第14話 「ビジネス腐女子だったんデスカ?」

 夏休み最終日。

 俺は家に雨宮達を呼んで決起会を開こうとしていた。だって明日からまた学校が始まるんだもの。

 まあ明日は始業式だけだから昼には帰れるんだけどね。

 でも高校の2学期って色々とイベントが多いじゃないですか。それを無事乗り越えるためにも気合は大切なのですよ。

 ……というのも理由ではあるんですが、本命は別にあります。

 先日の決闘王国デュエルキングダムが行われたじゃないですか。皆さんご存知のとおり、我が師匠は惜しくも決勝で負けてしまいました。

 個人的には、ICOの歴史に残る名勝負だったと思います。でも本人からすると本気で戦っただけに悔しさも凄いようでして……今も非常にむくれております。


「……ん……ん……んぅ」


 雨宮さん、心中はお察しします。でも今マウントを取っている抱き枕は、抱いて寝るためのものであって殴るものではありません。

 誤解がないように言っておくが、今雨宮さんが八つ当たりしている抱き枕は俺のものじゃないからな。金髪で巨乳(推定Fカップ)が女の子のイラストが描かれているけど、断じて俺のものではないぞ。

 あれはシャルさんがお昼寝用と言って以前我が家に持ち込んだものだ。普段は俺の部屋の隅に鎮座している……使ってないのかって?

 フフフ……バカだな。

 俺は二次元に理解のある男子高校生だぞ。あんなもの使ったらムラムラしてきて逆に寝れないじゃないか。

 ……さて。

 何故リビングで決起会を行おうとしているのに雨宮さんの手元にあるか?

 それも簡単な話だ。何かを抱き締めると落ち着くことってあるだろ。だからシャルさんが俺の部屋にいつものように無断で入り、雨宮さんに貸したって話さ。


「……むかつく」


 雨宮さん、それはカゲトラさんに負けたことに対してだよね?

 今マウント取ってる抱き枕に対するものじゃないよね?

 何でそんな考えが俺の中に浮かぶのか。それは……抱き枕の描かれている女の子は先ほども言ったが巨乳。推定Fカップ。リアルで言えば今キッチンで作業しているカザミンほどの大きさだ。

 雨宮さんのお胸のサイズはおそらくD。自分より大きいお胸に対して思うところがあるのは、これまでの雨宮さんの言動からも分かることだろう。

 何より……雨宮さんがさっきから殴ってる場所、抱き枕のお胸なんですよね。まるで自分より大きい胸は滅べ! と言わんばかりに。


「マイさん、さっきから何をやってるんデスカ!」


 カザミンと一緒にキッチンで作業していたシャルが現れた。

 どうして俺の幼馴染は時折気配もなく、瞬間移動するかのように現れるのだろう。普通その手のスキルは、幼馴染ではなく執事が持っているものではないだろうか。


「ごめん、これシャルなのに……」

「ごめん、じゃないデスヨ! やるならもっと徹底的に。雨宮式ストライクを撃ち込むつもりでやってください。じゃないと中身を低反発素材に変えた意味がないじゃないデスカ!」


 え、何それ。

 いや別に中身を入れ替えるのは持ち主の自由だけどさ。あの抱き枕、昨日まで普通の綿だったよね。俺の部屋でクテ~んって倒れてたよね。

 取りに行った時に入れ替えたのかもしれないけど。そんなに早く中身を入れ替えることって出来るの? って疑問はあるけど。でもそれは今は置いとく。

 だけど、これだけは言わせて。

 ねぇシャルさん……俺の部屋に入ってた綿ぶちまけてないよね!? 俺の部屋、モフ味溢れる空間になってないよね!


「シュウ、どうかしましたか? ……あ、なるほど。大丈夫デース、雨宮式ストライクを撃ち込んでも床が抜けたりしません。ネットの知り合いに頼んで計算もしてもらいましたから!」

「そういうことは気にしてないんだけど。でも配慮してくれてありがとう。さすがに床に穴が空いたらうちの親でも怒るだろうから……でもねシャルさん、無闇に顔も知らないような相手に頼み事しちゃダメだよ」


 まあイベントとかで顔を合わせてるけど、普段は遠くてネットでしか交流が取れない相手だとは思うけどね。

 こう見えて俺の幼馴染、ナンパ対策とかちゃんと考える子だし。大体俺が利用されて新たな弱みを握られたりするんですが……。


「シュウ……何でワタシのことなんか心配してるんデスカ! いや普通に嬉しいデスヨ、でも優しい感じよりは無愛想に言ってくれた方がさらに良かったデス。だけど今日はマイさんを励ます会のはずデス。心配する相手が違いマスヨ。シュウはおバカさんなんデスカ!」

「バカなのはお前だよ。何でそういうこと言っちゃうの? バカなの? 本人が目の前にいるんだよ。分かりやすいくらい現在進行形で気にしてるんだよ。お前が摂った栄養は頭には行かず全部その胸に行ってるんですか?」


 ふ、誰もが一度は思いそうなことを言ってやったぜ。

 だがセクハラで訴えられたら間違いなく負ける。シャルさんの反応次第では詰んだな。


「その答えは……NO、デス!」

「溜める意味あった?」

「口でドラムロールするの得意じゃないので。舌を使う特訓はしてますけど!」


 答えになってない。

 あと絶対突っ込まないよ。その輝かしい笑顔からして、突っ込んだからほぼ確実に下ネタに直行しそうな感じがするから。


「話の続きデスガ……シュウも知ってのとおり、シャルさんはいくら食べても太りません。なので胸が大きくなる時は、基本的に背もお尻も大きくなりマス」


 いや知らないよ。

 でも知ってることもある。今のシャルさんの発言で空間に亀裂が入るような音がしました。

 現実逃避のために別のことを考えましょう。

 えーと……シャルさんの背はさすがにこれ以上伸びないじゃないかな。中学生の頃から変わってる気がしないし。胸とお尻に関しては……まだ大きくなる可能性はあるますね。

 しかし、しかしですよ、私としましてはこれ以上成長されると困ります。非常に困る。だってシャルさん、今でも十分エッチな身体してるもん。

 故に俺はシャルの肉体的成長を望まない。エロさが天元突破したら間違いを起こしそうだもの!

 なんて思考は一瞬で吹き飛んだ。

 何故なら目の前を何かが凄まじい勢いで過ぎ去って行ったから。それは失速することなく壁に激突し、力なく横たわる。


「ふたりとも……少し黙って」


 はい、察しの良い方は分かりますね。

 何が起こったのかと申しますと、雨宮さんが抱き枕にストライクしました。

 低反発素材って普通の綿と比べると重量ありますよね。抱き枕一杯にそれが入ってるとなると結構重いはずですよね。

 それが重力を無視して一直線に壁まで吹き込んだの。

 なのでドスン! って音が家中に響きました。両親が居たらきっと慌てて駆けつけただろうね。

 でも今は居ません。居るのは俺やシャルを除けば……我が真友だけです。よし、こういうときは真友に助けを求めよう。カザミン、ヘル~プ!


「鴻上くん、バウンディさん。雨宮さんの機嫌を損ねないでくれないかな」


 俺の助けに応じるかのようにカザミンが来てくれたよ。

 でも視線が冷たい。声も冷たい。真友に対する優しさが感じられません。

 冗談です。悪いのはカザミンではなく僕達です。それくらい分かってます。


「それと暇なら運ぶの手伝って欲しいんだけど?」


 疑問形ではありますが、カザミンの目はこう言っています。バカども、さっさと運べ……と。

 はーい、場の空気を今以上に悪くしたくないので素直に運びます。

 今日の昼食は焼き飯にギョーザ、シュウマイと中華メインになりそうです。ただデザートとして手作りのクッキー、そして……チョコレートブラウニーまである。決起会だから豪華なのは良いけど、この組み合わせ的にはどうなんだろうね。


「……美味しそう」


 お、雨宮さんの顔色が変わったぞ。

 雨宮さんもやっぱり女の子。美味しいものには目がないんだね。少しの間だけでもカゲトラさんを忘れてくれると良いんだけど……


「準備もできましたし、さっそく食べましょう! ちなみに料理はワタシが作りました。何で中華なのかと言われると、それはただの気分デス」


 あぁそうですか。まあ美味しそうだからいいんだけどね。


「デザートの方は風見さんの手作りデス。ワタシは一切手伝っておりません!」

「そういうこと言わなくていいから……」


 みんな、カザミンが恥ずかしがってるよ。

 やっぱり恥ずかしがるカザミンはいつ見ても可愛いよね。ギャップ萌えを大いに刺激してくれるよ。


「鴻上くん、何だその目は……私がお菓子を作れることがそんなに意外か。そうなのか」

「いや何も言ってませんし、意外とも思ってませんが」

「本当にそう思ってるのか?」

「もちろん。俺はカザミンの真友だぞ。それにカザミンって小学生くらいの頃、男子に間違われてた気がするし。女子力高める意味でお菓子作りにハマった時期があってもおかしくない」

「ぅ……」


 やべ……ぶっちゃけ適当に言ってみただけだったけど、この反応からしてどうやらカザミンの過去を言い当ててしまったらしい。

 ボーイッシュな女の子ならそういうこと気にするだろうし、男っぽい女の子の方が根がピュアなこと多そうだしさ。少女漫画とか好きそうだし。だから、その……気にしなくていいんじゃないかな。

 あと恥ずかしいからって身体を丸めるのは良くないと思う。

 ほら、猫背になっちゃったらせっかくのカッコ良さが半減しちゃうし。何より……Fカップのお胸が強調されるので目のやり場に困ります。


「風見、たとえ自分のキャラじゃないと思ったとしても恥じたらダメ。お菓子が作れることは女子力高くて良いこと。努力した自分にも失礼」

「雨宮さん……」

「何より……鴻上は恥ずかしがる女の子が好き。大好き。風見みたいなカッコいい系が赤くなったらもう内心ニヤニヤ。それに風見は恥ずかしくなると胸を寄せるように身体を丸める。おっぱい好きの鴻上は超フィーバー」


 雨宮さん、そういうこと言ったら余計にカザミンは恥ずかしがると思います。その証拠にアワアワしながら両手でお胸を隠してるし。

 でも雨宮さんの内心はよく理解したよ。怒ってるね。超怒ってるね。だって雨宮さんが短時間にそこまでしゃべることなんて滅多にないし。

 それに……雨宮さん文脈的には普通に喋ってるように思うだろ?

 でも実際は違うんだぜ。大皿に盛られた焼き飯をひとりで食べ尽くす勢いで次々と口に運んでいるんだ。まるで腹ペコアーサー王だぜ。


「鴻上くん、君はいつになったら私にそういう目を向けるのをやめるんだ! あと今更だけどカザミン言うな!」

「マジで今更だな。そっちに関しては慣れるなり諦めるなりして欲しいんだが」

「そのあだ名を了承してしまったら私は大切な何かを失ってしまうだろ!」


 失うかな?

 あだ名を了承したところでそこまで何も変わらないと思うけど。羞恥心が緩和されるか、心が広くなって俺との心の距離が縮まる。真友を掲げるカザミンにとってメリットの方が多いのではないだろうか。


「シュウが風見さんの大切なものを……くっ、まさかいつの間にかそんな関係になっていたとは。やはり幼馴染は負けヒロインだと言うのか!」

「バウンディさん、その表現だと私と彼が事後になるんだけど!?」

「しかし、風見さんを男に変換して考えれば……うん、大いにありデスネ!」

「なしだよ!」

「えー、風見さんはこっち側じゃなかったんデスカ? ビジネス腐女子だったんデスカ?」

「そっち側だし、ビジネスでもない! だからその手の発想には理解を示すよ。でも脳内から出すのはやめてくれないかな。せめて本人のいないところでしてくれないかな。私は腐ってるけど、表向きは普通の女として生きるつもりで居るから。将来は普通に男の人と結婚するつもりだから!」


 前にも思ったことあるけど、カザミンは真友を俺からシャルにチェンジすべきじゃないだろうか。性別的にも会話のテンポ的にもシャルとの方が相性良いと思うんだ。

 べ、別に真友が他の子と仲良くしてる姿が嫌だとか、妬いてるとかじゃないんだからね!

 あくまで純粋に真友のためを思ってるだけだから。面倒な幼馴染を押し付けようとか思ってないから……雨宮さん超食べとるなぁ。

 ただのヤケ食いなら良いけど、このタイミングで大食いキャラなんてものが追加されたらみんなの印象変わっちまうよ。まあ食べてる姿も可愛いし、それはそれで大いに良し!


「本当の自分を隠して生きるなんて……これだからジャパニーズは」

「そっちは隠さな過ぎでしょ! というか、こういうときだけ外国人ぶらないで欲しいんだけど。普段自分のこと日本人とか言ってるよね!」

「それはそれ、これはこれデス」


 さすがは我が幼馴染。理不尽というか本当に自分勝手。でもおかげでカザミンが俺に同情の眼差しを向けてくれている。

 ふ、大丈夫さカザミン。俺がそいつに何年付き合ってると思ってるんだ……もう慣れたよ。


「そもそも、普通に男の人と結婚だとか願望抱いてるならもう少しシュウとフラットに会話すべきデス。シュウ相手に感情が乱れていたら本当の王子様が現れた時に何もできませんよ」

「シャルさんシャルさん、その言い方は俺に対して良くないと思う。俺としてはカザミンは今の可愛さのあるカザミンのままで居て欲しいと思うけど、きっといつかは塩対応される日が来るんだと覚悟してるよ。でもさ、俺相手に……みたいな言い方は俺に対して失礼じゃない?」

「大丈夫デス! 風見さんにとってシュウは実際は男子A程度かもしれませんが、ワタシにとってはシュウは王子様なので。だからお金がない時は貸してください!」


 その王子様、完全に財布的な意味合いじゃん。王子様だからってお金があるとは限らないんだよ。王子様の財力は親である王さまの財力でしかないんだから。

 なのでバイトでもしない限り、俺の財力は増加したりしません……2学期になったらバイトでも始めようかな。単純に趣味に使うお金が欲しいってのもあるけど。社会勉強もしておきたいし。

 下手をすれば、目の前に居る幼馴染の面倒を一生見るなんて未来もありえるんだから。


「貸したお金は返ってくるんですか?」

「現金で返せない時はこの身体で払いマス」

「いや結構です……そんなことより一度食事にしませんか?」


 このままだと雨宮さんがひとりで食べ尽くしそうなんで。

 今日は雨宮さんのために集まったようなものだからたくさん食べてくれていいんだけど。でもさすがに少しは食べておきたいじゃない。女子の手料理って男からしたら心惹かれるものだし。

 というわけで、いったん僕達は食事タイムに入ります。食べ終わった頃にまたお会いしましょう。



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