第2話


腕を組んで引っ張られるように歩く。細い腕で私を支えながら優しく引っ張ってくれてふらふらしながら何とか歩けていた。しばらく道のりを進みながら彼女は心配そうにチラチラ私を見て歩いていて本当に申し訳ないが私にはもうどうすることもできない。この人だけが頼りだった。


「もう少しですから、頑張ってください。」


「あぁ、うん、ありがとう。本当にすいません。あ、ところで名前なんてゆうの?私は由季、羽山由季。今さらだけどよろしく」


「あぁ、そういえば忘れてましたね。ふふ、私は瀬良葵です。葵って呼んでください。由季さん」


「葵か、うんうん、ていうか呼びすててよ?敬語もやめよ、歳近いだろうし。それにもう他人じゃないしさ、なんか図々しいけど今日は勘弁してね…」


私の言葉になぜかキョトンとして固まった彼女、葵は驚いていたが嬉しそうに笑ってうんと返事をした。なんだか本当に絵になるなぁ。笑っただけで葵はとても綺麗で可愛らしくて魅力的だった。それに歩いてて気づいたがすごいスタイルも良いし華奢なわりに身長は女子にしては少し高めでまさに高嶺の花のようで眩しかった。


「なんか、可愛いね」


思ったことがそのまま言葉として出てしまっていたことに葵が照れて気づいた。動揺した葵は早口気味に言った。


「な?なに?いきなりどうしたの?」


「え、だってすごい綺麗だし笑うと可愛いなって」


「……照れるからやめてよ」


葵は前を向いてしまったが照れ隠しなのが分かってなんだか顔がにやけてしまった。可愛いとこもあるんじゃん?


「もー、いろんな人に言われてんじゃないの?てゆうかさ、葵は彼氏とかいないの?」


「彼氏なんか…いません」


「えっ??そんな美人なのに?選びたい放題でしょ、もしや理想が高過ぎるとか……?」


一瞬呆れたような顔をされたが優しく腕を引いてマンションのエントランスに入った。今のは良くなかったか?なんて考えていると葵は私の腕を一瞬離しながら鍵を取り出した。なんだか立派な綺麗なマンションだなと感心していると


「そんなんじゃなくて……私は本当に好きな人としか付き合いたくないだけ」


と、少し強めな口調で言うから何かあったのかなと考えるも鍵でロックを開けてまた腕を引いてエレベーターのボタンを押す。口調に比べてその行動はとても優しくて本当に優しい人なんだなと実感する。


「可愛いし優しいし、良い人なのにね。葵は」


「?!」


誉めたつもりだったのに怒ったような照れたような驚いたようなよく分からない表情をして飲みすぎ!っと怒っていた。本当に感情表現豊かだなとなんだか微笑ましくて笑っていると今度は笑いすぎだからと照れていた。


葵の部屋についた頃にはやっと頭の痛みが弱まってきてはいたがやはり大量に酒を飲んだせいで思考もあんまりできないしぼーっとしてしまう。安心したせいか、もう眠気は限界そうだった。


「ほら、水飲んで」


一人暮らしにしては少し広めの部屋は綺麗に片付けられていて物が少ない。シンプルだけどぬいぐるみが何個か置いてあるのに女の子だなぁと思う。感心しているとベッドに座らせてくれた葵がコップに水をいれて持ってきてくれた。


「ありがとう。……ごめん、眠気がもうやばいわ」


コップの水を飲み干して渡す。


「ん、いいよ。ほら、横になる前にコート脱いで?かけとくから」


「んん、ありがとう」


ゆっくりコートを脱ぐと葵は笑ってハンガーにかけてくれた。本当に色々とよくやってくれる人だ。


「あっ、顔、化粧落とす?メイク落としのシートあるよ?」


「んん……落としたい……」


「ふふ、ちょっと待って」


もうまぶたが重くてうとうとしてると葵がシートを渡してくれた。近くでくすくす笑っているがもう眠くてそれどころではなかった。


「由季?ほら早く顔拭いてそれで」


「んん……もう無理、葵やって……?」


「え?もう、本当に、この酔っぱらいは」


仕方ないと言ったように優しくシートで顔を拭いてくれた。それから体を横にさせて布団を掛けてくれた。本当に何から何までやってくれて、彼女の優しさに感謝しかない。彼女は本当に良い人のようだ。


「はい、もう寝て?気持ち悪くなったら呼んでね?」


「うん……ありがとう……本当にすいません」


「はいはい」


謝った矢先に私はそのまま眠ってしまった。葵が何か話しかけてきたような気がしたけどもう限界だった。



翌日、ギシっというベッドの軋む音で目が覚めた。それは葵がベッドから出ようとした時に出た音で少し目を開けると立ち上がりかけた葵が見えた。どこでも直ぐに寝れる割りに音に敏感ですぐに起きてしまうこの体が少し嫌になった。


「あおい?」


「ん?ごめん、起こしちゃった?まだ寝てて良いよ。今日は日曜日だから仕事ないでしょ?……もしかしてある?」


「ううん、ないけど……でも起きるよ、悪いし」


体を起こして目を擦ると、シャワー浴びてきなと促されて熱いシャワーを浴びた。幸い二日酔いで胸焼けはするが頭痛はしていなくて助かった。それよりも昨日から至れり尽くせりで葵には何かお礼をしないといけない。タオルもああは言っていたが弁償しないと気がすまない。とりあえず後で何か聞かないとならないなと考えているうちにシャワーを浴び終わり葵が用意してくれたタオルで体を拭いてドライヤーで髪を乾かした。


リビングに行くと何だか良い匂いが立ち込めていた。葵は鍋を火にかけながらこちらをちらりと見た。化粧をしていなくても可愛いくて綺麗で本当に美人なんだと感心する。こんな人に介抱してもらうなんていくらか渡した方が良いんじゃないか、と不安に思ってると葵は笑いかけてきた。


「大丈夫?すっきりした?」


「うん、本当に色々ありがとう。何て言ったら良いか分からないくらい感謝してる。」


「ふふ、大袈裟。昨日の残りのミネストローネあるけど食べる?」


「ミネストローネ?」


いまいちピンとこない食べ物の名前にそっと葵に近づいて鍋を覗き込む。それはとても美味しそうな野菜たっぷりのトマトスープだった。胸焼けは酷いがお腹は空いている。これなら食べられそうだ。


「わぁ、美味しそう!食べる!葵料理うまいんだね」


「うん、料理は昔から好きだから、ほらそこ座ってて、パンも食べる?」


「うん!何でも食べる!」


「はいはい」


小さなテーブルに座椅子が置かれていてそこに腰かけると程なくしてテーブルにミネストローネと小さいサラダとパンとジャムが出てきた。自炊はするが本格的な物は作らないし食事は適当な私にしては凄い食事だった。


「ありがとう葵、本当にありがとう。本当に」


「お礼言い過ぎだから。はい。もう食べよ」


「うん、いただきます」


葵は照れたようにいただきますと言って食べ始めた。私も続いて食べたが本当に美味しかった。胸焼けはしていたがそれでもお腹は減っていたし胃にも優しくて美味しい美味しいと言っている間に全て完食していた。葵は美味しいというたびに照れて笑って嬉しそうにしているから、こんな可愛い子が喜んでるのを見れるなんて幸せだなぁと呑気に考えていたけど、ちょうど良い。私は本題を話した。


「ねぇ、葵、昨日今日のお礼を改めてさせてほしいんだけど何か食べたいものとか欲しいものとか何でも良いけどある?お金でも良いんだけど」


「ん?お礼なんかいいよ?ていうか昨日渡してきた千円もいらないから返すし」


思い出したようにお財布を鞄から取り出そうとしていたけど急いで手を掴んで止めた。ここは昨日から譲れない所だ。


「それはだめ!昨日のお礼一割以下だしそれ吐いてた時の迷惑料もプラスだし。ていうかタオル新しいの買って渡すね、本当昨日はごめんね、それに何かお礼しないとお世話になりすぎて申し訳ないし……」


言いたいことがありすぎるがとりあえず矢継ぎ早にまとめて話した。あんな道端の酔っぱらいを介抱してお礼も貰わないなんて私だったらそう言うかもしれないがダメだし。意気込んで聞いたから葵は唸りながら少し考えてなんだか言いづらそうに


「じゃあ、さ……友達に……なって?」


と小さく言った。


「え、友達?」


は?え?友達?思いがけない提案に理解が追い付かない。友達って、お礼になるの?しかも、ただの道端の酔っぱらいだよ?なぜ?それに友達って、私達はもう……


「あの、嫌だったら……全然いいの……ただお泊まりとかこうやって一緒に誰かとご飯食べたりするの久しぶりで……なんだか楽しかったから……」


葵はシュンとしたように目線を下げた。落ち込んだような表情に思わず慌ててしまう。こんな美人で可愛いんだからそんな事する人沢山いそうなのに、どういうことだろう。


「ごめんごめん!全然嫌じゃないから!私もう葵とは友達だと思ってたし友達ってお礼になるのかなって思って」


「……本当?!」


勢いよく顔をあげて嬉しそうな彼女に頷いて答えた。


「え?うん、本当。むしろこんな家まで上がってご飯も食べてるのに他人ではないし知り合いとも言いづらいし友達じゃないの?まだそこまでお互い知らないけどさ」


「そっか、そうだよね。……うん、うん」


「?」


とりあえず嬉しそうに頷いてるから大丈夫なのか?本当に昨日から葵はころころ表情が変わって愛らしかった。これで彼氏がいないなんて世の中の男は何をしてるんだいったい。


「じゃあ、……友達に、なったから…仲良くして一緒に美味しいもの食べたい。それに色々お出かけも…したい。それとお泊まりも……またしたい。今言ったのを…お礼にしてほしい。…………ダメかな?」


恥ずかしそうに言う姿が可愛らしくて思わず笑ってしまう。綺麗な見かけに反してこの子は少し幼いんだなと思うと手をのばして頭を撫でていた。少し驚いてはいたが葵は撫でられるままで恥ずかしそうに嬉しそうにしていた。


「本当に可愛いなぁ。良いよ。全部やろ!私休みの日は最近飲んでばっかりだし飲み過ぎだから少し控えようと思うし。そうだなー、まずは美味しいものでも食べに行こうか、何が良いかな?」


「うん!でも、また飲みすぎないでね?」


「大丈夫。もう今日でだいぶ反省したから」


それから私達はこれから何をしてどこに行くかやお互いについて改めて色々話して連絡先を交換した。葵は携帯をにこにこと眺めながら直ぐに連絡すると嬉しそうに言っていた。が、長く居座るのも悪いからと帰ろうとしたら途端に悲しげに眉を下げてしまうものだから可愛いらしくてまた頭を撫でてしまった。葵は撫でられるのは好きなんだろう、撫でた途端に嬉しそうに黙っていた。


愛玩動物のように可愛い彼女に私は癒されて、良い人だし可愛いし良い出会いに巡り合ったもんだと感心して嬉しくなる。私も帰ったら連絡するからと優しく頭をまた撫でてあげたらうん、と返事をしてくれるから名残惜しくも頭から手を離すとすぐに悲しそうに連絡してねと言われた。

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