第9話 「というわけで出発しようか」

 俺達は、無事に体の試練も乗り越えた。

 内容は簡潔に言えば百人組手。次々と現れるモンスターを屠るというもの。百人組手と言ったが、実際に倒したモンスターは30体ほどだろう。

 最初は1体ずつだったが、敵を倒すにつれ同時に出現する数が増え、終盤は5体に囲まれる状態の戦闘だった。

 俺やシリュウは戦闘慣れしているし、先に技の試練を乗り越えていたこともあり動じなかった。が、戦闘が不得意なプレイヤーには体の試練が最も難しい内容かもしれない。

 現在はペンドラゴに戻り、適当な喫茶店に入って休憩している。

 ペンドラゴに戻った本命は、消耗した武器の耐久値の回復とアイテムの補充。ただ水龍との戦いは試練よりも厳しいものになると予想される。決戦で集中力を切らさないためにも一度リフレッシュしようということになり喫茶店に入ったわけだ。


「…………」


 別に気まずくて沈黙しているわけではないぞ。

 俺はココアを飲んでいるだけだし、目の前に居るシリュウさんはパフェを食べているだけだ。

 いや、少しだけ補足しよう。

 俺はゆっくりとココアを飲んでいるわけだが、それ以上にパフェを食べるシリュウさんを見ている時間の方が長い。

 何故なら……パフェを食べる度に幸せそうな顔をする真友可愛いんだもの。

 しかもパフェがなかなかに大きいわけだが、その容器越しに見える真友のバニラアイスが非常に堪らん。

 ちなみにバニラアイスというのはあれだぞ。パフェとかの乗るそれがあれの形に似てるから比喩として使っただけで、分からない人のために直接的に言うとおっぱいです。シリュウさんのおっぱいを正面から見れるとかマジ眼福。


「なあシュウくん」

「何かなシリュウくん」

「君はさっきからどこを見ている?」

「パフェの下層部分ですが? ここのパフェにはプリンが埋まってるんだな、と感心しているだけです」


 別に嘘は言ってない。

 本当はパフェ越しに別のプリンを見てたりもするが、パフェも視界にある以上パフェだって見ている。

 まあゲーム内のものなので所詮は現実のパフェを再現したデータの塊でしかないのだが。でも人類は凄いよね。ゲームの中で現実の味を再現できるようになったんだから。

 しかもICOを始めとする最新ゲームでは、料理などのスキル熟練度が上がると細かい味付けもできるとか。料理の工程は簡略化されているし、使える素材も現実とは異なるからゲーム内で料理ばかりしても女子力は上がらないけど。


「君がそういう口調の時は大体ふざけているようにしか思えない。だから別のものを見ている気がしてならないけど……まあいい。私が意識すればするほど、君には都合が良いだけだろうから君の言い分を信じてあげよう」


 それは信じてはいません。妥協しているまたは割り切ってるだけです。俺からすればありがたい話ですがね。

 いや~前もってあなたの胸を見ます、絶対見ちゃいますって言っておくのは大切だね。気心しれた相手じゃなかったら平手打ちや鉄拳、社会的地位の衰退とか起きるだろうけど。


「シリュウ、お前って本当良い女だよな」

「ありがとう。でもこの流れだと都合が良い女にも聞こえるね」

「人聞きの悪い解釈をしないでくれ。大体これまでのことを振り返ってみろ。割かし俺はお前からの提案を突っぱねたりもした。都合の良い時だけお前に頼る人間だと思うか?」

「そこは一応頼って欲しいというか、話くらいはして欲しいところなんだけど。何もできなくてもひとりで抱え込んで欲しくはないし。そもそも、その手の部分では悪いイメージは持っていないよ。君が今の関係を都合良く利用するのは基本的にエロいことだけだからね」


 冷たーい。シリュウさんの目が普段の3割増しくらいで冷たいぞ。

 パフェに入ってるバニラアイスを食べて心まで冷えちゃったのかな。僕は冷たい目線を向けられてもゾクゾクしたりしないので、今すぐやめてもらいたいです。


「確かに俺はエロいことを考える。だがしかし、それはシリュウさんにも責任があるのでは?」


 俺は男ですよ、人並みに性欲のある男子高校生ですよ。露出のある恰好されたら色々考えるに決まってるじゃん。


「そのへんも考慮して寛大な対応をしていると思うけど?」

「それに関しては感謝してます。でもそう思ってるのならもう少しスルーするというか、俺の視線を無視してくれてもいいのでは?」

「君のために言ってあげてるんだよ。私はまあ慣れてきたというか、見られても仕方がないと割り切ってはいるけど。でも世の中の女性の多くはそうじゃない。君は無類の巨乳好きみたいだし、どこかしらでトラブルを起こさないためにも度が過ぎてる時は言うべきだ」


 俺のことをそこまで考えて……。

 でも俺の身近な女性ってマイさんやシャルさんなんですよね。俺よりも自分から脱ごうとしたりするあの人達の方がトラブルを起こしやすいんじゃないかな。話が大いに逸れそうなので口にはしないでおきますけど。


「シリュウ……何でそんなに人のこと考えられる優しさを持っているのに友達少ないの?」

「何で今の流れでそんな言葉が出るんだ? というか、勝手に友達が少ないって決めつけないでくれるかな。私にだって友達は居るから」

「俺やシャル以外に?」

「君やシャルさん以外に居るよ」


 な……なんだと!?

 我が真友はぼっちキャラではなかったのか。ぼっちキャラだから常連客の俺に真友になろうとか訳の分からんことを言ってきたのではなかったのか。

 友達が居るのなら俺と友達になる必要なくね?

 友達を増やすにしても異性よりも先に同性では?

 もしかして……派閥争いとかしがちな女子グループに嫌気が差して異性の友達を求めていたとか?

 う~ん……分からん。いっちょん分からん。だって俺はシリュウさん本人ではないし。


「同じ学校ですか?」

「うん」

「同じクラスですか?」

「そうだよ」

「どういう子なの? 性格は良いの? 見た目はどうなの? 悪い噂とかない?」

「何でそんなに食いつきが良いんだ! そんなに私に友達が居るのがおかしいのか? 君は私のお母さんか!」


 だってシリュウさん良いだし


「たまに面倒だからその人苦労してるんじゃないかって思ったら気になるし」

「おい、本音が漏れてるぞ! 誰が面倒臭い女だ。愛が重いとか言いたいのか。私の愛は重いんじゃなくて深いだけだ。よく知りもしないで重いとか言うな!」

「何か……ごめん。冗談のつもりで言ったけど、本当ごめん。うん、そうだよな……俺の知らないシリュウも居るよな。生きてたら嫌なことだってあるよな」

「本気で反省と同情しないでくれないかな! 何かこう……いたたまれない気持ちになっちゃうだろ。私だって冗談だよ。別に愛が重いとか言われたことないから」


 え……


「ということは……俺達以外に友達が居るって話も」

「そこは本当だよ! 君、分かって言ってるんだろ。そういうの君の悪いところだぞ。面倒臭いのはどっちだ。私からすれば私より君の方が面倒臭い」

「じゃあシャルさんと比べたら?」

「…………」


 無言は肯定に等しいものですよ。

 まあシャルさんはあなたにとってある意味天敵だろうから仕方ないけど。

 でもここで素直に「あの女ほど面倒な奴はいない!」とか口にしないあたり、シリュウさんは優しいよね。


「……話を戻そう。シリュウ、君の友達とはどういう子なんだい?」

「話を進めてくれるのはありがたいけど、普通ここは話を変えるところじゃないのかな? 水龍戦の話をするとか」

「それはそうなんですが……やっぱり気になるじゃないですか」


 べ、別に真友が俺以外の友達と遊んでるからヤキモチを妬いてるとかじゃないんだからね!

 ……うん、ネタだとしても俺がこういう言い回しするのはダメだな。自分に対して萌えたりしないし。この言い回しが許されるのはおそらく男では男の娘だけだろう。男の娘ではない俺には使いこなせん。


「私からすれば君の交友関係の方が気になるよ。少し前にカゲトラさんとどうこうって言ってたし」


 それほど特別な交友関係はありませんがね。

 マイさんとは昔からの知り合いでたまたまこのゲームで最強格だっただけだし。カゲトラさんとの一件も偶然みたいなものだし。

 だからシリュウさんが知らない交友関係なんて……あとひとつくらいしかありませんよ。

 でも別に特別なものでもなければ、やましいものでもないです。

 だってそいつ、俺の一回り上くらいの親戚で男だもの。俺とシャルにとってはまあ兄貴分みたいな存在かな。

 ちょっと補足すると身長2メートルくらいのゴリマッチョでちっぱい好き。そんで好みのタイプは合法ロリという性癖を持ってます。

 故に……巨乳好きな俺とは噛み合わないこともあって、昔から胸の大きさについて激論を交わしたものさ。おかげで一回り上なのにタメ口で話せる仲だよ。はたから見た分には俺も含め変態扱いされるだろうがな。


「……確かに俺にはまだお前に言っていないことがある。だがなシリュウ、世の中には知らなくても良いこともあるんだ」

「そういう言い方されるとかえって気になるんだけど」

「じゃあ聞く? そいつ、なかなかに濃ゆい奴だけど」

「いや遠慮しておくよ。なんだかんだで遠くない未来に出会いそうな気もするけど、今はまだ平穏な時間を過ごしていたいし」


 うんうん、賢明な判断だと思います。

 忘れそうになるけどシリュウさん腐ってる一面があるから、あいつのこと知られると『俺×あいつ』みたいなこと考えかねないし。

 いや考えるのは自由か。シャルみたいに同人に書き起こそうとしたらギルティだけど。やるにしても知らないところでやって欲しいよね。『シャル×真友』みたいなものを添えられたら迷っちゃいそうだけど。


「話が逸れてしまったが、シリュウさんはその友達のことを俺に話してくれるのか? 話してくれないとシリュウちゃんって呼んじゃうぞ」

「脅しとも言えない呼び方だけど、君にちゃん付けされると何か不愉快だ」


 それはちょっとひどくない?

 異性をちゃん付けする男子高校生なんてそのへんにたくさん居るじゃん。

 なのに俺はちゃん付けしたら不愉快とか……真面目にちゃん付けで呼ぶってなると俺だって恥ずかしいんだぞ。親しい相手は呼び捨てだけど、そうでもない異性にはさん付けだし。


「それに……そもそも共通の知り合いでもない相手を本人の了承なしに話すのは気が引ける」

「そう言われてしまっては何も言えないな」

「物分かりが良くて助かるね。同時にもっと前にこの展開も予想できてただろ、とも思ったりするけど」

「少しでも真友との会話を長引かせようと努力した結果です」

「長引かせるって言い方されると嫌々話してたみたいに聞こえるんですがね……」


 あれれ~、またまた視線が冷たいぞ。

 今シリュウさんが口にしているのは、パフェのアイスエリアではなくプリンエリア。なのにシリュウさんの目はちょっと冷たい。上に乗っていたアイスのせいでプリンも冷えていたのだろうか。

 嘘、冗談です。

 俺の適当な言い訳に呆れてるだけですね。自業自得だってことは俺も分かっておりますよ。

 でもさ……この街ってデートスポットだったりするわけ。

 周りに居るプレイヤーの多くはカップルらしい組み合わせなんです。

 そんな空間にさ、気心が知れてるとはいえ異性と一緒に居たら少しドギマギしちゃうじゃん。テンパらないように俺も頑張ってるんです。それだけは理解して欲しい。


「言葉の綾だ。悲観的に取らないでくれ。俺はお前との会話を楽しんでる。たまに面倒臭いと思ったりもするが」

「そうかそうか。なら良いんだ。ただ今後のためにひとつ忠告しておこう。正直に答えるのは良いことだけど、場合によっては馬鹿を見る」


 普通の人間は本音以外に建前が必要になりますからね。

 特に仕事をしている人は学生である俺達よりもそのへんが大変なんでしょう。まあ学生は学生で色々あったりもするんだけど。スクールカースト1位を巡る派閥争いとか巻き込まれたくないよね。


「それと……いいかいシュウくん、私だって人間で女だ。たとえ恋愛対象外である真友からの言葉であるとはいえ、面倒臭いとか言われると傷つく」


 俺からしますと、真友とはいえ可愛いと思える要素がある女の子から恋愛対象外と言われると傷つくんですが。魅力がないって言われてるようなものだし。

 実際のところ、俺とあなたは互いに傷つけあったり、面倒臭いと思ったりしながらも一緒に居ることが多いと思います。なんだかんだ楽しんでいるんだと思います。でも口には出せないよね。否定の言葉が来たら泣きたくなるし。


「まあつまり私が何を言いたいのかというと……私にだって我慢の限界はある。我慢した分だけ爆発した時のエネルギーは強くなるだろう。私に背中から刺されたくないならもう少し発言には気を付けることだね」

「善処しよう……ただそうなったら十中八九この関係は終わりを迎えるだろうな。今回のクエスト、ある意味では本当に俺達の絆を問うものになるかもしれない」

「マイさん達に少しでも追いつけるようにやっているクエストなのに話を重くするのはやめてくれないかな。そもそも……それくらいのことで私は君のことを嫌いになったりしない。今の関係は終わったりしないよ……多分」


 照れ隠しなのかもしれないけど、言葉にしちゃったんなら多分とか付けるのやめようよ。

 というか、それくらいのことって言いますけどね。

 ゲームの中とはいえ、敵対しているわけでもない相手から槍で貫かれたら揉めるには十分だと思います。罵倒や平手くらいなら素直に受け入れるけど、過剰なアクションは良くない。絶対に良くない。


「そうだな……どうせ終わるんならシリュウさんのおっぱいを楽しんで終わりたい」

「それは私との関係が終わるどころか君の人生が終わるよ。というか、こんなところでおっぱいとか言わないでくれないかな。私は君の幼馴染と違ってオタクでも羞恥心のあるオタクなんだ」

「おいおい、さらりと俺の幼馴染をバカにしないでくれ」

「本音は?」

「あいつに羞恥心がないのは確かなので庇うに庇えん。ぶっちゃけ二次元的な幼馴染らしさで言えばシリュウさんの方が上なのでは?」

「後半は絶対にシャルさんには言わないでね。何か微妙にライバル視されてる気もするから。2学期からは学校でも絡んでくるようになったし」


 そう言えばシリュウさんとシャルさんって同じクラスだっけ。

 うちのクラスによく来るから気にしてなかったけど、俺の知らないふたりだけの時間もあるということか。

 ……こう考えると何かエロいな。シャルのGとシリュウさんのFがくんずほぐれつとか超絶眼福なんですけど!


「さて、休憩もこのへんにして水龍戦に向かおうか。このままだと君の視線だけで妊娠しかねない」

「俺にそんな能力はありません。仮にその能力があったとしても……妊娠させるならちゃんと営みを行いたい」


 だって俺……童貞だもの。


「こんな人気のある場所でよくそんな言葉を口にできるね。君のその神経の図太さには感心するよ。というわけで出発しようか」


 というわけで、への繋げ方が凄まじく雑だよね。

 まあ十分に休憩は出来たので出発には賛成ですが。このまま居てもダラダラとおしゃべりするだけだろうし。

 そういうわけなので次回の水龍戦でお会いしましょう。



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