第5話 「分からないのが嫌なだけ」
「……バカ」
オッフ……予想していたとはいえ、予想以上にマイ様の機嫌が悪い。
これはもう昔やってたVRゲームで目撃した無駄に無駄のない動きで行う土下座で謝るしかないのでは……
「何で電話に出なかったの? わたし……何度も掛けたのに」
「夢の中でリザードソルジャーと戦っていました!」
誠心誠意のジャンピング土下座。
こんなのしたの生まれて初めてだね。現実でやったら足に凄まじい痛みが走りそう。痛覚がゼロに等しいゲーム内でもなかなかの衝撃に襲われたわけだから。
「夢で?」
「はい……」
う、嘘は言ってないぞ。
実際に夢の中でリザードソルジャーと戦っていたわけだし。
そのあとイギリス人の幼馴染とハプニングがあったりもしたけど。でもあれはお互いに気にしてないからセーフ。ハプニングとは認められないはずだ。
ついうっかりおしゃべりもしちゃったけど、でも勝手に入って来ていたとはいえ客人なわけだし。全く相手にしないのもダメじゃん。
なので……僕は嘘を言っていないし、悪いことはしてません。
男って浮気とかバレたらこんな風に自分を正当化するのかな……アハハ、笑うに笑えねぇ。
「……昨日夜遅くまでやらせちゃったし、夢に出るくらい必死だったわけだから。今回は許してあげる」
「マイ様、ありがとうございます。この恩は一生……は約束できないので、可能な限り忘れません」
「ん……でも次はオコだから」
今回も十分にオコでしたよ。無表情が崩れるくらいにムスッとしてましたし。
でも私は怒られて喜んだりしないし、人のムスッと顔を見たいと思う性癖でもないので口にはしません。
「ほら、いつまでも頭下げてないで立って。今日もたくさんモンスターを狩る予定なんだから。目標は昨日の倍」
「マイ様、昨日だけでも凄まじい数狩ったと思うんですけど? なのに昨日の倍って……まだ怒ってます?」
「怒ってない。昨日のスタートよりスキル熟練度は上がってるから行けると考えただけ。断じて怒ってない」
怒ってないって二度言うあたり怒ってる気がするんですけど。
でもこれも最強のプレイヤーを目指すため。俺を強くするためにマイさんも色々と考えてくれているわけだからここは我慢するしか。
「考え事はあと。このあと狩りに行く前に武器の耐久力を回復させに行くから。ちょうどフレンドの鍛冶師がログインしたみたいだし。ほら行くよ」
こちらの返事を待たず宿屋の外へ向かうマイさん。
うん、多分まだ怒ってるというか根に持ってますね。口数がいつもより多めなのもそのせいだろうし。
みんな、マイさんにしゃべって欲しかったら機嫌を損ねるようなことをするといいぞ。それに比例して親密度も下がっちゃうけどな。
「ねぇマイさん」
「…………」
「……マイ様?」
「…………」
これも無視ですか。
さっきまでは普通に応答してくれていたのに。いったい何と呼べば反応してくれるんだろう。
「…………マイちゃん?」
「…………」
「………………マイ?」
「ん、何?」
呼び捨てが正解だったようです。
しかし、呼び捨ての時の反応の良さ。マイさんは呼び捨てされるのが好きなんでしょうか。
まあ『さん』だと距離が開いて聞こえるし、『様』呼びが似合う外見ではない。それに『ちゃん』呼びは幼さがあったりもするので、小柄な彼女は嫌がるのかもしれないね。
俺の勝手な予想だから違うかもしれないけど。でも大事なのはそこじゃない。ちゃんと反応を返してくれたこと。そこが最も大事なことだ。
「知り合いの鍛冶師ってどんな奴なんだ?」
「何でそんなこと聞くの?」
「え、それはその……最強の剣士の一角であるマイさんの知り合いだもの。興味持つのはおかしくないのでは?」
正しくはフレンドの数が少ないマイがどんな鍛冶師となら親しくなれたのか。そうのように聞きたかった。
しかし、さすがにこの言い方はマイにケンカを売っているようなものだ。マイを不機嫌にして良いことなんて今の俺にはない。
「……言い淀んでるし、口調変わってる。何か怪しい……でもいい。シュウのこと信じる」
うぐっ……。
こっちにとってはありがたい展開だけど、この子の優しさや純粋さが俺の心にクリティカル。何かを誤魔化す度に俺の心のHPが減って行く気がする。
「これから会いに行く人だけど、シュウもよく知ってる」
「え、俺も知ってる?」
「ん」
俺とマイの共通の知り合いなんて限られてるぞ。
最も可能性が高いのは学校の友人。俺とマイとでは交流のある人物に違いはあるが、共通している人物は存在する。
となると……
頭の中に嫌な想像が広がる中、俺はマイに連れられて裏路地の方へと進んでいく。自然と視界に映るプレイヤーの数は少なくなり、それに比例するように西洋風の街並みが東洋風に変わる。
街の規模が大きいだけに和洋折衷な造りになっているのは知っていた。
しかし、こう一気に変化すると何というか別世界に来た気分になる。景色的には先ほどまでより穏やかなのだが。
「見えてきた」
マイが示した先には瓦造りの家があり、そこに工房らしき小屋が付属していた。
近くには川が流れており、庭には桜が咲いている。
現実の感覚で言えば、満開の桜があるのは不自然にも思うが、ゲーム内のオブジェクトに文句の言うのも筋違いだ。
故にどちらかといえば、ここの主はずいぶんと風流があると思うべきだろう。
あえて掲げられている看板を見ないようにして店内へと入る。
「おぉ……」
思わず感嘆の声がこぼれた。
鍛冶屋なのだから当然と言えば当然なのだが、店内のショーケースや壁には片手剣に両手剣、双剣に刀、槍や斧……と多種多様な武器が並んでいる。
そのどれもが俺では手が届かないレアリティの高い一品。マイの手を借りてなければ、この光景を目に出来たのは当分先だったことだろう。
でも買えないとはいえ、やっぱり色んな武器を見るとテンション上がる。
やはり俺も男の子。まあこの胸の内にある想いがどの程度表情に出ているかは分からないけどね。
「むむ……この直剣、あの作品に出ていたものに似ている。こっちの刀もあまり反りがなくて実に俺好み。この大剣も実用性だけ求めた無骨なデザインでカッコいい……ぐ」
武器を見ていたら誰かに脇腹を突かれました。
いったい誰が、なんて考えるまでもない。店主はまだ顔を見せていないし、俺にちょっかいを出すプレイヤーは今のところひとりしかいない。
「あのマイさん、何で俺は今脇腹を突かれたんでしょうか? というか、何で少し不機嫌そうなの?」
「あまり物欲しそうな顔して欲しくないから……つい買ってあげたくなるし」
うちの師匠、厳しいようで甘い。かなり甘いぞ。
俺がダメ男ならそこに付け込んで色々と買わせようとしただろうね。でも俺はダメ男ではない。欲しいなと思うものはあるけど、ちゃんと我慢します、できます。だってもう高校生だから。
「そんなに欲しそうだったか?」
「だった。シュウはわたしの弟子。だから弟子でいる間は双剣以外認めない。熟練度上げるのは大変だから色々試してたら全然上がらないし」
正論なのだが……俺とマイは武器種も服装も同じ。
お揃いから変えたらダメ。シュウとお揃いがわたしは良い。
そのように解釈してしまう俺は自意識過剰だろうか?
でもマイさんの言動的にそう考えてもおかしくないんだよね。
もしかしてマイさん、俺が失恋したのを知っていて、その状況を利用して俺のこと落とそうとしてる?
もしそうなら俺はマイさんに攻略されちゃうかも!?
だってマイさん、口出す言葉のほとんどが破壊力抜群なんだもの。
しかもクールな表情で身長150センチ前半、そして胸はDカップくらいという一種の男の理想を体現している。本気を出されたら多くの男はグッとしてしまうのは当然だ。
「マイの言うことは最もだ。正しいと思う……でもさ、こんな格好してたら片手剣で魔法とか斬りたいって気持ちになっちゃうじゃん。剣を2本使うのは本気の時だけって理想を抱いちゃうじゃん。マイはそういうこと思わない?」
「……思う。でもシュウはダメ」
「思うことすらダメなんですか?」
「ダメ。少なくとも双剣スキルがカンストするまではダメ。わたしはたまに片手剣使ったりもしてるけど、シュウは絶対にそういうことしたらダメ」
この黒の女剣士さん、なかなかにひどいこと言ってるぞ。さっきの甘い発言はどこに消えた?
ダメと言われるのは仕方ないとしても、自分はやってます発言はしないで欲しいよね。
そういうこと言われるとお前だけやるとかずるいって思っちゃうし。だって俺も人だから。
だからねマイさん、素直に何でも言わなくてもいいのよ。たまに人のことを傷つけたりしちゃうだろうから。
「いやまあマイから許可が出るまではするつもりないけど……このゲームって魔法とか斬ったりできるの?」
「出来る。武器の上位アーツは属性が付いてたりするから。でもタイミングは凄くシビア。当たり判定もピンポイントだから狙うよりは回避する方が賢明」
そう言えるってことはマイさんは出来るんだね。
「ちなみにマイさんの成功率は?」
「大体9割……ブラッキー先生には程遠い」
いやいや、十分に高いでしょ!?
言っちゃなんだけど、そのブラッキー先生は創作の中の人だよ。命懸けとはいえ数年もずっと仮想世界で戦ってた人だよ。
その人の技を現実で(ここは仮想現実だけど)9割の確率で再現しているあたり、俺から見れば君はもうブラッキー先生です。今度からブラッキー先生って呼ぼうかな。
……というか。
9割の確率で魔法を斬れるマイさんが勝てなかった相手ってどんだけ強いの?
アキラが恋愛だけでなく学力も捨てようとしているのが少し分かった気がする。このゲームで最強になるならそれくらいの覚悟必要ですわ。
でも……僕はそこまでやりたくないな。だって現実あっての仮想現実ですもん。
それに将来アキラが今の目標を叶えて、そのまま廃人プレイヤーとして生活するにしたらさ。それを支えるための経済力が俺には必要になるわけじゃん。
そのためには学力を捨てるわけにはいかないし……でもその前にアキラに振り向いてもらわないといけないし。現実と仮想現実、どちらも捨てるわけにはいかないって厳しくないっすか?
「シュウ、どうかした? 何かくらい顔してる」
「いや……俺の現実と仮想現実には厳しい現実が待ち受けてると思って」
「よく意味が分からない」
「分からなくて大丈夫です」
だって完全に俺だけの問題ですから。
俺を剣士として鍛えてくれてるだけで十分です。マイさんには本当感謝してます。
「……えっと、何故ムスッとされてるんでしょうか?」
「別にムスッとしてない。ただ……分からないのが嫌なだけ。シュウのことは些細なことでもちゃんと分かっていたい。それだけ……でもそれはわたしのわがまま。だからこの話は終わりでいい」
マイの言葉は、青色の刃となって俺の心を16回斬りつけた。
ような感覚に襲われた。実に凄まじい精神ダメージである。マイが狙ってやっているのだとすれば、誰よりも小悪魔だ。小悪魔系素直クールだ。
おーい店主さん、いい加減顔を出してくれませんか。これ以上は僕の心が持ちそうにありませーん!
「いらっしゃいマセ! ようこそバウンディ武具店へ……おや、これはこれはマイさんじゃないデスカ」
……うん、俺もよく知っている人物って発言で薄々予想はしていました。
前言撤回します。店主さん、今すぐ奥に引っ込んでください。別の鍛冶屋に行きますんで。
そう言いたい。凄く言いたい。
だって……ここの店主、金髪のメガネ美人ですよ。店の名前が名前ですよ。俺としてはすぐにでも撤退したくなるじゃないですか。
「それに……」
見ないで、こっちを見ないでください。
ううん、やっぱり見てもいい。だからさっきのこと言うのだけはやめて。絶対マイさんの機嫌が悪くなるから。過去にないくらいムスッとしちゃうだろうから。もしかしたら破門させられちゃうから。
ここまで言えばみんなも分かるよね?
はい、そうです。ここの店主はシャルさんデース。
グレートなお胸を隠そうともせず、肩まで露出させております。着物ってそういうものじゃないと思うの。あなたはどこの花魁ですか?
いや文句を言うなら運営にだな。
何てエロい服用意してんだ。目のやり場に困るだろ。このゲームは容姿や性別を変えられないんだからシャルさんに悪い虫が付いたらどうするの。何かあったら多分俺はシャルさんの両親だけでなく、うちの両親からも何か言われる可能性が高いんだからね。責任取らされることになったら運営さんは責任取れるの?
本当に運営さんよ……良い仕事してる。ありがとう!
「よう、こんなところで会うなんて偶然だな」
今日会うのは偶然ですよ。
そう装って話しかけました。でもシャルさんがどう返してくるか分かりません。
お願いシャルさん、こっちを意図を汲み取ってください! 俺に出来る事なら何でもしますから。するように努力しますから。
だから……お胸タッチの件は秘密にしてぇぇぇぇぇぇぇッ!
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