第35話


葵は顔を赤くしながら私を見て離さない。意識したと言えばそうなるのか、告白をされてから私の葵の見方は変わったけど意識はそこまで変わらなかった。それがここまで意識したのは初めてだ。まぁ今の現状に意識しない人はいないと思うが。


「そんなの、当たり前でしょ」


「うん、…ちょっと嬉しい。由季、告白してからも変わらないから。私だけ…恥ずかしくて…照れちゃって、ドキドキしてると思ってた」


照れた葵は恥ずかしそうに笑った。あのよそよそしさは本当に照れて恥ずかしがってただけみたいだけど、葵は本当に私が好きみたいでこっちが恥ずかしくなる。私達は違い過ぎるし、私は葵に比べたら容姿も良くないのに葵の好意は増していくばかりのようだ。


「告白されてからはちゃんと意識してるよ」


「由季…」


私も照れながらちゃんと教えてあげると葵は手を離して私の前に移動した。どうしたのか目で訴えるも顔を赤くしながら私の膝の上にそのまま乗ってきて肩に手を置いた。それは、いきなり過ぎて反応ができなかった。密着する体は柔らかくてお湯とは違う熱さを感じる。そして、大きくて綺麗な胸が目の前にあって目のやり場に困る。たまに大胆な葵は本当に読めないしいきなりで驚いてしまう。


「あ、葵?どうしたの?今日は二人っきりじゃないからあんまりべたべたするのはダメだよ?遥に見られたら何か色々大変そうだし…?!」


慌てながら色々と理由を述べるも葵はそのまま胸に私を抱き締めてきた。柔らかい感触と葵の早い鼓動の音が聞こえる。本当にどうしたら良いのか分からない。私は少しパニックになっていた。


「な、なに?どうしたの葵?」


「……これでもっと、意識してくれる?」


囁くような問いかけに思わずドキッとした。意識も何もこの子は私を誘惑でもしているのか?葵はそれから私の頭を優しく撫でてきた。それにますます動揺してしまうけど努めて冷静に言った。


「いや、ちゃんと意識してるってば。さっきも言った通りだよ?告白されてから葵をそういう風に見てるよ?…」


「………」


少し笑ってみたけど葵は何も言わない。何か考えているのだろうか。葵の体温を直に感じて本当に動けないでいると葵はおもむろに私を解放して、私の頬に両手を添えると間近で私を見つめてきた。


「早く、もっと好きになって…」


願いを込めたような言いように、私は葵らしくて笑ってしまった。今日あまり隣にいなかったしさっき言ったこともあったから、こんなことをしてきたんだとなんとなく思った。葵の想いは単純に嬉しい。だけどまだ応えられない。それにこの子の異常なほどの好意に、私はいつも疑問を感じてしまう。


「それはまだいつになるかは分からないけど……もう少し待って?」


「………うん。それは、待つけど……」


葵は私の頬から手を離すと肩に手を置いていじけたように見てきた。


「ふふ、ごめんね。早く応えたいけど少し待ってね。…それよりさ、……あのー、葵は私の、どこが好きなの?」


思いきって聞いてしまった。気になっていた異常な程の好意を。でも良い機会だろう。詳しくは聞いていなかったしこの子は私を美化しているのかもしれない。葵は私の問いにすぐに照れながら答えた。


「それは、全部だよ…?」


「全部ってそれ、前も言ってたよね?全部って…中身も外見もってこと?」


こくりと頷かれた。中身も外見もって、外見?外見も好きなの?平凡過ぎる私の外見も好きって、葵の方が何倍も美人なのに?葵には悪いがますます理解できない。私が以前、自分を蔑んだりするのを葵はとても嫌がっていたから遠回しに聞いてみることにした。


「んー、葵のモデル仲間とかテレビ関係の人?の方がさ、外見も中身も私より良くない?私は、普通の一般人だし」


葵がもしかしたら怒ったり泣き出したりしないか内心緊張していたが、そんなことはなく葵は照れたように言った。


「そんなことないよ?……由季の方が素敵だよ」


「そ、そうなの?皆スタイルとかルックスは良さそうだけど…」


「それは、そうかもしれないけど…。私は、外見だけじゃ選べないし、中身の方が大事だよ。まぁ、由季はどっちも良いけどね」


「そっか」


とりあえず葵には完璧みたいだけど求めていた答えが聞けなくて焦れったく感じていたら、本当に嬉しそうに葵は話し出した。


「由季はね、外見も、その…綺麗だし、笑った顔は…可愛いの。それに、私は由季の目が一番好き。笑った顔も好きだけど…」


「目?こんなに細いのに?」


こんな可愛い葵にそう言われて嬉しいけど少しおどけてみせる。私の目は笑うとなくなるくらいだ。だけど葵は真面目に答えてきた。


「そんなことないよ?由季は優しい目をしてるの。いつも笑って見てくるから安心するし私のこと、優しく見てくれてるのが分かる。私の気持ちとか、すぐ分かってくれるけどそれが私、すっごく嬉しいの」


「あ、ありがとう?」


葵は本当に嬉しそうな顔をするからなんだか恥ずかしかった。私が葵の気持ちを汲み取ったりしているのがたぶん分かっているみたいだ。葵は尚も気持ちが高ぶったように続けた。


「それにね?目だけじゃなくて由季は全部優しいよ。由季が撫でてくれたり抱き締めてくれる時の手、すごく優しくて好き。私のこといつも思いやってくれて守ってくれて何でも理解して受け入れて、優しくしてくれる。そんなこと………今まで、なかったから、だから…私本当に嬉しくて、嬉しくて…大好きなの。私ね?優しい由季の中身が好き。暖かくて安心する由季の体も好き。私を撫でてくれる手も指先も好き。私を見て笑ってくれる顔も目も目線も、由季のこと本当に全部好き。性別とか、関係ないくらい由季の顔も体も心も全部好きだよ。…由季の全部、欲しい。私の全部、貰ってほしい」


言いながら恍惚とした表情をした葵は本当に私に心酔しているようだった。でも、私は葵の気持ちの重さに答えを迫られた気分になった。純粋でそれ故に気持ちが溢れて止まらない葵の感情に、私はどうすれば良いか分からなくて言葉に詰まった。ただ当たり前に優しくしただけなのに倍以上に返ってきた想いは、私にしか向けられていない。本当に深い愛情を感じて心がいろんな意味でドキっとする。嘘がない葵に、私が目を逸らせずにいると葵は更に話し出した。私をさっきと変わらずに見つめながら。


「ストーカーのことがあった時から由季への気持ちが止められないの。あの時、由季が、死んじゃうかもしれないって思ったら……どうにかなりそうだった。私の人生に、由季がいないなんて嫌。考えたくない。…だから、ずっとそばにいたい…離れたくないの。由季がいないと私、…だめだから。今の私がいるのも、私が変われたのも、全部由季のおかげ。本当に。だから、由季がいないと…大袈裟かもしれないけどね、生きていけないの。…でも、ちゃんと待つよ?由季の気持ち、一番に優先したいから。由季が私の中で一番大事だし、答えが出るまで待つけど………由季を見てると、我慢できなくなる時があって………」


言いづらそうな葵に、なんとなく分かった気がしたから口を挟んだ。


「………キスのこと?」


「うん。由季とのキス…本当に幸せで安心して満たされるの。だから、まだ付き合ってないけど…したくなっちゃう。くっつくのも好きだけどキスは………もっと好き。でも、……由季はしたくないよね?…ごめんね?私がしつこいからしてくれるけど、よくはぐらかしてしくるし。……気持ち悪い、よね…」


それが気持ち悪かったらとっくに否定しているが気持ち悪くないし前は興が乗ってしまったのか、深いキスまでしてしまった。私は葵が好きだけど本当に分からない。この子の幸せを色々考えると本当に分からなくなる。不安そうな葵の顔に手を寄せて安心させるように軽く頬にキスをした。


「したくないと言うか、やっぱり私達は付き合ってないから良くないかなとは思ってるよ。それに、気持ち悪くはないし…葵にねだられるとついついしてあげたくなっちゃうんだよね。私、葵のこと、やっぱり………好きなのかな?分かんないんだよね、自分でも」


初めてこのことについて本音を言った気がする。私はいつも葵に流されていたから。この子をしょうがないから受け入れていた。葵は顔に寄せたままの私の手を両手で握ると、そのまま自分の胸に私の手をいきなり押し付けた。


「なにしてるの?!」


「……したく…ならない?」


葵の柔らかい感触に顔が熱くなるのを感じる。何を言っているかなんて、聞き返さなくても分かるけど緊張と焦りで上手く否定できない。


「そんなの、しないよ…!」


葵は私の返答に落ち着いたように笑うだけだった。


「由季、照れてるの?……可愛い。私、由季なら……体だけでも良いよ?好きか分からなくても、体だけの関係を先にしても良いの。それから考えても良いから。それにどこでも触りたかったら」


「ちょ、ちょっと待って!!」


葵の衝撃的な発言に私は心底驚いて思わず大きな声を出してしまう。葵は何を言っているの?

頭が追い付かない。それでもとにかく否定しないといけない。体だけの関係なんて絶対にだめだ。


「葵なに言ってんの?そんなの、ダメに決まってるでしょ!自分の体をもっと大切にしないとだめだよ!!」


「…由季」


葵は面食らったように驚いた顔をしてから嬉しそうに笑うと胸に当てていた私の手を離した。それに少しホッとする。葵は分かってくれたみたいだ。


「ごめんなさい。変なこと…言っちゃった」


「…はぁ、本当だよ。私は葵の気持ちも、体も、大切にしたいの」


「………」


「?葵?」


当たり前のことを言ったのに葵は照れたのか目線を逸らして黙った。今のに照れる要素があったのかと思いながら顔を片手で優しく撫でると小さな声で呟いた。


「…嬉しすぎて、顔見れない」


さっきまでの積極性はなんだったのか途端にしおらしくなってしまった。やっぱり葵だなと笑ってしまうけど、さっきのは良くないから言い聞かせるように言った。


「私的には、当たり前のこと言っただけなんだけど。でも、葵は可愛いし綺麗なんだから本当に自分のこと大切にしないとだめ。こんなことしちゃだめだよ?」


「うん。大丈夫だよ。………私は、由季にしか言わないから。本当に、由季だけだよ?由季以外には絶対言わないし…触ってほしくないし、触らせない。由季以外、好きにならないから平気」


「んー、そう言う訳じゃないけど………まぁ良いよ、それで。とにかく気を付けて」


「うん」


当たり前みたいに言う葵は少しずれてるけど詳しく言ったら何で?って怒りそうだしやめといた。それにしても、この子の想いは本当に重くて私を好きなのがよく分かった。こんなに好かれるなんて私は幸せ者か?とめどない愛は私への異常な愛情と執着が見えるけどそれでも私は嬉しかった。この子の心の拠り所ができたことによって、あんなに泣いたり悩んだりすることがなくなるなら、このような想いを持ってた方が良い気がする。それが行き過ぎて、歪んでいるように見えたとしても。


「由季、………あの、キスは…やっぱりもうダメ…………?」


控え目だけどねだるような目は私には毒だった。でも、とりあえず正論は言う。


「え、うーん。良いか悪いかで言ったら良くはないけど…」


「それは、そうだよね。やっぱり………」


さっきのを気にしてたのか、落ち込んだような顔に小さく息をついた。全く、しょうがない。葵の気持ちも知れたしこの際これは大目に見るか。可愛い葵のためだ、私は葵の顔を引き寄せて唇に軽くキスをした。


「たまにだけね?」


「………うん!」


笑う葵にまた甘やかしてしまったなと思った。


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