第6話 「わたしがお兄さんの小動物」
…………疲れた。
今の気持ちはその一言に尽きます。だって凄く忙しかったから。
みんなも知ってるだろうけど、うちの看板娘の雨宮さんは客寄せのために旅だったじゃない。
あの子、小さな暴君が満喫して時間潰しに行った後に戻ってきたの。
そしたらさ、あの子の後ろに大量の人だかりが見えるじゃありませんか。思わず言葉を失ったね。一度にどんだけ連れてくんのって。
おかげで暇にしてた俺はもちろん、中に居たクラスメイト達までてんやわんや。つい今しがたまでバタバタしていたましたよ。
「だが……」
ここからは自由時間だ。
喫茶店のことなんて考えることなく、高校に入って初めての文化祭を満喫出来る。
ちっ、今から小さな暴君とデートかよ。リア充爆発しろ! って?
おいおい、何を言ってるんだ。確かに小さな暴君がデートしようだとか言っていた気がするが、この場から離れて行ったのはあちらの方だぞ。
つまり俺はフリーなわけだ。
彼女を探すという体で校内を回れば、途中で遭遇しても後日遭遇しても言い訳できる。
俺だってノンストレスの時間が欲しいんだよ。シャルとの勝負のせいで雨宮さんいつもよりピリピリしてるし。クラスメイト達は今日の雨宮さんは何かやる気があるくらいにしか思ってないけど。
「さて」
「デートの時間だねぇ」
…………こ、この声は!?
「ちぃぃっす、さっきぶりお兄さん」
はい、やっぱり小さな暴君さんでした!
まるで人の心を先読みしたかのような突然の出現。どこぞの借金執事さんみたいに神出鬼没のライセンスでもお持ちなんですかね。
だがそれ以上に……どこかで買ったであろうアイスをちびちび舐めながらこっちを見るんじゃありません!
身長差的にナチュラル上目遣いになってるから。それ故にあざとさが垣間見えるけど可愛く見えちゃうから。この世の中、やっぱり可愛いは正義だから!
「どったのお兄さん? あ、もしかしてコレ食べたいの?」
「いや別にそういうわけでは」
「まあまあ遠慮しなさんな。お兄さんには日頃お世話になってるし、特別におすそ分けしてあげるよ。はい、あ~ん」
だからアイスが欲しくて見てたわけじゃなくてですね。
あ、誤解がないように言っておきますが。
別に暴君さんのアイスが食べられないとか、女子中学生の間接キスとかヤベェ興奮しちまう! ってわけではないぞ。
彼女が居たことはないが、そこまで初心じゃないから。
だって身近に異性はいましたし。内面的に異性として扱うことが少ない奴ではあるけど、分類的には異性ですし。
まあそんなことは今はどうでも良くてですね。
何でこの子は、わざわざ自分が食べた場所を食べろと言わんばかりにアイスを出してくるんだろうね。
そんなことされるとお兄さん、疲労回復のためにも平気で食べちゃいますよ。疲れた時は甘いものってよく言うし。
「どったのお兄さん、アイスばっか見て……バニラが嫌いってことはないだろうし、もしやわたしと間接チューだって思って興奮してる?」
「それくらいで興奮なんかしません」
「実際に食べると興奮するかもよ」
いやいや、それはさすがに……しないと思うなぁ多分。
「アカネ氏は俺を興奮させたいの?」
「うん、ドキドキさせたい」
「何故に言い換えた?」
「興奮にも色んな方向性があるかと思って。間違った解釈はお兄さんもわたしも幸せになれないし」
なるほど、それは一理ある。
でも根本的に君が何もしなければ平和な時間は過ごせると思うんだ。お兄さんとしては、それだけで十分幸せなんだけどな。
「そちらの言い分は理解した。しかし、どうしてこんなことするの?」
「え、だってお兄さんわたしのこと好きじゃん」
「え……あぁうん、そうだね」
今の間はこの子急に何言ってんだろ? みたいな意味じゃないよ。
これまでにあったことを思い出していた間、というだけであって。
断じてアカネ氏のことなんて好きじゃねぇし。小さいくせに態度は大きい奴と思ってないし。ちゃんと可愛いって思ってますよ。
俺の部屋でダラダラしている分には。
ただ今みたいに学校みたいな人目に付く場所では会いたくないなぁ。何か起きそうというか、起こしそうで怖いなって思うだけで。
だから断じて『ここは肯定しておかないと後が怖い』なんて理由で肯定したわけじゃないから! お兄さん、アカネちゃん好きだから大好きだから!
「ねぇお兄さん」
「何かな?」
「今さ、間があったよね?」
「そうだね。でもそれはアカネ氏への想いを再確認していただけだよ」
「や~ん、お兄さんったら。わたしの思ってる以上にお兄さんわたしにゾッコンじゃん、ラブラブのラブじゃーん♪」
会話だけ見ればどこぞのバカップル認定されそう。
でも僕はこう思う。俺達の間にはラブのラの字もないんだって。
だって俺と彼女の関係って恋人よりも主従関係の方が合うじゃん。もちろん主は俺じゃなくて彼女です。
今だって小さな暴君の手の平の上で踊らされてる気分っす。
彼女の気分次第で俺はすぐさま地獄に直行ですよ……なんて考えるのはここまででやめておきましょう。
再び小さな暴君と出会ってしまった以上、満足するまでは傍に居続けるはず。
そこにうちのクラスの看板娘にして小さな勇者でもあるあの方は来ると大変なことになる。熱した油に水をぶちまけるくらい危険だ。
そのリスクを避けるためには、今すぐこの場から離れなければ。こうなりゃ暴君様とのデート楽しんでやろうじゃないの。
「そうですね、お兄さんはアカネ氏にラブラブです。というわけでデートに行きましょう」
「わーお、今日のお兄さんは積極的。アカネちゃんの気分はアゲアゲですよ。なのでお兄さんには久々にアカネちゃんポイントをあげちゃおう!」
使い道がこちらにはよく分からないポイント久々にもらっちった。
でもでも~お兄さん的にはそれよりもナチュラルに腕を組んできたアカネ氏の行動が気になっちゃう。だってもろにアカネ氏のお胸が当たってるんだもん。
「なあアカネ氏」
「何かな兄くん」
「どうして腕を組むのかな?」
「兄くん、これは腕を組んでるんじゃなくて胸を押し当ててるんだよ」
そうかそうか、なるほどなるほど……よく分かったよ。俺が玩具にされているということは。
「お兄さん、女の子はそういうはしたないことしない方が良いと思います」
「大丈夫、お兄さんくらいにしかしてないから。異性は」
またそうやってあざとい言動を……ん?
「異性は? つまりそれは同性にはやっているということですか?」
「そだよ。あ、もしかしてお兄さん百合百合しいこと考えてるぅ?」
「いやそこまでエッチなことは考えてません。スキンシップとか面倒臭いって思ってそうなアカネ氏もそういうことやるんだなって思っただけです」
「それ、さらりとわたしが性格悪いってディスってるよね。まあぶっちゃけ面倒臭いとは思ってるけど」
アカネさん、本音と共に悪女の顔が表に出てますよ。瞳からハイライト消えちゃってます! 怖いから今すぐ戻って戻して!
「でもさ~ある程度ノリ良くないとそれ以上に面倒なことになるんだよね。女同士の付き合いって単純なものだけじゃないし」
「男同士の付き合いも単純なものだけじゃないけどね」
「それはそだけど、女の方がネチッこいというか陰湿なこと多いじゃん」
じゃんって言われても俺は男なんですよね。
だからリアルな女子社会は知らないといいますか、アカネ氏の発言にポンポン同意してると必要のない敵を作る気がしてしまいます。
「わたしも色々と苦労してるんだよ。学校には誰からでもチヤホヤされないと嫌な女王様タイプとか、男子はみんな自分の奴隷みたいな思考してるくせに清純ぶってる見た目だけ美人の性格ドブス野郎とか居たりするし」
あいつらマジでウザいんだよね。死ねばいいのに。
今のアカネ氏、そう言わんばかりに吐き捨ててるよ。これは俺が思ってる以上に学校生活でストレス溜め込んでるんだろうね。そこにずぼらなお姉さんの世話もあるわけだから……もう少しこの子を甘やかしても罰は当たらないのかな。
「そういう奴に限ってわたしに絡んでくるんだよね。表面的には川澄さんってモテますよね、羨ましいなって顔で。てめぇが誰を狙ってるとか知らないっての。わたしからすれば、告白してくる男子の多くは眼中にもないし」
「帰宅部か文化系が良いって前に言ってたもんね。でも告白した側はそれなりに勇気出したんじゃないかな」
それを考えるとアカネ氏のバッサリ具合に同じ男として同情します。
「確かに中にはそういう人も居たけど、大体は自分が告白すれば大丈夫だろ。君も俺と付き合えて嬉しいでしょ? みたいなオーラ出してたし。そういう奴に限ってわたしとろくに話したこともないんだよね。それってさ、つまりわたしの外見だけ好みで告白してきたってことでしょ。わたしを自分のステータスをあげるための装備か何かと思ってるよね。マジでありえない……まあ1番ありえなかったのはお姉ちゃん目的でわたしに近づこうとしてきた奴だけど。お姉ちゃんに興味あんなら最初からそっち行けっての」
前言撤回。
そういうクズなイケメンさん達はバッサリ斬り捨てられて当然だと思います。
にしても……今のアカネ氏、かつてないほどブラック化してるよね。まあ人当たりの良い笑顔を浮かべる優等生みたいな仮面を被り続けてたら、色々と溜め込むのも無理はないけど。
でもあまり聞いていて楽しい話ではないよね。女子社会こわッ!? って気分になってくるし。
しかし、人には我慢の限界があるわけで。溜め込み過ぎて爆発するよりは愚痴をこぼしてくれる方が安心する。
つまり考え方によっては、アカネ氏は俺に甘えているとも取れるわけで。
年下の女の子に甘えられて嫌な気分になる男はそういない。家庭環境を考えると実姉に甘えるのは無理な気がするし、ここは先輩としてやれることはやってあげましょう。
「あと1年早く生まれてたら良かったのに。あいつらと同年代で同じ学校とかマジで最悪…………ねぇお兄さん」
「ん?」
「何でわたしはお兄さんに頭を撫でられてるのかな? もしかしてわたし同情されてる?」
「いや別に。ただお兄さんが撫でたくなったから撫でてるだけです」
「あっそ……ならいいや」
まだ機嫌は悪そうだけど、ブラックさは抜けたように思える。
家族でもない男に頭を撫でられてここまで効果があるのは、自分で思う以上に慕われているのか。それともアカネ氏が人の温もりや愛に飢えているのか。
個人的には前者だと素直に嬉しいというだけで終わるが、後者も十分に考えられる。一般的に2番目の子供よりも1番目の子供の方が溺愛されるだろうし。それにこの子の場合、姉と年齢が離れていないだけに比較されることも多かっただろう。
けどなんだかんだ姉のことは大切にしているように思えるし、身近な人間に弱っているところを見せるタイプにも思えない。
故に根っこは優しく責任感の強い子なのだろう。が、本質としては甘え下手な甘えん坊なのではないだろうか。
まあこう考えた方が可愛げがあるし、俺としては好印象なのでこう解釈するだけなのだが。
本当のことは聞いてみないことには分からない。でも聞いたりはしません。だって迂闊に踏み込むと怖いじゃん。女の子には秘密があってもいいと思うの。何でも知りたいとは強欲だろうし。
「……ねぇアカネ氏」
「どったの?」
「そろそろ疲れたんで撫でるのやめていいっすか?」
「勝手に撫で始めたのにやめていいとか思ってる?」
「いやその、ここ一応公共の場ですし。それにほら、これからデートするんでしょ? さすがに頭を撫でながらデートというのは、周囲から見たらアカネ氏が俺の小動物みたいになりますよ」
「わたしがお兄さんの小動物……ねぇねぇお兄さん、それってもしかして遠回しにわたしを自分だけのものにしたいって言ってる? わたし、お兄さんに告白されてるのかな?」
わーい、いつものアカネ氏に戻ったぞ。
その反動からかいつもよりぶっとんだ発言してる気もする。でも逃げないし、めげたりしない。だってこの程度で折れてたら今日という日を乗り切れないから。
「言ってないし、告白はしてないよ。お兄さんは告白するなら遠回しにじゃなくド直球で行くから」
「なるへそ。じゃあ試しにド直球で言ってみて」
「いや、それじゃガチな告白になっちゃうじゃん。それより早くデートに行きましょう」
なるだけ早くこの場から離れたいから!
「もうお兄さんはせっかちだなぁ。そんなにわたしとデートしたいの。まあ悪い気はしないからお兄さんの提案に乗ってあげる」
「あざす」
「じゃあまずは……そこのコスプレ喫茶に行こう!」
なん……だと。
「お兄さん、どうかした?」
「いやその、何で喫茶店なのかなと思いまして」
さっきうちの喫茶店に入ってたじゃん!?
なのに何でまた喫茶店なの? バカなの? もしかして腹ペコキャラだったりするの?
「それはお兄さんさっきまでバタバタしてたみたいだし。まずは休憩がてら何か食べるかなって思って。何より……」
「何より?」
あの喫茶店に行った方がお兄さんが困って面白そうだから♪
なんて言うつもりなのか! もしそうだったら俺はアカネ氏を小さな暴君から小さな魔王にクラスアップさせるぞ。全ての言動が計算のように思えてアカネ氏の行動を全てを疑うようになっちゃうぞ!
「あのお店の衣装はかなりクオリティが高い! 二次元を嗜む者として行かないわけにはいかないとアカネちゃんは思うのです!」
そうだった、この子もガチなオタクだったよ。お兄さん忘れてました。
でもそんなに楽しみにしてたんなら先にひとりで行けば良かったのにね。
俺と一緒に行きたかったんだよ。俺とオタクトークしたかったに決まってんじゃん。鈍感なフリするなよな、って?
いや確かにそう考えたら俺としてもハッピーな気分になるけどさ。
だけどみんな忘れてない?
今うちのクラスとシャルさんのクラスは対戦中なんだよ。
ただでさえアカネ氏という爆弾がある状態なの。ふとした出会いで超絶反応が起こって基準値以上の爆発が起きるかもしれないんだよ。
何よりもしうちの看板娘にシャルさんのクラスで楽しんでるのを見られたら、ぶっちゃけ何をされるか分からないじゃん。ストライクで気絶くらいで済めば可愛いものだよ。下手したら俺の高1の文化祭どころか人生が終わるんだよ。
故に可能な限りこの選択肢は避けたいじゃん。別のところに行きたいって思うじゃん。だって俺も人間だもの!
「うん、お兄さんもオタクだからその気持ちは分かるよ。でもさ、最初にお楽しみを消化するのもどうかと思うんだ。早めに遠いところ回っておかないとお兄さんは近場しか見て回れなくなるかもしれないし」
「お兄さん、さっきは自分のところよりあっちに行けって勧めてたのに今は遠ざけたいような感じだね」
「そんなことはないですよ。さっきはさっき、今は今ってだけで。お兄さんはアカネ氏と違って自由に見て回れる時間は限られている。それ故の発言ですよ。他意はありません」
「他意があるからそういう言い回しじゃないの? お兄さんって他意がないときはもっと普通に話すし」
…………。
「まあでもアカネちゃんは良い女なので、お兄さんの言うことも一理あるので引き下がってあげよう」
あざす!
アカネちゃんマジで良い女。もっと普通の付き合いが出来ていたなら思わず好きになってたかもしれない。
いや、その今でも好きですよ。
ただ特別な好きじゃないというか、恐怖心によって好きか嫌いかって聞かれたら嫌いじゃないって答えるような感じというだけで。
「んじゃ、どこ行こっか? お兄さん行きたい場所とかある?」
「えーと、じゃあ……」
目的地を決めようとポケットに仕舞っていたパンフレットを取り出す。
その時だった。
「おや? おやおやおや!? そこに居るのはマイベスト幼馴染! ワタシに会いに来てくれたんデスネ!」
周りの目を気にしない我が道を突き進む化身の声が聞こえたのは。
その声の主は、客寄せの途中で着替えたのか黒衣に白いマントを纏って突貫してきた。その速さと言ったら衣装の元になっている魔砲少女のライバル兼親友の金髪さん並である。
ただ……その人物は迫ってくる人物のようなはしゃいだ笑顔は浮かべない。何であいつは見た目は原作に寄せてるのにこうも残念な行動を取るんだろう。
だがそれ以上に俺が気になったのは、右手に持たれた複数の衣装と、全力で抵抗しているのに為す術もなく金髪に引きずられている真友の姿。
どうして次々と嫌な展開になるのだろう。
ねぇ誰か、今日だけでいいから俺と入れ替わってください。出来る範囲のことは何でもしますから!
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