第8話 「何で君は私の足を見ているのかな?」
開幕の狼煙となったのは、正面から突っ込んだシリュウの中段突き。
しっかりと体重の乗ったその一撃は、屈強なリザードマンの腹部に命中する。
同時に響き渡ったのは、金属同士が衝突したに近い甲高い音。だがトカゲ戦士は防具を一切纏っていない。普通ならば金属音は発生することはないはずだ。
何故このようなことになったか?
その答えは、シリュウの持つ槍を見れば分かる。
本来モンスターに突きを繰り出した場合、防具による干渉でもない限り、武器の一部は体内に突き刺さるか、背中側まで貫通する。そのとき武器の直径よりもわずかばかり大きなダメージエフェクトが発生し、赤く変色するのが基本的な仕様だ。
しかし、シリュウの槍の先端はトカゲ戦士の腹部に侵入していない。
槍と腹部の接触点をよく観察してみると、虹色めいた光が薄っすらとトカゲ戦士の身体を包み込んでいるのが分かる。
これはおそらく攻撃時以外にダメージを極めて軽減する特殊シールド。この試練専用の防御バフだろう。
「グルラァ……」
シリュウを嘲笑うかのようにトカゲ戦士は低く唸る。
だがシリュウの目的はダメージを与えることではなく、敵の注意を自分に引くこと。元より攻撃時以外はダメージは通らないと踏んでいたのだ。この事態に動じることはない。
その証拠にシリュウは追撃を放つことはせず、軽いステップで後退しトカゲ戦士から距離を取った。
ほぼ同時に敵の背後近くまで回り込んでいた俺は方向転換。トカゲ戦士に向かって走りこんで行く。
「グルルアッ!」
トカゲ戦士は、巨大なトマホークを振り上げながらシリュウに向かって1歩踏み出す。
トマホークがシリュウに近づくにつれ、比例して身体中を覆っている光の膜は消失。それを間近で目撃していたシリュウは、冷静に自分に迫りくる凶器の側面に槍をぶつけて軌道を逸らす。
その結果、トマホークはシリュウの身体に触れることなく地面へ。
直撃こそしなかったものの地面を砕く一撃だけあって衝撃波が発生したらしく、シリュウのHPがわずかだが減少している。
「シュウくんッ!」
「分かってる!」
敵が放ったのはアーツではなく通常攻撃。硬直時間はさほど存在せず、また有効打を与えれば敵の意識は俺へと向くだろう。
それを考えるとここでアーツを仕掛けるのは得策とは言えない。
だが通常攻撃でさえ余波が発生しHPを削られてしまう。それを考えると戦闘を長引かせるのは不利だ。
仮に反撃をもらうことになったとしても、急所にでももらわない限りは一撃死する可能性は低い。
それに一度ダメージを受ければ、ヘイト値はシリュウの方に傾くはずだ。傾かなかったとしても敵が俺に反撃するということは、シリュウが有効打を与えるチャンスにもなりえる。
ならば、ここは最初から全力で攻撃してみるべきだ。
照準を定めるように左手に持つ剣を突き出し、逆に右手に持つ剣は肩の方へと引き絞る。右手に持つ剣からは空色の輝きが迸り
「せあッ……!」
前方へ突き出すのと同時に地面を蹴った俺の身体は、撃ち出された矢のように加速しトカゲ戦士へ突進。刀身から放たれていた輝きは稲妻と化す。膨れ上がった雷撃の一閃は、まるで獅子を彷彿とさせる牙だ。
物理6割、雷属性4割の単発突進技《レーベ・ストライク》。
言ってしまえば、我が師であるマイが愛用する《リーゼ・バウンサー》の下位互換のような技だ。だが今の俺が使える技の中では攻撃力及び突進力に優れている。
雷撃を纏った一撃は、深々とトカゲ戦士の腹部へ突き刺さる。
直後、トカゲ戦士が悲鳴を漏らしHPが目に見えて減少する。
が、こちらの攻撃はまだ終わりを迎えておらず、刀身に纏っていた雷撃は体内を駆け抜けるように前方へと駆け抜けた。
体内を雷撃に焼かれたトカゲ戦士のHPはさらに減少。初撃と合わせて全体の2割ほど削れた。
この結果から考えると、トカゲ戦士の防御力は思っている以上に低めに設定されているのかもしれない。
「……グルルルァ!」
数歩よろけた後、トカゲ戦士は自分を鼓舞するように雄叫びを上げる。
最上段に振り上げられたトマホークからは橙色の閃光。構えとライトエフェクトの色合いからして単発技《ヘビィスイング》と推測できる。
強烈な一撃といった印象のシンプルな技だが、地面が砕けるような衝撃波も発生するため、思いのほか範囲が広い技でもある。
アーツを放った代償として今の俺には硬直時間が発生している。タイミング的に回避できるかはシビアだが……
「そこッ!」
トカゲ戦士よりも早くアーツを発動させていたシリュウの攻撃が始まる。
槍の先端は青色の光で美しい軌跡を描きながら中段、上段、下段と敵を穿つ。氷属性を持つ両手槍の3連撃《三散牙》。
シリュウのアーツは全て命中。槍が貫いた場所には十字架のエフェクトが発生し、それを追いかけるように氷のつららが伸びる。
だがトカゲ戦士のHPは1割も減少していない。
双剣と両手槍では、両手槍の方が一撃の火力には優れている。ただ先ほどの技は物理属性よりも氷属性の方が高く設定させていた気がする。それを踏まえると、敵は氷属性に耐性を持っているかもしれない。
シリュウの一撃によってトカゲ戦士の動きは静止するが、それも一瞬のことで振り上げられていたトマホークは閃光と共に俺に降り注ぐ。
ただ一瞬の静止によって直撃よりも前に硬直が解け、俺はその場から飛び退くことに成功。しかし、衝撃波までは回避できず地面を何度も転がっていく。
勢いが弱まってきたタイミングを見計らって体勢を立て直し、残っている慣性を両手の剣を使って止める。
「……馬鹿げた火力だ」
視界に映るHPの残量は約6割。
俺に防御力がないのは分かっていることではあるが、衝撃波だけでこの減少量は悪態を吐きたくもなる。トマホークの一撃も受けていたならば、ほぼ間違いなく瀕死の状態に陥っていた。
もう少し攻撃力を低く設定してくれても良いだろうに。
トライ&エラーは醍醐味のひとつだとは思うが、アガルガルドに到達するプレイヤーの技量だって千差万別。少人数で辿り着いたプレイヤーならば今の仕様でも対応できるのだろうが、大人数で攻略していたプレイヤー達には難しいのではないか。クエストを受注できる人数も2人のみと決まっているのだから。
「シュウくん、大丈夫かい!」
トカゲ戦士の注意を引きながら声を飛ばしてきた真友に肯定の意思を示す。
素早くポーションを取り出して一気に口の中に流し込む。パーティー攻勢によってはアイテムでの回復が中心になるのだから、もう少しポーションの味も変えて欲しいものだ。正直日に何度も飲みたい味ではない。
HPが回復する間、状況を観察しつつ別の思考を走らせる。
トカゲ戦士に有効打を与えるには攻撃中を狙うしかない。それは間違いないだろう。また水龍の眷属として設定されているのか、氷属性への耐性は高そうだ。水属性も似たようなものか。
とはいえ、物理耐性が低いだけで氷や水を除いた属性耐性は平均。その可能性は捨てきれない。
中級以上の技の多くは属性付き。氷や水を除外するとなると、使える技は限られる。なら物理属性主体の下級技に絞った方が幅広く戦えるわけだが、技に掛かる補正は必然的に下がってしまう。
いったいどちらがダメージを出せるのか。こればかりはもう少し検証してみないことには結論が出せそうにない。
「――せいッ!」
シリュウの槍がトカゲ戦士の顔面を捉える。
だがトカゲ戦士が攻撃中ではなかったため、ダメージはほぼ通らない。
我が真友はそのことを気にした様子はなく、槍を構えたまま軽いステップで距離を取る。元より仕切り直しが目的だったようだ。
「シュウくん、出来れば少しそいつを引きつけて欲しい」
その言葉の真意は、シリュウのHPを見れば分かる。
シリュウの残りHPはおよそ7割。直撃らしい直撃はもらっていないが、注意を引く戦い方をしている以上、攻撃の余波で削られてしまっている。
まだピンチと呼べる状況ではないが、ボスに設定されているモンスターはHPの残量によって行動が変化することもよくある。加えてアーツを受け止めなければならない可能性も今後出てくるかもしれない。
となれば、今のタイミングでコンディションを整えておくのは悪い手ではない。
というか、ここでふざけたら絶対に怒られる。下手をすれば、しばらく口を聞いてくれないかもしれない。それはちょっと寂しい。
「了解。ただ長くは持たないからな」
走り出しながら自身のHPを確認。8割がたまで回復している。
ポーションによる回復は継続されているため、注意を引いてる間に全快するだろう。まあ衝撃波やらで削られる可能性が高いのであまり意味を為さないが。
トカゲ戦士はシリュウに襲い掛かろうとトマホークを構える。
トマホークにライトエフェクトはない。まずは通常攻撃を仕掛けるようだ。
ヘイトを一気に集めるならアーツを撃ち込むべきだ。ただ硬直時間に反撃をもらって危機に陥るとシリュウが回復する時間が取れない。
しかし、双剣の通常攻撃で注意を引けるかも微妙なところ。シリュウも敵の注意が俺に向くまでは迎撃態勢で居るようだし、ここは手堅くやらせてもらおう。
「グルラァ……!」
「お前の相手はこっちだ」
攻撃を仕掛けようとトカゲ戦士の胴に両手の剣を撃ち込む。
通常攻撃だけあって減少したHPは微々たるもの。さすがにこれでは敵の注意を引けないと思い、身体を逆方向に捻りながら再度斬りつけ、その勢いのまま少し距離を取る。
シールド状態に攻撃していたシリュウよりもヘイトを稼げたようで、トカゲ戦士の視線がこちらを向く。
「グルァ……」
……面と向かうとでかいな。
過去にVR経験がなかったり、知り合いに2メートル近い巨漢がいなかったなら臆していたかもしれない。だって俺、ICOでボスらしいモンスターと戦うの今回が初めてだし。
まあそのへんのボスよりも圧倒的な強さを持つ剣士とは戦っていましたがね。
いつもボコボコにされていたわけですが、おかげであの化け物じみた剣士さんと比べたら目の前のトカゲ戦士なんて止まって見えます。
ただ誤解しないで欲しい。
これは比較しての話なので、全ての攻撃をかわせるとは言ってない。断じて言ってない。さっき被弾しちゃったし。
「とはいえ……」
アーツで攻撃しなければ決定的な硬直時間は発生しない。
敏捷性に関してはこちらに分がある。回避に専念すれば難しい話ではないだろう。ただ注意を引くからには多少のちょっかいは必要になる。攻撃と回避のバランス、そこが重要だ。
「グルラアッ!」
唸りを上げて襲い来る凶刃を適切な距離を保って回避していく。
敵の攻撃の中で最も警戒すべきは上段からの叩きつけ。範囲だけで考えれば横薙ぎ系統になるのだが、トマホークが地面に直撃すると衝撃波が発生する。ギリギリで避けた場合、その衝撃波でHPを削られ体勢を崩されかねない。
そこにアーツでも叩き込まれれば、防御力に乏しい俺は瀕死。クリティカルでもしようものなら即死だってありえる。
なんて考えて安全な距離でばかり立ち回っていては興味をなくされかねない。
大振りの横薙ぎが来たところを見計らって体勢を低くして飛び込み、片方の剣で軽く斬りつけて距離を取る。
「グルルルァ……」
自分の周りをチョロチョロされるのに堪忍袋の緒が切れたのか、トカゲ戦士はトマホークを身体を捻りながら後方に大きく構える。
同時にトマホークの刃は黄色く輝き始め、エネルギーを溜めるかのようにその強さを増していく。
構えからして突進系の《ワイルドネイル》だろう。この技は少々厄介だ。
まず突進系であるが故に迫ってくる速度はこれまでの比ではない。また繰り出されるのは横薙ぎであり、猛獣の爪のようなエフェクトも発生する。
それもあってこの技の範囲は扇形で射程も比較的長い。
タイミング的に今から全力で後退しても回避できるかは微妙だ。下手に回避しようとして直撃をもらうくらいならば、剣でガードするなり、アーツで迎え撃った方がまだ賢明かもしれない。
覚悟を決め、しっかりと足を地面に下ろしたその時……
「せああッ!」
我が真友が淡青色の輝きを纏わせながらトカゲ戦士に突進してきた。
それは両手槍の突進技《猪突》。その名のとおり、怒り狂った猪の突進のような単発の重撃である。
重撃を膝裏に受けたトカゲ戦士は、身体を大きくぐらつかせる。ただ完全には体勢を崩していない。このまま持ち直せばアーツを発動させるだろう。
その狙いが俺から変わっていなければ、アーツ発動までに時間が出来ただけに回避できる。だがシリュウに変わってしまえば、硬直時間の課せられた彼女では回避するのは難しい。
となれば、俺が取るべき行動はひとつ。
トカゲ戦士の体勢を完全に崩してアーツをキャンセルさせること。ここは硬直時間度外視、威力と手数重視で攻める。
両手の剣が赤く輝き、地面を蹴り抜く。
「はあぁ……!」
まずは体重を乗せた一撃を繰り出し、身体の奥まで深々と突き刺す。
次に初撃の位置を中心にして素早く上下左右に突き。両手の剣を切り開くように横薙ぎを放ち、続けて最上段からの斬り下ろし。
突きで傷つけた点を結ぶようにして十字架を描く9連撃技《ブラッドクロス》。物理6割、闇3割、炎1割。俺が現在使える技の中では最大級のものになる。
トカゲ戦士のHPは目に見えて減少。トカゲ戦士は片膝を着き、発動しかけていたアーツはキャンセルされた。攻撃中に体勢を崩したからか、特殊シールドが張り直す気配はない。
「シュウくん、一気に攻めるよ!」
硬直時間から解放されたシリュウは、こちらの返事を待たずにトカゲ戦士に向かって跳躍。肩を踏みつけてさらに高く跳ぶ。槍を回しながら逆手に持ち替え、黄色のライトエフェクトと共に落下していく。
両手槍の範囲技のひとつである《雷崩撃》。ヒットすると周囲に稲妻が広がる雷属性の高い攻撃だ。
ここで攻勢に出ることに異論はない。が、ひとつだけ言いたいことがある。
――スレットの入った衣装で高々と跳躍しないでくれないかな!
ギリギリ見えなかったけど、凄くドキっとしたから。思わず思考が止まりそうになったから。男の前でそういうことするのはどうかと思います。何で時々あなたは羞恥心のない行動をするんですか。
いやまあ、本当は文句を言いたいわけでもないんだけどね。こちらとしては眼福だったりするので。
ちなみにこれは余談であり、俺の予想になってしまうのだが。
前にシャルがチャイナドレスのような服装をする際は、下着は履かないまたはTバックにすると言っていた。そうしないと下着のラインが目立ってしまうとか。
それを踏まえて考えると、俺の目にシリュウさんの下着が見えなかったのは、彼女もそれを遵守しているからではないだろうか。
「終わらせる!」
芽生えかけた邪な思考を振り払うように再度《ブラッドクロス》を放つ。
敵が体勢を崩していることもあり、最後の上段斬りは頭部にも命中。シリュウの一撃も頭部に命中していたこともあり、弱点部位だったのかこれまでよりHPは大きく減少した。
減少は勢い良く進み続け、ついにはゼロまで到達。トカゲ戦士は断末魔を上げながら不可思議な硬直を起こし、爆散するようにしてこの世界から姿を消した。
直後、赤色のオーブが現れる。技の試練を乗り越えることに成功したようだ。
「やったねシュウくん。技の試練も無事にクリアだ」
「そうだな……武器も壊れずに済んでよかった」
「気持ちは分かるけど、あまりしみじみと言うのは良くない気が……ところで何で君は私の足を見ているのかな?」
「それは……」
言えない。
さっきパンツが見えそうだったとか、下着履いてないのかなって思った。なんて絶対に言えない。
だって言ったらシリュウさんと言えど、鉄拳が飛んできてもおかしくないし。下手したら責任取って結婚という流れになるかもしれないから。なのでここは
「スレットから覗く脚ってエロいじゃん?」
「いやまあそうかもしれないけど……本人に同意を求めるのは間違ってると思う」
「分かった。なら言い方を変えよう……お前の足はエロい」
「それはどうもありがとう。でもあんまりジロジロと見ないでくれるかな。君がエッチなのは知ってるけど、いくら私でも君のすること全てを許容したりできないから。それとさっさと次の試練に行くよ」
素っ気な~い。
でも今はこの素気なさに感謝しなければ。
残る試練は体の試練のみ。これをクリアすれば水龍との戦いが……何か体の試練って響きよろしくないよね? ここに至るまでにシリュウさんと色々あったから本当よろしくないよね。
くんずほぐれつイチャコラみたいな展開は望みません。どうか最後の試練は何事もなく終わりますように。
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