第39話
その後、花火を見終わって、皆で感想を言いながら宿に帰った。皆とても満足したようだったし興奮が冷めなくてレイラに関してはずっと煩かった。
宿についてから、歩いて汗をかいたからと遥はまた大浴場に向かってしまい、私も汗を少しかいたので部屋の露天風呂にサッと入った。部屋の露天風呂も雰囲気がとても良かったけど一緒に入って来た葵のせいで私は本当に早く上がった。葵の裸は本当に心臓に悪い。
先に上がった私はもう寝る準備を済ませて布団に横になっていた。ここはベッドではないみたいで既に居間に布団が敷いてあったけどフカフカで気持ち良かった。
葵も風呂から上がって寝る準備をしてから布団にやって来た。迷わず私の近くに座った葵は私の手を控えめに握ってくる。
「もう寝るの?」
「んー?そうだね、眠くなってきたからそろそろ寝ようかな。今日は楽しかったね。花火しかあんまりいられなかったけど」
「うん。……でも写真も撮れたから良いよ」
「そうだね」
やっぱり少し気にしていたみたいで声が暗い。私は握られた手を少し握り返してみると葵も握り返してきた。ちゃんと謝らないといけない。
「葵、ごめんね?昨日もだけどあんまり一緒にいれなかったし、昨日約束したのに」
「……じゃあ、いつもみたいに……抱き締めて」
唐突な葵の発言は私を困らせる。
「え?で、でも、今日は二人きりじゃないんだから……」
「遥ちゃんとは……ベタベタしてたくせに」
咎めるような葵に気まずくなって内心少し溜め息をついた。朝から少し機嫌悪そうだったし、一緒にいれなかった。やっぱり根に持っていたかと不機嫌そうな葵に少し笑って上半身を起こすと腰に手を回して抱き締めた。それと同時に葵は私の首にキツく抱きついてきた。
「由季、私の気持ち知ってるくせに……ああゆうことばっかりする」
遥のことかと思うけど付き合いが長いからどうしても変えるのは難しい。
「あー……狙ってる訳じゃないんだけど、ごめんね?」
「…それに、透君と、つ、付き合ってるみたいに見えるって……何であんなこと、言うの?」
あぁ、やっぱり少し気にしていたのか。言葉を選んだつもりだったんだけど繊細な葵は傷ついたみたいで、私はそれが申し訳なくて背中を優しく擦る。
「それは、ごめん。皆いたし、何て言ったら良いか分からなくて…」
「確かに仕方ないけど……由季は本当に、付き合ってるみたいに、見えた?」
私は葵の問いかけに一瞬迷った。確かに付き合ってるように見えたけど、それを言ったら葵は傷つくかもしれないし言わない方が良い。だけど、葵に変に嘘をついたりしたくなかった。
「それは、まぁ、ちょっとだけね?葵は可愛いし、透は見た目は良いからね。……ちょっとだけお似合いに見えたよ」
少し緊張しながら正直に伝えた。葵がどんな反応をするか怖かったけど私はちゃんと思ったことを伝えた。すると葵は抱き締めるのを止めて怒ったように、悲しそうに呟いた。
「そういう風に見えたってことは、私の気持ち……伝わってないってことだよね」
「え?いや、それは」
声のトーンがいつもと違うのに気づいて否定しようとしたけど遅かった。葵は私を怒ったように見つめながら遮ってきた。
「なんで、なんで伝わらないの……?私は、私は、由季のことしか考えてない!!他の人なんか見てない!由季しか見てない!……私、由季が大好きだよ?誰といても由季のことばっかり。いつも一緒にいたいし、いつも触れてたい。私だけ、見ていてほしい。……好き、好き、好きじゃ伝えられないくらい好き。由季がね、由季がそう見えるなら、もう男の人と一緒に歩いたりしない。仕事は……仕方ないけど、男の人と一緒にもういないようにするし連絡先とかも消す。そしたら私の気持ち、伝わる?」
葵の勢いに思わず動揺した。この一途な想いに。葵は私の一言で大袈裟なくらいに本当に酷く反応した。私はもっと慎重になるべきだったのだ。
「気持ちはちゃんと伝わってるよ。ごめんね、言い方が良くなかった。私がしっかり考えないであんなこと言ったから葵を勘違いさせちゃったね。ちゃんと伝わってるから、そんなことしなくても大丈夫だよ」
「…本当に?ねぇ、私は、由季にどう見えてる?こうやって好きになったの……初めてだから、ちゃんと伝わってるか心配。由季に、誤解とかしてほしくない」
葵はすがるように私の服を掴んで詰め寄ってきた。寄り掛かるようにしてきた葵に私は体を支えるように片手を後ろにつく。これは正直に言葉を選んで答えないといけない。迫られた私は緊張しながら言った。
「葵の私を好きな気持ちはしっかり伝わってるよ。私を好きなの言葉でも態度でも伝えてくれて、可愛らしくて、愛らしくて、たまにくすぐったいけど嬉しいよ?最近は、気持ちとかはっきり伝えてくるし大胆なことしてくるから葵に翻弄されて私の方が照れちゃってるよ。それに誤解とかはしないけど、葵は本当に綺麗で可愛いから…」
葵の真剣な目を見ていると後ろめたくなって最後まで言えない。ちゃんと答えないとならないのに、葵のことを考えると躊躇してしまう。それでも葵は逃がさないように目線を逸らさないから、私は本当に緊張しながら最後の言葉を言った。
「…私で、良いのかな?とは、思うけど」
「……なんで?なんで、そう思うの?」
顔を近付けてくる葵。その目が綺麗で葵に緊張して目が離せない。この話は前に喧嘩をしてしまったし禁句な内容だけど、こう迫られて話を逸らせない。これを言ったら引き返せないけど私は今まで言えなかった胸の内を打ち明けた。
「……葵は、芸能人だし綺麗で可愛いくて人気もある。だけど私は、女だし、外見とかも普通だし、稼ぎがある訳じゃない。結婚もできないし、子供も作れないよ?…それで幸せにできるのか、分からない。……男の人と付き合った方が将来があると思うんだ」
葵を見て葵の幸せを考えていたことを言い切った。でも葵は悲痛な面持ちをした。体を離して辛そうに見つめてくる。葵が幸せになってほしいと思っていたのに、やっぱりこんな顔をさせてしまった。
「なんで、なに、それ……。じゃあ、じゃあ、由季は最初から私と……付き合う気はなかったの?私に同情したから……だから返事を先伸ばしにしたの?」
「ち、違うよ、そうじゃなくて」
「ちがくない!そういうことじゃない!」
葵は怒鳴りながら泣き出してしまった。確かに私は葵の気持ちを無視してしまった部分もあるけどそれは葵のためを思ってだ。私はそんな葵を抱き締めようと手を伸ばしたけど振り払われてしまった。それにとても驚いて、傷ついた。初めてのことだった。
「やめて!!私の幸せはそんなんじゃない!!私は、由季がいてくれればそれで良いだけなの!…私が、私が頑張れば、由季は応えてくれると思ってた。私を友達としては好きでいてくれて、いつも優しくて私を大切にしてくれるから。……だけど、全部違う。大切にしてくれるのも優しくしてくれるのも、私に同情して、かわいそうだからなんでしょ?……なんで?なんでなの……私の気持ちなんて……最初から関係なかった。伝わってなかった。……由季は最初から私なんか見てなかった。芸能人だから、モデルだからって、そうやって見てたんでしょ!?だからそんな風に考えてたんだよ!私はずっと、由季を見てたのに……!」
葵の言葉が胸に刺さる。それは合っている部分もあったから。言葉が出てこない。私は裏切ったんだ。葵に言われて気づいた。私は言い訳をして逃げて、さらに適当な考えを押し付けて、葵の気持ちにさえ向き合ってなかった。
「同情なんかしてないよ…違う、違うから」
葵は涙を拭って無言で立ち上がる。そして足早に部屋から出て行こうとした。私はそれに慌てて立ち上がって手首を掴んで止める。ここで出て行かれたら私達の関係は本当に終わる。葵を失うのは嫌だった。
「待って葵。話を聞いて?確かに私はさっきあんなこと言ったけど葵に同情とかした訳じゃなくて」
「…もうやめて!聞きたくない!!」
葵は振り返らない。私の手を強引に振り払って泣いている。今さら遅いかもしれないけど私は葵を失いたくなかった。こんなことで葵を手放したくない。私は今になって、葵を傷つけてから自分の気持ちに気付きだした。私はやっぱりそうなんだ。
「葵、お願いだから話を聞いてよ」
腕を掴んでこちらに強引に向けさせる。葵は泣いて嫌がった。それでも私は手を離さなかった。
「いや!もう話したくない!!好きじゃないんなら…話さなくたっていいでしょ!」
「好きだよ、好きだから落ち着いてよ」
「嘘だよ…!!私はもう、もう……好きじゃない!放っておいてよ!!」
葵は躊躇しながら言った自分の言葉にさらに泣き出して抵抗をしたけど私はそのまま抱き締めた。逃げられないように、離れないように、強く強く抱き締める。葵はそれでも離れようと抵抗してきた。
「離して!!もうやめてよ!」
「話を聞いて!!」
私は思わず大声をあげると葵はそれに体をびくつかせながら驚いて抵抗を止めた。今だと思った私は体を離して両手首を掴んでしっかりと目を見た。悲痛な面持ちは変わらない。私がこんな風にさせたことに胸が痛くなる。
「話を聞いてくれたら、もう離すから。だからもう私のことは好きじゃないかもしれないけど少しだけ話させて?」
葵は泣きながら僅かに頷いた。遅くなったけど、私はちゃんと気持ちに向き合わなければならない。言い訳ばかりして逃げていた気持ちに。もう言い訳はしない。私の、私だけのただの気持ちを私は話した。
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