第15話 「鴻上、ちょっと話そっか」

 はい、ご飯食べ終わりました。

 今はデザートタイムに入っております。言い換えますとお喋りタイムですね。


「ん……ごろごろ……ごろごろ」


 何が起こっているのか説明します。

 ご飯をたくさん食べて機嫌が良くなったのか、雨宮さんは壁際に横たわっていた抱き枕を回収。そして現在床でゴロゴロしてます。

 いや~実に可愛いですね。

 もしかすると、このまま寝ちゃって雨宮さんの寝顔が見れるかもしれません。女の子の寝顔って特別な感じがあるから良いよね。マジで見たいよね。寝ている雨宮さんのほっぺをツンツンしたりしたいな。


「鴻上くん」

「どうしたカザミン……何だこの袋は? まさか前に言っていた同人誌を」

「違うッ!」


 おっふ……鼓膜になかなかのダメージ。


「君はバカなのか! 今日集まった理由を考えろ。そんなものを持ってくるわけないだろ。仮に持ってくるとしてもだ、秘蔵のものをこんな安っぽいビニール袋に入れてくるわけないだろ」


 ガチな顔で言わないでよ。君の持つ秘蔵のものがどういうものなのか怖くなるじゃん。

 絶対それを我が家に持ち込んだりしないでね。

 俺には我が物顔で部屋に出入りする頭のおかしい幼馴染も居るし。何より女の子の裸が書かれているものならまだしも、男達が裸でくんずほぐれつしている本が親に見つかったら大変だから。

 うちの親、エッチぃことには寛大だけど恋愛対象は女の子であって欲しいと思ってるはずだから。俺も恋愛するなら女の子が良いと思ってるから。


「まったく、分かっているのにふざけるのは君の悪いところだぞ」

「あのなカザミン、ブラッキー先生だってシャムネコさんの尻尾をいきなり握ったりするだろ? 俺は彼のそういうところもリスペクトしている」

「ブラッキー先生に尻尾を握れられたシャムネコさんの気持ちを考えなさい。彼女持ちの男の子からちょっかいを出される女の子の気持ちを考えなさい」

「はい、すみませんでした」


 これ以上ふざけるのも悪手なので、素直に謝りカザミンに立て替えてもらっていた代金を渡す。

 ビニール袋に入っているもの。それは月刊誌だ。

 そのタイトルは《月刊ICO》。名前のとおりICO関連の情報が掲載されている雑誌である。

 何故これをカザミンに買ってきてもらったか。理由は単純にして明快。新たなステージに突入するICOに供えるためだ。


「ICO、更なる次元へ……」


 キャッチコピーも盛大である。いやそれも当然か。

 現在ICOは、決闘王国デュエルキングダムが終了した数日前から大型アップデートのためにメンテナンス中。

 新装備、新クエスト、新フィールド、新モンスター、上位スキルの実装、それに伴う各種族のステータス及びスキル補正の見直し……と、今回のメンテナンスで行われることは多い。

 噂では大規模参加型の攻略対象として、天空城のようなものまで実装される予定だとか。ならばサプライズでオリジナルスキルアーツも来るのでは!? とプレイヤー達は胸を膨らませている。故に……


「運営には焦らずメンテしてもらいたいところだ」


 今も頑張っているであろう運営様にエールを送るような気持ちでページを開く。

 プレイヤー達が最も恐れているのは、メンテナンスが明けたのに再度メンテナンスに入られること。

 変更や新規実装が多いだけに多少の不具合は仕方がない。

 それは全てのプレイヤー……は言い過ぎか。だが大多数のプレイヤーは理解している。だから運営さん、延期するなら延期して良いからじっくりやってね。


「……むむ」


 アップデート後の内容に関して掲載しているのは雑誌の中盤からなのだが、思わず序盤の特集でページを捲るをやめてしまう。

 特集で取り扱われている内容。それは先日の決闘王国についてだ。

 特に決勝戦は濃く深く、そして熱く語られている。これを読んでいるだけであの戦いが脳裏を駆け巡りそうだ。

 しかし、それ以上に俺の目を引いたものがあった。


「これは……」


 それは最強のプレイヤーであるカゲトラの写真。

 ICOはアバターを現実の姿から大きく変えることは出来ないため、リアルのカゲトラも似た容姿をしていると考えられる。

 顔立ちや雰囲気からして年齢は俺よりも上だろう。個人的には大学生くらいがしっくりくる。

 容姿はまさに大和撫子だが、軍神と称されるだけあって力強い眼差しだ。

 目の前で睨まれたら小さい子は泣いてしまうんじゃないだろうか。俺としては凜とした女性は好きなので問題ないが。

 アキラも成長するとこんな感じになるのだろうか。そう考えると、今のアキラはある意味カゲトラさんの下位互換になってしまうが。

 ……話を戻そう。

 何より俺の意識を惹いてやまないもの。それはカゲトラさんの胸だ!

 着物で押さえつけられているわけだが、確かな膨らみがある。これはなかなかのプレッシャーもとい逸材だぞ。おそらくE……さらしを巻いてるとすればそれ以上の可能性も。


「お~これはこれは」


 …………終わった。

 今俺の背後に居る金髪メガネの魔女がその気になれば、俺は雨宮さんからボコられる。今日の彼女の機嫌と見開いていたページから考えれば、雨宮式ストライクでは済まないだろう。

 最低でも2連撃技である雨宮式バウンサーと考えるべきだ。

 ストライクの方でもまともに受ければ気絶するというのに、それが2発飛んでくる。人生で初めて救急車に乗る事態になってもおかしくない。

 いや……雨宮さんは努力家だ。それに先日の決闘王国で更なる高みへ到達したように思える。以前16連撃を習得すると言っていたし、未完成ながらそのひな形はすでに完成しているのではないだろうか。

 もしも雨宮式ストリームなんてものを食らったら……考えたくもない。よし、考えるのはやめよう。どうせ俺の命運を握っているのはシャルさんだし。


「シャルさん、何か御用ですか?」

「用がないと話しかけちゃいけないんデスカ?」

「いえいえそんなことは。でも何か言いたげな顔してますよ」


 表向きは普段どおりの笑顔ですけどね。

 でも俺には分かります。だって幼馴染だもの。この幼馴染が魔女だってことを知っているもの。来るならさっさと来いッ!


「さすがはシュウ。ワタシのこと分かってマスネ。では言わせてもらいマス」


 やっぱやめて!

 後日この埋め合わせというか口止め料は払いますから言うのはやめてください。せっかく雨宮さんの機嫌が良くなったのにそれを口にしたら急転直下しちゃう。

 嘘を吐くのは良くないことだけど、時と場合によっては嘘も必要だと思うのです。誰かのために吐く優しい嘘だってあると思うんデス!


「決起会はまだまだこれからなんですから雑誌を読むのはあとにすべきデス。ワタシを含めみんなとお話ししましょう」


 シャル大好き、愛してる!

 今のお前にならお金を貸すこともやぶさかでないよ。いや~俺は良い幼馴染を持ちましたわ。


「というわけで……はい、あ~ん」


 前言撤回。

 シャル、お前は悪い幼馴染だ。何が「というわけで……」だ。お話ししましょうって流れから何故チョコレートブラウニーを「あ~ん」する展開になる。

 別にシャルさん相手に緊張とかしないし、女の子から「あ~ん」されて嫌な気はしませんよ。

 でもさ、この場には雨宮さんやカザミンも居るわけ。さすがに人前で「あ~ん」されるのは俺も恥ずかしいのですが。


「あのねシャルさん、そうい……」


 言い切る前にねじ込まれました。

 ちょうど良い甘さでとても美味しいです。ただチョコレートブラウニーを刺していたフォークは金属製。それを強引に人の口に入れるのは危ないと思うんだ。勢い余って歯茎とかに刺さったら出血しちゃうし。


「美味しいデスカ?」

「はい、それはとても」

「だそうデスヨ、風見さん!」

「いや、こっちに振らなくていいから」


 なんて言ってるけど、カザミンの顔赤くなってる。

 王子様でもない俺に褒められてそんな反応するとか、カザミンって可愛いよね。


「何を言ってるんデスカ。本当にこれ美味しいデスヨ。風見さんはきっと子供から好かれるお母さんになると思いマス」


 カザミンの顔がさらに赤く染まる。

 でもそれはシャルから褒められたからというより、シャルが先ほど俺の口に触れたフォークでチョコレートブラウニーを自分の口に運んだからだろう。

 簡潔にまとめると、カザミンは俺とシャルの間接キスを見て興奮したのだ。

 カザミン、高校生にもなって間接キスくらいで妄想が爆発するとか……お前マジで可愛いな。今すぐ真友って関係やめよう。

 多分だけど俺、お前のことずっと女の子として見ちゃうから。エッチな目を向けちゃうから。お前の理想の真友にはなれねぇよ。


「…………」


 雨宮さ~ん、何で無言でフォークをチョコレートブラウニーに刺したのかな?

 もしかしてシャルの真似をして俺に「あ~ん」してくれるの?

 それなら喜んで受け入れるけど……さすがに口に入るサイズに切り分けたものじゃないと無理です。今のそのサイズは絶対に入りません。

 あとチョコレートブラウニーが刺さったフォークを、肩に担ぐように引き絞るのやめてください。チョコレートブラウニーの塊を雨宮式ストライクでねじ込まれたら窒息死してもおかしくないです。

 それがなくてもフォークって武器だから。雨宮さんが持ったら凶器にもなっちゃうから。だからマジでやめて。俺まだ死にたくない。


「風見さんはシュウに『あ~ん』しないんデスカ?」

「ななな何で私がそんなことしなくちゃいけないんだ!? わ、私と鴻上くんはそういうことする関係じゃない。もっとこう清らかな……!」

「真の友達とか言う割に間接キスくらいでアウトなんデスカ? 仲の良い友達って回し飲みとかしますよね? まさか……真友ビジネス」

「その言い方はやめろ! 恋人のフリとか代わりに謝罪に行くビジネスはあるけど、私はそれに属することはやっていない。私と鴻上くんは純粋に真友だ!」


 カザミン……ごめん、そっちはともかく俺は純粋に真友はやれてないと思う。


「あぁ分かった、分かったよ。そこまで言うなら『あ~ん』くらいやってやろうじゃないか。思春期を迎えたばかりの中学生でもあるまいし、その程度で私を辱められると思うなよ」


 思うなよって……すでに辱められるルートに入っちゃってるよ。

 本当カザミンはシャルさんとは相性が悪いよね。シャルさんにとってカザミンはきっとチョロインだよ。からかうのにちょうど良い玩具にされてるよ。


「鴻上くん、私は今から君にこのチョコレートブラウニーを食べさせる。だが勘違いするな、これは接して君に対して特別な感情があってするわけじゃない。真友ならばお菓子などを共有してもおかしくない、という考えに基づく行動だ」

「シャルに乗せられたからって無理しなくても」

「無理なんかしてない! というか、それは私から『あ~ん』されるのは嫌という意味か? 散々私にエッチな目を向けてたくせに本当は私みたいな女には興味がないのか!」


 嫌でもないし興味もあります。が……今のあなたはとても面倒臭いです。

 なんて言ったら今のカザミンは泣くかもしれないし、ここは好きにさせることにしよう。あとで思い返して悶絶しても俺は知らん。


「したいならどうぞしてください」

「最初からそう言えばいいんだ……念のために言っておくが、私は君のことなんて何とも思ってないからな。真友としてしか見てないからな」

「はいはい、分かってますよ」

「本当に分かっているのか? まあいい……いいか? 行くぞ? 行くからな?」


 そういうのいいからやるなら早くやって。時間が経てば経つほどお互い恥ずかしくなってくるだけだから。


「あ……あ~ん」


 カザミンすでに涙目。顔も予想通り真っ赤です。

 何なのこの羞恥プレイ。雨宮さんはじっと見守ってるし、シャルさんなんて若干興奮してるし。カザミンを性転換して男同士の「あ~ん」でも想像してんのか。

 みたいに別のこと考えてみたけど……うん無理。俺も徐々に恥ずかしくなってきました。

 だってカザミン、自分のこと卑下するけど俺から見たら普通に可愛いからね。女の子らしいところたくさんあるからね。

 しかも普段はカッコいい系なわけで……そんな子が恥ずかしさ我慢して「あ~ん」とかしてきたら意識するに決まってんじゃん。


「……どうかな」

「……美味しいです」


 嘘、本当は味なんて分かりません。

 いやそれも嘘。甘いとは感じております。でもさっき食べたのより格段に甘いね。別の甘さが加わってるね。

 せっかくアキラさんのことが一段落したのに……今日を境にカザミンとギクシャクしたら本末転倒だよね。


「鴻上、次はわたしの番」


 だと思ってました。

 ただね雨宮さん、ここまで来たらあなたの「あ~ん」も受け入れますよ。雨宮さんのことだからノーと言っても、自分だけ仲間外れは良くないとか言うだろうしね。

 しかし、これだけは言わせてくれ。

 今身体中から発している「ゴゴゴ……!」って効果が付きそうな覇気は仕舞ってくれないかな。何されるか分からなくて怖いから。


「あのー雨宮さん」

「ん」

「さすがにもう少し小さくしてくれないと口の中に入らないと言いますか……」

「鴻上なら大丈夫」


 大丈夫じゃないから言ってるんです。

 雨宮さんは俺のことを何だと思ってるのかな? もしかして神食いの武器みたいにパワーを溜めたら大きな口が現れるとか思ってる? ははは、まさかね……

 ――直後。

 天啓のように可愛らしい腹の虫が鳴った。その発生源は俺の目の前、つまり雨宮さんである。言うまでもなく雨宮さんの頬は徐々に赤く染まっております。

 雨宮さんはここに居る誰よりも食べていたはずだが、彼女は腹ペコキャラになってしまったのだろうか?

 それとも不機嫌な時間が続くと消化が早くなる特殊体質?

 何にせよ反撃の糸口はここにしかない。


「雨宮、俺のことはいいからお前が食べな」

「ん……だけどこのままじゃわたしだけ仲間外れ」

「なら俺がお前に『あ~ん』してやろう。そうすれば仲間外れにはならないはずだ」


 自分でも言っててよく分からん理論だが、今大切なのは勢い。ここを逃せば雨宮さんが覇王に戻るかもしれない。ならば進むほかにあるまいよ。

 というわけで雨宮さんからチョコレートブラウニーをふんだくり、小さく切り分けます。切り分けたひとつをフォークに刺し……いざ行かん雨宮の口へ!


「はい、あ~ん」

「ん……あ、あ~ん」


 こいつはやべぇ。

 同年代の女の子の口に何か入れるって背徳感あるね。

 それにちょっと恥ずかし気な姿が可愛らしくもあるし、世の中の恋人が互いに「あ~ん」する気持ちが分かった気がする。


「マイさんだけずるいデス! シュウ、ワタシにも『あ~ん』してください。出来ればチョコレートブラウニーではなくクッキーで。シュウの指まで咥えてチュパチュパしますから!」

「嫌です」

「何でデスカ!?」


 だって多分お前に「あ~ん」してもドキドキとかしないし。今の空気感で指を咥えられても興奮しないだろうから。


「俺は今からこれ読んで今後のICOに供えないといけないから」

「そんなのあとでみんなでやればいいじゃないデスカ。そういう態度を取るならワタシにも考えがありマス。マイさん、さっきシュウはカゲトラさんのページを熱心に見てました。エロい目でカゲトラさんのこと見てましたよ!」

「シャル、貴様……!」

「鴻上、ちょっと話そっか」


 覇王降臨。

 いや魔王か。きっと俺は今から雨宮さんに成長した魔砲少女が教え子にやったようなO★HA★NA★SHIをされるんだろうな。

 ふぅ……今思い返してみると短い人生だった。みんな、もしも生き残ることが出来たらまた会おう。



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