第31話


その後、遥と次に飲みに行く日程をしっかり決めて本当にその数日後に飲みに行って潰れる寸前でなんとか帰った。遥はそれでだいぶ満足したようだったが私はまた酷い二日酔いで頭が痛かった。でも、遥の機嫌を損ねるよりはマシだし、私もなんだかんだ遥に甘いから仕方なくはある。 


葵ともあれから連絡をそれなりにしつつ休みの日にいつものように泊まりに行くことになった。それは久々のオフらしく仕事終わりに葵の家に向かった。会うのは何週間ぶりだろうか、連絡も前よりはそこまでできてないけどテレビではドラマがやっと放送されていて、それは見るようにしていた。テレビの葵はいつも以上に綺麗で可愛らしくて役柄的にハキハキ元気によく話している。それは普段とはかなり違うから違和感が拭えないけど頑張っているのが伝わって嬉しかった。



葵の家について鍵を回してロックを解除するとエレベーターに乗って部屋まで行く。これも鍵を貰ってから随分慣れた。部屋まで来て鍵を開けて中に入ると葵が待ち構えていたようで玄関で迎えてくれた。


「久しぶりだね、葵。おじゃまします?かな」


「うん、早かったね。早く上がって?」


靴を脱いで上がる。荷物を置いていつものテーブルのいつもの位置に座ると葵は私の真横に座って体を寄せてきた。これもいつもと変わらない。


「今日は外でご飯でも良かったのに、家で良いの?」


私は気になっていたことを聞いた。私の家や落ち着いたお店でも良かったから最初に提案したけど自分の家が良いと言うから、葵に負けて今日は来たのだ。ご飯まで作りたいって強く言う葵に私は頷くしかなかったけど疲れていないか心配だ。


「うん。良いの」


「そっか、なら良いけど。そういえばドラマ見たよ?いつもと違うけど良い感じだね」


「ありがとう。…上手く、できてるかな?」


不安げな葵に何度か頷く。


「大丈夫だよ。それよりあの男は平気?なんかされてない?」


葵が嫌がっていたのを思い出して心配で聞くも小さく笑って頷く。


「うん、平気だよ。ありがとう」


「良かった。体も平気?ちゃんと寝てる?ご飯は食べてる?」


「由季、心配し過ぎだよ」


質問攻めにまた笑って答える葵。葵は忙しいからどうしても心配になってしまうけど大丈夫ではありそうだ。安心して私も笑った。


「可愛いから心配になっちゃうんだよ。まぁ大丈夫なら良かったよ」


「また、そんなこと言う…」


少し照れる葵に今日は悩みとかあるのかなと思っていたけど、そんなこともなさそうなのに安心して、最近のことについてお互いに食事をしながら話した。食事を終えてまた隣に寄ってきた葵と笑いながら色々と話をしていると私の携帯が震えていた。断ってから確認をすると電話がかかってきていた。相手は透だ。嫌な予感がする。


「ごめん、電話かかってきちゃった。少し出ても良い?」


「…うん、いいよ」


また断りを入れて立ち上がろうとしたけど葵がなぜか不安そうに腕を掴んで離さないからそのまま電話に出る。聞かれて困ることはないし離れたくないのかなと思って私はそのままにしておいた。


「もしもし」


「お、もしもし?今から飲み来いよ!今翔太のとこなんだけどお前どうせ暇だろ?」


案の定予想は当たっていて苦笑いしてしまう。


「はぁ、すいませんが予定があるから今日は無理です」


「由季に予定があるなんて…マジかよ?本当かそれ」


驚いたように言う透。失礼なやつで呆れてしまう。


「私にだって予定くらいあるわ。また次一緒に行こうよ?レイラも飲みたがってたから」


「あぁ、そうだなー。しょうがないけどそうするか。次は新しいとこでも行くか?」


「それもありだね」


「だな!あ、レイラがこないだ良いとこあるって言ってなかったかそういえば…」


「え?そうだった?んー、言ってたような……?」


言いながら考えていたら隣で静かにしていた葵が無言で胸に顔を押し付けて抱き付いてきた。これはもしかしたら嫉妬をさせてしまったかもしれないと思いながら私は頭を撫でて早々に話を切り上げた。


「あぁ、ごめん、また連絡して?レイラとそこら辺は勝手に決めて良いから」


「ん?あぁ、分かったよ。じゃーな」


「はいはい、楽しんで」


電話を切って携帯を置く。少し怒ってるかなと思いながら背中に腕を回して謝った。


「ごめんね、もう終わったから」


「……」


それでも何も言わない葵は体を離してから不安そうな怒ったような顔をしてこちらを見てきた。この子のそんな表情に驚く。


「どうしたの?ちょっと…」


「ねぇ、……さっきの、誰?」


葵は私の言葉を強く遮ってきた。それがいつもと違って動揺する。


「え?……あぁ、友達だよ」


「ちがくて、……ねぇ、誰?誰なの?」


怒ったような強い口調に名前を聞いていることが分かったけどいつもと違う葵に焦ってしまう。本当にどうしたんだ。


「あぁ、透だよ。飲みに行く友達、前会ったことあるでしょ?初めて行ったバーにいたやつ」


「……」


「あ、葵?どうか、した?」


雰囲気も顔色も全く違う葵は私から視線を逸らした。暗い怒ったような表情で先程よりも眉間にシワを寄せている。


「付き合ってるの?」


「え?」


真剣な表情で見つめられてその発言に戸惑う。いつもの葵と違い過ぎる怒ったような低い声に動揺しながら答えた。


「い、いや、付き合ってないよ」


「本当に?」


「本当だよ」


「……じゃあ、なんで、遥ちゃんとキスしたの?」


「え?」


「こないだ、……遥ちゃんが言ってた。飲みに行った時に由季と…キス…したって」


遥は葵にあれを言ったのか。あの性格から嬉しかったから言ったのだろうけど葵にそれはだめだ。あれはじゃれていただけだけど、まるで浮気がばれたようにドキッとして焦りながら慌てて否定した。


「あぁ、あれは、違うよ?あれは皆と飲んでて遥が悪戯して勝手にほっぺとかにキスしてきたんだよ」


「本当に?由季からは…してないの?」


「本当だよ。私はしてないけど、あんなのじゃれてただけだから…」


「……」


間を開けて、複雑そうに私を見つめながら葵はまた問い詰めてきた。


「誰とでも、してるの?」


その問いに緊張しながら私はできる限り正確に話した。


「そんなことしないよ。遥はたまにしてくるけど、誰とでもなんかしない。葵とはしてるけど葵だけだから」


「私、だけ?」


「うん、葵だけだよ。こないだは遥がしてきたけど…」


「嘘じゃない?」


「う、うん、嘘じゃないよ」


「…じゃあ…好きな人……いない…の?」


言いづらそうに言う葵の表情は暗いままだ。何が言いたいのか私はまだ分からない。


「いない、けど……?あの、葵?本当にどうしたの?」


「……何でもない」


「何でもないって、そんな風には…」


「だから!何でもない!!」


「葵」


「……」


怒鳴った葵はそれっきり黙って俯いてしまった。本当にどうしたんだ。どうしたら良いか分からない。嫉妬をさせて怒らせてしまったんだろうか。葵の顔を覗き込もうとすると丁度顔を上げた葵と目が合った。


「葵、ごめ…」


言いかけると同時に近付いてきた葵がキスをしてきた。唇に触れるだけのただのキスを。一瞬の事に唖然として動けない。葵がキスをした。その事実に驚きが隠せない。


「…好き。……由季が……好き」


「…好き…?」


葵の言葉が上手く飲み込めない。


「……ずっと、……前から、好きだったの。…本当は言わないつもりだったけど……ストーカーのことがあってから、やっぱり、言おうと思ってて。でも、上手く言えなくて、うじうじしてたら、遥ちゃんが由季と……キスしたって言ってたから。それで…と、取られちゃうと思ったら、焦って……我慢できなくて……また…嫉妬して、抑えられなくて」


下を向いて話す葵。それを聞いて全部繋がった気がした。好きな人の話をする時のこと、今までの私への高過ぎる好感度や甘えたがったり触れたがること。ただ、距離が近くて凄く甘えたがりだと思ってたけど、この子は最初から私が本当に好きだったんだと冷静に自覚する。そして、悲しそうに嬉しそうに葵は笑う。


「私、本当に……由季が好き。初めて、人のこと本当に好きになったの。私を分かってくれて、優しくて、守ってくれて……それが本当に嬉しくて、好きに…なってた。由季が好きだから話したくて、触れたくて、いつも一緒にいたくて……それで、我慢できなくて、由季を……縛ってたんだと、思う。由季は気にしないって言ってくれたけど、由季が好き過ぎて、私をいつも見てほしくて…気持ちが抑えられないの。由季のこと考えると、止められない。…由季が欲しくて欲しくて、由季の全部…私の物にしたい。由季の全部が好きだから絶対に、離したくない。私だけ、考えてほしい。でも、だめだよね。……由季は私を……そんな風に見てないこと、分かってた。けどそれでも、止められないの。ごめんね、由季」


葵は最後には涙を流していて、私は何を言ったら良いのか分からなかった。葵の告白に、葵の気持ちの大きさに、適当なことは言えないと思った。すると葵は涙を拭いて笑った。


「でもね、返事はしなくていいの。…本当にいいの。むしろ、言わないで…?由季に否定されたら……悲しくなっちゃうから……。ただ、私の気持ち…知ってほしかっただけなの。言わないと、後悔すると思ったから。でも、…き……気持ち悪い…よね?友達に、いきなりこんなこと…言われても、困るよね…」


「それは、そんなこと、私は……」


「あの、あのね!お願いが…あるの…」


どうにか答えようとした私を葵は言葉を遮って、必死そうに不安そうに見つめてきた。

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