第4話 「変な気分になっちゃいマス」

 振り上げられた斧が眼前に迫る。

 凶器を掲げているのは、鎧を纏った人型のトカゲ。《リザードソルジャー》という名のリザードマンの上位種だ。

 脳天を砕く一撃に左右の剣を叩きつけ軌道を逸らす。

 双剣は両手に武器を持つため、楯を装備することは出来ない。武器で受け止めることは可能だが、武器にも耐久力が存在し、敵が使う斧は剣よりも破壊に優れる武器。武器を失えばマイと同じスキル構成の俺は攻撃手段を失う。それだけに受け止めるという手は最後の選択肢なのだ。

 なら敵の攻撃をどうするか。

 最も良いのは回避すること。ただスキル熟練度や戦闘経験の足りない今の俺では常に回避し続けることは難しい。

 故に今行ったように武器を用いて弾いたり軌道を逸らすパリィという技術を使う。

 パリィを行うと武器耐久力が減少してしまうのだが、受け止めるよりは減少する量は少ない。またセットしている《武器防御》というスキルによって補正が掛かる。今は熟練度が低いのでその効果は微々たるものだが。


「――ッ」


 気合と共に1歩踏み込む。

 その瞬間、《瞬歩》というスキルによって加速が掛かる。

 このスキルはパッシブスキルで止まった状態から動き出す際にスピードを上げる効果がある。これによる加速も微量だが、熟練度があれば鋭さを増していくことだろう。

 ちなみに全プレイヤーは、スキルを7つまでセットできる。セットして使用していくことで熟練度が上がり、より高性能な技や補正が掛かるようになるわけだ。

 俺のスキル構成は師であるマイと同じであるため、言葉だけ羅列するなら


《双剣》《疾走》《瞬歩》《武器防御》《反撃》《見切り》《剣技の心得》。


 この7つになる。

 基本的にはパッシブスキルでステータスや動作に補正が掛かるものが多い。

 効果についても名前から想像できる類のものだ。詳しいことは後日機会があれば語るとしよう。


「せあッ」


 黒と白の剣を振り抜いてリザードソルジャーの胴を斬る。

 斬るとは言っても実際に斬れるわけではなく、斬った場所に赤いダメージエフェクトが発生するだけなのだが。

 ただ同じ個所に何度もダメージを負ったり、攻撃の最中に反撃をもらったりするとその箇所が破損し、その部位がロストする。

 ロスト状態になると武器が使えなくなったり、アーツと呼ばれる必殺技が発動できなくなったりするため大ピンチに陥るわけだ。

 しかし、この仕様があるからこそ一部のモンスターは部位破壊が可能なのだ。

 部位破壊に成功すると、破壊出来た個所はロストから回復せず、バトル終了後には追加アイテムが獲得可能。

 まあ対人戦やボス討伐などで狙えれば、基本的に有利かつ損はないので磨いておきたい技術のひとつである。


「シュウ、そのまま走り抜けて距離取って」


 マイからの指示に従ってリザードソルジャーとの距離を開く。

 この距離では、俺の双剣もリザードソルジャーの片手斧も届かない。

 お互いに攻撃するには、距離を潰して武器を振るか、遠距離の攻撃を使う必要がある。だが俺にも敵にも遠距離攻撃できる魔法の類はない。

 故に敵が仕掛けてくるなら必然的に距離を潰してくる。

 問題なのはその手段。

 普通に走り込んでの攻撃なら良いが、武器ごとに設定されているアーツの中には突進系が存在する。これは凄まじい勢いで距離を潰しつつ攻撃できる技なのだ。

 俺は《双剣》の熟練度が低いため、使えるアーツは単純な攻撃技のみ。

 だが敵はチュートリアル以降に出てくる存在。必然的に俺よりもスキル熟練度が高く、多くのアーツを使用できる。人型で武器を持つ敵はプレイヤーと同じアーツを使用してくるだけにこのゲームでは強敵なのだ。

 ただこのゲームは対人戦の機会が多い。敵がプレイヤーとなれば、モンスターよりも様々な戦略を取ってくるだろう。最強のプレイヤーになるためには、モンスター相手に後れを取るわけにはいかないのだ。何よりモンスター相手なら……


「グラアァァッ!」


 リザードソルジャーの持つ片手斧が橙色に輝く。

 咆哮を上げながらこちら目掛けて跳躍。その勢いに乗せて、最上段に振り上げた斧を振り下ろす。《片手斧》スキルのアーツである《ダウンスマッシュ》だ。

 だがこの行動は予測していた。

 斧を持つリザードソルジャーは、自身がダメージを受けた後に敵が離れるとこのアーツを使用する頻度が高い。マイが距離を取るように指示したのはこれが理由だ。

 敵の行動パターンを予測し、解析し、自分に有利になるよう展開は導く。

 プレイヤーの間では《先読み》と呼ばれる技術だ。いつかはマイの力を借りずに出来るようにならなければ。

 敵のアーツを後ろに跳躍することで回避。

 アーツは通常攻撃より何倍も強力だが、それだけに発動後には硬直時間が発生する。無闇にアーツを多用するのは戦闘のレベルが上がるほど危険になるのだ。

 左右の剣を切り払うようにして後ろに構える。同時に刀身から黄色のライトエフェクトが発生――


「――そこだ!」


 前に踏み出しながら左右の剣を突き出す。

 その先端は、リザードソルジャーの首を正確に貫き大きくHPを削る。だがこれで終わりではない。

 そこから左右の剣を切り開いてもう2ヒット。左右の剣で突きからの斬撃を放つアーツ《フロントバイト》。もう一度大きくHPが削れる。

 手数で火力を補う双剣で何故一度に敵のHPを削れたのか。

 それは人型の敵は、プレイヤーと同じで首や心臓部が弱点に設定されていることが多い。そこを上手く狙うことができればクリティカルヒットとなり、通常よりも大きなダメージを与えることが出来るのだ。

 また一度に大きなダメージを受けるとスタンが発生し、一定時間行動が阻害される。

 その隙にこちらは、左の剣で斬撃、そのあとに右の剣で突きを放つアーツ《スラッシュスラスト》を発動。先に仕掛けた左の剣は再度的確にリザードソルジャーの首元を捉え、命を絶つべく最後の突きを放つ……


 ☨


 ……おかしい。

 俺は確かに突きを放った。右手にもしっかりと手応えがある。

 しかし、今右手に感じる手応えは攻撃がヒットしたものとは違うぞ。

 大きくて、柔らかくて、心地良い弾力がある。

 リザードソルジャーを攻撃してこんな手応えを感じたことがあっただろうか……

いやない。昨日だけで何度リザードソルジャーを狩ったと思って……


「オ~今日のシュウは大胆デスネ」


 メガネ越しに見える青い瞳と目が合った。

 長く伸びた金色の髪。

 雨宮さんなんか比較にならないどころか、多くの女性が負けてしまっているであろう非常に発育した胸。

 腰は胸とは対照的に細く綺麗なくびれがあり、お尻に行けば弾力がありそうなインパクト。

 それが全てが我が友人である在日イギリス人、シャルロット・バウンディを示している。

 彼女の一家は、彼女が子供の頃にうちの近所に引っ越してきた。

 加えて彼女の父親は学生時代に日本へ留学していた時期があるらしく、そのときにうちの父親と知り合っていたらしい。

 その縁もあって俺もバウンディ家とは小さい頃から親しくしている。

 シャルロット、いつもシャルと呼んでいるのでそう呼ぶが彼女とは幼馴染のような関係だ。

 しかし、そうかそうか……

 

「右手の手応えは何だと思ったが……シャルの胸の感触だったか」


 ならこの柔らかさも弾力も納得だな。

 本人から聞いた話だが、シャルの胸はGカップらしい。

 これがGカップの感触。それを寝起きに味わえるとは非常にグレートだぜ!


「ところで……シャル、お前は何故俺の部屋に居る?」

「それはデスネ、そろそろワタシの読んでないラノベや漫画が入荷しているかと思いまして」

「ここは本屋じゃないんだが。というか、勝手に入るなって何度も言ってるだろ」

「いいじゃないデスカ~、ワタシとシュウの仲デス。それよりもシュウ、勝手に入ったワタシも悪いですけど、さすがにそろそろワタシの胸から手を放してほしいデス。このまま揉まれると変な気分になっちゃいマス」


 え、それって……。

 いや、いかん。いかんぞ秋介。お前には心に決めた人が居るだろ。

 でもね俺も男なの。

 この素敵な感触を手放したくない気持ちに駆られちゃうんだ。

 さすがに注意された以上は手を放すけどね。これ以上は下半身が元気になり過ぎてベッドから出れなくなるから。


「……なあシャル」

「何デス?」

「前々から思ってたんだが……何でお前は部屋着みたいな恰好でここに来るんだ?」


 ノースリーブのシャツにホットパンツって露出多すぎです。

 あなたも年頃の女子ならもう少し隠しなさい。目のやり場に困る身体してるんだから。俺だって男なのよ。性欲旺盛な男子高校生なんだよ。色々と困るでしょ。


「シュウは家で堅苦しい恰好するんデスカ?」

「客人でも来ない限りはしないが」

「ワタシも同じデス」


 そっかそっか……いや説明になってないよ?

 だってここ君の家じゃないから。ここ俺の家で俺の部屋だからね。

 なのに何で人の家で自分の部屋と同じくらいのくつろぎを追求してるの?

 日本での生活の方が長いんだから『親しい仲にも礼儀あり』って言葉は知ってるよね?


「何故こんなにも恥じらいのない娘に育ってしまったんだ……昔はすぐ顔を赤くしていたはずなのに」

「そんな時期もありましたネ~。でもワタシはその頃よりも今のワタシの方が好きデスヨ。パパ達も明るくなったって喜んでマス。お、このラノベはまだ読んだことないデスネ」


 勝手に人の部屋物色しないでくれます?

 というか、何であなたは寝ている俺の上に覆いかぶさるような位置に居たの?

 もしかして……寝ている俺の唇を!?

 いや、ないな。そんなことが起こるならもっと昔に起こってる。小学校に上がる前から知り合いなんだし。

 単純にベッドの横にある本棚を見てたんだろうな。最近読んでるものは寝転がって取れる位置に置いてるし。


「ふむふむ……いや~このラノベの最初のカラーページ、非常に良いデスネ~。女の子は可愛くてとてもエッチぃデス」

「シャルよ、何故お前は女なのに男目線の感想が出るのだ?」

「あらゆる二次元を楽しむためには色んな感性が必要になるからデス。シュウだって主人公にカッコ良いと思うことありますヨネ? それと一緒で女のワタシでも可愛い子やエッチな子にはそういう感想を抱きマス」

「そうですか……」


 いやまあ別にいいんだけどね。

 アニメ、漫画、ゲーム……あらゆる二次元はこの国の文化とも言えるし。声優のファンだって性別問わずファンになる人はなるわけだから。シャルみたいに色々楽しめるオタクが居てもいいとは思う。

 でもね……シャルって俺と同じ高校生なの。同じ高校に通う同級生なの。クラスは違うけど。

 趣味を楽しむのは良いけどさ、将来を考えるともっと考えることもあるじゃん。年々二次元のイベントに足を運ぶ回数が増えているし、購入するグッズとかも増えてるから少し心配です。


「どうかしたんデスカ?」

「いや……少しお前の将来が心配になって」

「それなら問題ないデス。ワタシは学業を疎かにしてません。知識があってこそ楽しめる二次元もありますからネ。それに学力が落ちるとお小遣いが減らされちゃいマス」

「そうだね、そうだったね。お前総合的に見ればテストの点数俺より良いもんね。心配するだけ無駄でしたね」

「いえいえ、無駄ではないデス。シュウが心配してくれるから、もしもの時はストップをかけてくれるからワタシは欲望に忠実に生きられマス。それにこう見えてもママから色々と仕込まれてマス。だからシュウのお嫁さんにはいつでもなれマスヨ。なのでワタシの将来は安泰デス!」


 そうかそうか将来は俺のお嫁さんに……え、おばさんとそういう話してんの!?

 確かに小さい頃にシャルが俺のお嫁さんになるとか言ってた時期はあるけど。シャルの両親とうちの両親が微笑ましい顔してそうなると良いね、みたいな話をしていた気はするけど。

 でもさ、現状俺とシャルの間には何もないわけじゃん。

 胸を触っちゃっても何事もなかったように話が進むわけじゃん。そもそもボクには今好きな人がいるわけですし。

 そりゃあシャルのことは嫌いじゃないし、美人だとも思うけど。アキラと上手くいくとも限らないし、将来的にシャルと結ばれることもあるかもしれないけど。

 だけど……今の時期から外堀から生まれるような行為はひどくないっすか。学生の時くらい伸び伸びとさせてよ。最近の男女は結婚する年齢上がってるんだし。


「いや~良いデスヨネ。シュウのお嫁さんになれれば、1日中二次元を楽しめマス」

「いやいや、仮にそうなったとしても家のことくらいしてよ。働いて家のことも俺がやってたら一人暮らしと変わらないから。ただお前という名の無駄な出費があるだけだから」

「その代金は身体で払いマース♪」

「嬉しそうな顔で言うことじゃねぇよ」


 大体何でそこで笑顔なの?

 うん、疑問にしたけど本当は分かってるんだ。シャルって二次元が好きなの。

 だから同人誌だってたくさん持ってるの。BLとかだけじゃなく男が読みそうなエロなものまで。その中にはなかなかに過激な内容のものまである。

 だからさ……性癖の話とかになると、たまに俺こいつの話に付いていけなくなるもん。

 俺よりもエロに興味あるってやばいよね。

 まあ興味あるだけで行為には及ばないんだけど。だってシャルさん、美人なのに彼氏いない歴=年齢だから。親しくなる男はこれまでに何人か居たみたいだけど、大体こいつの性癖とかに引いちゃってダメになるんだよね。


「まったく……何でこんな風に育ったんだか」

「その言い方はひどいデス。ワタシを二次元に引き込んだのはシュウじゃないデスカ。そういうこと言うなら責任を取って欲しいデス」

「責任ならもう取ってるでしょ。部屋の中を好き勝手にさせてるんだから」


 それでも注意はするんだけどね。

 だってさ、さすがに寝ている時に好き勝手にされるのは嫌じゃん。俺の性癖なんてすでに知られてるけども。でもそういうのって時期で変わったりするし。だから

せめて俺が起きている時に来てほしいんだよね。


「……って、こんなことをしている場合じゃない!?」


 時計の表示は09:53。

 今日も10時からマイさんと待ち合わせしてるんだった。夢の中でまでリザードソルジャーを狩るほど昨日プレイしたんだけど、最強のプレイヤーを目指すために今日もせっせと熟練度上げです。


「時間的に飯を食ったりしている時間はない。着替えとかも……まあいい。どうせ会うのはリアルの俺じゃないんだから。よし、そうと決まればさっそく準備を……」

「シュウ、いったい今から何をするんデスカ?」

「ICOだ。昨日から始めたんだが……読みたいものがあれば勝手に読んでていいし、持ち帰りたいなら持ち帰って構わない。そういうわけで俺はもう行くな」


 急いでダイバーズギアを装着し、ゲームを起動する。

 すると俺の意識は仮想世界へと導きかれ始めた。

 やばい、やばいぞ……

 チラッとスマホを見たけど何度か着信があったみたいだし、これは非常に不味い。マイさん絶対不機嫌になってるよ。はぁ……朝から憂鬱だ。



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