第91話
「最近仕事はどうなの?忙しい?」
隣に座って葵と話すのはさっきよりも気まずくない。当たり障りのない質問に葵は戸惑いながら答えた。
「う、うん。……忙しいけど、平気」
「ドラマは順調?」
「……うん。…普通だよ」
「良かった」
ぎこちない返事に私はいつもみたいに笑う。葵は視線を少し合わせてくれたけど下を向いてしまった。どうしたら良いのか分からないのはお互い様だ。そんな葵を助けるようにレイラは葵の肩を掴みながら言った。
「私あれ超ハマってるよ!続きが気になり過ぎて毎週楽しみだよ!葵ちゃん演技も上手いよね!」
「…そんなことないよ」
「そんなことあるよ!葵ちゃん一番綺麗だし、今日はバニーガールで正解だったね!葵ちゃんすっごく可愛い!ね?由季?」
目を見て合図するようなレイラの気遣いがありがたい。もっと子供だと思ってたけど接客を仕事にしてるだけある。
「うん、そうだね。今日一番可愛いんじゃない?この中で」
「…恥ずかしいよ。大袈裟だから…」
葵は照れたように笑うけど翔太も頷いてきた。
「葵ちゃんモデルなだけあるからな。本当にレイラとは大違い」
「はぁ?!翔太殴られたいの?失礼なんですけど!」
翔太の軽い冗談にレイラはちょっと口調を強めにしてむすっとしている。
場を和ませてくれて私も思わず笑ってしまう。
「まぁまぁ、レイラも可愛いから落ち着きなよ」
「全くさー、もう!てゆうか、由季はポリスなんだね。似合う!やんないって言ってたのに、由季って真面目だから地で行ったって感じだよね!」
誉められても大した仮装じゃないから何か反応に困るけどとりあえずお礼は言っといた。
「そうかな?二人みたいに本格的じゃないけどありがとう」
「いつも由季は仮装とかしないから新鮮だよ!ね、葵ちゃんもそう思わない?」
いきなり振られた葵は少し戸惑いながら答えた。
「う…うん、……か…可愛いと思う」
葵は可愛いと言っただけで照れていて少し前みたいに話せている気がした。私はお礼を言ってからまたお酒を飲みだした。レイラが合流したことによってさらに騒がしくなり大きな声で話さないといけないような状況の中で私は隣にいた葵とはそれから話ができなかった。葵とは逆の方にいた堀ちゃんが本当によく話すからそれに付き合っていたのだ。
葵が気になるけど友達を邪険にはできない。
堀ちゃんが透をまた捲し立て始めた。
「透!透!早く飲んで!また飲んでるとこ見せて!男だろ!」
「さっきから飲んでんだろ!おまえも飲めよ!」
「透が飲んだら飲むよ。貴重なお酒を飲み残さないように見張ってんだよ!由季?コールしよ?コール!」
「はいはい」
堀ちゃんは透に酒を勧めながら私にコールをしようと言うから頷いてとりあえず手を叩いた。今日透はもう死ぬだろうけどもうこうなった堀ちゃんは止められない。頑張って飲むことしかやることはない。
透が飲み終わるのを手を叩きながら見ていたらレイラに急に耳打ちをされた。
「由季!葵ちゃん、もう酔ってきちゃったのかも!」
「え?」
私はレイラに言われて葵の方を見ると頬を赤くした葵は目をとろんとさせていた。自分から飲む方じゃないのにどうしたんだろう。
「飲ませたの?」
呆れながらレイラに聞くとばつが悪そうにレイラは笑った。
「本当にちょっとだけだよ?ちょっとだけ、甘いの飲んでみようよって勧めたら何だかもう反応が鈍くて…」
「前に葵はお酒弱いって言ったじゃん」
「こんなに弱いと思わなかったんだよ!ごめんね由季…」
少し久しぶりに会ってこれとは頭が痛いけど、葵はもう眠そうだった。私は仕方なく葵の肩を掴んで耳元で聞こえるように話した。
「葵、眠い?酔っちゃった?」
葵は気まずそうに頷いた。
「…ちょっとだけだよ…大丈夫」
こう言われても葵の様子は明らかに酔いが回っている。レイラもやってくれる。私に迷惑かけないように言ったのかもしれない葵に苦笑いしながら言った。
「もう眠そうだよ?帰ろうか?」
「…だから、……平気だよ。……他の友達と……話してなよ」
いつもなら頷くはずなのに葵は控え目に否定してきた。あまり葵と話せなかったから気分が良くなかったのかもしれない。私も気になってはいたけど葵から話しかけるなんて今はハードルが高かった。
「でも心配だから帰ろうよ?送って行くよ」
「……いい。……帰りたくない」
「葵…」
「……」
葵が何で頑なに帰りたがらないのか分からないけど、酒に弱い葵は私を無視してまたお酒を飲み出した。このまま放っといたら潰れてしまうのは目に見えている。
無視されてしまったけど、心配だしここは強引にでも連れて帰るか。私は立ち上がった。
「翔太ごめん、そろそろ帰るからチェックして?私と葵の分」
「え?オッケーちょっと待って」
葵は不満そうに私を見てきたけどこんな葵を放っておける程私は薄情じゃない。
久しぶりに会えて話せたけどこの様子は帰るべきだ。
「由季帰るの?葵ちゃんも気を付けてね!また飲もうね!」
レイラは笑って言うけどもしかしたらレイラが仕組んだのかもしれない。お節介もここまで来ると人が良過ぎる。私がお節介をし過ぎてしまったからだろうか。
「うん、またね。堀ちゃんもよっちゃんもまたね」
適当に声をかけて身支度をして私は会計を済ます。それから酔ってふらついている葵を連れて店を出た。まだ、終電よりも前だから人通りがあるけどタクシーでも呼んであげた方が良いかもしれない。
「葵、帰ろう。腕に掴まって良いよ?」
「……」
葵は無言で私の腕を掴んできたけど私は葵のために少しゆっくり歩いて交差点まで来た。ここまで来ればタクシーも捕まるだろう。
「タクシーの方が良いよね?危ないし私が払ってあげるからタクシーで帰りな?」
「……」
また何も言わない葵に少し困るけどもうタクシーを呼ぼうと思う。私が道路を見ながら手を上げようとしたら葵は私の腕を強く引いてきた。
「帰りたくない…!」
はっきり言ってきた葵は本当に嫌みたいだった。何で葵がここまで嫌がるのか分からないけど私は手を上げるのを止めて葵に向き直った。
「でも、結構酔ってるでしょ?あのまま飲ませられないし一人で帰せないから…」
「やだ!!」
葵は珍しく強い口調で嫌がった。本当にどうしたんだろう。私の言ってることは間違っていない。それでも私は説得するように言った。
「お酒ならいつでも飲めるんだから今日はもうやめようよ?本当に潰れちゃうよ?」
「…やだ!……帰りたくない…!」
「……何で?帰ろうよ?また違う日に予定立てて飲んだら…」
「せっかく会えたのに帰りたくない!!」
葵は泣きながら遮ってきた。私の腕を強く掴む葵は涙を流しながらさらに嫌がった。
「……会いたかったし、話したかったのに……まだ全然話せてない。……もう離れたくない。……やだ。また一人になりたくない。…まだ一緒にいたい」
葵の気持ちに胸が締め付けられる。頑なに嫌がるのは私と一緒にいたいからなんて、距離を取って考えるつもりが葵はもう我慢ならないみたいだ。私もずっと葵を気にしていたから、嬉しくもあるけどあんなことを言った本人としては複雑だった。
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