第32話


そして手をぎゅっと握って決意したように小さく話しだした。


「気持ち悪いって私のこと……引いて、嫌いになってもしょうがないけど、……けど、これからも……一緒にいたい。友達で良いから、そばに…いてほしい。会わなくなったり……したくないの。……お願いします。私にできること、何でもするから。何でも、由季になら……あげるから。…だから、だから…そばにいさせてください」


最後には目線を下げてしまう葵。葵は私との関係をどうにか断ち切りたくなくて必死に関係を続けようとしていて、それが痛々しくて苦しかった。想いを告げたら終わりだと思っていたんだろう。今までの楽しくて安心するようなことが終わる。それは彼女にとって絶望と変わらないんだ。


確かに葵の気持ちには驚いたけど、気持ち悪いなんか思わない。嫌いにもならない。恋愛的に好きかは今は分からないけど、この子を一人にできない。私がいなくなったらどうなるのかなんて想像したくない。それくらい今の葵は弱く見えた。それでも葵はそのまま話しだした。


「でも、今までと同じは、たぶん無理だから、私……お金も、払う。由季がキモいって言うなら、もう言わないし、そういう目で見ないように、……ちゃんとするから。だから、だから…」


あまりに葵が痛々しくて私は葵の手に自分の手を重ねて遮った。私はそんなことしないし、させない。


「葵、こっち見て?」


無言で首を横に振る。


「ねぇ、なんで?大丈夫だから、顔あげて?」


「……こわくて………見れない…」


頻りに首を振って見ようともしない葵。私の反応を怖がって怯えている。顔を上げない葵の顔を覗き込んで見ると目を強く瞑っていたから、いつもやるように顔のいたる所にキスをした。優しく、優しく。葵は少し体をビクつかせるけど抵抗はしない。そして最後に唇にキスをした。本当は良くないけど安心させたくて、怖がらせたくなくて、その気持ちが伝わるように。少し長くキスをして唇を離すとようやく目を開けてこちらを見つめてくれた。不安そうだけど目を逸らさないでくれるから嬉しくて笑ってしまう。


「大丈夫。気持ち悪くないし、嫌いにならないよ。今まで通り変わらないから。驚いたけど、本当に大丈夫だから」


「……うん」


ちゃんと話を聞いてくれそうだから私はやっと今の気持ちを伝える。


「葵の気持ちは驚いたけど嬉しかったよ?私は、恋愛対象として葵のこと見てなかったから正直、今は答えられない。でも、これから意識して葵を見ていきたいと思う。それで葵のこと、ちゃんと考えたい。ダメかな?返事はしなくて良いって言ってたけど、葵の気持ちに私はちゃんと応えたい。私が恋愛的に見られるようになるまで時間かかるかもしれないし、もしかしたら見れないかもしれない、それに葵の気持ちがそれまでに変わっちゃうかもしれないけどちゃんと返事をしたいから、こんなこと言うのはおこがましいかもしれないけど、待っててくれないかな?」


私なりの誠意を込めて伝えた。私のことを好きでいてくれる彼女にあやふやになんかしたくなかった。私との関係を本当に大事にしている葵に私も応えたかった。葵が大事な存在だと伝えたかった。それに葵は静かに涙を流しながら何度も頷いた。


「うん、待つ。……待つよ。いくらでも、待つから。私、ずっと好きだから待てるよ?本当に……大好きなの。初めて……一緒にいて安心して嬉しいって…もっといたいって…思ったの。……こんなに好きになるの…由季だけだよ。真剣に考えてくれて、ありがとう」


涙を流しながら笑う葵に胸が詰まって思わず抱き締めてしまった。なんだかこっちが泣きそうになってしまう。この子の純粋な気持ちが嬉しくて少し強く抱き締めると、葵は控えめに抱き締め返してくれた。


「こっちが言いたいよ。私のこと好きになってくれてありがとう。ちゃんと返事するからね」


「うん。……嬉しい。そう言ってくれて本当に嬉しい。…大好きだよ」


「うん。私もだよ」


ちゃんとお互いに分かりあえて安心する。私は一回強く抱き締めて軽く体を離そうとするけど胸元に頭を預けてすがり付いて離れない葵。どうしたのか不思議に思うも葵はポツリと呟いた。


「あの、それ、…由季……いつもそういうこと言う…」


「え?あぁ、だめだった?」


「だめって言うか…嬉し過ぎて…ドキドキしちゃう」


照れ屋と思っていたけど意中の相手にそんなこと言われれば照れるのは仕方がなくて、今まで本当に照れていたんだと思うとなんか私が恥ずかしいし申し訳なく思った。


「あー、じゃあ、…言わないようにするよ」


「それはそれで……やだ」


「そんなこと言われても…」


どうしようもなくて困ってしまう。良い考えも思い浮かばないし、すると少し強めにハッキリと葵は言った。


「言って…良いから。恥ずかしいけど…嬉しいから……言って?」


「はいはい、分かりました」


優しく髪を撫でて恥ずかしがる葵の手を握る。とりあえず、今まで通りで良いみたいだ。私はしばらくそうしてから静かに頭に頬を寄せて囁いた。


「葵は、結構大胆なんだね?いきなりキスして告白なんて、こないだは自分からキスなんかできないって言ってたくせに」


葵は行動力はある癖に恥ずかしがっていてよく分からないことがある。でも、それも葵らしい。


「だって、…気持ちが止められなくて、必死だったんだもん…」


「ふふそっか。すごい嫉妬させちゃったもんね?」


「…す…好きだもん、しょうがないじゃん」


恥ずかしがりながら答える顔は見えないけど、いつも以上に可愛らしくて笑ってしまった。そこで少し気になったことを聞いた。


「いつから好きだったの?」


「分かんない。………でも、会ってからずっと、気になってた…」


「そっか。私が、優しくてカッコいいから?」


「なっ?!何で覚えてるの!?…言わないで!…」


私から勢い良く体を離した葵は、赤い顔を隠すこともしないで言う。前に言っていた好きな人の話は私だったし、からかうように思い出しながら続けた。


「えー?良いじゃん。えっと、葵のこと理解してて、優しくて、カッコ良くて、素敵なんでしょ?」


「……バカ」


「ふふ、違うの?」


「ち、ちがくないけど…もうやめて」


自意識過剰みたいになっているけどそれは合っているみたいで恥ずかしそうに葵は呟いた。分かりやすい反応だ。お詫びも込めて頭を優しく撫でる。


「ごめんごめん、ありがとう。こんなに可愛い葵にそう思われて嬉しいよ。ごめんね。全然気持ちに気付いてあげられなくて」


「これから……私のこと、…ちゃんと見てくれるって言ってくれたから…いいよ」


「うん、ありがとう」


髪の感触を楽しみながら撫でていると葵がおもむろに顔を下げたけど、恥ずかしそうな顔をまだしている。可愛いなと思っているともじもじしながら言い出した。


「あの、ね……私以外と……き、キス、しないで……?」


可愛い独占欲が含まれた願いに遥のことかと頷く。相当嫌なのかショックだったのか、まぁどっちもな気がするがそれはしっかり叶えてあげるつもりだ。


「そんなのしないよ。葵が告白してくれたのに、誠実性に欠けるしそこら辺はちゃんと気を付けるよ」


「……良かった」


「でも、葵ともしない方がいいよね?まだ返事も保留なのに不誠実じゃない?思わせ振りだし…」


よくよく考えてみるとそうなるのだが、明らかに残念そうな顔をする。あぁ、まただ。この顔は弱いから止めてほしい。


「え、……でも……してほしい」


「いやでも…」


「今まで…してくれてたもん、唇には……たまにで良いから。……して?……お願い」


裏のない葵のおねだりは可愛らしくて断りずらいし、断っても悲しんだり駄々をこねたりするから余計心を揺さぶられる。少し黙って考えるもつぶらな瞳に私はやはり負けた。


「分かった、分かりました。今まで通りしてあげるから。そんな顔しないの」


その瞬間ニッコリと可愛らしく笑う葵に小さくため息をついた。


「本当は好きだからしてってせがんでたんでしょ?」


少し呆れたように告げると途端に動揺している。隠せない葵は正直過ぎる。


「そ、それもあるけど、本当に不安だったし、安心するし、……嬉しいから」


「全く。まぁ良いけど」


動揺する葵が可愛らしくて、そのまま頬に優しくキスをすると嬉しそうに笑う葵。私達にはこれが普通だからキスは仕方ないのかもしれない。


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