたら離れながら目を開ける。葵も同じようにして離れる時に私を見つめてくる。その目は次第に熱を持っていくように私を熱く見つめて離さない。欲情したようなその目に魅了されて、このままだといけない気がした私は最後に唇の横にキスをしてから一旦離れる。


「安心した?」


何も分からないふりをして聞いた。葵は明らかに残念そうな顔をしている。それは、求めていることが手に取るように分かるようだった。


「うん。……でも、……もっとして?」


「もっと?」


「……うん。もっと…してほしい」


「…じゃあ、あと少しだけだよ?」


懇願するような主張に結局断れなくて小さく笑った。また熱を込めて私を見つめてくる葵は安心の他にも期待をしているようだった。これ以上はだめだ。そう思うけど止まれない。この子の初めてみる女の顔に私は惑わされて目が離せない。いつも可愛い葵が頬を紅潮させて目を蕩けさせて求めている。私は本当にどうしてしまったんだ。それが酷くいやらしく見えて魅力的で理性を効かなくさせる。


ちゅっと優しく丁寧に頬やおでこ、目や鼻にキスをしていくと葵は小さい吐息を洩らした。あぁ、本当にだめだ。それは私を刺激するのに充分で、少し止まる私に葵は私の手をぎゅっと握ってすがるように囁いた。


「由季…ここにも…して?」


葵は恍惚とした目で私を見つめながら自分の指で唇に触れる。その目に、行動に、声に、興奮を掻き立てられて理性を激しく揺さぶられた。潤んだ瞳は私を求めているようで私は自然に葵の頬に手を寄せて引き寄せられるように葵の唇にキスをしてしまった。触れただけのキスだけど柔らかいそれは気持ちが良くて啄むように何度も何度も重ねてしまう。葵はそんな私をさっきと変わらない恍惚とした目をして、嫌がることなく受け入れた。


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