第7話
三週間後、あれからずっと連絡をしていたがちょうど一週間前から葵の連絡が途絶えていた。彼女にしてはこんなに連絡が来ないのは珍しかった。よほど仕事が忙しいんだろう。連絡が途切れる前に葵はもうすぐ大きな仕事が来るからあんまり連絡できないかもしれないと言っていたから体調を崩していないと良いが大丈夫だろうか。
まだ葵との関係は浅いとは言えるが彼女についてはよく分かってきたと思っている。あの日ベッドで色々話してから前よりも甘えたり寂しがったりを顕著にしてきて電話で話す時なんかは最初は嬉しそうにしているも電話を切ろうとすると途端に寂しがって悲しそうにするから中々私も切るに切れなくて困ってしまう。
でも相変わらず素直に気持ちを伝えてくれるからまぁ良いのかと甘やかす私も考えものだ。
その日は土曜日で仕事も早く終わったから久々に家でのんびり過ごしていた。先週は透と例のママのいるバーに行って散々飲まされてしまったのでまたしばらくは控えようと思っている。また道端で吐くのはごめんだし、葵にも気を付けるよう言われている。
久々にお風呂を沸かして湯船にゆっくり浸かってから部屋に戻ると葵から着信が来ていた。髪を乾かしながら着信が来ていた時間を見ると丁度三十分程たっている。もしかしたら出ないかもしれないなと思いながら発信ボタンを押すと、すぐに葵が出た。
「あ、もしもし?」
「ああ、葵。久しぶり、ごめんねお風呂入ってた」
「ううん、全然連絡できなくてごめんね。色々あってちょっと忙しくて…」
久しぶりと言っても一週間ぶり程度だが何だがその声には疲れが混じっているように聞こえた。葵にしては珍しかった。
「大丈夫だよ。葵こそ体調とか大丈夫?無理してない?」
「うん、私は大丈夫。疲れるけど平気。……それでね、来週予定してたお出かけ、仕事が入っちゃって行けそうになくて……ごめんね。楽しみにしてたし、せっかく予定立てたのに」
泣きそうにとても悲しそうに話すから慌てて安心させるように答える。彼女に泣かれると困るのは私だ。
「あぁ、大丈夫だよ。仕事なら仕方ないよ?また別の日に行けば良いじゃん。大丈夫だからそんな落ち込まないで?」
「うん、でも本当に、ごめんね。まだ仕事が忙しいから先になっちゃいそうだし。会いたかったから……」
「そんなずっと会えない訳じゃないんだから、私も会いたかったけど仕方ないよ」
言い聞かせるように優しく言っても、落ち込んだようにうんと返すばかりでどうしたものかと思考を巡らせていると
「由季は、最近どうだった?」
と控えめに訪ねてくるから少し考えて何時も通りすぎてつまんないかなと思ったけど報告した。
「私は、普通?てゆうか、いつも通りかな。仕事もまぁまぁだし、こないだまた飲み行って潰れて大変だったかな。そこのママがね、凄いお酒強くてさ、飲め飲めってお酒注ぐから調子にのって私も飲んじゃってさ…」
「それって、こないだのあのバーにいた人と行ったの?」
少し強い口調で遮られた。どうしたんだろう?そんな様子に私は戸惑った。
「あぁ、うんそうだよ。こないだの、透と行ってきたんだ」
私は葵があの日ベッドで言ってきた事をあれからずっと気を付けるようにしている。嫌な思いをさせたくないし、あんなに泣く彼女を見るのは心が痛かった。だから何があったかは話すがあまり詳しくは言わないし友達の名前は出さない。しかし、聞かれたら答えるようには努めていた。
あの日から葵は私に嫉妬や嫌な思いについて言ってくることはなかったから嫌な思いはさせずにすんだと思っていたが今日の様子はなんだかおかしい。
この話は良くなかっただろうか?少し電話口で緊張した。
「そっか。……楽しかった?」
「うん。楽しかったよ。まぁでも、お酒は程々にしようと思う」
「そうだよ。また飲みすぎで道端で寝てたりなんかしたら大変だよ?」
「そしたら葵に助けてもらうから大丈夫」
「私?もう…勘弁してよ。酔っぱらいはこりごりです」
小さく笑う彼女に安堵するも顔が見られないからそこまで確信が持てない。でも仕事が忙しいと言っていたし疲れていそうだし早く休ませてあげた方が良いかもしれない。それに仕事のせいでなんだか様子がおかしかったのかもしれないし。色々考えて、いつもの口調で私は言った。
「冗談だよ。ね、葵、葵は今日はもう仕事終わりなの?」
「うん、今日は久々に早く終わったから……由季と話したかったから連絡しちゃった」
「……そっか」
可愛いことを嬉しそうに言ってくるから会話を終わろうとしたのにかわいそうで終われない。今日の用件は遊びのキャンセルだからそんなに長く話すことはない。どうしよう、話しても良いけど忙しいだろうし何より疲れていそうだ。この子は仲良くなるのに一生懸命なところがある。
「由季?」
「うん?なに?」
「黙ってるからどうしたのかなって思って」
いつもどちらかと言うと私が色々話しているから気になったんだろう。適当に答えた。
「んー?何でもないよ。それよりさ、こないだのクッキー食べた?あれ美味しかったでしょ?」
「ああ、うん!凄い美味しかった。あれ結構有名なやつなんだね。それにタオルも早速使ってるよ。ありがとうね」
「うん、葵が嬉しそうで良かったよ。もしかしたら嫌いだったかな?って思ってたから、良かった良かった」
「そんなこと絶対ないから……ねぇ由季、また泊まりに来てくれる?こないだ一緒にやったゲームまだ謎解きできなくて進めないから…」
言い訳のように説明をするのが子供みたいでどうせ不安そうな顔をしてるんだろうなと想像がついて笑えてしまう。
「うん。私もやりたかったからまた泊まり行くよ。でも、そんな頻繁に泊まって大丈夫?」
「うん!大丈夫!そんなの、全然気にしないで?由季ならいつでも来て良いから。だいたい私はいつも一人だし、問題ないから」
「はいはい、まーでもまずは仕事が落ち着いたら、でしょ?」
「あぁ、うん。それまでは…会えないけど」
あからさまに落ち込むから顔が見えない分いつもより優しく話した。
「今日は久々に早く仕事が終わったんだしちょっと話せたからもう早く寝な?明日も仕事?」
「え?…うん明日も仕事だよ」
「そっか、ならもう寝な。前も言ったけど疲れてたり忙しかったら無理して連絡しなくて良いんだから。連絡しなかったら私達の関係が終わる訳じゃないんだし葵少し疲れてそうだし…」
「……やだ…」
何時もは渋ったり拗ねたりするけど最終的には頷いてくれるから今日は聞き分けが悪くて少し驚いた。なおも優しく続けた。葵はいつも頷くと思っていたから。
「でも疲れてるでしょ?連絡できないくらい忙しかったんだからたまに早く帰れたならゆっくり休んだ方が……」
「やだ!!」
初めて葵から大きい声を聞いて驚いてしまう。いつも通りの口調で当たり障りのない言葉を選んだつもりが良くなかったようだ。彼女は強い口調で続ける。
「確かに、疲れてはいるけど無理して連絡してる訳じゃない。由季と話したいし寂しかったから連絡したのに……無理しないでってそればっかり!!…由季の方が……私と話したくないからそう言ってるんじゃないの?!」
「そんなことないよ?私は葵の仕事が忙しいから大変だろうと思って……」
「またそうやって…気遣うの止めてよ!仕事が忙しいなんて皆一緒でしょ?確かに少し今は忙しくなったけど私は大丈夫だし、それを病気みたいに気遣ってなんなの?…話したくないならそう言えば良いでしょ?!」
こんなに激怒して捲し立てる彼女は初めてで本当に驚いた。今さら何か言った所で火を見るより明らかだけど何か言わないとならない気がして言葉を探してると、ふと鼻を啜る音が聞こえた。彼女のそれに、私は一瞬冷静になってまた辛い思いをさせたのかと悟る。
「っ……本当は嫌いなのに…無理に合わせてるんじゃないの?!……重くてウザいって、思ってるんじゃないの?」
泣きながら怒鳴る葵に胸が締め付けられた。まだ気にしていたのか。そんなことない。否定しないと。こんなことまで言わせてしまって思わず私は語尾が強くなってしまう。
「そんなの、ある訳ないじゃん!葵、落ち着いて?確かに私も葵が心配で気使い過ぎちゃったけど本当に心配して…」
「もういい!やめてよ!!聞きたくない!!もうやだ!!」
「あおい……」
葵は、小さく息を吸って静かに呟いた。
「もう……関わらないから」
「え?」
驚きが隠せない。何を言ってるの?理解が追い付かなくて言葉が出ない。
「もう……関わらない。それだけ」
「え?なに……言ってんの?葵?葵?」
強制的に通話が切られて、私達の会話は終わった。残ったのは罪悪感と後悔とこれからどうやって葵と話そうかという考えだけだった。これで終わる気なんか毛頭ない。
葵は泣いていた。それで理由は充分だった。私が何かをしないとこれで終わるのは目に見えている。そんなの嫌だった。
本心ではない事も言っただろうけど、私が無理に合わせていると言う言葉は心のどこかでずっと思っていたのかもしれない。言うのを一瞬躊躇していた。
本当にあの子の事は汲み取るのが難しい。自分の気持ちを素直に伝える割には汚い感情や嫌な思いは教えたくないんだろう。教えてほしいと言ったのに上手く隠そうとするのは、たぶん嫌われたくないから。
葵はただそれだけなんだ。
だけど私にうまく伝わらなくて不安になってしまったんだろう。
ベッドで話した時に言っていた言葉を思い出す。嫌わないで。その言葉は脳裏にこびりついて離れないでいる。強いコンプレックスから来ているのか、何か過去にあったのか、とにかくあの子を一人になんてできないし、できるだけそばにいてあげたい。
時計を見つめる。この時間じゃ電車も間に合わないし行った所で冷静でない彼女には会えないだろう。私は葵との今までの連絡のやり取りを見返した。
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