第16話 「まったく君という男は」
長かった夏休みも空け、ついに2学期が始動した。
とはいえ、2学期初日は始業式だけだ。課題をきちんと終わらせていれば、億劫なのは校長の話くらい。それを乗り切れば、あとはそれぞれのクラスで明日からの諸注意を聞いて終わりである。
そのため12時を回った頃には、部活動で残らない生徒は下校を始めていた。
ちなみに長期メンテナンスを行っていたICOは、今日の12時にメンテナンスが終了する予定だ。先ほどスマホで確認してみたが、延期することなくメンテナンスは明けたらしい。
つまり、新たなステージに突入したICOはすでに始まっている。
故に雨宮やシャル、アキラといったガチ勢とも呼べるメンツは即行で帰宅した。
「くっ……何もないあいつらが羨ましい」
俺も本来であれば即行で帰ってICOをプレイするつもりだった。
だが今朝母親に頼みごとをされてしまったのだ。断ればお小遣いはないと脅されれば、バイトをしていない高校生は承諾するしかあるまい。
なので俺は、家に帰ればすぐさま出かけなければならない。
終了時間が分かっている頼み事ならまだやる気も出るのだが、相手から追い返されたりしない限りは数時間は拘束されるはず。
よって迅速な行動は拘束時間が伸びるだけかもしれない。それだけに帰る足取りは自然と遅くなってしまい……強い日差しにも焼かれてさらにグロッキーだ。
「……ん?」
前方には信号待ちをしている生徒がひとり。
服装は俺が通う高校の夏服。スカートを履いているので女生徒なのは間違いない。加えて綺麗に伸びた背筋に短めに切り揃えられている黒髪……あの後ろ姿から察するに我が真友ではなかろうか?
その疑問を晴らすべく近づいて女生徒の隣に立つ。
残暑を感じさせない涼しげで爽やかな顔立ち。全体的に引き締まりすらりとした体型だが、胸部だけは凄まじいインパクトを放っている。
ちょっときつそうにも見えるけど、制服のボタン飛んじゃったりしないのかな。というか、制服ってこんなにエロく見えるものだっけ? この子が着てると凄く健康的なエロスを感じるんだけど。
すいません、話が逸れました。女生徒は予想通り我が真友のカザミンだったよ。あ、目が合った……
「鴻上くん、何故目を逸らす?」
「信号を確認しただけだが?」
実際に信号があるだけに嘘だとは思うまい。
本当はあのままカザミンの胸を見ていると、もうひとりの俺が目覚めそうだったからだが。
やはり定期的に欲望は発散しておかないと危険だな。
こんな真昼間、それも外で覚醒させていたら変態扱いされるに違いない。今日の夜にでももうひとりの俺を解放しておこう。
「……そういうことにしておこう」
「時にカザミン」
「カザミン言うな」
「ならば悠里」
「……カザミンでお願いします」
カザミンって本当に初心だよね。
普通ならカザミンよりも下の名前で呼ばれた方が恥ずかしくない気がするんだけど。まあ乙女なカザミンのことだから下の名前で呼んで欲しいのは恋人だけかもしれないが。
でもですよ、悠里をもじってユーリンとでも呼ぶとするじゃないですか。そしたらカザミンは悠里呼びを許可してくれるのでは?
ま、実行はしませんけどね。
だってこれだと俺がカザミンのこと口説きたいみたいだし。カザミンとは今よりも仲良くはなりたいと思いますが、恋人になりたいとは思っておりません。
だけど俺は男で、カザミンは女。故に俺が彼女に恋する日が来る可能性は否定できないね。みんなも知ってるだろうけど、カザミンって可愛いところたくさんあるから。
「時にカザミン」
「何かなシュウちゃん」
「今日もひとりなの?」
「君は私にケンカを売っているのか? その言い方だと、まるで私がぼっちみたいに聞こえるんだが」
その言い方だと、まるで君がぼっちじゃないみたいに聞こえるんですが。
「この際だからはっきり言っておくが、私は断じてぼっちではない」
「俺なんかと真友になってるのに?」
「私からすれば君は十分魅力的な人間だ。だから自分を卑下するような言い方をするな。君自身にも私にも失礼だ」
相手の目を見て、そういうことをさらりと言えるカザミンは凄いと思う。俺がもしもラノベを書いたりするときは主人公の参考にさせてもらうよ。
なんて考えていたら信号が青になりました。なのでカザミンと一緒に歩き出す。帰ってもメリットはないが、外に居ても暑いだけだから。
「……まあ君にも直すべき点はあるが」
「直すべき点? ……学校がない日はつい二度寝してしまうことか」
「分かっててふざけるのはやめろ。君にはそれ以上に直すべき点があるだろ。人の胸をチラチラ見るな」
だって視界に入っちゃうんだもん。
俺の方が身長高いし、カザミンの胸元には学年を示す赤いリボンがあるせいで余計に注意を引かれるんだもん。
それに……Fカップのお胸が視界に入ったら男なら無意識に見ちゃいますって。生理現象です生理現象。俺ばかり悪いみたいに言わないで欲しい。
「ならばカザミン、お前ももう少し自覚するべきだ。自分が魅力的な女の子であることを」
「魅力的ってどうせこの胸だけだろ。私の胸が真っ平らだったらエロい目を向けたりしないくせに」
い、いやそんなことはありませんよ。
女の子の魅力は胸だけじゃないですし。カザミンの太ももとか健康的で魅力的だと思うなぁ。
たとえカザミンの胸がFカップじゃなかったとしても、俺はきっとエロい目は向けたと思う。向ける回数は減るかもだけど。
「……カザミン、確かにお前の胸は魅力的だ。だがそれだけがお前の魅力ではない」
「言い出しまでに間がなければ響いたかもね」
「カザミン許しておくれよ。どう頑張っても君を女の子として見ないのは無理だから。女の子として見る以上はそういう目も向けちゃうから」
弁解するように言ってるけど、冷静に考えるとこれってただの言い訳だよね。自分をどうにか正当化しようとしてるだけだね。
でもだからってどうしろと……
俺がカザミンにエッチな目を向けているのは事実。ここで適当なことを言っても意味を為さないよね。カザミンに嫌な思いをさせないなら距離を置くしかなくね?
「……鴻上くん」
「どうしたカザ……」
真剣な……でもどこか泣きそうにも思える彼女の顔。
それを見た瞬間、俺は一度口を閉じて気持ちを入れ替えた。いつものように接する場面ではないと感じたのだ。
「どうした風見」
「君は……本当にこの胸を魅力的だと思っているのか?」
「思ってる」
「ならこの胸を含めた私自身はどうなんだ? 私は……男勝りというか男のように見える顔立ちをしてる。なのに身体は女性らしく成長して……アンバランスな気がしてならない」
風見はボーイッシュな顔立ちをしている。性格的に男子とも趣味が合うことも多いはず。性格だって人見知りというわけでもない。
それを考えれば、昔は男子と距離感を考えずに接していたのかもしれない。
だが今の体型を考えれば、風見の成長は他の女子よりも早かったのだろう。小学校の高学年にもなれば、男女共に異性を意識する。どんなに性格の相性が良くても距離感は変わるものだ。
もしも風見の顔立ちが今よりも可愛らしかったのなら。もしも風見の身体つきが女性らしい丸みを帯びていなかったのなら。風見はこれほどコンプレックスを感じることはなかったのかもしれない。
「……確かに属性的に見ればアンバランスだろう」
「ぅ……」
「だがそのアンバランスも風見の魅力だ」
「え……」
正直セクハラで訴えられるかもしれないし、今日を境に関係が終わるかもしれない。だがここで逃げるわけにもいくまい。
風見悠里という少女がいかに魅力的なのか伝えること。少しでも風見悠里という少女が感じているコンプレックスを和らげることが出来なければ、俺は真友なぞになれるわけがないのだから。
「いいかよく聞け、お前はある意味男の理想を体現した存在だ」
「り、理想……?」
「そうだ、理想だ。漫画やラノベを扱う本屋の娘のくせに何故それが分からん」
俺と風見とでは性別が違う。
なので完全に理解されるのはそれでそれで問題かもしれないが……今はそんなことどうでもいい。
「風見、お前のそのボーイッシュな外見と巨乳はギャップを生み出す。お前の言うアンバランスさがあるからこそ、お前が誰よりも女の子でありたいと望むはずだ。だからこそ、自分の容姿にあった言動をしようとしてもお前はちょっとしたことで一喜一憂する。そのお前の姿は正直に言って可愛い」
「か、可愛……!?」
「そういうところですよ風見さん! 今のお前、凄く可愛い。だからここ最近、俺はお前によく萌えている」
昼間の道路で何を言ってるんだろう、と思わなくもない。
だがそんな冷静な自分は今は要らん。風見が顔を赤くしている今がチャンス。本心なんてそうそうぶつけられるわけじゃないんだ。ここで全て撃ち込む!
「風見、おそらくというか絶対俺はお前にエッチな目を向ける。お前のコンプレックスを刺激するだろう。故にお前が望むなら真友という関係を終わらせて、距離を置いたっていい。それくらいの覚悟は持っている」
「鴻上くん……」
「だが、風見が俺のそういうところも含めて受け入れて真友を目指してくれるのであれば……もしも誰かが風見の容姿をバカにしたときは俺がどうにかする。俺だけはお前の味方で居るし、お前のことを肯定する」
「……もしかしたら……学校中が敵になるかもしれないよ」
「俺は別に人に好かれるために学校に行っているわけじゃない。というか、それはそれでありだ。風見のFカップを独り占めできるわけだしな」
……やっちまった。
最後の最後でとんでもない本音がポロリと。これじゃ結局俺は風見の胸しか興味ないみたいになるじゃん。終わった、絶対に終わった。風見との関係は今日で終わりだ。
「……まったく君という男は」
風見の発した低い声に顔を思いっきり叩かれる、そう思ったのだが……風見はかばんを持っていない方の腕を俺の肩に回してきた。
身長差的に俺は前傾姿勢になってしまうが、問題はそこではない。現在の密着度は二人三脚の状態にも等しい。つまり風見さんの胸が当たっているわけで……
「あのー風見さん、この距離感はあまりよろしくないと思うのですが?」
「確かに男女の距離としては良くない。だが私と君は真友だ。それに……君はどうあっても私にエッチな目を向けるのだろう?」
「それは……まあ」
「なら気にし過ぎるのもバカらしいというか、事前告知されているのに気にしていたら私の方がよほどエッチに興味があるようじゃないか」
実際に興味はあるんじゃないでしょうか。
風見さんってシャルと違ってオープンじゃないけど、スケベなのは間違いないだろうし。俺の周囲ではむっつりスケベ筆頭だと思います。
「それにだ……人は慣れる生き物だからね。そのうち私は君の視線に何も感じなくなるかもしれない。逆に君にとって私の胸が身近なものになり過ぎて、興味を抱く対象ではなくなるかもしれない」
「き、貴様……そのために恥ずかしさを押し殺して、男女にあるまじき距離に踏み込んできたと言うのか!」
「違うよ鴻上くん。男女にあるまじき距離でも何も発生しない。それこそが真友の距離だ。その距離を手に入れるためなら……私は多少のことは目を瞑ろう。羞恥心なんて捨ててしまおう。何かを得るためには何かを捨てなければならないのだから」
確かに世の中は等価交換かもしれない。
だがお前のそれは俺に鋼の精神がないと成立しないことだぞ。俺が我慢できずに押し倒しちゃったりしたらどうするの。カザミンルートに入ったらどうするんですか!
「もしも君が私を傷物にしたときは……ちゃんと責任は取ってもらうから。一緒に風見書店を継いでもらう」
「まさかの婿養子だと」
「鴻上悠里よりも風見秋介の方が語呂が良いじゃないか」
それは人によるのでは?
「時に鴻上くん、君は私に構ってていいのかい? 今日はICOのアップデート完了日だが」
「あいにく終了時間が分からない予定が入っているんでな。早く帰っても意味がない。遅くなるのもアウトだが……そういうカザミンは俺に絡んでいて良いのか?」
「どうせ私は店の手伝いだ。ICOは出来るにしても夜からだよ」
「お前も大変だな」
「もう慣れたよ。ただ少しでも同情してくれるのなら今度クエストに付き合って欲しいものだね」
「それは構わんぞ」
雨宮は上位スキルの熟練度上げをしばらくやるだろうし、シャルは鍛冶屋として新しい武器を作るだろう。アキラとの一件も片付いた俺はぶっちゃけ暇なのだ。
「じゃあ夜にでも連絡するよ」
「了解……ところでカザミン」
「何かな鴻上くん」
「いい加減この体勢はきついんですが。密着状態を続けるならお姫様抱っことかの方がこっちとしては楽です」
「バ、バカなのか君は! こんな場所でおおおお姫様抱っことかされたら恥ずかしくて死にたくなるだろ。そういうのは特別な時に特別な相手に対してやればいいんだ! それに……最近ちょっと」
体重が増えちゃったんですか?
表情を見る限り増えちゃったんでしょうね。
あのねカザミン、女の子ってすぐ体重を気にするけどさ、多分男はがりがりより少しお肉がある方が好きだと思います。その方が健康的に見えるし。
「分かった。ならICOでカザミンがピンチになった時は、お姫様抱っこではなく突き飛ばしたり、放り投げて助けることにしよう」
「そこはお姫様抱っこで良いよ!」
「え、弾みでカザミンの胸を触ってしまうかもしれないのに? 太ももの感触を堪能しちゃうかもしれないのに?」
「前者はともかく、後者は確実に故意に触る気満々だね! 今後もし実行してみろ、まずはあっちの世界で責任を取らせるからな!」
まずは……だと。
つまりそれはICOで粗相をしたらICO内で結婚させられ、そして現実でも将来的に結婚するということですか? そして行く行くは子供を作って幸せな家庭を……
真友ルートは風見ルートに発展する可能性を含んでいるのか。でもシャルさんルートよりは堅実な人生が送れる気がする。意外と悪くないのでは……。
「仕方がない。そのときは俺も覚悟を決めよう」
「……その男らしさはもっと別のところで発揮しなよ」
「ならば風見書店で何か買って帰ろう」
「それは別に男らしさ関係ないのでは? でも毎度お買い上げありがとう」
「いえいえ。何か良いの入ってます?」
「入ってるよ、君好みの巨乳ヒロインばかり出る新作がね」
巨乳ヒロインは好きだけど、別に巨乳ヒロインさえ出ていればラノベを買うわけじゃないからね。
ストーリーとか他のヒロインとのバランスとか、そのへんも大切ですよ。まあ新作の場合、表紙のイラスト次第では衝動買いもしちゃうけど!
「それに良い機会だ。今日は私好みのものも君に買ってもらおう」
「自分の趣味を他人に押し付けるのは良くないと思います」
「私のことをもっと知るためだ。我慢したまえ」
この子、少しだけ枷が外れてない? もっと常識的な子じゃなかった?
ただ……悪い気はしない。何でも言い合える友人が出来るというのは喜ばしいことだ。
そういう意味では、2学期の始まりは風見との真友としての日々が始まった日でもあるのかもしれない。
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