第87話



「……なに……言ってんの?そんなの……ある訳ないじゃん」




葵は私があげたプレゼントを強く抱き締めながら涙をこぼした。


何で葵がこんなことを言うのか分からなかった。内心焦りと動揺で益々よく分からない。




「だって、だって……私のこと……嫌いになったんじゃないの?最後だから、デートもしてくれて、プレゼントもくれたんじゃないの?」




「そんなことないよ。本当に何言ってるの葵。どうしたの?よく分からないよ」




悲しそうに泣く葵が分からなくて私は聞いた。だってさっきまで笑って嬉しそうにして喜んでくれたのにどうして?葵は眼鏡を外すと涙を拭いながら言った。




「私が、私が……死ぬって言ってから……由季はいつもと違う。私を自分から離すみたいに……私が一人になっても大丈夫みたいに……私を遠ざけてる。……優しいから私の我が儘を聞いて合わせてくれるけど……私に、幻滅したんだよね?私を……嫌いになったんだよね?私よりも、違う友達の方が…好きなんだよね?……私もう、いらないんだよね?」




あぁ、葵は私のしていることを分からないけど感じ取っていたのか。やっぱり葵には隠せなかった。この子が傷つくと思うから言いたくなかったけど、言わないとならないのかもしれない。




「そんなことないよ。幻滅してないし嫌いにもなってない。葵がいらないはずないでしょ?」




私はとにかく否定をした。言わないとならない状況になってしまったけどできる限り言うのを先伸ばしたい。本当は言いたくないんだ。


依存して歪な関係だなんて。


この愛が、愛じゃないかもしれないなんて。




「じゃあ、何で?……由季は、ドラマの恋人役のことも……否定的じゃなかった。由季がちゃんと考えてくれたのは分かるけど、私は、私は、それでも……もっと嫌がってほしかった。……私だけが、私だけが好きみたいで……もう分からないよ…」




「……」




そんなことを思っていたのか。その事実に何も言えなかった。葵は私の変化に気づいて本音さえも隠して仕事を受け入れたのだ。その時の葵の気持ちを考えると私はいたたまれなかった。




「…葵、聞いて?」




私はもう覚悟を決めた。葵に隠し通そうと思ったけど、やっぱりもうだめだ。言おう。葵は私の気持ちが分からなくて苦しんでいる。もっと苦しめるかもしれないけど、遅かれ早かれこの問題はいつかぶち当たる運命だったんだと思う。






私を見つめて、私の言葉を待つ葵の目をしっかり見た。言いたくないけど私は口を開いた。




「私達は、依存し過ぎてるんだよ」




「……どういうこと?分からないよ」




葵はただ泣きながら私を見つめた。純粋な葵が分かるはずがないこの事実を私は胸を痛めながら言った。




「私も葵に依存してるけど、葵は私にもっと依存してる。少し異常なくらい。でも、それは私が葵の弱味に漬け込んだからなんだよ。そんなつもりはなかったけど、葵のコンプレックスに漬け込んで、葵を……洗脳したみたいに……変えさせたんだよ。葵は私の言うこと何でも聞くでしょ?私が乱暴にしても、酷いこと言っても全部許して自分のせいだからって……そんなの、そんなのね、おかしいんだよ。私達は依存し合って葵は私を崇めるように慕ってる。私達は普通の関係じゃないよ。それに……私達の気持ちは、本当は違うのかもしれないんだよ」




「……なに?……なに……言ってるの?……意味分からない、意味分からないよ」




葵は信じられないと言った顔をする。でも私ははっきり伝えた。まるで葵を否定するように。




「私達は、お互いに本当は好きじゃないのかもしれないんだよ」




葵は私の言葉に傷ついたように顔を歪めて首を横に振って否定した。




「そんなはず、……そんなはずない!……私は、私は……好きだもん。……絶対、絶対好きだもん……」




「私もそう思ったよ。だけど、……だけど、ファッションショーの葵を見たら……違うと思ったんだよ」




私は胸の内を話した。もうここまで来たら全て話してしまおうと思った。私達の関係が崩れ始めているけどここで止まれなかった。私は葵の手を強く握る。




「葵は凄いんだよ?普通の人より世界が広くて、普通の人より望んだ物が手に入る環境にいるんだよ。そんな葵を、……私は好きだから優しくしたけど……葵を……おかしくしたんだよ。気持ちを操った。……葵が私を好きになるように……いつの間にかしてたんだよ。だから葵は…」




「そんなの違う!…私は、そんな風に思ったことない!だって由季は……そんなことする人じゃない……由季は…」




「そうかもしれないけど!……現状は、私の言った通りだよ」




私は思わず語尾が強くなってしまった。葵の気持ちは分かる。でも、でも、私達の関係はおかしい。私は冷静に話した。




「葵は心の拠り所として私を必要としてる。それは良いんだよ?でもね、好きって気持ちよりも、依存して、崇拝するみたいに私を慕ってる。私達、関係も私の方が上みたいだったじゃん。そんなつもりはなかったけどさ、……こんなの、こんなのさ……宗教とかと一緒だよ」




葵に初めてこんなに傷つけるようなことを言った。葵は私の言葉にさらに傷ついたように泣き出してしまった。こんなことを言ったのに私も傷ついて辛かった。好きの気持ちがさらに分からなくなった。葵は酷く泣きながら俯いて黙ってしまった。




「……ごめんね」




思わず謝っても今の状況は変わらない。私は泣いている葵にまた傷つけるようなことを言った。




「葵を遠ざけようとしたのは、依存を解消して証明したかったんだ、私達の気持ちを。ドラマの役のこともそれが大きかった。私に依存してるから葵が私を好きなのかもしれないって、分かるかもなって思った。私もさ、……分かんないんだよ。本当に分からなくなった。好きなはずだったのに、分からない。……でも、依存し合ってたんじゃいつか必ずダメになる時が来るから。だから私はどうにかしようとしてた。……本当はこんなこと言いたくなかったよ。私が一人で解決しようと思ってた。……傷つけてごめんね」




実際の所傷つけといて私は分からなかった。好きなのに、好きなはずだったのに、証明できない。私は葵の手を離した。もう私達は一緒にいるべきじゃないのかもしれない。私が立ち上がろうとしたら葵は私の手を掴んできた。




「やだ!…やだよ……。私やだ!……離れたくない!……離れたくないよ…」




葵は泣きながら私の手を強く握る。こんなに辛そうな葵を見ると胸がさらに痛んで苦しくなってくる。私は泣きそうになりながら優しく現実を口にした。




「……私も葵と一緒だよ。……でも、今のままじゃダメだよ。この関係はおかしいから…今終わらなかったとしても、いつか終わりが来ると思う。離れたくないけど、離れないといけないと思うよ」




「……別れたくない!……別れたくない。…絶対やだ!……一緒にいたいよ…」




葵を傷つけないようにしてきたのに、こんなに傷つけてしまって本当に嫌になる。傷つけているのに、葵は私にすがって離れたくないと言ってくれる。その姿に涙が出た。傷つけたくせに私は涙を流してしまった。




「……じゃあ、しばらくお互いに離れよう?」




私はすがるような葵に言った。


こんな葵を見て完全に離れられない自分がいる。心が葵を離せない。私はもう葵を傷つけられなくてこんなことを言ってしまった。




「……離れる?」




「うん。……しばらくお互いがいない生活を送ろう?そしたら分かると思うんだ、私達の気持ち。ちゃんと考えないとダメだよ。それで、別れるか別れないか決めよう?」




これが今は一番良い選択肢だと思った。私達は今はとにかく離れるべきだ。こうなってしまったからには離れてよく考えた方がいい。




「………答えが出るまでは……別れない?」




「うん。考えてから決めよう?」




私がそう言うと葵は小さく頷いて手を離した。離れる期間がどのくらいになるか分からないし、別れるかもしれないけどこれで良い。私は立ち上がって涙を拭いた。私は泣いてはいけないんだ。葵はまだ涙を流しながらただ私を見つめていたから笑いかけた。




「今日は楽しかったね、本当に。葵が喜んでくれて良かった。いっぱい考えたから本当に嬉しかったよ」




私は明るく言ったけど、葵はその言葉にさらに涙を流して何度も頷いた。もう泣かないでほしかったけど葵の涙は止まらない。私はまた笑って軽く葵を抱き締めて頭を撫でてあげた。本当に優しく。




「ごめんね傷つけて。本当にごめんね。……大好きだよ」




「……私も、……私も好き。……好きだよ……」




泣きながら言う葵にまた涙がこぼれてしまった。葵に泣き止んでほしかったから言ったのに、私は本当に葵をよく泣かせてしまう。苦しくて切なくて私は体を離した。これ以上していたら本当に離れられなくなる。




「そろそろ行こっか?今日はもうやめよう。今度またデートしよう?」




私は自分の涙を拭いてから葵に言った。今度なんて来るか分からないのに私は笑っていつもみたいに言うと葵も涙を拭いてプレゼントをしっかり持って立ち上がる。




「……うん。次は、私が考えたい…」




「ん?考えてくれるの?嬉しいなぁ。じゃあ、楽しみにしてるね?」




涙声で言う葵に私は本当に嬉しくなったけど胸が苦しかった。果たされないかもしれない約束を葵もしてくれたのが嬉しくて嬉しくて、また泣きそうになるけど涙を堪えた。


もう涙を葵には見せられない。大切な葵を傷つけたのは私なんだから。




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