第10話 「そして突貫ッ!」
俺とシリュウは、水龍と戦うべく巨木のある湖へと向かった。
そこで待つ巫女に話しかけるとクエストが進行し、巨木の幹に渦巻く光が出現。光の中に飛び込むと一瞬にして景色が代わり、目の前に石材の門が現れた。門の周囲には木の根が茂っている。もしかすると巨木の地下なのかもしれない。
門には荒れ狂う水龍と剣を掲げる二人の勇者の姿が描かれており、この先がクエストの最終決戦の場所だと示している。
「行こうか」
「ああ」
アイテムウィンドウから3つのオーブを取り出して門へと歩み寄る。
門にはオーブを嵌め込めそうな3つのくぼみにあり、そこにオーブを嵌め込みと地響きが鳴り始めた。同時に門が少しずつ開いていく。
門の先にも木の根が茂っており、光が射し込んでいないこともあって視界の明瞭さは最低限度。そのうえ湿気が多く、じめじめとした空気が漂っている。微かに臭うあたり、水源が穢されているという演出なのかもしれない。
自然のトンネルを進んで行くと、先の方に微かな光が見えてきた。
空はどんよりと曇っており射し込む日光は微々たるもの。
視線を下ろせば年季の入った橋とひび割れの目立つ闘技場がある。それが浮かぶ湖の色は紫色の変色しており、湖の中には魚は一切存在せず、周囲の生えている草木も枯れている。
この空間には、生命の息吹が存在していない。まるで世界から切り取られ、隔離された死の具現化だ。
「……ひどいね」
「そうだな」
ここは仮想空間。人の手によって作り出された現実には存在しない世界であるのは間違いない。
ただ、この景色が開発スタッフの想像で作り出されただけならいいが、現実に似た景色があるのだとすれば思うところはある。
そういう意味では、運営は遊びを通して人々に地球の危機感を煽っているのかもしれない。まあこれは俺の考え過ぎである可能性が高いが。
水龍は俺達が闘技場に到達しないと出現しない。
そう意識を切り替え、闘技場へ続く橋を渡り始める。
1歩踏みしめる度に軋む音が響き、闘技場に近づくにつれ水深は深かまるばかり。橋を踏み抜いたらと思うと恐怖心が芽生えてくる。
別に泳げないわけではないが、着衣かつ帯剣した状態での経験はない。というか、そんな経験がある人間が居るならその人物は普通の人間ではないだろう。
「さて……」
どうにか闘技場に辿り着いたわけだが、水龍はまだ姿を現さない。
ただ、ここまで来て更なる試練を課されることはないはず。プレイヤーの到着から出現までにタイムラグがあるだけだろう。
その時間を有効活用すべく周囲の観察を始める。
闘技場の広さはざっと25×25メートルほど。水龍の大きさは分からないが、このクエストの対象プレイヤー層を考えると、闘技場全体を覆い尽くすような鬼畜仕様ではないはず。少なくとも俺達が動き回れる範囲は確保されているはずだ。
とはいえ、闘技場にはひび割れやくぼみが無数にある。
お世辞にも足場が良いとは言えない。くぼみに足を取られでもすれば、回避できる攻撃も回避できないかもしれない。そうなれば一気に形勢が傾く可能性がある。足元にも注意を払いながら戦闘を行わなければ……
「……シュウくん、水面」
警戒心を含んだ短い声に意識を湖へと向ける。
色合いはともかく穏やかだった水面には波が立ち始めており、その勢いは増して渦のように変わっていく。俺とシリュウはそれぞれ得物を構え、そのときが来るのを待った。
水面が爆ぜ、共に巨大な影が空へと昇る。
その影は、打ち上げられ雨のように降り注ぐ水滴と共に闘技場へと降り立った。
体長は約5メートル。元々美しい水色だった身体は、ところどころ鱗が剥がれており、また紫色に染まっている。
龍だけあってその姿は東洋寄りで翼の類はない。だが口には鋭い牙、手には剣のような爪が生えており、竜種と呼ぶにふさわしい貫禄がある。
「キシュラララァァァァァァアァァッ!」
言葉を話すかもしれないと思っていたが、放たれたのは蛇のような咆哮。穢れた水龍には闘争本能くらいしか残されていないのだろう。
まあそうでないなら戦う以外の選択肢が用意されているはずだしな。
竜種は神秘的な存在なだけに特定の属性に弱いことが多い。水龍という名前から推測するなら雷属性が有効になるはずだ。だが、あの水龍はただの水龍ではない。穢れによって耐性が変わっている可能性は十分にある。
「シュウくん、どう攻める?」
「まずは散開して様子見だ」
「そのあとは?」
「臨機応変に対応」
「……了解」
シリュウさん、俺は質問に答えただけですよ。なのに「雑ぅ……」とでも言いたげな目を向けるのはひどくないですか。
だってそれくらいしか言いようがないし。
俺達が現状分かっていることは水龍のHPバーが3本あること。ボスだからHP減少で行動が変わるだろうなっていう一般的な仕様に基づく予想だけですよ。噛みつきや引っ掻きはありそうだな、くらいまでなら推測できるけどさ。
某狩りゲーだってまずは敵の様子見。明確な隙に攻撃を叩き込み、少しずつ無駄な動きを省いて攻撃頻度を上げていくでしょ。この戦いだってそれと同じです。
攻撃は最大の防御?
確かにそういうときもある。けど、それは装備のよる補正で圧倒的優位に立ってる時だけでしょ? 無闇な突撃は勇気ではなく、無謀と呼ぶんです。ヒット&アウェイって大切ですよ。
「キシュ……」
水龍は上体を逸らしながら口を大きく開けている。視線からして標的にしているのは俺のようです。
まだ何もしてないんだけどなぁ。おっぱいの大きい女の子と一緒だから妬まれたりしたのか。もしそうだとすれば、甘んじて受け入れよう。
ただ、受け入れるとは言ったが直撃をもらうとは言ってない!
双剣を素早く鞘に納めて全力ダッシュ。予備動作からして繰り出してくるのはブレス系か突進系、基本的に直線の攻撃になるはず。なら回り込むように逃げていれば避けやすくなるはずだ。蛇行タックルとかだったら……回避は無理かも。
「キシャッ――ッ!」
水龍が頭を突き出すのと同時にすぼめられた口から大量の水が発射される。
お前はどこの魚竜だ……!
そう内心で悪態を吐きながら前に転がり込むように大きく地面を蹴る。
高水圧のブレスは地面に触れるのと破天荒な入水をした時のように弾け、わずかながら周囲を揺らした。直撃すればHPを大きく削られていただろう。
高威力の水属性のブレスがあると序盤で判明したのは幸いと言える。
だが、射程はおそらく闘技場全体。加えて迫ってくる速度が凄まじいだけにカウンター気味に発射されると避けるのはまず不可能だろう。HP減少で薙ぎ払うパターンも使ってくるかもしれないだけにかなり厄介な代物だ。
「はあッ」
反対側に回り込んでいたシリュウが水龍の胴に突きを入れる。
削れたHPは微々たるもの。ただスキルアーツでもない通常攻撃で数ドット減少したということは、水龍の物理防御力は現状それほど高くないのだろう。
穢れによって攻撃性は増しているが、同時に身体が蝕まれていて防御面は低下している。そんな設定にされているのかもしれない。
「キシュルルッ」
水龍は煩わしそうに噛みつきや引っ掻きを繰り出し、自身に張り付くシリュウを排除しようとする。
だが防戦前提で構えているシリュウは、危なげなく攻撃を回避。回避する度にスリットから覗く太ももがエロ……いや何でもない。
シリュウも俺と同じでタンク向きの仕様ではないはずだが、これまでの試練で壁役を引き受けてくれてこともあってか、水龍の気を十分に引いてくれている。
もしかするとあの3つの試練は、プレイヤー達がそれぞれの戦い方を見い出し、この水龍に挑めるように組まれたものだったのかもしれない。俺の試練の印象の半分近くはシリュウさんの身体に関することに持っていかれているが。
「キシュラッ!」
水龍は牙や爪では埒が明かないと判断したのか身体を捻る。
それで生まれたエネルギーはしなやかな筋肉を伝って全て尾の先端へと集まり、ムチのような一撃がシリュウを襲う。
さすがのシリュウもこの範囲攻撃を回避することは出来ないと踏んだのか、身体を低くし、下から槍で持ち上げるようにして攻撃を逸らそうとする。
「くっ……!」
結果から言えば、尾の軌道は逸れシリュウに直撃はなかった。
だが予想以上に尾の一撃は重かったらしく、シリュウは体勢を崩し片腕を着いてしまう。
それを見た俺は、水龍が追撃のブレスを放とうとする前に動き出し、右手の剣を肩に担ぐように構えながら左の剣を大きく引いて身体を捻った。双剣に緑色の輝きが宿る。
「キシュルア……!」
「させるかッ!」
水龍の首元に狙いを定め地面を踏み抜く。
アーツによって加速を得た身体は、重量を無視するように一直線に突き進んでいく。目標に対して左の剣を斬り開き、右の剣を上段から叩き込む。双剣突進技《ソニックネイル》。
ブレスを放とうと反り返っている時に攻撃をもらったためか、水龍は悲鳴を上げながら大きく崩れる。
が、思いのほか立ち直りが速そうだぞ……
「ありがとうシュウくん、助かったよ」
「礼は要らない。だから今すぐ助けてくれ」
そう真顔で言い放つ俺に返ってきたのは、落胆するような表情と呆れた視線。友人とはいえ異性にそういう反応をされるとちょっぴり傷つく。
でもさ、仕方ないと思うの。
だって俺はアーツをぶっこんだわけですよ。必然的に水龍のヘイトは、通常攻撃しかしてないシリュウさんより俺に集まっちゃいます。そんで着地+アーツによる硬直で回避が遅れ、水龍の叩きつけをもろにもらうところでした。
そして、今は水龍に追いかけられながら追撃を受けています。ギリギリ避けられているけど、すぐにでも助けて欲しいと思う状況なわけです。
「シリュウさん、ヘループ」
「助けを呼ぶならもっと真剣に呼びなよ。余裕があるようにしか見えない」
いやいや、余裕はそれほどありませんよ。
ただやっぱり僕としましてはオコ状態のマイさんとかの方が怖いわけでして。何振り構わず逃げれば、敏捷性で劣っている水龍さんの攻撃は避けられるのです。
でもずっとは無理だよ。アバターにスタミナはないけど、アバターを操る俺にはスタミナがあるから。精神的に疲労したらぐったりしちゃうし、全力疾走したら息切れしちゃいます。このへんは運動神経と同じで現実依存なの。
それに今日だけで試練全部こなしてここに来ちゃってるわけだし。休憩を挟んだとはいえ、さすがに目に見えない疲労は溜まっているわけです。
「というわけで、つべこべ言ってないで助けてください」
「突然のというわけで通じるのは二次元だけだから。はぁ……本当君は締まらないなぁ。そういうところがなければカッコいいのに」
シリュウさんは俺にカッコいい人で居て欲しいんですか?
だけどそれは無理な相談です。俺もカッコいい人で居たいと思いますが、あいにく俺には師匠ほど馬鹿げた強さはありません。ヒロインを助ける主人公を演じることは出来ないんです。
そんな俺を哀れんでか、シリュウさんは即行で助けに入ってくれました。しかも両手槍単発重撃の《灼虎砲》で。これは炎属性の技で、発生した炎が虎のような形を取る中二心がくすぐられるアーツです。
「何でそう重たい技を出すかな。威力や連撃数に応じて硬直時間が長くなるのシリュウさんも知ってるでしょ」
「仕方ないだろ。動きを止めるなら高威力じゃないとダメだし、君よりヘイトを稼ぐにはこうする他にないじゃないか」
「でもそうすると今度はこっちがそれ以上の技を求められるんですが。あなたは俺を殺したいんですか?」
「私は君を守るためにやってるんだから君も私を守れ。というか、助けを求めてきたくせにその態度は何だ? 私だってタンク仕様じゃないんだぞ。お互いタンクじゃないんだから殴ってどうにかするしかないじゃないか」
協力して水龍と戦うのが正しいのだが、俺とシリュウの戦いが勃発してしまう。
ただガチの口論というわけでもなく、空気としては普段のおしゃべりの延長線上のようなもの。そう断言できるのは、悪態こそ吐いているがお互いに口角が上がっているからだ。
また3つの試練を潜り抜けることで無駄な力を抜いて連携できるようになったのか、攻撃寄りの立ち回りであるが的確かつ確実に水龍にダメージを与えていく。
ただこれは、水龍の耐性が低くダメージが通りやすいこともあって実現できたことだ。俺とシリュウの装備やスキル構成が違えば、もっと守備的な立ち回りになっていただろう。
「キシュルルラアアァァァァァ――――ッ!」
HPバーが最後の1本に入ると、水龍は天を突くような咆哮を上げる。
身体中の筋肉が隆起し、鱗がひび割れ、朽ちつつあった箇所には亀裂。自身の滅びすら気にしないその姿は、決死の覚悟を決めた勇者ではない。己が何者であるかすら見失ってしまった悲しく哀れな闘争本能の塊だ。
「シュウくん、ここからが本番のようだね。さっきまでのような立ち回りは危険そうだ」
「それは否定しない。だが攻めなきゃ勝てないし、防戦に回ったところで俺達じゃ削られるだけだ。何より……あの龍をこれ以上見るのは忍びない。なるはやで終わらせよう」
「そういう感受性があるなら普段からもう少し……いや、やめておこう。今はとやかく言わず、君の意思を尊重してあげようじゃないか」
真友を立てる私って実に良い女、とでも言いたげな顔を今のシリュウさんはしていらっしゃる。
まあシリュウさんは本人が認めなくとも俺が良い女だと認めるのだが……ただ自分に酔ってる感が出ちゃってるあたり少し残念でもある。中二病の種火は今も彼女の心に根付いているようだ。
「そいつはどうも。ほんとお前は頼りになる良い相棒だよ」
「こら、そこは相棒じゃなくて真友と呼ぶところだぞ」
その手の返しが来るとは思っていたが……何でちょっといじけそうな顔なんだろう。上がってた気分に水を差されたからかな?
もしそうなら我が真友って面倒臭いよね。テンションが上がっても下がっても面倒とか本当マジ面倒臭い。
「はいはい」
「人の話は真面目に聞け!」
「今はシリュウさんよりも水龍が優先なんで」
「あぁそうだね、そうだとも。確かにそのとおりだよ。だから即行であの水蛇片付けて君に私の話を聞かせてやる。ほら、さっさと構えて……そして突貫ッ!」
妙なスイッチが入ってしまったシリュウさんがほぼ真正面から水龍の元へ。そのままにするわけにもいかないため、俺も必然的に突撃することに。
その後。
横薙ぎのブレスが同時に直撃して壊滅しかかったり。
蛇行タックルに苦戦し、某魚竜みたいな異次元アタックやめろ! と運営に文句を言ったり。
色々あったわけですが、シリュウさんの獅子奮迅の活躍もあって無事に水龍を討伐できました。
討伐と同時に空が晴れ、湖の色が清らかなものに戻って少し感動しましたよ。
最後にひとつ。
手に入れた指輪をどの指にはめるかって話をした時、顔を真っ赤にした真友が可愛かったです。
別に俺がはめてあげるって言ったわけでもないのに何を考えたんだろうね。
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