第14話 「ちょっとHA★NA★SOっか」
再び週が明けた放課後。
俺は真っ直ぐ家には帰らず、とある場所に向かっていた。
このような言い方とすると不良認定されそうなので事情を説明しておこう。
俺が通っている高校は、来月の中頃に文化祭を開催することになっている。
今はまだ各クラスで出し物を決めたりする段階であるため、本格的な準備はもう少し先になるだろう。ちなみにうちのクラスはシンプルに喫茶店をやろうとしている。
高校生にとって文化祭は年間行事の中でも一大イベント。
部活動によっては最も輝ける機会を得られるし、個人においても多くの人間は思い出作りに役立つはず。だが真に注目すべきな点はこんなことではない。
日本人の性質なのか、単純にうちの高校だけなのかは分からないが、文化祭の時期になると彼氏及び彼女を作ろうとする人間が爆発的に増える。
文化祭を好きな人と回りたい、という高校生としての憧れを実現したいのか。
それとも出し物の準備という口実で好きな人へアピール出来るからなのか。
まあそのへんは人それぞれだろうし、学校全体がお祭りムードになるのだからそうなるのも無理はない。
「…………」
俺も口には出さないが、彼女と一緒に文化祭を回りたいと思うから。
アキラさんと上手く行っていればそういう日を迎えられたんだろうけど。でも現実は違うし……少しずつ前みたいに話せるようになってはきてるけどね。だけどやっぱりまだお互いにぎこちなさが残っているよ。
ま、アキラさんとのことに関しては少しずつ改善していければそれでいい。ぶっちゃけ文化祭を自分の思い通りに楽しめる気がしないし。
だって……雨宮やカザミンはともかく、あの金髪メガネが大人しくするとは思えないもん。今でも1日に数回絡んでくるし。文化祭なんてヒャッフー! しちゃう日は普段より面倒な絡み方してくるに決まってる。
……すまない。話が逸れてしまった。
ここまでの説明で予想できている人も居るだろうが、俺が現在向かっている場所は知り合いの喫茶店。メニューの参考という意味合いもあるが、ダンボールが余っているなら譲ってくれと言うのが本命だ。
ダンボールは物の整理だけでなく、装飾や壁紙の補強などにも使える万能物。数があって困ることはない。もしも困った時は……お化け屋敷とかしそうなクラスに流せばいいだけのこと。
「……さて」
目的の店に到着しました。
店の名前は《日向屋》と言います。
明るそうな名前をしているのに立地的に大通りの裏手。そのせいで日当たりはお世辞にも良いとは言えず、それに比例するかのように客足も微妙だったりする。
何故そのように言えるか。それは俺が中学からここに度々通っているからだ。時間帯のせいもあるかもしれないが、満席なんて景色は一度も見たことがない。
ただいつまで経っても潰れないところを見ると、俺が思っているよりは客に恵まれているのだろう。
「…………入るか」
店の前に突っ立っていても意味がない。それに俺にはここの店主と話すべきことがある。その店主とは顔なじみなのだから臆する理由もない。
そんなわけでささっと中へ。
中は木の温かみを感じられる作りになっている……わけだが、日当たりが悪いせいで少し薄暗い。そこがちょっと残念だ。
しかし、最も残念なところはそこではなく……店内の至るところに飾られた二次元グッズ及び漫画やラノベなどの書物だろう。
二次元好きの俺としては否定したくないところではあるし、世の中には大っぴらに二次元が好きだと言えない人物も居る。そういう人々からすれば、この店は隠れ家のような場所だろう。
けど……視界に入る二次元率の高さがね。
パッと見は喫茶店よりも二次元に偏って見える。何ていうか、ここまで二次元を敷き詰めるなら店内の様式をもっと二次元に合ったものへ寄せて欲しいってのが本音だ。
何とも言い難い微妙なミスマッチ感。それが漂ってるから客足が増えないのではなかろうか。
「いらっしゃいませ~♪」
我が幼馴染のような無邪気を装った黒い笑みではなく、極めて純度の高い癒し系スマイルで出迎えてくれたのは、紺色のエプロンを身に着けた小学生。この店の看板娘である小町双葉ちゃんである。
ここは普通のエプロンじゃなくてロリロリなキャラものにするべきだろッ!
なんて考えた方、あなたは立派なロリコンです。その趣味を否定はしませんが犯罪だけは起こさないように気を付けましょう。
「あ、シュウちゃんです。お久しぶりなのです、ぎゅぅ~」
近づいてくるあたり抱き着いてくるこの子マジ天使。心が疲れた時とかこの子の顔を見たくなるよね。身長も140センチくらいだからちっちゃくて可愛いし。
そのせいか、この子は常連からは『フゥちゃん』と呼ばれているよ。双葉より『ふたば』や『フタバ』の方が合うだけにそういう呼び方も納得だよね。
その他の情報としては、フゥちゃんは栗毛のサイドポニーです。
なので髪型をツインテールに変えると、どこぞの魔砲少女に見える……とは言いません。ただこの店主によると、本気で怒ったら魔王のように怖いらしい。なので見える人は見えるかも。
「お久しぶりです。フゥさん、相変わらずちっちゃいですね。背縮みました?」
「そうなの、また縮んでおチビさんに……って、シュウちゃんが大きくなっただけだよ!」
「毎度安定したノリツッコミありがとうございます。でもちっちゃいのは否定しないんですね」
「それは事実だから否定できないのです。でもフゥはそのぶん心が大きいので、ちっちゃいって言われたくらいじゃ怒りません」
一切膨らみのない胸を張るフゥさんって見てて微笑ましい。
どうして小学生相手にさん付けをしているのか。今のやりとりで疑問を持った者も多いだろう。
故にネタ晴らしをしよう。
このどう見ても小学生にしか見えない店員さんなんだけど、店の手伝いをしている娘さんではないの。この見た目で俺より一回り上の社会人なの。さらに付け加えるなら……ここの店主の恋人なんだよね。
「ちっちゃい、ちっちゃい、ちっちゃい、ちっちゃい、ちっちゃい、ちっちゃい、ちっちゃ……」
「うぅぅぅぅもう、ちっちゃくないよ!」
「いやいや、ちっちゃいから。それに怒らないって言ったのに怒ってる」
「いくらフゥでも連呼されたら怒るよ! フゥも人間なの!」
怒ってるんだろうけど、まったく怖くない。可愛さや微笑ましさしか感じない。
そういう意味では本気で怒ってないんだろうね。本気で怒ったらどんだけ怖いんだろう……そして、その恐怖を知っているのはここの店主のみ。
いったい店主はこの合法ロリの何を知ってるんだろうか。そう考えると怖くなってきた……。
「おいシュウ、あんましオレのフゥをいじめんな」
オレの、を強調して現れたのは身長約2メートルの色黒スキンヘッド。名前は剛田凱。服越しでもマッスルだと分かる筋肉隆々のボディをしたフゥさんの恋人であり、この店の店長だ。
フゥさんのような合法ロリを恋人にしていることからも分かるだろうが、二次元で最も好きな属性はロリコンである。
巨乳が好きな俺とは昔から相容れないことが多かった。何度おっぱいの大きさについて議論したことか。
ただそのおかげもあって、ガイは俺と一回り年齢差があるがタメ口で話せる貴重な大人になっている。
「ガイ、人聞きが悪いぞ。俺はフゥさんと遊んであげてるだけだ」
「フゥで遊んでるの間違いだろ」
「……仕方がないんだ。ここに顔を出す度にフゥさんが抱き着いてくるから、俺もからかうしかないじゃないか。世の中にはお約束ってものがあるしさ」
「何も仕方なくねぇよ」
「まあまあガァちゃん。フゥとシュウちゃんの仲だし、フゥがちっちゃいのは事実だから。それになんだかんだフゥもあのやりとりを楽しんでるので、今のままで大丈夫なのです」
やれやれ、と言いたげな顔を浮かべるガイ。屈強な巨漢なのにちっちゃな恋人には敵わないようですね。
「……んでシュウ、おめぇは今日何しに来やがったんだ?」
「ガァちゃんにちょっと用があってな」
「ガァちゃん呼ぶな。ぶっ飛ばすぞ」
「そう呼んでいいのはフゥさんだけと……フゥさん愛されてるね!」
「えへへ、まあフゥとガァちゃんはラブラブだから~♪ 買出しの時もご飯食べる時も寝る時も一緒だし」
満面の笑みで惚気られてるのに嫌な気がまったくしない。だってフゥさん、見た目が小学生だから。
一方ガァちゃんの方は……恥ずかしそうに顔を真っ赤にしております。オレのフゥとか言うのならここも堂々と受け止めて欲しいよね。
「ほ~それはお熱いことで」
「ニヤニヤすんじゃねぇ」
「そこまでニヤついてないと思いますが?」
「心の中はニヤニヤしまくりだろうが。付き合い長いんだから誤魔化せると思うなよ」
誤魔化そうとか思ってないし。
俺としてはふたりのこと祝福してるし、心配してるんだから。
だってガイとフゥさんって身長差が60センチくらいある凸凹カップルだし。フゥさんがガイの娘に見られるならいいけど、見た目は全然似てないわけで。そんなふたりが一緒に居たら……見る人によっては犯罪だと思うよね。
「つうか、さっさと本題に入れ。その前に何か注文しろ」
「客が少ないのは分かるが、高校生から金を巻き上げようとするとは……知り合いならコーヒーくらいサービスしてくれてもいいだろうに」
「アホか。知り合いで客が少ないのも知ってるならおめぇがこっちを助けやがれ。ケーキでも頼んでくれたらコーヒーはサービスしてやるよ」
それはもうただのケーキセットだろうが。
そう口から漏れそうになったが、元々サービスは期待していなかったし、頼みごとをするために来た身だ。なのでここは相手の提案を受け入れることにしよう。
「へいへい、じゃあそれで」
「まいど。コーヒーはまあいつもの感じだとして、ケーキは何にする?」
「何でもいい」
「それが1番困るんだろうが……先日出来上がった新作で良いか?」
「おけ」
と何も考えずに言ってしまったわけだが……。
目の前に出された皿を見てそんな自分を殴りたくなった。だって生クリームとか果物とかふんだんに使ったクマさんケーキなんだもん。
「……なあガイ」
「どした?」
「一応聞いておきたいんだが……これを考えたの誰だ?」
「オレに決まってんだろ。店に出すケーキを作んのはオレの仕事だ」
ですよねー。
でもこう言っちゃ悪いけどさ……似合わないよね。ゴリマッチョな巨漢がクマさんケーキ作るとかギャップが凄まじいもん。
フゥさんが作ってる……とまでは言わなくても、このデザインをフゥさんが考えたってなら納得できるんだけどな。ガァちゃん見た目に反して乙女力高すぎだよ。
「それで用件って何だ? 欲しいゲームがあるから金を援助してくれってか?」
「俺をどこぞの金髪メガネと一緒にするな。自分で欲しいと思ったものは自分の金で買う。援助を頼むのはどうしても欲しい時だけだ」
「それワンクッション置いてるだけで場合によっちゃ変わんねぇだろ」
それはそうだが、ここでそのとおりだとも言えないお年頃でしょ。
だって俺ももう高校生だもん。昔のようにあれが欲しい、これが欲しいってねだれません。お金の大切さや稼ぐことの大変さを多少なりとも理解していますから。
「まあいい。小遣いじゃねぇってなら何なんだ?」
「ダンボールが欲しい」
「は?」
容量を呑み込めていないガイにダンボールが欲しい理由を簡潔に伝える。
「ああ、文化祭で使うのか。オーケイ、って言いてぇところだがあいにく今日出しちまったばかりだ。また今度取りに来てくれ」
「了解」
「しっかし、もうそんな季節なんだな」
「そうだね。でも青春の季節だよ。シュウちゃんも彼女とデートするの?」
「彼女なんていません」
夏休み前に告白はしましたがね。
でもこの話をすると質問攻めに逢いそうなのでやめておきます。
「えぇいないの? シュウちゃん身長高いから雰囲気だけはそこそこイケメンに見えなくもないのに」
悪気はないんだろう。
だけど……多少なりとも身内補正が入って今の発言だと考えると、なかなかに毒を吐かれてるよな。
自分がイケメンだとかうぬぼれてはいないけど、それでもやっぱり多少傷つくよね。パッと見は良いけど、よく見たらダメって言われてるようなものだし。
「なら筋トレしよう。筋トレ頑張ればガァちゃんに近づくし、もっとカッコ良くなるよ。そしたら女子たちもシュウちゃんのこと放っておかないから」
あ、この人のイケメンってガァちゃんが基準なのね。
良かったなガイ、お前はイケメンらしいぞ。学生時代は強面でオタクなこともあって苦労してたって聞いたけど、本当良い人に出会えたな。愛情表現もストレートで羨ましい限りだよ。
と目線で伝えてみたところ、からかうんじゃねぇ! と言いたげな視線が返ってきました。見た目は外人に見えなくもないのに心の方は実に日本人のようです。
「フゥ、別にこいつは今のままでいいんだよ。彼女はいなくても彼女候補はいるんだから」
「彼女候補?」
「とぼけんな。おめぇには可愛い幼馴染が居るだろうが」
幼馴染ということはシャルのことを言っているんだろう。
幼馴染というだけで彼女候補にされるのは心外だ。幼馴染だからって結ばれるとは限らないのだから。
何より俺が文句を言いたいのは、シャルのどこが『可愛い』幼馴染なのかということだ。
あの金髪メガネは可愛いよりは綺麗系。可愛げなんてものは年々なくなっている。故に可愛い幼馴染なのではない。
「ガイ……お前は俺にあの金髪メガネと付き合えと言いたいのか?」
「だってお似合いじゃねぇか。おめぇもシャルちゃんも二次元好きだし、シャルちゃんならおめぇの性癖を満たしてくれるしよ」
確かに一部を除いて話は合うし、シャルは巨乳だ。俺の欲求を満たしてくれるのは間違いない。だが……
「あのな、俺は胸の大きさだけで人を判断しない。興奮はするかもしれないが、彼女にしたいと思うかは別案件だ」
「でも彼女にするなら巨乳の子が良いんだろ?」
「それは否定しない」
だって大きな胸ってそれだけで惹かれちゃうし。
それに夜の営みとかを考えても大きくないと出来ないこともあると思う。大は小を兼ねるとも言うし。
「本当おめぇは根っからのおっぱい星人だな」
「そういうお前は根っからのロリコンだろうが」
「誰がロリコンだ。オレは合法ロリが好きなだけでロリコンじゃねぇ」
「合法ロリだってロリには変わんないだろ」
「いいや変わるね。年齢ってのは重要だ。合法相手じゃねぇと警察の世話になっちまう」
ほほぅ、年齢が大切ですかそうですか。
「んだよその顔は。言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」
「じゃあ遠慮なく。お前さ、この前ロリメイドの居るメイド喫茶に一緒に行こうぜとか言ってたよな? あのメイド喫茶は高校生も働いてたと記憶しているんだが」
「バ、バカ野郎! それを持ち出すとか卑怯だぞ。秘密にしろって言っ……」
「ガァちゃん♪」
フゥさんに名前を呼ばれたガイは、悲鳴にも似た声で返事をする。
フゥさんは実に朗らかな笑顔をしている。見ている分には微笑ましくもあり、癒しを感じる笑顔だ。
しかし、いつもと違ってどこか営業スマイルのようにも見える。どうやらフゥさんは笑顔で怒るタイプのようだ。ガイの怯え方からすると、もっと上の段階もありそうだが。
「ち、違うんだフゥ、今のはシュウが勝手に言った作り話であって。オレはフゥだけ居れば十分だって思ってる。本当だ、信じてくれ」
「うん、フゥはガァちゃんのこと信じてるよ。でも今のがシュウちゃんの作り話なら何でガァちゃんはそんなに慌ててるのかな? フゥだけで十分だって言うのに何で部屋やお店に飾ってあるロリなグッズが増えていくのかな? かな?」
「いや、それは、その……やっぱりその作品のファンとしてはお布施を」
「あとでちょっとHA★NA★SOっか」
あくまで優しく笑顔で話しかける合法ロリ。
それにひどく怯える色黒な巨漢。
娘に叱られている父親と見れば見れなくもないが、ここから先のことを知るべきではないと脳裏で警鐘が鳴っている。なので俺が取るべき行動は……
「ごちそうさまでした。ダンボールは後日取りに来るんで、それでは」
「おいシュウ、てめぇ火種だけ作って逃げる気か!」
「はっきり言えと言ったのはそちらじゃないですか。それに恋人同士のイチャコラを邪魔する気はないんで。ではまた後日」
必死に助けを求めるガイの方を一切振り向くことなく、俺は日向屋をあとにした。
その後、ガイがどういう運命を辿ったのか。
最後まで見届けようとしなかった俺には知る由もなかった。
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