第73話

小走りに来た葵はさっきステージで見た時と同じように輝いて見える。葵と付き合っているのが私だなんて誰も信じないだろう。ちょっとした優越感を感じる。


「葵、お疲れさま」


「うん、来てくれてありがとう由季。それより山下さんは?何で綾香ちゃんここにいるの?」


葵は私にお礼を言うと綾香ちゃんに話しかけた。葵が知らないと言うことは綾香ちゃんは葵が心配で独断で私に会いに来たみたいだ。この子は本当に友達思いのようだ。


「んー?私は通りかかったら山下さん仕事あるって言ってたから葵に会わせてあげようと思って」


「そうだったんだ。……あの、綾香ちゃん何か由季に変なこと言ってないよね?」


「えー?言う訳ないじゃん。ちょっと世間話したくらいだよ。ね、由季ちゃん?」


綾香ちゃんの口ぶりだとさっきの話は秘密らしい。私は目で合図してくる綾香ちゃんに頷いた。


「うん。葵の友達だって聞いたくらいだよ。仲良いんだね葵」


「うん、綾香ちゃんとは長い友達なの。……それより、あの……今日はどうだった?ちょっと緊張しちゃったからぎこちなかったかもしれないけど…変じゃなかった?」


自信がなさそうに言う葵に私は安心させるように笑った。


「かっこ良かったよ。綺麗で可愛くて、凄い輝いてた。本当に凄いね葵」


本当は頭を撫でてやりたいけど二人きりじゃないしここは我慢をする。葵は嬉しそうに笑ってくれた。


「ありがとう由季。良かった。ちょっと上手くできなかったかなって不安だったけど本当に良かった」


「そんな不安にならなくても平気だよ。本当に凄かったから」


あんな堂々と笑って歩いていたのに逆に何がダメだったか聞きたいくらいだと思っていたら、綾香ちゃんが横から口を挟んできた。


「だから大丈夫って言ったじゃん!葵心配し過ぎだよ。ずっとだめだったかも、だめだったかもって言ってたし」


「そ、それ言わないで!!綾香ちゃん!」


綾香ちゃんは笑っているけど葵は焦っている。この二人は案外合っているようだ。

 

「えー、良いじゃん。ずっと髪型とか化粧とか平気かなって聞いてきたくせに」


「もう綾香ちゃん!言わないで!」


「本当のことじゃん。それよりさ絶対惚れ直してくれたよね、由季ちゃん」


小声で聞いてくる綾香ちゃんに葵は困った顔をしながら大きい声で綾香ちゃんに言った。


「綾香ちゃん何聞いてるの!」


「もー、葵はそのために頑張ったんだから聞かないとでしょ?」


「でも……!いきなりやめてよ!」


「そんなこと言って今すぐ聞きたいでしょ?」


こちらを見て笑う綾香ちゃんと私を困った顔をして見てくる葵。まぁ確かに綾香ちゃんの言う通りではある。さっきはあんなことを考えていたけど、頑張っていた葵には応えてあげたい。綾香ちゃんが急かすように見てくるので私は葵の耳元で葵にしか聞こえないように小さく囁いた。


「カッコよくて惚れ直したよ。また好きになった」


「……あ、ありがとう…」


葵はさっきまで焦っていたのに私の一言で一瞬で照れて恥ずかしがってしまった。その姿はいつも二人でいる時のように可愛らしくて和むけど、心の片隅ではこの可愛らしい葵を私が変えていかなければいけないと思っていた。


「葵ー、何照れてんの?おいおい、惚気やがって~」


綾香ちゃんは葵の肩を掴んでニヤニヤ笑っている。こんなことになる気がしてはいたが葵は恥ずかしがったまま否定した。


「…そんなことないよ…」


「そんなことあんじゃん!何言ってんの?照れやがって~。で、何て言われたの?」


「お、教えないもん。やめてよ綾香ちゃん」


「えー、知りたいんですけど」


葵は照れながら困っている。なんだか綾香ちゃんと私は似ている所があるようだ。綾香ちゃんはニヤニヤ笑っていたけど私を見てにっこり笑うと葵から手を離した。


「もー、熱すぎ。お腹いっぱいだから本当に。私は満足したからあとは若い二人で楽しんで?由季ちゃんまた話そうね」


「あ、うん、またね綾香ちゃん」


綾香ちゃんはそれだけ言うと手を振って足早に立ち去ってしまった。本当に良い友達だ。よく葵を気にしている様子だし、優しい子だなと思って綾香ちゃんを見ていると葵は控えめに私の服の袖を引っ張って見てきた。


「あ、綾香ちゃんばっかり……見ないで」


「え?……そんなに見てないよ?」


そんなことで可愛らしく嫉妬をする葵に笑いかけると、葵は少し不満そうに呟いた。


「だって、……綾香ちゃん綺麗だから、さっきよく見てたし。……それより、綾香ちゃんと何話してたの?本当に変なこと言われてない?」


「そんなことないよ。変なことも言われてないから」


「本当?」


「本当だよ。それよりさ、これ」


まだ何か言ってきそうな葵に今日秘密で買ったプレゼントを渡した。葵の私への気持ちは嬉しいけどそれよりもプレゼントの方が大事だ。葵は袋に入ったそれを不思議そうに受けとる。


「なに?これ」


「今日頑張るって言ってたからプレゼント」


「え?」


葵は驚いて中身を見ている。綺麗にラッピングしてもらったから分からないだろうけど中はお風呂で使えるボディケアのグッズ等だ。葵はスキンケアのための物を沢山持っていてよく使っているし疲れている時のための良い入浴剤も買ったから喜ぶと思ったのだ。


「お風呂で使えるスクラブとか入浴剤とか色々。いつも沢山使ってるから良いかなと思って。葵が好きそうな香りのやつとかもあるから使ってみて?」


私が説明すると心底嬉しそうに葵は笑った。やっぱり当たりだったようだ。


「ありがとう由季。すっごく嬉しい。本当にありがとう。大切に使うね」


「うん。葵いつも頑張ってるから色々買ったから使ってね」


「嬉しい。なんか由季がくれたのが嬉し過ぎて、もったいなくて使えないかも」


「えぇ?使ってよ。せっかく葵のために買ったんだから」


困ったことを言う葵は小さく笑った。


「ふふふ、うん。分かってるよ」


二人で笑い合うとまた人通りが多くなってきた。そういえばここは関係者用の通路だった。私は場違いなことを思い出す。早々に去った方が良い。


「じゃあ、私はもう帰るよ。ここ私がいたらまずいだろうし、葵にも会えたし。葵はこれからまだ何かあるでしょ?」


「うん。今日は打ち上げもあるみたいで…」


「そっか。じゃあ、楽しんでね。今日はお疲れさま。ちゃんと休むんだよ」


こんな大きなイベントがあればそんなこともあるはずだ。さぞや凄い打ち上げなんだろうなと思いながら私は笑って去ろうとしたけど葵は慌てて私を呼び止めた。


「あ、由季!」


「ん?なに?」


「あの、……え、えっと……あの……今日はこの後、予定……ある?」


「ないけど、どうかした?」


「……えっと、……あの、あのね?……あの」


歯切れの悪い葵は中々言わない。葵にも予定があるのにどうしたのかよく分からないけど少し不安そうだから優しく聞いてみた。


「どうしたの?」


「……」


葵は少し黙ってから私に小さな声で耳元で言った。


「電話の約束……今日したい」


「え?」


恥ずかしそうに不安そうに言ったそれにまさかそんなことを言われるとは思ってなくて驚いてしまった。つまり私はエッチをしたいと言われている。いきなりこんなことを言う葵に困りながら少し恥ずかしいけど聞いてみた。


「…でも、今日打ち上げもあるし疲れてるでしょ?無理しなくてもいつでもできるし…」


「打ち上げは顔を出して少ししたら帰るから。それに、そこまで疲れてないし……電話してから……そのつもりだった、と言うか。……だめ?」


こう言われると私は弱かった。元はと言えば私が葵を焚き付けたし葵もこう言っている。それは頷くしかないような誘いだった。

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