第17話


私の謝罪に葵は小さく首を横に振って話しだした。


「違うよ。私のほうが何もないの。私、昔からあんまり友達とかも…いないし、話したりするの上手くないし、モデルの仕事も本当にたまたまスカウトされて……それでいつまでもこんな自分じゃ嫌だから、だから始めたんだけど……全然変わんなかった。人に写真撮られるのは緊張したけど上手くできるようになったし話さなくて良いから、良くできたの。だけど、話さなきゃならない時とかは……おどおどしちゃうこと多くて…ダメダメで……自信なくて……本当に失敗ばっかり。友達とかもやっぱり、あんまりできなくて…モデルの仕事しか上手くできない。……だから何もないよ。………本当に何もないの」


悲しそうな辛そうな顔をして葵は語った。それはこの子のコンプレックスそのもので聞いていて苦しかった。本当に悩んで苦しんでいたんだ。葵はそれでも続けた。手を強く握って、その目は少し潤んでいた。


「でも、由季に会ってからね、私変わったの。由季いつも私に優しくて嘘とかそういうの全然なくて…私の悩みも気にしなくて良いって…むしろ勇気があるって言ってくれて本当に嬉しくて、それから、……少しだけ自信持てた。少しだけ前より上手く話せるようになってね、……あんまり話せないの気にならなくなったの。本当に由季に貰ってばっかり。……嬉しくて、由季といると……何だか欲張りになっちゃって、やっぱり色々求めすぎだよね?…お、重いよね。あの、私の方がね、悪いから。……由季は何も悪くないよ。だから、ごめんなさい」


そんなことないのに。でも、葵の言ったことは今までの葵を思い返すと頷けた。嫉妬したり、甘えたがったり、少し距離が近いのも納得がいく。懇願するように謝る葵に胸が締め付けられるようで私は優しく葵の手の上に自分の手を重ねる。これから話さなかった自分のことを話そうと思った。全部はまだ言えないけどこの子に隠したくなかった。


「葵は重くないよ。私別に気にならないし嬉しいくらいだよ?私としてはね、ただ普通なことを言っただけなんだよ。こないださ、過大評価って言ったじゃん?葵は少し私への評価が高いからああやって言ったんだ。私さ、言ってなかったんだけど……昔ね…自殺しようとしてね、…リストカットをしてたんだ。ちょっと、前に悩んで死にたかった時があったんだけど今はやってないよ?そんなこと思わないしもうするつもりもない。だけどそれから少しおかしいんだよね。いつも…笑うことが多くなってね、悲しんだりとかあんまり怒ったりもしなくなった。それに、少し忘れやすいし人の気持ちに敏感になったけど自分が嫌だから人を傷つけないように立ち回るのが上手くなった。私が悲しんだりするの見たくないから、その気持ちで人に接するのが多くなって…思いやれないんだよね、たぶん。だからすごくもないし、普通以下だよ」


初めて人に言った私のこと。このことは誰にも言うことではないと思ってたし言わないと思っていたけど彼女の闇を知って仲良くしておいて私が言わないのはフェアじゃないと思っていた。彼女が芸能人だと知ってからそれはさらに顕著に思ったしおかしい私は相応しくないと思っていた。それに、素直にさらけ出して私と仲良くしてくれてる葵に隠し事をしているみたいで嫌だった。彼女の私への評価や好意が心のどこかで苦しかったから。


「由季は、おかしくないよ」


悲しそうな顔は変わらない。葵の言葉は重かった。もうそのことで悩んでいないけど私がおかしいのは変わらない。だって昔はもっと喜怒哀楽があった。でもいつからか泣かなくなったし怒らなくなった。そんなことが起こらないようにあまり感心がなくなって物事を忘れやすくなった。それは傷つかないように防衛本能のようなものが働いたのだろうか。私自身も分からないけどリストカットをしていた時は心が病んでいた。あの頃のことはしっかりと思い出せない。


「ありがとう。でも、そう見えるだけだよ」


葵は黙ってしまった。私の否定に彼女は傷付いたような顔をして俯く。私はあれから人としての何かを失くした気がしていたし、自分がおかしいのにも気づいていた。見るからに辛そうな葵を抱き締めたり頭を撫でたりしてあげたいけど私が触れてはいけない気がして、ただ笑ってみせた。


「ごめんね。こんな話。…葵が思ってるより私は凄くないよ。変なんだよ」


「違う。……それやめて」


葵は悲痛な声と共に首を振って否定する。そして手を引かれて、ぎゅっと握られる。両手で包むように握る葵はこちらをしっかり見ていた。しっかりと目線を合わせるも何を言われるのか私は緊張していた。


「葵?」


「由季がどうして卑屈になってそんなこと言うのか分からなかった。でも、そんなの…関係ない。私はそんな風に思わないし私には凄い存在なの。由季は本当に思いやりがあって優しいよ。おかしくない。由季が言ってくれたこと本当に嬉しくて、私全部覚えてるよ。私のこと本当に分かってくれる人ができたって、嬉しくていつも優しくしてくれる由季が…大好きで、我が儘も聞いてくれて、年下なのに甘えさせてくれて…私…私…本当に由季が思ってるより由季が…す、好きなんだよ」


少し恥ずかしがりながら言う葵に胸が暖かくなってこちらまで照れてしまいそうになる。優しいのはどっちだか、私は僅かに頷いて見せた。


「だから由季はおかしいって思うかもしれないけど私は由季のことおかしいなんて思わないよ。だって、本当にそんなことないもん。忘れやすいなら私が何度でも話すし、そんなの気にならない。そんな人他にもいるもん。誰かが変って言うなら私が違うって説明する。そ、それに…か、過大評価じゃないよ?由季は思いやりがあって私のこと考えてくれて…それが、いつも嬉しい。確かにあんまり怒ったりとかしないけどおかしいとか思ったことない。いつも優しく笑って見てくるから、は、恥ずかしい…時もあるけどそんな所もす、…す…好き…だよ。ほ、他にも…いっぱいあるけど…」


「ありがとう、葵。嬉しいよ。本当に」


握られている手に力をいれて握り返す。本当に私が思っているより葵は私が好きなようで、それが嬉しくて認められた気がしてくすぐったかった。おかしいことに何の意見も求めてもいなかったからこうして葵が否定してくれるのが純粋に嬉しかった。上手く伝えられないって言っていたのに、頑張って伝えてくれる葵に話して良かったと思ったし、それが健気で胸が締め付けられた。話した時点でもう私達の関係は何かが変わってしまうと思っていたから。


「由季?」


少しだけ葵が近寄ってきた。自然と私との距離が縮まってきたと思ったら目と鼻の先まで近寄ってきた。どうしたのか、いきなりのことにドキッとするも少し不安そうな葵に一瞬戸惑う。話しやすいように、どうしたの?と問いかけると迷いながら口を開いた。


「あの、由季がその…リスト…カット…してたの驚いたし悲しかったけど…今、死にたくないなら……私気にならないよ?引かないし…由季のこと嫌いにならない。だから…これからも、仲良くしてくれる?友達………辞めたくない。私、由季とお別れしたくない。もっと、………仲良くしたい」


すがるように見てくる葵を安心させたくて思わず頭を撫でてしまった。私を受け入れてくれる葵が心底愛らしく感じる。でも葵はここまで来てまだ不安らしい。家にまで来てしまう行動力があるのにそれが可愛くて笑ってしまう。


「それは私の台詞だよ。葵が嫌っていうなら話は別だけど、そうやって思ってくれるなら大丈夫」


「じゃ、じゃあ、ずっとだよ?私が嫌になんてなる訳ないから!絶対、絶対ないから!」


「うん。分かったよ。ありがとう」


必死に言う姿が子供みたいに幼くて愛らしくて何度か頷く。するとようやく安心したのか少し笑うと私の胸に凭れ掛かってきて、ため息をついた。


「良かった」


「うん。ごめんね?私のせいで」


心底安心したように言った葵に申し訳なくて謝る。片手で背中を優しく撫でてあげるともっと擦り寄ってきた。


「ううん、元々言わなかったの私だし、由季にも事情があったし。でも……本当にもう……だめかと思った。由季を怒らしちゃって……ビックリして……怖くて……不安で……」


ぽつぽつと小さく話す葵に怒鳴ったことを思い出して苦笑いしてしまう。確かにあれは本当に良くない。私はいつも穏やかに優しく話してるから相当驚いただろう。私も久々に怒鳴った気がする。


「あれは、ごめんね。ビックリしたよね。本当にごめん。それに色々言い過ぎちゃったし本当にごめんね」


「……いい。けど、悲しかったし……傷ついたし……嫌われたと思った……」


拗ねたように言って頭を擦り付けてくる葵に本当にごめんね、と囁いて両手でぎゅっと抱き締めた。本当に傷ついただろうし私は私で素直に伝えるしかない。恥ずかしいけど自虐的に少し笑って思ったことを伝えた。


「葵がなんか遠い存在なんだなって思ったら、私みたいなのが近くにいるのはおかしいし相応しくないなって、葵に良くないと思ってね。あんなこと言っちゃった」


「…そんなこと!……ねえ、それやだ。……聞きたくない。由季はそんなんじゃないもん。さっきも……やだった。由季はおかしくないもん。……そんなこと言わないで!」


「葵……」


私のことに敏感に反応して否定する葵は強い拒絶を見せて私の服を強く握る。それに驚いたけど彼女の気持ちが嬉しかった。泣きそうな声はまた胸を締め付けてきて、このままだと葵が泣き出してしまいそうだから腕の力を緩めて距離を取って顔を覗き込む。もう目には涙が滲んでいて葵は目線を合わせない。そんな顔をさせたかった訳じゃないのに、優しく頬を撫でて顔を近付ける。やっと目線が合うけど涙がこぼれないように必死に耐えているようだった。


「ごめんね。もう言わないようにするから。泣かないで葵?」


「……由季本当に、そんなんじゃないよ?いつもね、由季の思いやり……本当に嬉しいよ。いつもいいよって許して受け入れてくれて私の話し方も気にしなくて良いって言ってくれて…優しいから、私の方がダメだから不安になっちゃうんだよ?」


「うん。ありがとう。分かったよ。葵の気持ち分かったから」


「じゃあ、もうやめて……そうやって言われるの本当に嫌なの。悲しいし、嫌な気持ちになって胸がモヤモヤしちゃう」


「うん。ごめんね?葵」


涙をこぼして頬を撫でる手を掴んで握る葵は悲しそうに笑う。私は片手で涙を拭ってやった。私に対して盲目的に慕う葵は前から私のことには過敏に反応することがあったけどこんなに反応して嫌がるのは初めてで私は極力言わないように心に決めた。自分の好きな人が自虐的に蔑むのが葵は相当嫌なんだろう。抑えられない気持ちに私の手を強く握って離さないし涙は静かに溢れて止まらない。それもそうか、誰しも好きな人がそんなことしていたら嫌だ。私だって嫌だ。軽率な発言に申し訳なくて、葵が泣き止むまで握られた手を優しく撫でながら目を擦る彼女の頭を撫でてあげた。


「葵、本当にごめんね?」


ようやく泣き止んだ葵に目線を合わせて謝る。


「うん」


葵は目を少し赤くさせているが小さく頷いて答えた。もう大丈夫そうだ。頬を優しく撫でると嬉しそうに目を細めていて、ああ良かったと安心した。とりあえず一件落着した。私達はまた元に戻れたみたいだ。


「本当にありがとう。嬉しかったよ」


「うん良かった」


「ふふ、じゃあ、もうシャワー浴びて寝よ?ほら、先浴びてきて良いから」


落ち着いた葵をシャワーに促して順番に浴びた。ベッドに入る前に葵が普段から持ち歩いてる救急セットで今日転んだ場所を消毒して絆創膏を貼ってくれた。膝は少しアザになっていたけどまぁ大丈夫だろう。葵には感謝しかない。それから、おやすみと言い合って身を寄せあって私達はすぐに眠ってしまった。

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