第42話


翌朝、葵に起こされて目を覚ますともう既に朝食が用意されていた。

私がお酒を飲みに行っていたのを葵は知っていたので軽めのスープやパン、サラダにフルーツが置かれている。

いつも至れり尽くせりで手際の良さに毎回驚くけど葵は特に嫌な様子や疲れた様子も見せず普通に笑ってくるから私は少し心配ではある。無理してやってる訳ではないだろうけど昨日も夜遅くまで仕事して酔っぱらいの相手までしているし。でも料理に関しては葵は強情だし言いづらかった。


「朝ご飯作ってくれてありがとね」


朝食を食べて一通り終えてから隣にぴったり座ってきた葵にお礼を言った。


「ううん、いつも喜んでくれるから私の方が嬉しくてお礼言いたいくらいだよ」


「そうなの?いつも作ってくれて嬉しいけど、疲れてない?昨日も遅かったし私が酔ってたから、葵が心配だよ」


然り気無く自然に料理の話に触れてみたら葵は嬉しそうに笑って肩に凭れてきた。いつも通りな葵に体を向けて頭を撫でる。


「心配してくれてありがとう。嬉しい。今日は……ちょっとだけ疲れてたけど、由季のためなら何でもやってあげたいからいいの。料理は、自信あるから…いつも作るの、嫌?」


「嫌じゃないけど仕事が今は少し大変だから、無理させたくないなって思っただけだよ。たまには、私が買って来ても良いし葵みたいには上手くできないけど作っても…」


提案しようとしたら葵は私に抱きついて遮ってきた。


「嫌じゃないなら私がやるから気にしないで?由季優しすぎるよ。すっごく嬉しくなっちゃう。私は由季がいてくれれば全然大丈夫だから」


ぎゅっと抱き付いてくる葵に、大丈夫なのか不安に思うけど本当に嬉しそうだしこれ以上言ってもたぶん答えは変わらない。私は仕方なく髪を優しく撫でる。


「それなら、いいけど」


「うん。……それより、由季飲みすぎだよ?昨日帰ってきたら床で寝てたからびっくりした」


思わず葵に痛い所を突かれた。私の顔を少し怒りながら見てくる葵にまずいと言う気持ちしかない。葵は私が逃げられないようにしっかり肩に手を置いてきた。


「あぁ、それは本当にごめんね?気を付けてはいたんだけど飲まされたって言うか……」


「床で寝てたくせに。全然起きないし寝ちゃうし大変だったんだからね?」


「うん、ごめん。次からは気を付けるよ」


「絶対だよ?もう」


「分かりました」


葵はしょうがないなと渋々許してくれたけど少し肝が冷えた。とりあえず良かったけど、葵の前では気を付けないといけないな。そう考えていたら肩から手を退かした葵は私の手を握って今度は少しモジモジしながら話し出した。今度はなんだろうか。


「由季、あの、ずっと……話したかったことがあるんだけど」


「ん?なに?」 


「あの、私達って、あの、……その、お付き合い?してる、でしょ?」


「うん」


「だ、だからね、私は、由季の物だし、由季は、わ、私の……だから、してほしいことと言うか、約束してほしい……こと、あるの」


それを聞いてなんだそんなことか、と少し拍子抜けした。葵はどうやら私を取られないようにとかそんな気持ちで言ったんだろう。所謂いわゆる、愛情でもあるが束縛とか言うやつだろう。私が取られるなんてことはないと思うけど葵がしたいなら別にそれは構わなかった。葵はすぐに不安がって泣いたりするから、しといた方が私も安心だ。


「いいよ。なにしてほしいの?」


言いづらそうな葵の手を握って優しく問いかけた。葵は恥ずかしそうに不安そうに私を見つめて口を開く。


「…遊びに行く時とかは、誰と何しにどこに行くのか時間帯とかも、事前に教えてほしい。あとホ、ホストクラブとか、合コンとかは……行かないでほしい。由季は友達が多いから男の人と遊んだりするのは仕方ないけど、二人きりとかは……やだ」


「うん、いいよ、全部守るよ。あとはなんかある?」


合コンなんか行く気もないけど、そのくらいのことなら守れる。葵なら言うかもなと思っていたし想定内だ。だけど次は違った。


「あとは、あとは……浮気、しないでほしい。私が仕事で忙しくてあんまり会えない時あるけど私の気持ちは変わらないし、会えない期間が長いから、誰かに、告白…とか、されるかもしれないけど…」


「葵」


浮気なんて考えすらないのに心配で不安がってる葵の頬に片手を寄せて優しくキスをして遮った。頬を撫でながら顔を離すと撫でている手を握ってくる。


「浮気なんかしないから大丈夫だよ。ちゃんと葵の仕事も理解してるし、私は告白とかされないから平気だよ。もしされても葵がいるから断るし」


「そんなことない。由季は優しいし、友達がいっぱいいて、綺麗だから、……心配なの」


「大丈夫だよ。私は葵が好きだから」


また唇を何回か重ねる。片手は葵の手を優しく絡めて握った。それは全部愛情が伝わるように。


「ね?大丈夫だから」


「うん」


安心したような顔に私も安心する。


「あとは?なんかある?」


「あとは、大丈夫だけど…たまには、勝手に私の家に……来て、いいからね?」


可愛いおねだりに笑ってまたキスをした。本当に私は葵に好かれている。


「分かった。そのうち行くよ」


「うん。ありがとう。由季は、私にしてほしいこととかある?」


「え?私?私は……そんなないかな?」


「本当に?なんでも言って、なんでも聞くから」


いきなりそんなこと言われても、私は葵を信用しているし葵の私への気持ちの大きさはとてつもなくて、よく伝わっているので心配なことはないと言ってもいい。むしろ葵が不安がったりするのが心配だ。でもどうしようか。何か言ってほしそうな葵に考えながら話した。


「んー、私は本当にないけど……風邪とかに気を付けてほしいかな?葵は不規則になりがちだろうから体調が心配かな。あとは夜道とかは本当に気をつけること。それと、不安なこととか、何かあったら言うこと、かな?」


「それ、前に言ってくれたことだよ」


考えて絞り出したのに一瞬でバレた。さすが葵だ。思わず苦笑いするけど葵は眉間に少しシワを寄せている。


「よく覚えてたね?」


「当たり前だよ。忘れないもん」


「ありがとう。まぁ、私は葵に不安があったりするのが一番心配だからそれくらいだよ」


「じゃあ、何かしてほしいことできたらすぐに言ってね?」


「うん、分かった」


頭を優しく撫でて髪を触ると葵は嬉しそうに、くすぐったそうにしていた。とりあえず付き合っていく上での決まり事が決められた。それにしても本当に付き合ってる実感が湧いて、葵が愛らしくてたまらない。葵への気持ちは高まるばかりだ。


「由季、後ろから……抱き締めて?」


髪を触る手を取っておねだりしてきた葵に頷いていいよ、と言うとすぐに背中を向けて凭れてきた。私は葵を後ろから優しく抱き締めると葵は私の手や腕を触りながら嬉しそうにしている。あまりに嬉しそうだから片手だけお腹に回して片手は好きにさせた。甘えたがりな葵は触れるのが本当に好きだ。


「嬉しいの?」


「うん。ねぇ由季?私達の関係は、秘密でしょ?」


「ん?まぁ、そうだね。葵は芸能人だし、今は受け入れやすくはなってるけど、受け入れずらい人もいるからね」


葵のいきなりの質問に思ったことを伝えると葵は私を見て笑う。


「由季と秘密できちゃったね。嬉しい」


葵が笑うから、私も笑った。


「そうだね。でも、誰か言いたい人とかいたら言っても良いよ?私は葵がいるからそういうのはどうでもいいけど」


「うん。でも、私も由季が私を認めてくれるから、他の人はどうでもいいよ」


付き合った時からそれなりにお互いに分かっていたみたいで笑いあう。私達の恋愛は私達のことだから別に他人に認めてもらわなくてはならないことじゃない。自慢とかはできないかもしれないけど、葵がいるからそんなのはどうでもいい。


「一緒だね」


「うん。それより、由季は最近何してた?会ってなかったから、由季の話聞かせて?」


「んー、いつも連絡してたからそんなに話すことないけど…」


「それでも由季から直接聞きたいの。教えて?」


聞きたがる葵に、はいはいと返事をする。私達は会ってなかった期間についてお互いに話し出した。そんな些細なことに私はとても幸せを感じた。

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