第50話


「亜美それと……本当にあの日はごめん。亜美も辛かったのに、私を亜美が止めてくれたのにあんなことして…本当にごめん。優香里が死んで訳分からなくて辛くて優香里の悩みに気づけなかったのに後悔して、死にたくなってた。でも、今はやってないよ。する気もない。今は本当に後悔してる。亜美を傷つけて反省してる。本当に、本当にごめん」


亜美は私が死のうとした時に泣いて止めた。死なないでと泣いて叫ぶ亜美に私は我に返って自分がしたことに酷く後悔した。私がやったことは残された者を悲しませるだけだったから。誰も得なんかしない。優香里が死んで教えてくれた嫌なことをやろうとしていたのに、その時にやっと理解したんだ。それでも、思わず泣きそうになりながら謝った私に亜美は笑った。


「由季大丈夫だよ。由季も辛かったよね?由季は、真面目だからあれも仕方ないと思う。優香里がいきなり死ぬから、あんなの誰だって悩むのは当たり前だよ。……私は、もうあんなことしないなら許すよ。私もあの時は辛かったし、悲しかったけど、死なないでいてくれるなら許す」


亜美は本当に優しかった。優しくて目頭が熱くなるけど、私は亜美の優しさに心から応えた。やっとしがらみから解放された気がする。


「ありがとう亜美。もうしないよ。二度としない」


「うん。じゃあ、許す。優香里みたいに勝手にいなくなったら、本当に殴るからね?一生許さないよ?」


「うん。分かってる」


また六年前みたいに私達は笑った。優香里が今いないのが寂しかったけど亜美がいてくれて良かった。私の心の傷が和らいだ。


「それと、六年も友達なのに音信不通なんかありえないからね?私達が仲良くしてないなんて、優香里に顔見せできないよ」


亜美の笑って少し怒ったように言う姿が懐かしくてあの時に戻った気分になる。私達は変わらない。笑い方も言い方さえも。


「ごめん。そうだね。優香里に怒られたらめんどくさいからね」


「そうだよ!優香里は、超ネチネチ女だから死んでもネチネチ絶対言うよ」


「うんうん。それはありえる」


今はいないのに、いないから悲しんだのに、いない優香里のおかげで笑えた。本当に優香里はムカつく。少し笑い合うと亜美はおもむろに私に問いかけた。


「ねぇ由季、今まで何してたの?私達、六年も会ってなかったから今まで由季が何してたのか教えてよ?」


亜美は今までの空白の期間を私に訪ねてきた。それもそうか、私達は六年前のあの日までずっと一緒にいたのにいきなり離れたんだから。私はそれに頷いて答えた。亜美の知らなかった六年間も聞きながら今までの私の六年間も話した。



私は、高校を卒業して看護師の専門学校に入って国家試験を合格して看護師になった。仕事はモチベーションは高くはないがそれなりにしっかりやっていた。プライベートでは看護師になってから一人暮らしを始めて、それからさらにお酒を飲むようになって随分交遊関係が広がった。そのおかげで私は寂しくなく楽しく過ごすことができた。恋愛はそこまで興味がなかったからあまり付き合ったりはしてこなかったけど今は本当に大切な人ができたから人生が満たされてきている。


そこまで話すと亜美はまた笑った。


「そっか、由季はそんなことがあったんだね。じゃあ、今の恋人とは結婚とか考えてるの?」


亜美は自然に聞いてくるけど葵のことは恋人としか言っていないし言うつもりもない。葵は芸能人だから多少は隠さないとならないけど後ろめたいとかではなくて、私は葵以外の誰かに理解してほしくて、認められたくて、恋愛をしているのではないから。葵が好きだから恋愛をしているのであって葵以外の誰かの同調も意見も何もかも私にはどうでも良い。だから亜美の質問に胸が痛んだりもしない。それは当たり前の決まったフレーズで誰しもが口にする言葉だ。私は笑って答えた。


「結婚はしないかな。私達は一緒にいれればそれで良いから」


「そっか。なんか、由季らしいね?まぁ、今は結婚が幸せって時代じゃないし、お互いに考えることとか事情があるなら良いんじゃない?事実婚とかも多いからね」


人の幸せは人それぞれだ。亜美は頷いてくれた。


「亜美は?亜美は子供は作らないの?」


次は亜美に訪ねる。亜美の薬指には指輪がある。高校を卒業した亜美は法律系の専門学校を出て何個か資格を取って法律事務所の事務として働いていたら同業の旦那さんと出会って意気投合して結婚したらしいけど子供はいないらしい。


「んー、欲しいけど…どうだろう?今はお互い仕事が忙しいし将来も考えてある程度お金を貯めたいからまだ先かな?私達まだ結婚式も挙げてないからさ。でもできちゃったらできたで良いんだけどね、授かりものだから」


「ふふ、亜美も真面目だね。まぁそうだよねぇ。できたら教えてね?お祝いしたいから」


将来をお互いによく考えていて歳を取ったんだなぁと何となく思った。変わらないけど変わったところはある。亜美の子供ができるのが私は楽しみだった。


「もちろん!今まで音信不通だったんだから盛大にお祝いしてよね?」


少し怒ったような口調に私は任せてと返した。それからもう少しお互いに近状を話して優香里の話もした。優香里のお母さんは結局行方知らずだったらしくて、優香里の残した物は本当にほぼなかったみたいだ。

それから亜美と話していたら優香里の親戚の家に優香里の位牌があるらしく亜美は時々線香をあげに行っているようだった。私もそれは行きたかったので今度時間を作って一緒に行くことにした。優香里に対してちゃんとしたかったからずっと行かないといけないとは思ってたけど、六年も行けなかったから亜美には本当に感謝している。


亜美と別れるまで、優香里の話はとても盛り上がった。昔何をしてどこに行って、騒いで、遊んで、喧嘩して、全部私も亜美も覚えていてそれが楽しくて、嬉しくて、懐かしくて、ようやく心が楽になった気がした。



そして、亜美と会ってからまた日常が戻ってくる。朝起きて仕事をして家に帰って寝る。その生活に優香里をまた思い出すことが増えた。ふとした時にこんな時優香里はこうしてた、ああ言ってた、あんなことしていた、そう思うことがあって、それが嬉しいような寂しいような。今も私は大好きなんだなと実感してしまう。優香里がいなくなることはない。



そんな日々が続いて、今日はある人物に呼び出されているから都内を足早に歩いていた。久しぶりに会うし、やっぱり私は楽しくいたいから誘いにすぐ頷いていた。今日は最近見つけた汚くて安い居酒屋で飲みたいと言われて居酒屋に来てみたけどその人物、歩美はもう飲んで食べているようだった。


「歩美。もう始めてんの?早くない?」


「あぁ、由季!お疲れ!遅いからもう始めたよ!ほら好きなの頼みな!さっき適当に頼んどいたけど」


女二人が入るような店ではないような雰囲気だし男性客が多いけど歩美も私もそこは特に気にならない。飲んで食べれて楽しめれば良いのだ。

適当に注文を済ませて乾杯をすると、歩美は飲みながら嫌そうに話し出した。


「私もう本気であの幼稚園潰したい。園長は老害だし先輩がカス過ぎて同じ人間とは思えない」


歩美は相当仕事のストレスが溜まっているようだった。歩美は相変わらず話題が絶えなくて少し笑える。


「えぇ?上手く行ってたんじゃないの?」


「私が上手く行くようにしてたの!でも、もう我慢できない!砂場の砂教室に撒きたい!園長はガタガタ嫌味しか言わねーし、先輩は話が通じないし。しかも無視すんの!ありえなくない?話したくて話しかけてる訳じゃねーんだよクズ!本当にさぁ!」


それだけ言うとまた酒を飲んで注文をする歩美。酒を飲むペースは早くて、今日は愚痴を聞いてほしかったのかと納得する。それなら私もとことん付き合ってやろう。歩美とは付き合いも長い。


「砂は撒いたら掃除大変だから止めたげな?でも、無視するやついるけどあれはなんだろうね。いい歳した大人が神経疑うし、本当にめんどくさいよね。歩美の気持ちは分かる」


「でしょ?本当ありえないよね?!しかもそういうやつって大体ブスだし。性格も外見もブスなやつに無視される私の気持ち!!もうさ、…プールに沈めてやりたい。次のプールで本当に沈めてやろうかな、そしたら色々矯正されるかも…」


「それは、子供も見てるから止めて」


本気そうな発言に笑いながら止める。このご時世いろんな人がいるから仕方ないが歩美の怒りは止まらない。


「だってイライラが止まらないんだもん!!もう本当に辞めたい!あんな三十過ぎの実家暮らしの女だよ?もう四十近いのに実家暮らしでさ、まじニートかよ!家出ろよ!ホラーかよ本当に!」


「ははは、ニートってそれ笑える。合コンにいたら間違いなく地雷だよね。二十代でお金無くて家出ないなら分かるけど三十はね…本人に問題がある可能性を疑う。と言うかそういう人中身が子供だよね、高確率で。私も仕事してて絡むと疲れる」


私も私で思ったことと愚痴を言うと歩美は勢いよく頷いてきた。


「だよね!それで結婚したいとか言ってて本当に怖い。ホラーが増す。何で職場でホラー体験しないといけないの」


「まぁまぁ、落ち着きなよ。そんな人いっぱいいるから」


暴言は止まらなくて私はそんな歩美に笑えて酒が進む。歩美の話は毎回笑えるけど歩美はまだまだ怒っていた。


「無理!子供は可愛いけど大人は許せない!ピアノぶっ壊してやろうかな……。ん?でも、ピアノって壊れるのかな?いや、ばんばん殴ってみたら壊れるんじゃね?ハンマーとかのがいいかな?」


「そっちのがホラーだから止めて。そんなん見たら一生子供がトラウマだよ?私も怖いわ」


歩美はどんどん声が大きくなって身ぶり手ぶりしている。


「じゃあ、どうしたらいいのー!?園長の嫌味のせいでゲームの課金が止まらないし先輩のせいで酒は止まんないし何かやってやりたい!!……は!?じゃあ、ロッカーに砂場の砂詰めたら?これ良くない?開けたら砂場だったみたいな?私のせいってならなくない?」


思い立ったように言った歩美の発言はぶっ飛んでいて本当に笑えたけどとりあえず宥めた。


「朝来てロッカーに砂詰まってたら反応できないわ。ていうか、地味なのか大胆なのかよく分からないから、とりあえず砂から離れて。本当に笑えるから。もう、そういうやつはどこにでもいるから仕方ないでしょ?無心だよ無心!無心になるしかない!」


「……無理だよ由季。あいつと園長だけがウザいからそれでも笑って過ごしてたけどもう無理。ずっと無心でいたけど話さないとならないからイラついてしょうがない。てか、由季変わって?一日で良いから本当に!温泉連れてってあげるから!」


「え、この流れで?」


私のアドバイスも虚しく歩美はまた酒を煽って唐突にお願いしてきた。私はそれに驚きながら苦笑いした。

それからも歩美の愚痴は止まることなく本当によく喋ってよく飲んで凄く笑えて楽しかった。

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