第15話 「あたしとおしゃべりしましょう」
後日。
ダンボールの用意が出来たと連絡を受けた俺は、昼過ぎに日向屋を訪れた。
まあ昼過ぎと言っても世間的にはおやつの時間なのだが。
いくら日向屋の客足が少ないと言っても、潰れない程度には収入がある。ということは、休日の昼食時は忙しいだろう。そう予想してこの時間にしたのだ。
あれから数日しか経っていないわけだが、心なしか店内の置物が変わっているように思える。
具体的に言えば、ロリなグッズが減ってマッスルなグッズが増加。ガイのコレクションを生贄にフゥさんのコレクションが召喚されたのだろう。家庭内の力関係は見た目に左右されない証明になりそうだ。
「いらっしゃいませ!」
出迎えてくれた元気な声に俺は思わず固まる。
これまで日向屋を訪れた際は、基本的にフゥさんが出迎えてくれていた。
ガイが出迎えてくれる時もあるが、見た目的にフロア向きではなく、単純に厨房での仕事も多い。故に真っ先に話しかけてくるのはフゥさんだった。
だがしかし、今目の前に居るのはフゥさんではない。
見た目はカザミンと同じボーイッシュ系。ただカザミンと比べると髪は長めでひとつに結んでおり、背丈もやや低い。
胸に至っては……多分Cくらいだろう。着痩せするタイプだったら違うかもしれないが、少なくともカザミンほどのインパクトは見受けられない。
顔立ちに関してはやや幼さが残っており、カザミンがカッコ綺麗系とするならカッコ可愛い系になるだろう。年齢に関しては同じか少し下といったところか。
「あ、すみません。声大きかったですか?」
「あぁいや別に。てっきり小学生が来るものだと思ってたんで」
「小学生? ……ああフゥさんのですか。確かにあの人は小学生みたいな見た目してますけど、本人に言ったら怒られますよ」
「大丈夫、顔を合わせるたびに似たようなことは言ってるんで……ところであなたはどちら様でしょう?」
日向屋のエプロンを着ているのでおそらくバイトだとは思う。
ただ表にはバイト募集の張り紙はないし、バイトを雇ったという話も聞いていない。
今日が初日ということならそれまでの話だが、感じる雰囲気からして初日だとは考えにくい。
背格好がもっと小さければガイとフゥさんの子供という線もあるが、ふたりに子供が産まれたなら家族で祝ってるはず。
そもそも……あのふたりはきちんと夜の営みが出来るのか?
ざっと考えても身長差が60センチはあるわけだし。ガイのガイがどれほどの大きさは分からないが、体格で考えればそれなりのサイズだろう。
それをフゥさんが受け取められるのか?
基本的にふたりは互いに不満を抱いていなさそうだし、それを考慮するとガイのガイがフゥさんにジャストなサイズなのか?
「あの、何か考えてるみたいですけど……あたしとあなたは今日が初対面だと思いますので、今の質問も当然のことだと思いますよ」
別のことで悩んでいたのだが、どうやら俺にとって都合の良い解釈をしてくれたらしい。
何かお悩みですか? とか聞かれなくて本当に良かった。ガイやフゥさん相手ならともかく、初対面の女店員に言える内容でもなかったし。
「先ほどの質問ですが、あたしは
「これはどうもご丁寧に。この店にバイトさんが居たんですね」
「はい。始めたの夏休みからで、今は学校もあるので休日だけ働いてる感じですけど」
なるほど。
俺は夏休みはここに顔を出していなかったし、夏休みが明けてからも学校帰りに寄る程度。休日に来たのは今日が初めてになる。
この子が休日にしか入っていないなら今日が初対面になるのも納得だ。
「話を聞く限りお客さんってここの常連ですよね」
「常連というほど足は運んでないけど、まあここの店主達とは仲良くさせてもらってます」
「さっき会う度にフゥさんをからかってるみたいなこと言ってましたもんね」
言ってましたね。
あの人には毎度のように『ちっちゃい』と言っていますよ。やっぱりここに顔を出したら一度はあの人の『ちっちゃくないよ!』を聞きたいんで。
出来れば髪の毛も弄りたいんだけど、あんまりイチャイチャしてるとガイが嫉妬しちゃうから自重してる。友人の恋人を奪う趣味はないし、フゥさんって俺の好みとは真逆だし。
「そういえば今日はどのようなご用件でしょう? ガイさん達に用なら呼んできますよ。今休憩で奥に居るんで」
「いや、いいです。用がないわけじゃないですけど、別に急いでもいないんで。休憩が終わって出てきたらで大丈夫です」
ガイが休憩が終わるまでラノベでも読もうかと思ったが、待つにしても何も注文しないのは御影さんに悪い気がする。
なのでカウンター席に座って御影さんにコーヒーを頼んだ。
コーヒーの淹れ方が分からずにガイを呼ぶようなら別のものにしようかと思ったが、夏休みから働いて多分バイトもこの子しかいないため、そのへんも教えられているようだ。
まあそうでなければ、ガイ達が揃って奥で休むはずもないか。
「その、あんまり期待しないでくださいね。一応教えられてはいますけど、あんまりやったことはないんで」
「気にしてなくていいですよ。あいつのコーヒーもそこまで美味くないんで」
「そんなこと言ったらガイさんに怒られますよ」
そう注意する割に御影さんの顔は笑っている。
真面目そうに思えるが、意外といたずらが好きなタイプなのかもしれない。
御影さんがコーヒーを淹れてる間にラノベを取りに行く。
大勢のオタクを満足できるように様々なジャンルが用意されているが、大体家にあるものばかり。ロリやマッスルがメインのものは読んでいないものも多いが、知識を増やせば増やすほど店主達に絡まれそうなのであまり読みたくない。
そんな長く休憩するとも思えないし、コーヒーでも飲みながらスマホを弄って待つことにするか。
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
……何か気まずい。
客が無言でスマホを弄るのなんてよくある光景だ。店員は呼ばれでもしない限りは掃除なり何なりしていればいい。
しかし、今この店に居る客は俺ひとり。
それでいて汚れている場所はこれといってないように思える。そうなると必然的に店員はいつ呼ばれてもいいように俺の近くに控えるわけで。
よって御影さんは、営業スマイルのまま俺の前に居座っている。ただただ俺に営業スマイルを向けている。それに気が付いてしまったら、このままで居るのが微妙なのは察しが付くだろう。
「……暇なんですか?」
「えーと……ぶっちゃけ暇ですね。さっきまではそこそこお客さん居たんですけど、ピーク過ぎちゃいましたし」
「そうですか……そうでしょうね。やることなくて暇ならそのへんの本でも読んだらどうですか? ガイ達が何か言ってきたら俺が同意を求めるために読ませたって言いますんで」
「おぉ~それはなかなかに魅力的な提案ですね。でもバイトの身分で許可なくそういうことやっちゃうのも気が引けるというか、申し訳ないのでやめときます」
「真面目ですね」
「そうでもないですよ。友達にはいたずらしたり、からかったりしますし。お客さんがいない時とかは、ガイさん達とおしゃべりばかりしてるんで。こう見えておしゃべり大好きなんです」
基本的にレスポンスが早いし、誰にでも気さくに話しかけそうな雰囲気だから納得ではある。
ある意味、この子はカザミンのアナザーだな。
カザミンももっと自分から人に話しかければこういう子になるだろうに。まあ無理な話だろうが。中二病が完全に抜けないのも素で人と接するのが恥ずかしいからだろうし。
でもカザミンは今のカザミンで良い。だって恥ずかしそうなカザミンは可愛いから。可愛いは正義なのだよ。本人に言ったら軽く流されるだろうけど。最近のカザミンはスルースキルが上がって来てるから。
「というわけで……良かったらあたしとおしゃべりしてください」
「まあ俺でよければ」
どうせこっちも暇は潰さないといけないし、この子は話してて不快になるタイプでもない。
そもそもシャルやカゲトラさんといった面倒な女子と話すことも多い。それを比べたら大半の女子と話すのなんて気楽なものだろう。
なんだかんだ女友達を増やしたいだけでは?
と聞かれたら……べ、別にそんなんじゃないから。愚痴を聞いてくれそうな友達を求めているわけじゃないんだからね。
今だってカザミンが居るし。最近扱いが雑になりつつあるけど。
「ありがとうございます。じゃあ、あなたのお名前から聞いてもいいですか? ずっとあなたって呼ぶのも味気ないので」
「この場しのぎの世間話に味気って要ります?」
「要ります。だってあなた呼び続けてたら……多分『あ・な・た♡』とか呼び出しますから」
わぁ~新婚さんみたいな呼び方。
でもその意地悪な笑みからしてからかってますね。だけど可愛い。故に……
「まあ別にその呼び方でも」
「え、本気で言ってます?」
「ええ。悪い気分でもないですし、呼びたければどうぞ」
「意外と羞恥心がないというか、動じない人なんですね。これはからかいがいがありそうです」
怯むかと思ったけど燃えられてしまった。
そのやる気をこの店のことに向けるべきじゃないかって思ったりもするけど。まあ身近にはいないタイプだから新鮮ではある。
身近にいるのは……あの手この手を駆使して反撃の手を封じ、反撃可能な場合も罠が仕掛けている腹黒さんだし。
「というわけで、お名前を教えてください」
「何故に?」
「からかう選択肢の幅を広げるには、あなたの名前を知っている必要があるからです」
「なるほど。じゃ、そのやる気に敬意を表して少しおまけを付けてあげましょう。名前は鴻上秋介、職業は高校生です」
「本当に少しですね。得かと言われたら得ですけど……それにしても鴻上? 高校生の鴻上秋介さん?」
何やら思い出そうとしているが、俺達は初対面のはず。さっきこの子もそう言っていたし。いったい何を考えているのやら……まさか今の情報だけでからかおうとしているのか?
「……あ、もしやあなたはガイさんの親戚である鴻上さんでは!」
「え、あぁその鴻上さんですね」
「やはり。いや~ガイさん達から色々とお話を聞いていたので、一度お会いしてみたいと思ってたんですよ」
「あぁそうでしたか……ちなみにどんな話を聞いたんですか?」
「なかなかの二次元好きで、ゲームがそこそこ得意で、無類の巨乳好きだとか」
なるほど、なるほど……
「よし」
「え、あの、どこに行くんですか?」
「ちょっとロリコンの巨漢に1発かましに」
「親戚同士で仲良しエピソードを色々聞いたので親しいのは分かりますけど、さすがに暴力はダメですよ。ここのバイトとしては容認できません」
「そんなこと言っておしゃべりしたいだけでは?」
「それは否定しません。同級生とおっぱいトークとかしてみたいですし」
さらりととんでもないこと言われたぞ。
御影さん、まさか俺と同じおっぱい星人なのか? こんな二次元好きしか来なそうな店でバイトしているくらいだし、可能性はあってもおかしくない。
……し、仕方ない。
別に俺は女子とおっぱいトークとかしたいとは思わないけど、おしゃべりするとは約束しちゃったし。ここは大人しくおしゃべりに付き合ってあげますか。
「同級生ってことは御影さんも高校1年ですか?」
「そうですよ。西連寺女学院に通ってます」
西連寺女学院と言えば、この地区で数少ない女子高である。
女子高なので俺が他に知っていることは、そこそこ部活動の成績が良いということくらいだ。
「女子高の割に異性と話すのに慣れてますね。まあ俺が異性として見られてないだけかもしれませんが」
「いえいえ、ちゃんと異性として見てますよ。あたし、鴻上さんみたいな人がタイプだったりしますので」
「俺も御影さんみたいな人は嫌いじゃないですよ」
「それはどうも」
ここでテンパったりしないということは、やはり俺がタイプだというのもからかうために言ったのだろう。
なんて冷静を装っているが、正直ちょっとドキドキしました。ストレートに好意を伝えてくる女の子って貴重だし。
身近にもその手の女の子は居るだろって?
まあ確かに居るけど。でもさ、どこかずれたりしてるじゃん。普通の女の子は友人に触発されても服を脱ぐとか言いださないじゃん。
「女子高なのに男慣れしてるって話の続きですけど、あたしは小中は共学だったので。それにここでバイトもしてますし……ぶっちゃけ、前はもっと男勝りな感じだったのでそれが理由で女子高に入れられたんですよ」
「ほほぅ、男勝りですか。例えば?」
「女の子とお人形で遊ぶより男の子とチャンバラやったり。魔法少女より特撮ヒーローの方が好きだったり」
それは確かに男勝りだ。
まあ雨宮やカザミンもそっち寄りな気はするけど。いや、あのへんはシャルほどではないにしろ、どっちも網羅しているタイプか。
「感性が男の子に近いんでしょうね。だから深夜アニメとか見てると、ついおっぱいに目が行ったりしちゃって。自分のもあれくらい大きければ自信が持てるんですけど」
「さらりと返答しづらい話題をぶっこんできますね」
「そこは気にせず思ったことを口に出してください。鴻上さんが巨乳好きなのは分かっていますから。むしろ巨乳好きであるが故にあたしの胸にはそこまで反応しないだろうと踏んでの話題なので。さすがに自分の胸についてトークするのは恥ずかしいですし」
それを恥ずかしいと思うならこの話題自体を取り下げていいのでは?
そう思う一方、異性相手におっぱいについて熱く語らせることで俺を辱めようとしているのかもしれない。
やること為すこと理解できなかったりするシャルとは、別の意味で考えが読みにくい子だ。
「何やら話し声が聞こえるなって思ったらシュウ来てたのか」
休憩が終わったのか奥からガイが顔を出した。
何やらげっそりとした顔をしている。昼食時はそれほど大変だったのだろうか?
「あ、シュウちゃんだ。なになに、もしかしてトモちゃんのこと口説いてたの?」
フゥさんは、トコトコと駆けてくるなり笑顔で話しかけてきた。
抱き着いてこなかったのは、まあ俺がカウンター席に座っているからだろう。
しかし……何でフゥさんの顔はこんなにも輝いているのだろう。
いつも輝いた笑顔をしているとは思うが、今日は何か艶やかというか潤いが感じられる。ガイはげっそりしているのに……え、まさかだと思うけどそういうこと?
「シュウちゃん、どうかした? フゥの顔に何か付いてる?」
「いえ別に……ただ今日のフゥさんは可愛いというより綺麗だなぁっと」
「もうシュウちゃんったら! そんなこと言ってもケーキくらいしかあげないんだからね」
ケーキはくれるんだ。
でもケーキを作ってるのはガイだし、今のガイを顔を見ていると申し訳ない気分にもなってくるわけだが……気にすんな、食べたいなら食べろって顔してる。ガイさんは本当にお疲れなんだね。
機会があれば精の付くものでも差し入れしてやろう。でも……そしたらもっとフゥさんがフィーバーしちゃうのかな。夜の魔王様が頑張っちゃうのかな。
「しっかし、おめぇ今日は何しに来たんだ?」
「は? お前がダンボールの準備が出来たって連絡してきたんだろ」
「あぁそれはそうだが、今日の営業が終わったらおめぇの家に運んでやるって言ってなかったか?」
「言ってないなら俺が来ちゃってるんだろ」
そんなことも分からないくらい頭が回ってないんですか?
あの日からずっとフゥさんとお楽しみだったんですか?
良いですね恋人がいる人は。童貞からすると羨ましい限りです。まあフゥさんみたいな人を恋人にしたいとは思わないが。ロリを可愛いとは思っても性的には見れないし。
「まあいい。運んでくれるなら俺は帰る。コーヒー1杯で長居するのも迷惑だし」
「え、あたしとのおっぱいトークが終わってませんよ。それに長居したって迷惑じゃありません。多分閉店までそんなにお客さん来ないでしょうから」
「トモちゃん、確かにそのとおりなんだけどよ……もうちょっとオレの気持ちも考えてくれねぇかな」
「まあまあガァちゃん、もっとお客さんが来てくれるように頑張ろう。フゥももっと頑張るから」
小学生に慰められる巨漢、といった構図なだけにシュールだ。
このふたりが親子なら微笑ましいのだろうが……このふたりが客の目を気にせずイチャコラするから客が来ないのでは?
ここに来るのって基本的に非リア充だろうし。親子に見える組み合わせでもカップルが目の前でイチャコラしてたら思うところはありそうだもの。
「そんなわけなので鴻上さん、あたしとおしゃべりしましょう」
話したい話したいもっと話したい!
そう笑顔で訴える御影さんの押しに負けた俺は、再びカウンター席に座った。
俺が帰ることが出来たのは閉店後。ガイにダンボールと一緒に家まで送ってもらう流れになったことで限界までおしゃべりに付き合わされたのだ。
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