第11話 「今日はこの家に泊まりマスシ」
とある週末。
俺は学校から戻ると、スキル熟練度に補正を掛ける指輪を手に入れてから日課になりつつあるモンスター狩りに赴いた。
およそ2時間ほど狩りを行った後、街に戻ってログアウト。
ログアウトした理由は休憩なのももちろんだが、最大の理由は別にある。
それは今日から両親が共に出張で家を空けるため、食事の準備や最低限の掃除を俺がしなければならないからだ。
こういう日は昔からたまにある。
小学生の頃はシャルの家に預けられたりしていたが、中学に上がってからは普通に留守番を任され始めた。俺ひとりでも大丈夫だと信頼されているわけだ。
故にその信頼を裏切ってはならない。裏切ってしまえば自由気ままに過ごせる時間が制限されてしまうかもしれないのだから。
だからこそ、やりたいことを好きなだけやるためにやらなければならないことはきちんとやっておかなければ。
「……ん?」
自室から出てリビングに向かうと、食欲をそそる匂いが鼻孔を刺激してきた。
俺の記憶が正しければ母さんは作り置きはしていなかったはず。またICOに潜る前に戸締りをして、自室以外の電気は消していたはずだ。
なのにリビングの電気が点いていて、微かに調理をしているような物音が聞こえてくる。どう考えても家族以外の人間が侵入しているとしか思えない。
まあ……何となく予想は付いているが。
ある意味では不法侵入とも言えそうではあるが、うちの母親が事前に頼んでいた可能性もある。ここはまず静かにリビングに入り、侵入者の顔を確認しよう。
「ふ~ふ~ん、ふふふ~ふん、ふ~ふふふふ~ん♪」
陽気に鼻歌を歌いながらキッチンに立っていたのは、メガネを掛けた長い金髪の女性。うちに侵入できることから説明する必要もないだろう。我が幼馴染であるシャルロットさんだ。
今日のシャルさんは、少し涼しくなってきたこともあってかノースリーブではなく普通のTシャツだ。でもシャツに印刷されているキャラデザが変形してしまっている。さすがはGカップという圧倒的戦力の保持者だと言えよう。
ちなみに下は相変わらずホットパンツです。ぴったりとしていていますので、シャルさんのお尻のエロさが今日も際立っていますね。適度な弾力と柔らかさが見るだけで分かるだけに、触ったらさぞ気持ちが良いんでしょう。
だが今日はそれだけではない。今日のシャルさんは髪をひとつ結びにしている。うなじあたりでシュシュでまとめているだけだが、何か良いよね。俗におばさん結びとか言われたりするそうだけど、俺は結構好きだよ。
「ふ~ふふ、ふ~ふ~ふふふ……おや? 誰かと思えばシュウじゃないデスカ」
「いや、それはこっちのセリフだから」
「なっ……今のがシュウのセリフ? でもシュウがワタシに向かって今のセリフを言ったとなると、それはつまりワタシがシュウということになるわけで。いったいいつからワタシは自分のことをシャルだと思っていたのか……くっ、分からん」
「分からんのはお前の頭の中だ」
でも訳の分からんことを身振り手振り付きで言いながらも、調理をテキパキと進めるところはさすがだよね。そこだけは素直に尊敬する。
「それで不法侵入者のシャルさん、あなたはここで何をしてるんですか?」
「そんなの幼馴染は負けヒロインというジンクスを覆すためにシュウにワタシを襲ってもらおうと食べるものに媚薬を仕込んでいるだけデス」
「よくもまあそんなにすらすらと適当なこと言えるな。それが本当なら不法侵入と合わせて警察に連絡ものですが……どうする?」
「シュウのママさんに頼まれてシュウのご飯作りに来ました」
ですよね。
まったく、最初からそう言えばいいのに。何で一度はふざけようとするのかね。
「ちなみにデザートには『シャルさんの生クリーム和え』を考えてマス」
「デザートの紹介の前に普通は主菜とかでしょ。そもそも自分をデザートにするんじゃありません」
シャルさんの生クリーム和えってさ、つまりシャルさんのお胸とかを生クリームで隠してるってことでしょ?
いったいどこのエロ漫画ですか。女体盛りとか童貞には刺激が強すぎます。まずは普通の経験からさせてくれませんかね。
なんて言ったらシャルさんにさせてくれって言うようなもの。なのでこの気持ちはそっと胸の内に仕舞っておきます。
「なるほど……つまりシュウにとって女の子は主菜なんデスネ」
「何故そうなる……肯定したら『シャルさんの裸エプロン ~あーん、で食べさせた最後にはワタシも食べさせてあげる~』みたいな料理でも出てくるのか?」
別にこれは俺の願望とかじゃないから。シャルさんがエプロンを着けずに料理してるのが残念だとか思ってないからね。
ただ……俺も男だ。
だから裸エプロンという概念に興味はある。その概念を具現化してくれる相手がたとえ幼馴染であったとしても、おそらく素直に受け入れるだろう。だって裸エプロンって男のロマンというか夢のひとつじゃん。
「出てきませんよ。どうせ食べられるなら途中で『あーん』とかせず、即行で食べれたいですし。イチャコラするのは既成事実を作ってから。そうじゃないと安心できません」
「そんなクレバーな発言できるならもっと普通の会話してくれても良くない?」
「普通の会話だけするワタシとか需要ないじゃないデスカ」
「普通じゃない会話をするお前に需要があると思っているのか?」
「あると思いマス! 少なくともシュウには」
その言い方だと俺は変態を求めてる変態になっちゃうんですが。
バカなことやっても幼馴染だから大抵のことは流してやれるけどさ。俺としては普通に会話出来た方が楽で良いんですが。
シャルがちょっと抜けててもいいから一緒に居てのんびりできる系の幼馴染だったら良かったのに。だってシャルの属性、幼馴染キャラというよりトラブルメーカーに近いもの。
あーあ、どこかにそんな幼馴染いないかなぁ……まあ幼馴染が自然発生したら怖いんだけど。
「何を根拠にそう言えるんですかね?」
「だってシュウ、前に今のワタシで良いって言ってくれたじゃないデスカ」
「……それって否定しないってだけで好きだとは言ってなくね? 今のお前を求めてるって意味じゃなくね?」
「そろそろ調理も終わりマス。シュウは手を洗って座って待っててください」
露骨に話を逸らされました。
自分が不利になる話は聞かないってことですか。続いても不毛な争いに発展するというか、結局俺が折れる流れになりそうなだけだから別に良いんですけど。
その代わり……不味いもの食わせたら承知しないからな!
真正面からグレートなお胸をガン見してやる。
そんで胸の次はお尻、そのあとは太ももだ。覚悟しておけよシャルロット・バウンディ……と思っていたわけですが
「……美味い」
それ以外の言葉を言えなかった。
テーブルに並んでいるものは肉じゃが、ホウレンソウの胡麻和え、わかめ多めの豆腐の味噌汁。和を中心とした白飯が進む内容となっている。
シャルの料理の腕が良いことは知っていた。中学の頃なんて調理実習の班を決める時に取り合いになったことだってあるしな。
だがしかし……何故ここまで俺好みの味になっているんだ。こんなものを出されたら文句なんて言えるはずがない。
「なあシャル」
「何デス? 味付け合わなかったデスカ?」
「いや合ってる。というか……合い過ぎてる。ぶっちゃけ母さんのものに等しい」
「それは良かったデス」
にこりと微笑むシャルさん。
普通の人は可愛い笑顔だなって思うんだろうけど……俺の感性がひん曲がってるのかな? 何か裏があるようにしか思えない。
「いや~シュウのママさんの味に辿り着くのは苦労しましたよ。和食の多くはシュウのママさんから習ったとはいえ、家で作る時はパパ達に合った味付けにしちゃいますから。デスガ、最近本格的にママさんに弟子入りしたことでついに到達出来ました!」
「え……母さんに弟子入りしてたの?」
うちの母さん、キャリアウーマンなこと除けばただの主婦なんだけど。主婦に弟子入りって言葉使うのおかしくないかな。
「はい、してましたよ。最近のシュウは他の女の子ばかりに構ってワタシのこと相手にしてくれません。だからまたシュウをワタシに振り向かせるためにシュウの胃袋を掴みたいんデス! って頼んだから快く引き受けてもらえました」
そう言えばそうでしょうね。あの人、俺の恋愛というか女性関係で楽しんでる気もするから。
ただ何点か言わせてもらっていいかな。
まず他の女の子ばかりに構ってるとか言ってますけど、最近のあなたは新しい武器作りに熱中してたじゃないですか。
週に一度は景虎さんの家に行くようにしてるから一緒に遊び機会は減ってるかもしれないけど。でも景虎さんと引き合わせたのうちのママさんだから。俺から交流の幅を広げたわけじゃないよ。
それと何よりこれが重要なんだけどさ。今のシャルさんの言い分だと、まるで俺はシャルさんに気が合ったみたいに聞こえるんだけど。
幼馴染だから仲が良いのは認めるけどさ、俺がいつあなたに振り向いてました? 俺の記憶が正しければ、俺とあなたの間にそういうのなかったよね。傷心中に間違いが起きそうになったことはあるけど、だからって俺達の関係変わらなかったよね。
「ねぇシャルさん、シャルさんは何でそういうことやれちゃうの?」
「そんなの幼馴染という概念の救済のために決まってるじゃないデスカ」
「なるほど……つまりシャルさんが俺に色々してくれるのは俺が幼馴染だからってことですね」
別に怒ってませんよ。むしろ感謝してます。
だって幼馴染ってだけで美味い料理を作ってくれるわけだから。でも日頃俺に振りかかるシャルさんの火の粉を考えると微妙な気もするけど。
「それは否定できませんね。デスガ、これだけは言わせてください。ワタシはシュウのことを愛してマス。だから……今度鉱石集め手伝ってくれません? ひとりで持ち替えれる量だとすぐなくなっちゃうんで」
「そうか……俺もお前のこと愛してるよ。だからひとりで頑張ってくれ。俺には俺のやるべきことがあるから」
「愛してるなら手伝ってくださいよ!」
「愛してるから手伝わないんだ」
お前を甘やかすとダメな気がするし。
前に雨宮さんも言っていたしね。時には厳しくするのも優しさだって。シャルを今以上のダメ人間にしないためにもここは心を鬼にしましょう。
別に相手にするのが面倒臭くなったとかじゃないからね。さっさとスキル上げ終わらせて上位スキル取りたいわけじゃないんだからね。
「そんなわけなんで……ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お粗末さまでした。片づけはワタシがやっとくんで、シュウはお風呂に入ってください。ワタシはそのあと入るんで」
「そいつはどうも……ん? 今俺のあとに入るとか言ったか?」
「言いましたヨ」
……何故に?
「別にうちで入るなとは言わないが……風呂くらい自分の家で入った方が良くないか? その方がそのあと色々と都合が良いわけだし」
「そのへんは大丈夫デス。必要なものは全部こっちに持ってきてるんで。そもそも今日はこの家に泊まりマスシ」
あ、なるほど。それなら別にいっか……ってならないよ!?
ねぇシャルさん、何であなたは笑顔で親指立ててるの? 確かにお互いの家に泊まったりすることはこれまでにもありましたよ。何たって俺達は家族ぐるみの付き合いしてますし、一緒に旅行に行ったこともありますからね。
でもさ、俺達もう高校生だよ。
親が家に居る日ならともかく、不在の時にお泊りするのは良くないと思うんだ。間違いを起こすつもりはないけど、万が一ってこともあるわけだし。
「あ、もしかして一緒に入りたいんデスカ? さすがはシュウ、クールに振る舞っててもエロ魔人デス。そこまで言うなら仕方ありません。一緒に入ってあげるんで少し待っててください」
「いやいや、勝手に話を進めないで。エロ魔人に関してはまあ最近の自分を振り返ると甘んじて受け入れるけど、一緒に入りたいとは言ってないから」
「まあまあ良いじゃないデスカ。昔一緒に入った仲ですし、恥ずかしがらなくて大丈夫デス。ワタシもシュウもそれなりに立派に育ってマス」
「最後のは余計だ。お前は下ネタを絡めんとしゃべれんのか。それ以上にそういうのは普通一回り上くらいのお姉さんが言うべきセリフだから。高校生が高校生に言うセリフじゃありません」
せめて大学生になってから言って欲しいよね。
まあ大学生になったからってシャルに年下扱いされて童貞卒業みたいな展開になるのは嫌だけど。童貞卒業するなら対等な感じで身体を重ねたいし。リードくらいはしてもらってもいいけどね。初めてだと緊張もしちゃうから。
「シャル、俺は今から風呂に入るがノリと勢いに任せて入ってきたりするなよ」
「分かりました、任せてください!」
「いや絶対だぞってフリじゃないから。至極真面目に言ってるから。もっと自分を大切にしなさい」
「じゃあ水着を」
「それでもダメです」
あんな薄布じゃ大した防御力ないから。
むしろ隠してる分だけ想像力による補正で興奮しちゃうかもしれない。
「むぅ……そんなんだからシュウはいつまで経っても童貞なんデス」
「童貞にも意地があるんだよ。とにかく俺が上がるまで風呂場には近づくな。もし風呂場に突撃してきたら俺はお前の幼馴染をやめる」
「そこまで言いマスカ!? ワタシの幼馴染やめたらワタシのオパーイとか触れなくなるんデスヨ。それでもシュウは良いんデスカ」
「……覚悟の上だ」
間があったぞ、とか言わないでね。
ただ魔が差しちゃっただけだから。シャルさんのオパーイについて考えちゃっただけだから。男として当然の思考をしただけです。だってシャルさんGカップなんだもの!
「そこまで言われたらさすがのワタシも引き下がる他にありません。シュウの発言はワタシのことを考えてのものなわけですし。さすがはシュウ、ワタシのこと愛してマスネ」
「新婚でもないのにそういう纏め方するのやめて」
「新婚プレイをされたくなかったら今すぐ風呂場にGOデス!」
別に新婚プレイをしたくないわけでもないんだが……。
でも幼馴染だから色々と知ってるわけじゃん。大切にしたいとか幸せになって欲しいって思うわけじゃん。だからその場の欲望に負けるわけにはいかんのです。
くっ……シャルの中身が二次元色じゃなくてただのクズだったらこんな苦労もしないのに。
「あ、お風呂入って気が緩んだからってすぐに寝ちゃダメデスヨ。ワタシもお風呂入って、その他もろもろ終わらせたらシュウの部屋に行くんで。まあ仮に寝てても起こしますけど……ぬふふ」
気持ち悪い笑いやめろ。お前、俺が寝てたら起こす前に何かするつもりだろ。俺のナニに何かするつもりだろ!
「マジで言ってる? 俺達もう高校生ですよ?」
「何か問題でも?」
問題あるでしょ。
ただでさえ親のいない家に若い男女が寝泊まりするっていうのに男の部屋に女の子が来るとかもう色々とアウト。普通なら間違いしか起きない。この話を聞いた人は何かがあったとしか思わないんだから。
かといって口で言ってすんなりと意見を変える奴でもないし。俺の精神力で乗り越えるしかないんだろうなぁ。
まあそれ以上に最優先かつ最重要なのは、風呂上りに寝落ちしないことだ。寝落ちしたら金髪の悪魔に何をされるか分からん。
「はいはい、分かりました。分かりましたよ。気長に待ってるんでお風呂にその他もろもろ慌てずのんびりどうぞ」
「ではお言葉に甘えることにしましょう。髪が長いと洗うのも乾かすのも大変なんで。あ、でも微かに風呂上り感は出すつもりなんで安心してください」
「何の安心だ。そういうサービス要らないからちゃんと乾かしてから来い。風邪でも引かれたら面倒だ。じゃあまたあとでな」
「はい、またあとで」
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