第45話


その後はいつも通り夕方頃までのんびり話したりゲームをしたりして本当にいつも通りの私達の休日を過ごした。あの後お互いに少し照れてはいたけどそれも次第になくなって葵はずっと私にベッタリくっついて嬉しそうだった。終始嬉しそうにしていたけど帰り際はまたショボくれていたので何回かキスをしてから別れた。

私も葵も本当に満たされた日だった。



だけど次の日、私の気分は重かった。私は花を買って線香を準備して、ある霊園に向かっていた。本当に暑いけどこれは毎年かかさない。今日は墓参りだ。

電車で一時間かけて霊園に向かう。天気がよくて日差しが痛いくらい照りつける。この暑さが昔を思い出させる。六年経っても忘れられない。


霊園につくと、もう場所は分かっているので水を持ってから墓まで歩いた。そして目的の墓まで来た。新しい花がすでに手向けられている。私は早速、花を手向けると線香に火をつけてから線香をあげる。そして墓石に軽く水をかけて手を合わせた。この時間は、胸が苦しくなる。



親友だった池田優香里が死んだのは六年前。優香里はある日、自宅のマンションから飛び降り自殺をした。そして、病院に運ばれたけど呆気なく死んでしまった。優香里は中学の時からの友達で、明るくて話が合って本当に仲が良かった。でも優香里は呆気なく突然に死んだ。本当にあれは忘れられない。優香里はそんな素振りを一切見せずにいつも笑っていたから。


しばらくして、手を合わせるのを止めると私は足早に去ろうとした。ここにいると本当に辛くなる。悲しみが増して胸が痛くて耐えられない。だけどそれを止めるように、かつての友達がこちらに向かってやって来ていた。六年前に会ったっきり会っていなかった私と優香里と仲が良かった岡田亜美だ。亜美は私に気付くと驚愕した様子で足早に向かって来ていた。それを見て、逃げきるのは無理だと思った私は動かなかった。


「由季?由季なの?!」


亜美は私の近くまで来るとしっかり腕を掴んでくる。六年前の面影は変わらない。いつも髪をポニーテールにしていた亜美は今もそのままだけど顔つきは昔より大人びている。


「うん、久しぶりだね」


「本当だよ!優香里が死んでから高校の集まりも来ないし何にも連絡ないからずっと心配してたんだよ?」


「…亜美、ごめんね」


私は素直に謝った。優香里が死んでから私は罪悪感と共に生きている。そのせいで高校の友達とは疎遠だった。辛いから誰とも連絡を取らなくなったのだ。


「いいよ。…でも、元気そうで安心した。毎年、来てたの?」


亜美は昔と変わらずに私に話しかけてきた。優しい亜美に気まずくて上手く笑えない。


「うん、来てたよ」


「そうなんだ。……由季、まだ気にしてるの?」


核心に触れられた私は動揺する。そんなの気にするに決まっている。優香里が死ぬ前まで、そんなの全く気付けなかったんだから。私は死ぬまでそれを考えると思っている。


「……うん、そうだね」


私の返答に亜美は複雑な顔をして見つめてきた。目を合わせているだけで不安になる。亜美は昔と変わらないけど、亜美の目が私は怖かった。亜美は私をどう思っているのか分からない。私が以前、自殺をしようとした時に止めたのは亜美で、その時以来まともに話していないからだ。


「でも、ここにいるってことは、もう死にたくなってないんでしょ?」


亜美の言葉は私を緊張させる。


「…それは、そうだけど」


「なら、安心した。それに、昔に比べたらましな顔してる」


「……」


笑顔で言う亜美に、何て答えたら良いか分からなかった。私を怒ってもいなければ嫌いでもない態度に目頭が思わず熱くなる。亜美はそんな私に笑顔で続けた。


「優香里、由季のこと信頼してたし頼りにしてたと思うよ。何も言わずに死んじゃったけど、あの頃、本当に楽しそうに笑ってたもん」


「…うん…」


「優香里が死んだ理由は、優香里にしか分からないけど由季のせいじゃないよ。……だから、あんまり思い詰めないで由季」


亜美の慰めに涙がこぼれて、私は目を覆った。込み上げてくる涙が止まらない。ずっと逃げていたのに亜美はあの頃と変わらない。悲惨な過去を、今の私さえも、許してくれているようだった。


「ありがとう亜美。……今まで、ごめんね」


今まで逃げていたことを、死のうとした過去を、私はようやく謝った。亜美も辛い思いをしたのに私はそれにさらに傷をつけて逃げたんだ。心の奥で本当に後悔していた。後悔して悔やんでいたけど私は六年も何もできなかった。


「いいよ、由季は責任感が強いから考えすぎてたんだよ。私は、由季がいてくれるならそれで良いから」


「…ごめんね。亜美」


「もう良いって。泣かないでよ由季」


亜美は肩を擦ってくれた。亜美の言葉が胸に刺さって私はまた涙があふれた。私が壊した過去は壊したつもりだっただけで壊れていなかった。あの頃の友情は私を救ってくれたようだった。




墓参りから随分気分が落ち込んでいたらあっという間に夏休みが終わった。私はあれから頻繁に優香里を思い出していたから、毎日がさらに沈んでいた。あの日亜美と連絡先を交換してまた後日ゆっくり話そうと言われたのもあるが亜美を見たせいで、話したことで、鮮明に優香里との思い出を思い出して落ち込んでしまう。


それは、葵と話していてもそうだった。葵と電話をする時は上の空になってしまう時が多くて葵は心配していたが話してはいない。でも、こんなに思い悩むなら話した方が良いのかもしれないと最近思い始めている。


そんな気分が下がっていた私に連絡を寄越したのは遥だった。久々に飲まないかという誘いに私は二つ返事で承諾した。この下がった気分をどうにかしたかった。

仕事終わりに向かったのは遥のお気に入りのバーだ。


「黒崎に透とよっちゃんまでいるって、今日は何かお祭りなの?」


私はレイラに訪ねた。店に入って乾杯をしてから薄々危険を感じていた。黒崎はレイラと飲みに来たとして、透はどうでもいいけど、よっちゃんは危険人物過ぎる。よっちゃんは自称バイらしいけど透を狙っていてこれまた酒豪だ。医者だから金遣いは凄まじくボトルをどんどん開けてシャンパンもばんばん開ける。そして結構な量を飲む。彼はたぶん透を潰したいんだろうけど私と同様によく潰れている。レイラはそれでも何も気にしていないようだった。


「え?皆と飲んだら楽しそうだから。今日は伝説ができるよきっと!」


レイラは私の問いに楽しそうに答えた。元がレイラなのは分かったけど今日は大荒れだろう。もう誰も止める人いないから誰が生き残るのか謎だけど私はだめなのがなんとなく分かった。


「皆に言っておく!僕は今日、透君をお持ち帰りする!」


よっちゃんは高らかに宣言した。イケメンなくせにいつもこんな感じで残念である。なぜ透を気に入っているのかは分からないがよっちゃんはずっと透にアプローチしているけど、透はそんなよっちゃんに引いている。


「俺は嫌だぞ?」


「酒に酔ったら分からないぞ?とりあえずレイラと由季は酒飲んで透君にも飲ませて僕の恋を応援しろ」


「おっけー!よっちゃん持ちなら頑張っちゃうよ!」


「よし、じゃあ先ずはシャンパンでも飲むか!味は何が良い?」


「やったー!私選ぶ!シャンパン、シャンパン!」


なんかもうよっちゃんのために私達は飲む流れになっているみたいだし、レイラは乗り気だ。それに透はもう飲んでいる。私、大丈夫かな、と思っていたら隣に座っていた黒崎がこそこそ話しかけてきた。


「おまえ、席変われよ!」


「はぁ?なんで?」


「俺はレイラの隣に座りたいんだよ!」


こいつのレイラへの愛には呆れる。


「はぁ?あんた本当にめんどくさいんだけど。どこの乙女なの?もう相手にされてないんだから諦めなよ」


隣に座りたいって女子高生か。対応がめんどくさい。それでも黒崎はめげなかった。


「いや、可能性はあるかもしれないだろ?」


「いや、ないよ?ない。気を使って言ってもないよ。早く現実見て?そのメガネは飾りなの?」


「ちゃんと度は入ってるわ!あー、やっぱりだめなのか俺じゃ…」


「うん。かわいそうだけど進展はないよ」


項垂れる黒崎にめんどくさくなった私はそれだけ言って放置した。するとグラスに入れたシャンパンがテーブルに置かれる。飲み会はこれからのようだ。


「じゃあ、改めて乾杯!」


レイラの言葉に私達はシャンパングラスを軽く合わせてから飲んだ。よっちゃんが入れるシャンパンはいつ飲んでも美味しかった。


そして、それからはひたすらに酒を飲んだ。よっちゃんは透の隣を確保してひたすら口説きながら飲んでいたけど、透は適度に無視しながらこちらに話しかけてきていた。


レイラはレイラでカラオケを歌いながら私と話して飲んで、黒崎はさっき潰れた。潰れる前にカラオケでレイラに愛を叫んでいたけどスルーされた挙げ句にレイラ本人に酒を煽られて嬉しくなって飲んでテーブルに突っ伏して寝ている。本当に哀れで報われないバカな男だ。私の忠告は意味がなかった。しかし、レイラへの愛を叫んでいたのと、レイラの気にも留めていない姿には本当に笑えた。

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