第88話


「じゃあ、行こう?」




「うん」




涙目の葵に笑いかけると葵はさっきみたいに腕を組んでくれた。デートの本当の終わりまでは楽しくいたくて私は葵にさっきのことなんか忘れたみたいに話しかけた。




「今日撮った写真送っとくね。今日はいっぱい写真撮れたね」




「……うん。本当に楽しかったよ由季」




「私も。何か葵と仲良くなった頃のこと思い出した」




思ったことをただ言っただけなのに、葵はまた涙をこぼして笑った。




「私も……思い出した」




「前も楽しかったよね。今日も楽しかったけど」




「うん。……忘れられない思い出になったよ」




「本当に?それは良かった」




涙を流し続ける葵に私は切なくなって立ち止まって鞄からタオルを出すと拭いてあげた。葵はもう楽しんでなんていられないのが分かるけど、それでも私は笑った。




「もう泣かないでよ。そんなに泣いたら目が腫れちゃうよ?」




「うん。……でも、止まらなくて……まだデート、したかった…」




さっきあんなに傷つけたのに葵の気持ちに切なくなった。私は泣きそうになりながら笑った。




「また今度ってさっき言ったじゃん。今日しなくたって、いつでもできるよ」




「…うん、…うん。そうだね。……ごめんね由季。……我が儘言って……ごめんなさい」




葵は小さく悲しそうに言いながらそれでも笑ってくれた。私のために笑ってくれる葵は本当に優しくて、葵の心遣いが本当に嬉しく思う。傷つけたのに優しくしてくれる葵に胸が苦しかった。


一通り涙を拭いてから私達はまた歩き出した。こんなに泣いて悲しんでいる葵を一人で帰せない。私は道路まで来ると手を上げてタクシーを捕まえた。




「葵、乗って?足も疲れたでしょ?これあげるから気を付けて帰るんだよ?」




私はタクシーの扉が開いてすぐに葵を乗せると財布から一万円札を取り出して葵に渡した。




「由季は?……まだ、一緒にいたい…」




焦ったような葵はぎゅっと私の腕を掴んで引き留めようとしてきたけど優しくほどいて笑いかけた。




「また今度ね?私は大丈夫だから。じゃあ、気を付けて帰るんだよ?またね」




私はそれだけ言ってまた泣いている葵から離れた。葵は悲しそうに泣きながら最後まで私を見つめていたけど、それでも私は笑ってタクシーを見送ると堪えていた涙がこぼれた。




こんないきなりの別れ方に私は胸が苦しくて辛かった。もう葵に会えないのか、連絡もできない、葵の声も聞けない。


本当に嫌だった。私は、私は本当は離れたくなかった。でも、仕方なかった。




そのまま重い足取りで私は家まで帰った。家に帰ってから携帯を開いてはっとする。いつもの日課の葵への連絡をしようとしていた自分に私は苦笑いをしていた。


もう連絡はできない。それが悲しくて涙が出た。だけど、よく携帯を見てみると葵から連絡が来ていた。見てみると律儀に今日撮った写真が送られてきていて、最後には大好きだよ、と書かれていた。




あの子は本当に、本当に変わらない。純粋で優しくて……涙が勝手にあふれてきた。


私は葵を、私の大切な葵を好きだと思いたい。本当に好きだと思いたかった。でも、さっき言った言葉がよみがえって分からなくなる。私は最低なことをあの子に言ってしまった。




私は泣きながら今日私の携帯で撮った写真を葵に送った。私も最後に気持ちを伝えたかったけどやめた。できない。私は言ってはならない。


葵の顔を思い出すと、そうさせた自分に自己嫌悪を強く感じてしまって、言う権利なんかないと思った。






それから何週間か経った。私は葵と離れて生活をしているのに思うのは葵のことばかりだった。私はとにかく葵が心配だった。あんなに傷つけて泣いていたから、今も悲しんで泣いているかもしれない。あの子の心が、私は心配だった。




私はそのせいで仕事中もぼんやりしてしまうことが多くて、つまらないミスをしてしまっていた。本当にダメだなと思いながら友達と遊んだりして気を紛らわしていたけどそれも一時的でかなり参っていた。




お互いに離れてよく考えようと言ったが、これが好きと言うことなのか、私は確信が持てなかった。葵と離れてみても、今までずっと一緒にいたから考えてしまうのは当たり前で会えなくても連絡をしていた分それが失くなった今どうしたら良いのか分からない。




生活に、私自身に影響が出てるのは明白だけど決定的な気持ちと言うか、何かが欲しかった。じゃないと不安で、やっぱり私は依存していたから好きだったのかと苦しくなる。


葵はどう思っているんだろう。次会う時、やっぱり私を好きじゃなかったってフラれるかもしれない。私に騙されてたって怒るかもしれない。葵の反応を考えるだけでも私は不安で怖かった。




そんなある日、遥から連絡が来た。


遥は葵から何かしら聞いたんだろうその文面は私達を心配しているようだった。




[葵ちゃんとはどうなの?何か葵ちゃん落ち込んでたよ。二人のことだから首突っ込むのは違うけど心配だよ]




遥らしいその文面に私は何て返そうか悩んだ。私のせいだし、深くは聞いてないんだろうけど遥は私達のことを前から知っているから仲良くしててほしいんだろう。


私は少し時間をかけて返信をした。




[喧嘩じゃないんだけど今は色々あってね。でも大丈夫だよ。ちゃんと仲直りするから。悪いけど、葵のこと気にかけてあげてくれる?]




今言えるのはこれくらいだ。ちゃんと解決はするけど、今は時間が必要なのだ。私の返信に遥はすぐに返事をしてきた。




[うん。葵ちゃん連れ出してみるね。何かもめたりするのは仕方ないけど程々にしてね?また皆で旅行とか行きたいから]




いつもは私がこういうことを言っているのに、付き合いが長い分嬉しく思う。私もまた皆でどこかに行きたい。ちゃんと考えて答えを出そう。時間がかかっても私達が一緒にいるには大事なことだから。




[何か聞いてほしかったりしたら話してね?いつでも聞くし力になるよ!]




遥は続けてまた連絡をしてきた。全く、遥に心配されるなんて私もまだまだだ。私は笑いながら返信をした。




[うん、ありがとう。頼りにしとく]




こういう友達がいて良かったと思う。少し落ち込んでいた気持ちが薄れたようだった。


遥はそれからいつものように最近あったことをこれでもかと言うくらい話してきた。私は私で気が紛れて良かったので久しぶりに遥とよく話をした。






それから葵と離れてずっと落ち込んでいたけど嬉しい知らせも届いた。亜美に子供ができたみたいで亜美が嬉しそうに教えてくれたのだ。私は、それをとても喜んだ。ささやかながら二人で会ってランチをご馳走してお祝いにお金も包んで持って行った。


私は亜美が籍を入れたのもお祝いできていないからそんなに多くは入れていないけど気持ちとして受け取ってもらった。




亜美はいらないと凄んでいたけど私は強引に渡した。今までの会ってなかった期間を取り戻したかったしこの友情は本当に大切にしたかったから。


ランチをしている時、亜美はつわりはほとんどないみたいでよく食べて話ながら祝った。


亜美が幸せそうで、嬉しそうで、私は本当に良かったなぁと思っていた。昔あんなことがあったけど、それでも私達はちゃんと生きて幸せを感じている。


優香里も喜んでいるかな、と亜美と話ながら私達は笑い合った。








そして、今日は遥達と話していたハロウィンのイベントの日だ。悶々と考えながら落ち込みながら日々を過ごしていたけど日が経つのは長いようであっという間だ。


葵と約束していたけど、今日は来るだろうか。会ったら何を話したら良いか分からない。顔を見たいけど見たくない。離れていた分葵に会いたかったけど怖かった。




私は重い足取りで仕事終わりに翔太のバーへ向かった。


扉を開けて中に入るともう早速盛り上がっていて混雑していた。店の飾りもハロウィン仕様になっていて気分が高まる。落ち込んで酒を飲んでいなかったけど今日は久々に酒をいっぱい飲んで楽しもうと思う。いつまでも落ち込んでいられない。




「あっ!由季!遅いよ!」




私が入ってきたのに気づいたのは堀ちゃんだった。堀ちゃんは特に仮装をしていないけどもう酔ってはいるみたいだった。私を手招いて呼ぶ堀ちゃんの元に行くと透とよっちゃんがいた。席に座りながら私はいつもの顔ぶれに挨拶する。




「なんか、こないだぶりだね皆」




「本当だよー。由季仮装良い感じじゃん。今日はいっぱい飲もうね!てか、聞いてよ!透がついに彼女できたらしいよ」




堀ちゃんは透とも知り合いだ。にやにや笑っている堀ちゃんに私は驚いた。




「え?そうなの?誰々?」




「だから、ちげーよ!!誤解するようなこと言うな!」




透は何だか声を荒げて否定しているけど堀ちゃんはお構いなしだ。




「はぁ?ヤったくせに何言ってんの?責任取るのが決まりだろーが」




「だからヤってねーよ。記憶にねーんだよ!」




「またまたぁ、どうせ覚えてんだろ?透、アケミちゃんとヤったんだって。アケミちゃんが言ってたけど透はヤってないって言ってんの」




なるほど。つまり、あの日はアケミちゃんが買ったのか。これには私もにやにやしてしまう。透、おまえも隅に置けない。


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