第3話


あれから一週間、葵とは頻繁に連絡を取り合っていた。お互いに質問しあったり今日あったことを話したり葵は寂しがり屋みたいでまめに連絡をくれた。


彼女は会社員らしく休みはまちまちで曜日はあまり決まってないらしい。

でも日曜日はできる限り休みにはするようにしているみたいだ。だが、詳しく仕事について聞いていないので分からないが忙しそうな仕事ではあるみたいだ。今度葵に詳しく聞いてみるか、なんて思っていたらまた葵から連絡アプリでの連絡が来た。


[由季、来週の休みが決まったんだけど木曜日休みになったから水曜日の夜に何か食べに行かない?空いてないかな?]


可愛らしいウサギのスタンプをつけて送ってくれた。来週なら空いている。私の休みは木曜日だから問題はない。私は文字を打つのが遅いので早く返信をした。


[うん、いいよ。七時まで仕事なんだけど大丈夫?]


すぐに既読がついた。


[大丈夫!良かった。嬉しい。◯◯方面だよね職場。××駅のほうが近いからそこで会わない?お店もいっぱいあるし]


××駅なら葵の家からも丁度中間地点だから良いか


[分かった。××駅で会おう。七時半くらいに駅待ち合わせで良いかな?もしかしたら少し遅れちゃうかもしれないけど]


またすぐに既読がつく。彼女のまめさになんだかくすぐったくなる。


[うん、大丈夫。じゃあ、七時半に××駅前で待ってる。来週が楽しみだね。]


[うん。楽しみだね、早く葵に会いたいよ]


それだけ打ってふと時計を見ると午後の仕事が始まる時間だ。嫌々ながら仕方ないまた後でと思って、仕事を開始する。

私の仕事は看護師なので平日に休みがあるが医療系とは接客が基本であるので神経を磨り減らすことが多い。

今日は嫌なことがありませんように。私は叶いそうもない願いをしながら患者さんに接した。



それから数日が経ち約束の日まで僅かとなったが相変わらず連絡は途絶えていなかった。葵は忙しくなると一日返信をしないこともあったが必ず返信が返ってきていた。私はその間葵について色々と知る事ができた。


葵はどうやら今年で二十六歳になるらしい。私よりも二個上でデレビや雑誌関係の仕事をしていて食べるのが好きだけど友達が少なくて休みはほとんど一人で料理やゲームをしたりジムに行ったりするだけらしい。これはかなり意外だった。人当たりの良さそうな彼女が友達は少ないし休みはほぼ一人とは、あんな優しくて可愛いくて良い人なのに?

疑問でしかなかった。私がぼっちならわかるが葵が?疑問は深まるばかりだ。

連絡を見返してみても


[仕事お疲れさま、今日は仕事どうだった?無理してない?私はいつも通りだったよ(笑)]


など、


[今度この写真のケーキ食べ行かない?美味しいって人気なんだって!あんまり好きじゃないかな?好きじゃなかったらいいんだけど…]


など、


どう見てもモテる女子というか今時というかこんな平凡な飲んでばかりの私にはもったいなさ過ぎるできた友達である。


対する私は


[仕事中無心すぎて記憶なかったわ。葵は体調とか平気?ていうか昨日傘に穴空いてて本当笑えたよ。びしょびしょ(笑)]


など、


[何でも食べるよ!嫌いなものって全然ないし強いて言えば芋焼酎くらい?臭すぎてあれは飲めなかったよ……]


など、もうなんか、違いすぎて残念である。

葵に比べて私は二個下だし体型も顔も普通としか言いようがない。髪型もアッシュ系のボブくらいで普通だし、顔は本当に普通で何も言えない。あと酒癖は悪いけど友達は多い方ではある。

なんだか格差社会を感じるレベルだがこんな私が友達で大丈夫なのかと最初から思ってはいた。もしかして無理して合わせてるのかも?と思っていたが葵からの連絡のまめさにそれはないだろうと思う。


部屋でのんびり携帯を弄っているとまた携帯が震えた。葵からのようだ、全くまめでない私がよく連絡が続いている。こうして長く連絡を取り合っているのが不思議だけど結構私は葵が好きなようだ。


[お仕事お疲れさま。今日も疲れたね。あのね、いきなりなんだけど今暇かな?]


どうかしたのか、なにか困り事か?こんなこと今までなかったので私はすぐに返信した。


[お疲れさま、うん、今暇だよ。部屋でのんびりしてる]


すぐに既読がつく。


[そっか。あの、電話しても良いかな?もうすぐご飯食べに行くでしょ?だから文字で打つよりも話した方が早いかなって]


あぁ、そういうことか。色々と話してはいたがそこまで決まってはいなかったなそういえば。約束の日まであと二日である。いつも直前に決まることが多い私が事前に決めるなんて旅行みたいで楽しくなってしまう。葵に電話をかける私は浮かれていた。


呼び出し音が何回かして葵の声が聞こえた。


「も、もしもし?」


「もしもし、葵?久しぶり」


「うん、久しぶり…だね」


「そうだね。体調は大丈夫?最近忙しそうだし無理して返信しなくても良いからね?」


そう、最近葵は一日経ってから返信することが多かった。いつでも返事をして良いし返さなくても良いと言っているのに彼女は忙しくても律儀に必ず返事をして、返し遅れたことを謝るのだ。


「それは大丈夫!大丈夫だから!無理してないから!…その……いっぱい話したいのに私が忙しくて話せなくて……それに……私……うざくないかな?」


「え?うざい?何が?」


不安げな声に意味がよくわからなかった。うざいとはいったい……?今までの流れからもよく分からない。葵の声は不安みたいで少し暗かった。


「あの、話たいこと沢山あって長文になっちゃったり、時間があるといっぱい話したくて連絡しちゃうから……その……うざくないかなって……思って」


そんなことか。私は安堵した。そんな心配しなくて良いのに。


「そんなことある訳ないじゃん!嬉しいよ葵と話せて。楽しいしうざいとか思ったことないよ。てゆうかむしろそれ私じゃない?返信速度遅いし話は普通だし、本当ごめんね?」


「ううん!!そんなことないよ?私も、嬉しいから。良かった。もしかしたら、うざがられてるかなってちょっと不安だったんだ。でも、安心した……ありがと」


照れたように笑った声に本当に可愛い子だなぁと染々思った。こんな良い子、中々いないしこれで一人が多いなんてかわいそうだしあり得ない。でも思ったよりも距離を計るのが苦手なのか、見ず知らずの私を助けておきながら少し不器用なのかもしれないがそれも彼女の魅力だろう。私は安心させるように続けた。


「葵、大丈夫だからね。いっぱい連絡して良いし今日みたいに電話しても良いよ?私はこれからもっと仲良くなりたいと思ってるから」


「……うん!私も…同じ。じゃあ仕事があったらまた遅れちゃうけどたくさん連絡するし電話もいっぱいするね」


「うんうん!おっけーどんとこいよ!あ、それよりあれだ!水曜のご飯どこにする?こないだ話してたやつとかも近いよねあの駅から」


「あぁ、そうだった。えっとね……」


それから少し長電話になったが終始嬉しそうな声に私は良かったとなんだか安心していた。ご飯の場所も決まったし先日私のせいでダメにしたタオルも見繕った。流行りに敏感な友達に聞いたから大丈夫なはず。それにしても遠足前のような高揚に約束の日が待ち遠しかった。


そして水曜日、私は運悪くと言っては何だが急患のせいで少し待ち合わせに遅れていた。××駅まであと十分。時刻は七時半である。先程遅れることを連絡したから大丈夫ではあるが早くつかないだろうか。

そうだ、遅れたお詫びに何か買って行こうか、待ち合わせは××駅の東口である。広く都会の××駅は駅中に沢山お店がある。

それなら先日差し入れに貰ったクッキーを買おうか。××駅について私は足早に改札を出た。


人気なクッキーだったが平日でこの時間帯なので難なく買えた。鞄に丁寧にしまって東口に向かう。それなりに駅には人がいるが彼女はどこだろうか、きょろきょろして携帯で電話をかけた。


「もしもし」


「あ、もしもし。ついたよ?遅れてごめん、どこらへん?」


「大丈夫、私階段の近くにいるけど……あっいた」


「階段?」


地上出口のか、階段の方に視線を向けると手を振ってこちらに向かってくる葵がいた。あの日はあまり服装を気にしていなかったがスキニーにシンプルな体の線が分かる白のトップスの上に可愛らしい茶色のダッフルコートを着ていてスタイルの良さが引き立っていた。しかも今日は眼鏡をかけて髪をアレンジして結んでいた。少し幼い印象からぐっと大人びて綺麗に見えるからもっとお洒落をしてくれば良かったかと後悔する。


私はロングコートに中はあの日と変わらないようなジャケットにブラウスとパンツ。まぁ気合いをいれた所でそこまで変わらないからもう良いかと諦めて足早に寄ると葵は嬉しそうに笑った。


「久しぶり、お仕事お疲れさま。早くご飯食べ行こ?お腹減った」


「うん、本当久しぶり、遅れてごめんね。さ、早く行こ!確か東口出て大きい交差点渡ったとこだよね?」


「うん!そうそう!」


並んで階段をあがるとまずは夕飯を食べるべくお店を目指した。眼鏡をかけて髪を結んだ葵は初めて見るがとても新鮮で綺麗さが際立った。


「葵、今日は眼鏡なんだね。可愛い。それに髪結んでると何か雰囲気変わるね。可愛いけど綺麗でビックリだよ」


「な、なに?いきなり誉めて。そんなこと言っても…何も出ないよ?それに……照れるから」


「あ!私からは出るんだよ、はい」


「え?」


葵の言葉でクッキーをさっと取り出して渡した。焦って動揺していた葵はよく分からなそうな顔をしていた。まぁ無理もないか。


「今日楽しみにしてたのに遅れちゃったから、お詫び。これね、こないだ差し入れに貰ったんだけど凄い美味しいから安心して」


「こんないいのに……」


申し訳なさそうな彼女にひと押ししてみるか、また強情になられたら困るし。しかしこんな所で悪戯心が芽生えてきた私は少し悲しげに言った。


「良いから、葵喜ぶと思ったのにあんま嬉しくない?嫌いだった?あぁ、そっか、そっかー……はぁぁ」


「ち、違うよ!嬉しいよ?!甘いもの好きだし由季から貰えるし!ごめんね、か、勘違いしたよね、嫌じゃないよ?」


どうやら効果は抜群のようだ。ニヤニヤしながら声に出して笑うと葵は不安げな表情のまま訳が分かってなさそうだ。


「?由季どうしたの?」


「あはは、ごめんごめん。葵可愛いからちょっとからかっちゃった。真に受けるから面白くて」


「え?もう、からかわないでよ……ビックリしたし不安になっちゃったじゃん」


「はいはい、ごめんって、もうしないから。ほら、店あそこじゃない?」


安心したように笑った葵の肩を叩きながら指差した。葵の反応を見るにどうやらあそこらしい。私達の足取りは軽かった。

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