その後の彼女たち3



「葵?葵起きて?」


「んん………ゆき?」


「今日お昼から仕事でしょ?シャワー浴びてきな?」


由季に優しく肩を揺すられて目が覚めた。昨日はそのまま寝ちゃったんだっけ。目を擦りながら身体を起こすと起こしてくれた由季に抱き着いた。由季と片時も離れたくない。


「由季も一緒じゃないとやだ……」


「え?私さっきシャワー浴びちゃったよ」


「なんで先に浴びちゃうの?……バカ」


「うん…。ごめんね?」


「……やだ」


「ん~…ごめんね?許してよ葵」


「……」


謝ってもやだった。由季は私の視界に常に入れておきたいし触れてないと寂しいから離れたくないのに何で早く起こしてくれなかったんだろう。お風呂は一緒に入るとしたくなるからとは言ってたけど、あれからお風呂でしたこともないし、そもそも由季はしたそうな素振りを見せないのに。由季は嘘をつかないけどあれは本当なのかな?いつも優しいから私には分からない。

無言で由季に抱き着いていたら由季は私の髪を整えながら撫でてくれた。


「ごめんね葵。そんなに怒んないで?一緒にお風呂入るから許して?」


「……今日も泊まっていってくれないと許さない……」


そんな簡単に許さないし。由季のバカ。本当はもう由季と一緒に暮らしたいくらいなのに。本当に由季のバカ。由季は困ったように口を開いた。


「えぇ?でも、…明日は私も葵も早いじゃん…」


「早く起きればいいだけだもん……。私由季のこと起こしてあげるし、絶対寝坊しないもん……」


「ん~……。もう、分かったよ。泊まるから許して?」


「本当?!」


最近ねだっても由季は帰っちゃうから凄く寂しかったけどお願いを聞いてくれるみたいですぐに嬉しくなった。由季はおかしそうに笑っていた。


「本当だよ。今日は葵が帰ってくるの待ってるから。でも、今日はしないからね?葵も私も明日早いから絶対しないからね?いい?」


「うん!ありがとう由季!」


「ううん。喜んでくれて良かったよ」


できなくても由季がそばにいてくれるなら嬉しいから何でもいい。帰っても由季がいてくれる。それがいつもになってほしい。

由季がいないとこのまま会えないんじゃないかと不安になり過ぎて辛かった。一人になった時を思い出して、もう由季は私がいならなくなったんじゃないかって連絡をしているのに信じられない不安と恐怖に襲われる。


由季を信じてるから由季が私を捨てるはずないって思ってるし由季は好きだっていつも言ってくれるから疑ってないけど、実際に触れて目で見て確認しておかないと前より増したあの凄まじい不安と恐怖は私を離してくれない。



だからもう一緒に住んでしまいたかった。

由季が存在しているのを感じておかないと生きているのが苦しくなってきたから。一人になりたくない。由季を知ってしまってから一人になるのが怖い。

でも、この依存は由季には見せないようにしないと。

見せたら由季が困っちゃうから、私はただ同棲をしたいと言おうと思ってる。


でも、でも、由季はどう考えてるか分からないから同棲をするなら今まで以上に由季の言うことは全部守るし従うつもりだ。由季のためなら何でもするし何でもあげる。絶対に怒らせない。必ず由季を優先する。


これなら、断られないかな?

だけど私のしてあげられることとかあげられるものって、由季がしてくれることに比べたら少なくていらないかもしれない。

私は由季みたいにすぐに察してあげられないし、口下手でいいところ何かほとんどない……。だから、だからやっぱり由季は私とは暮らしたくないかな?由季のためならなんだってしてあげるけど、私個人の人としての良さなんて……全然なかった。由季は私のいいところを教えてくれて自信を持ってって言ってくれて嬉しかったし、悲しくなるって言ってたからそういうことは絶対もう言わないけど由季といるとふとした時に証明されて現実を押し付けられる。由季の輝きは私の闇ばかり浮き彫りにする。


私には利用価値がないって。



由季の好きなようにしていいのに。

私を好きなように扱って使っていいの。寧ろ使ってほしいくらいなの。

でも、私、使えない。

私が好きだって言い出したから由季は私を好きでいてくれるから必死だったけどそれしか繋がりがなかった。

だって私じゃ由季に利益なんか出してあげられない。



私は利用するにしたって話にならない。


「葵?今日は遅い?帰ってくるの」


由季と一緒にお風呂に入っていたら由季はいつものように後ろから私を引き寄せてくれた。幸せだ。由季が触れてくれて私を気にしてくれる。幸せなのに、何で私にこんなにしてくれるのか分からない。


私はあれから由季の気持ちを知っているはずなのに以前より増した不安と恐怖に襲われて、惑わされるように分からなくなっていた。


「ううん。十時位には帰ってこれると思う」


「そっか。ちゃんとタクシーで帰ってこないとダメだよ?夜道は危ないから」


「うん。分かった」


「あと帰ってくるのに合わせてお風呂沸かしとくね。ご飯は帰ってから食べる?」


「…ううん。時間が時間だから食べてくる…」


「うん。分かった」


由季が言うからタクシーで帰るのは必須だけどご飯は最近どうでもよくなりつつあった。あれがあってから由季に言われるから食べるようになっていて、一人だと美味しくないからいらなかった。由季には心配させないようにこう言ってるけど、由季としか食べたくないし由季がいないなら食べなくても良かった。でも、食べないと由季が心配する。今日は何を食べよう?また由季が好きなものでいいかな?億劫に感じていたら由季が頬にキスをしてきた。


「葵」


「なに?」


「最近ちゃんと食べてる?ちょっと痩せたでしょ?」


「え?それは…食べてるけど……」


嫌にドキッとした。食べるのを気にしていないと忘れてしまう時があったからそれかもしれない。由季を心配させないようにしないといけないのに無駄に由季を悩ませてしまう。何やってるんだろう。これじゃ由季に不可をかけてるだけだ。


「あんまり食欲ない?体調良くなかったらまた一緒に病院行こう?あんまり無理するとよくないから」


「ち、違うよ?そうじゃないよ?……食欲は、あるんだけど……」


由季はもう薄々気づいているのかもしれない。由季は私を肌で感じるように理解してくる。言ってないのに簡単に見透かしてくる。だから由季に言われると私は逃げられなくなってしまう。

言ったら……怒るかな?困らせるかな?由季は私の手を優しく握ってくれた。


「あるんだけどなあに?」


いつも私を待ってくれる由季の優しさが私を後押ししてくれる。知られたくないけど由季が聞いてくれるなら、知りたいと思ってくれるなら話したい。


「……どうでも……いいの。お腹は空くんだけど……あんまり、食べたいって思わなくて……たまに、ご飯食べるの忘れちゃうの……。でも、由季とは食べたいって思うよ?由季と食べるのは好きだから。でも、でも、……由季だけだから……」


由季を見てるのが怖くなって視線を下げた。

言ってしまったけれど、引かれたかな?由季、怒るかな?……怖い。由季はご飯のことをよく言ってきてたから怖かった。だって私、騙してたって言ってるんだもん。怒らせたら……どうしよう。由季を怒らせたら……頭が真っ白になっちゃう。


「そっか。気づかなくてごめんね葵」


泣きそうな位の不安と恐怖を感じていた私を由季は笑って強く抱き締めてくれた。私の負の感情を拭ってくれた由季が暖かくて涙が出そうだった。


「今日帰ってきたら一緒にご飯食べない?葵のために頑張って作って待ってるから」


「……いいの?時間、遅いのに……」


「うん。全然いいよ。私も葵と一緒にご飯食べたいもん。一人じゃ寂しいからね。これからはご飯もなるべく一緒に食べよっか?」


「……うん。ありがとう…」


嬉しくて、優しくて涙が溢れてしまった。

私のせいなのに、いつも私のせいなのに由季は私に合わせてくれる。私を責めたり、蔑んだりもしないで。


「葵なに泣いてるの?もう、泣かないの。泣くことじゃないでしょ?」


由季は私が泣いてるのにすぐに気づいて涙を拭ってくれた。困ったように笑う由季の手は本当に優しくてまた涙が出る。由季に心配かけちゃうから泣き止まないと。


「うん。ごめんね由季」


「ううん。別に謝んなくていいんだよ。葵そんなに泣かないの。目が腫れちゃうから」


「……うん」


頭を撫でてくれて頬にキスをしてくれて、ようやく涙が止んできた。由季が一緒に食べてくれるならこれからご飯が億劫じゃなくなる。由季と一緒の時間が長くなる。


「もう少ししたら上がろっか?」


「うん」


軽くキスをしてくれた由季に笑って頷いた。

由季とはお風呂から上がると少し雑談をしてから仕事に向かった。

由季が私のために作って待っててくれるみたいで今からすっごく楽しみだった。帰ったら一人じゃない。由季がいる。早く由季に同棲の話をしたいけどどうやって話し出したらいいのかな。


仕事の時も私は由季のことをぼんやり考えていた。

いきなり同棲したいって言うのは私には難しいし、かと言ってそれとなくどう思ってるか聞いてその話に持っていくのも私じゃ上手くできない。

何て言ったらいいんだろう。そもそも由季はそんなの考えてないかもしれないし。綾香ちゃんとはこないだあんまり詳しく話せなかったからまた綾香ちゃんに話そうかな?それより今は仕事に集中しないと。


雑誌の撮影を場所を移動しながら行ってインタビューを受けて事務所に戻っていろいろしていたら十時なんかとっくに過ぎてしまっていた。

帰るって言ったのに十二時近くて私は慌てて帰宅した。

山下さんが明日に回してくれてよかったけど由季に連絡できてない。タクシーに乗って何件か由季から連絡が来ていたから返そうとしていたらお兄ちゃんからも連絡が来ていた。


先にそっちの内容を見て少し気分が沈む。

話したいから仕事が終わったら連絡してって……きっとまた私を心配してるんだ。お兄ちゃんは由季と私の関係を悪くは思ってないけど、私が休養をした時に一方的に怒っちゃってから会っていない。

心配して来てくれたお兄ちゃんに私は怒鳴っちゃって、その後に謝ったけどあれからまともに話していなかった。

無視する訳にもいかないから一応返信をするとお兄ちゃんからすぐに電話がかかってきた。

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