第49話
「亜美、早かったんだね」
席に腰かけると亜美は変わらない笑顔で笑っていた。それに私は少し緊張が解れたような気がする。
「うん、墓参りぶりだね。由季は何飲む?とりあえず頼んだら?」
「そうだね」
メニューを見てアイスコーヒーを注文する。
「来てくれてありがとう。もしかしたら来てくれないかと思ってた」
亜美はアイスティーを飲みながら言った。来たくなかった気持ちはあるけど、私はそれに少しだけ笑って答えた。
「来るよ。私もちゃんと話しときたかったから……」
「そっか。そうだよね…」
少し沈黙が生まれる。
私はここに来て優香里のことを何を聞けば良いのか分からなくて聞けなかった。話さないとならないことが沢山あるのに。それに聞こうと考えてはいたけど勇気が出ない。聞きたいけど聞きたくない。怖くて不安でモヤモヤに心が包まれてしまう。私が迷っていたら丁度アイスコーヒーがきたので気持ちを落ち着けるように一口飲んだ。
「優香里ね、SNSにその日の出来事とか……書いてたみたいなんだよ」
亜美は優香里の話題に早速触れてきた。私は逃げないように覚悟を決めて口を開く。
「…死ぬ前に?」
「そう。死ぬ前にね、SNSに隠れて書いてたみたい。私はやらないって言ってたのに私達にも秘密でやってたみたいなの。見てあげて?」
亜美は携帯を弄りだして、私に携帯を差し出した。見てみると丁度六年前の更新で止まったSNSの画面だった。名前はアルファベットでykrと書かれているけど載っていた写真は明らかに優香里の私物で本人なのが伺える。懐かしい見覚えのあるキーホルダーは優香里が気に入っていたやつだった。
「本当に少ししか更新してないし特に悩みも書いてないけど、優香里が残したのそれくらいしかなかったの」
亜美の説明に私は無言で画面を操作しながら見る。優香里は本当にたまにしか更新していないけど一日の感想等が少しだけ書かれていた。それはどれも懐かしかった。
[今日はサボって映画を観に行ってきた。でも由季は始まってすぐに寝ててムカついたから殴ってやったけど楽しかった]
これは、優香里が散々文句を言ってきたやつだ。私が見たいと言ったのに寝不足で寝てしまったのを思い出して思わず笑ってしまう。
[いつもの三人でプールに行った!本当に楽しかった!亜美が派手に転んで大爆笑。良い思い出ができた!また行きたいな]
これは夏休みに私と亜美と優香里の三人で行ったやつだ。亜美がプールサイドで転んだのを優香里は本当に楽しそうに見て笑っていた。亜美はその時笑っていたのに怒っていたけど転び方がおもしろくて私も笑ったんだ。
[今日はテスト勉強のためにファミレスに行った!亜美の頭が悪くてキレてたら由季に止められた。亜美の頭の悪さに勉強を教えるとか難しい]
これも覚えている。昔テスト前によく皆で勉強していた。亜美は勉強が本当にできなくて優香里がいつも怒っていたから私がいつも止めていた。あぁ、本当に懐かしい。
優香里の書いている内容は全部私も忘れられない思い出だった。見れば見るほど懐かしくて思い出さないようにしていた記憶が鮮明によみがえって悲しいけど嬉しかった。そして、最後の更新も優香里は変わらなかった。
[今日は三人でテスト終わりに海に遊びに行ってみた。綺麗で楽しくてヤバかったー!ずっと仲良くしてたいな]
夏休み前に皆で行った海のことだ。あの日も本当に楽しくてはしゃいで笑っていたのに、優香里はそれから夏休みに入ってすぐにいきなり死んでしまったんだ。
「…ありがとう、懐かしいね」
携帯を亜美に返した。もう見てられなかった。懐かしくて胸が苦しかった。
「そうでしょ?優香里私達と遊んだ話ばっかり。本当に楽しかったよね。…笑ってたのに、笑ってたのに……本当にいきなりいなくなっちゃって、何考えてたんだろ…」
苦笑いをしながら亜美は明るく言った。私もそれは今になっても分からない。毎日一緒にいて遊んでいたのに分からなかった。でも、今ここにいない優香里が悩んでいたのは事実だった。
「優香里の家、私達行ったことなかったでしょ?」
「あぁ、うん、そうだね」
亜美の問いに答える。
「由季は、優香里が死んでからは行った?」
その問いは後ろめたかったけど逃げなかった。
「行ってない」
「そっか。私、優香里が死んでから行ったんだけど優香里ね、一人暮らしだった」
「え?どういうこと?」
由香里は母子家庭のはずだった。いつだったか三人で夏祭りに行く時に優香里のお母さんが車を出してくれた記憶がある。それでも嫌な気分になった。亜美は悲しげに話し出した。
「お母さん、優香里置いて出て行ったんだって。優香里が高校に入ってからしばらくして。優香里の親戚の人が言ってた」
「…なんで?」
思わず語尾が強くなる。なにそれ、なんで?胸が苦しくなった。優香里はそんなこと一言も言っていなかった。
「分かんないけど今もどこに行っちゃったのか分からないんだって。優香里はずっと親戚の人に頼りながら一人で暮らしてたみたいなんだけど優香里の家ね、なんにもなかったよ。生活感も、全然なかった。死ぬ準備してたんじゃないかなって思うくらい」
亜美の言葉に私は酷く傷ついて泣きそうになった。優香里はバイトを掛け持ちして頑張っていた。うちは母子家庭だからお金を稼いで自分のことはできるだけ自分でやりたいと言っていた優香里はお母さんのために偉いなって思って微笑ましかった。だけどあれは嘘だったんだ。
嘘をついたのは私達に心配かけたくなくてなのか、言いたくなかったからなのかもしれない。お金は親戚の人に迷惑にならないように稼いでいたんだと思うけど、それでも優香里は本当に笑っていたんだ。そんな悲しみや苦しみは見えなかったけど、優香里は笑顔の裏で大切な家族に置いて行かれて苦しんでいたなんて。
「なにそれ……。だから、だから夏休み前にあんなに遊びたがってたの?」
「…たぶん。…笑ってたけど死にたかったんだと思う」
信じたくなかった。あんまりだ。でも死ぬ気だったなら普段より遊びたがっていた優香里の行動が分かる気がする。優香里はどんな気持ちだったんだろう。大切で好きだった親が勝手に出て行って、それなのに学校では笑顔でいろんな場所に出かけて笑って楽しんでいた。しかもそれは、死ぬ前の思い出作りだったってことだ。悲しみに胸が痛くてたまらない。
「優香里、なんで何も言わなかったの…?普通に笑ってたし、また行こうって言ってたのに……行く気なんかなかったの?」
優香里が分からない。苦しい。私達仲良かったのに騙したの?なんで?私の抑えられない気持ちに亜美は苦しげに言った。
「由季、分かるよ?分かるけど……優香里、辛かったんだよ。私達に心配かけたくなかったんだよ。それに私達が遊んで楽しかったのは全部本当だよ」
亜美は鞄から何かを取り出してテーブルに置いた。それは、昔よく三人で撮ったプリクラだった。
「これね、優香里のお財布から出てきたの。優香里お財布にいっぱいプリクラ入れてたよ?前に撮ったやつ……沢山あった。これしかなかったけど優香里本当に私達のこと友達だと思ってたんだよ。笑ってたのは嘘じゃないよ」
私はそれに胸が締め付けられて言葉が出なかった。亜美の言葉に涙が溢れた。死ぬ準備までしてたくせに、優香里は未練がましくそんなものを残すなんて。死にたかったけど死にたくない気持ちもあったのかなと思うと私はどうしようもなく嬉しかった。私達の関係は本当に確かなもので、優香里の心を支えていた。あの楽しくて笑った日々に偽りはなかった。優香里も本当に楽しんでいたんだ。
「優香里……。本当にバカじゃん。あいつ、バカすぎる…何やってんの…」
泣きながら笑った。本当にバカだ。勝手に死んだくせに優香里は私が想っていた以上に私達を想っていた。なんだよ、本当に。
「本当だよね。私も、バカって言ってやりたい。こんなプリクラ残してさ、こんなのいらないのに……捨てないなんて本当にバカだよ」
亜美は泣きそうになりながら笑っていて私達はプリクラを見ながら懐かしんだ。こんな小さな写真に心が救われた。私達の思い出は優香里にも忘れられなかったのかな、そう思うと自分も優香里も少し許せた気になった。
「私…優香里の家に線香あげに行きたい。ずっと行けてないから…行ってやりたい」
涙を拭いてから亜美にはっきりと告げた。私達を友達だと思っていた優香里にちゃんとしてあげたいと思った。
「うん、行こう。優香里きっと行ってあげたら喜ぶよ」
亜美は笑って頷いた。私はそれを見てからそれからずっと言えていなかったあの時のことを謝ろうと思った。優香里が自殺して、私が病んでしまって、死のうとした時のことだ。優香里が死んでから償いやいろんな気持ちでリストカットをしていた私を亜美は止めさせようとした。だけど自棄を起こした私は亜美の目の前で腕をカッターで深く切った。死にたい。そう言いながら私は死のうとしたんだ。
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