第79話


「でも気持ち良かったでしょ?」


「そ、そんなの……由季がしてくれるなら全部気持ち良いよ……」


恥ずかしがって下を向く葵に私はさらに続けた。


「昨日はいつもより感じてるみたいだったし、良かったんじゃないの?」


「なっ……なに言ってるの!?……そんなの分かんないよ……」


「ん?分かるでしょ?自分のことなんだから」


「……知らない。もうやだ……恥ずかしいから…話たくない」


葵は本当に恥ずかしがって言うのを拒否してきた。この子は下ネタとかも言わないし普段からそういうのに慣れてないから動揺しているんだろう。でも私は逃がす気はない。そんな姿も可愛らしくて意地悪したくなるけど前に話した通り私はこういうことも分かりあいたい。


「教えてよ。前に話したでしょ?葵に聞くって」


「……聞かなくても分かるでしょ」


確かに昨日葵はいつもよりも感じてイッていたけど私は葵の口から聞きたかった。恥ずかしがる葵に顔を寄せて小さな声で話した。


「ねぇ、教えて?」


「……」


「葵?」


「………絶対からかわない?……」


葵は不安そうに聞きながら私を見てきた。葵の可愛らしい反応についつい意地悪したりしてしまうことはあるけど今は大切な話をしているのでそんなことはしない。安心させるように笑いかけた。


「そんなことしないよ」


私の言葉に葵は恥ずかしがりながら小さな声で答えた。


「……良かったよ。いつもより……良くて……いつもより……感じちゃった…」


恥ずかしいのにそれでも言ってくれる葵が可愛らしくて私は思わずおでこにキスをした。葵のちゃんと言ってくれるところが私は本当に好きだ。


「…そっか。良かった。……じゃあ次からもしよっか」


「……うん。恥ずかしいけど…したい…」


「よしよし。あーもう!葵は本当に可愛いなぁ」


「ちょっ、ちょっと由季?」


私は気持ちが溢れてしまって少し強引に葵を抱き締めた。感触が、暖かさが直に伝わって離したくなくなる。葵は戸惑いながらも私を抱き締め返してくれた。


「葵好きだよ。本当に好き」


「うん、私も好き。でも、私の方が好きだよ?私誰にも負けないもん由季への気持ち」


「なぁにそれ?私が葵を好きなのより?」


「うん!由季よりも」


葵にしては自信ありげに言うものだから私は嬉しくなって背中を撫でながら聞いてみた。こんな葵は中々見ない。


「じゃあ、どのくらい好き?」


「えっとね、言っても言っても足りないくらい好き。由季に好きって言葉で伝えても体で伝えても、もっと好きって伝えたいって思っちゃうくらい。由季に私の心の中見てほしいよ。でも、由季は私のこと分かってくれてるよね?由季は私を見透かしてるみたいな時があるから」


「…え?」


嬉しそうに言う葵に私はドキッとした。私の態度は、行動は、変わらないはず。なのに私の方が心を読まれたような気がした。葵は私のこれからの行動を、気持ちを、分かったと言うのか?若干の不安を抱えた私に足を絡めながらさらに密着してきた葵は嬉しそうにまた話し出した。


「だって由季、何でもお見通しみたいに分かってる時があるんだもん。私の気持ちを察知して優しくしてくれたり私の気持ちを分かった上で何かしてくれたりするから、由季には私のことほとんどバレちゃってると思う」


「そうかもしれないけど、私は全部分かってる訳じゃないよ?ただ葵の性格とか、態度とか、そういうので予想して判断したりしてるだけだよ」


「それでもいつも当たってるよ?私のこと、すぐに分かってくれなくても私の拙い説明とかで全部分かってくれるし」


葵は本当に私に対して敏感に感じ取っているようだった。この子はそれにとても喜びを感じて、愛情を感じている。私が間違ってはいけないところはここなのだ。この言葉で確信する。この子をどうするかは私次第だ。私の言葉で葵は感情を様々な方向へ動かす。私はいつも以上に優しく話した。


「そんなの、葵が好きだし葵とずっといるから何となくそうかなって分かるだけだよ」


「うん、でも嬉しいの。由季は私を自然に理解してくれてると思うから。私は由季みたいにできないから……いつか由季みたいになりたいなって思う」


「なんで?葵の性格とか私は好きだよ?」


唐突な葵の言葉は私には分からなかった。葵は私にない物を沢山持ってる。でも、葵の次の言葉で私はすぐに理解することになった。





「そうじゃなくてね、由季みたいに心が分かるようになったら、私も由季を見透かせるほど分かってあげられるのになって」



あぁ、そうか。私はそれに安堵した。まだ心にゆとりが持てる。葵は私が分からないということに。私は葵の前で感情が起伏することはあるけどその頻度は少ないしこの子のためにも笑っていることが多い。だから疎い葵は変化の少ない私の言動がいつもと違ったりしない限り分からないのだ。


前から葵は社交性やコミュニケーション能力が高い訳じゃないし慣れてない分人の感情を察知したり汲み取るのが苦手だ。しかも私は分かりやすい方じゃないから一緒にいても葵は分からない時があるんだろう。

でも、そんな葵を分からないからって私は故意に操っていくのか……。今までも、これからも。純粋に私を愛してくれているだろう葵を、私を分かりたがっている葵を、私は分かってて心を隠す。


「じゃあ、もっと好きになれば分かるかもよ?」


さっきは安堵したのに今は罪悪感に胸が締め付けられながら笑った。それでも私は言わない。この関係が依存からできあがっているものかもしれないなんて、葵を考えると言えなかった。葵は本当に私を愛しそうに見て笑うから、この気持ちも笑顔も崩したくなかった。この子の弱い部分に漬け込んで操って、こうなるようにした張本人だとしても私は守りたかった。


「今よりも好きになったら、由季とずっとくっついちゃうよ?」


葵の笑顔に息苦しさを覚えるくらい心が揺れた。それでも私は笑って顔を撫でてやる。愛情が伝わるように。私の気持ちも行動も愛情じゃなくて依存からきているものかもしれないけど、この笑顔が私は本当に好きだ。


「ずっと一緒だから平気だよ。葵がもっと好きになって、一緒に長くいればそのうち分かるよ。私をよく分かってるのは葵だけだから」


本当だけど確証はない。隠しているのに私は好きな気持ちに従って言ってしまった。この好きも、どうか分からないのに。今は葵が私を分からなくて本当に良かったと思う。


「うん。……由季、本当に好き。一緒にいるだけでもっともっと好きになっちゃう」


「私も好きだよ」


笑いあって自然に顔を寄せてキスをする。これだけで心が満たされるのにこれも依存しているからなのかなと思うと悲しくなる。私は気持ちが分からなくなってきていた。


「由季の体の一部になりたいなぁ」


葵は私に抱きつきながら言った。この子の思考の中には常に私がいる。


「私の一部?」


少し変わったことを言うなと思いながら葵の頭を撫でると葵は嬉しそうに言った。


「うん。私、由季とずっと一緒にいたいの。由季から一生離れたくないから、ずっと、ずっと由季のそばにいたい。いつも由季のこと考えてるし、由季にも私のこと考えてほしいから由季の体の一部になれたら一心同体になれるかなって思うの。そしたらね、寝ても覚めてもずっと一緒。死ぬまで一緒にいられる。それに、由季が死ぬ時に私も一緒に死ねるから、そうなったら私、一生幸せでいられる。……だから由季に本当にくっついちゃいたい」


葵は嬉しそうに話してから笑った。そんな言葉も私には愛しいけど葵のこの依存は本当に直せるのか不安になる。もはや私以外を見ていない葵は私しか必要にしていない。葵の全ては私のみに向けられている。好きなのは分かるし嬉しいけど何とも言えない気持ちになった。


「くっついたら大変だよ?葵の気持ちは嬉しいけどさ」


「分かってるよ。でも、由季のこと毎日いっぱい考えちゃうから…たまにこうゆうこと思うの」


「そっか、私も葵のことよく考えてるよ。それより葵お風呂入っちゃって?昨日そのまま寝ちゃったから体気持ち悪いでしょ?私も後で入りたいから」


私は体を離して忘れていたことを思い出した。今日葵は仕事だからこのままでいる訳にもいかない。葵は頷いたけどまだ何か言いたそうにしているから聞いてあげた。


「どうしたの?早く入ってきな?」 


「うん……あの、一緒に……入りたい」


「え?一緒に?」


葵は私をよく困らせる。普段は物分かりが良いのに甘えん坊な葵はただ不安そうに私を見つめてきた。

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