第13話 「絶対に諦めたりしない」
夏休みも残りわずかと迫った日。ついにこの時がやって来た。
第6回
ICO内における最強プレイヤーを決める一大イベント。その参加者は開催される度に増加しており、今回は腕に自信のあるプレイヤーが数千人集ったという。
ただその全てが最強を目指す頂に進めるわけではない。
まずは参加したプレイヤー達は、その参加人数に応じて数十から数百組に分けられバトルロイヤルを行う。
そこで勝ち残った各組のひとりだけが予選に駒を進めるのだが、次に行われるのが制限時間3分の
そして本選は、予選を勝ち上がった24人と前回の決闘王国で上位入賞を果たしている8人、合計32人で行われる。
この32人は、ICOに置ける最上位プレイヤー。一騎当千の力を持つ猛者達だ。また本選は予選と違い制限時間がなく、どちらかのHPがゼロになるまで行われる。
この激闘が行われる場所は、アガルガルドにある巨大コロシアム。
収容できるプレイヤーの数は数万人にも及ぶ。加えて本選の様子はネット中継もされるため、コロシアムに入れなくても激闘の様子を観戦できる。
また現実世界でも専門のサイトで中継されるため、決闘王国に関わる人間の規模は計り知れない。
だがこれだけははっきりと言える。
誰もが非常に激しく、見応えのある決闘を楽しみにしていると。
しかし……ある意味、番狂わせような事態が起きていた。
本選に参加しているプレイヤーの実力は折り紙付き。それは参加している側も観戦している側も理解している。
だが、それだけに……最上位のプレイヤーですら歯が立たない異次元の存在がより際立っていた。
異次元の強さを持つプレイヤーは2人。
まるで決勝で相対することを運命づけられたかのように別ブロックに振り分けられ、その圧倒的な強さで次々と勝利を手にし……頂へと辿り着いた。
『皆さま、ついにこの時がやってきました! 今回で第6回目となる決闘王国も残すは決勝戦のみ。実況は月刊ICOを担当しておりますワタクシ、シオンが務めてさせていただきます。では、さっそく決闘の頂で剣を交えるプレイヤーを紹介していきましょう!』
熱のある実況にコロシアム内の温度も高まっていく。地鳴りにも等しい声がコロシアム中に響いているのが良い証拠だ。
『西口より登場しますは、黒衣を身に纏った孤高の女剣士。過去の決闘王国では常に上位入賞を果たし、地を駆ける姿はまさに疾風、繰り出す斬撃は迅雷の如し! 前回の準優勝者、《黒の双剣》マイ選手!』
我が師匠の登場にコロシアム内が一際揺れる。
これまでの戦いでは歓声に手を振ったりしていたが、今のマイにそんな余裕は見られない。全ての神経は東口から現れる決闘相手に注がれている。
『続きまして東口より登場しますは、前回の決闘王国に突如姿を現し、破竹の勢いで頂まで駆け上がった大和撫子。その身に纏うは天へと昇る龍が描かれた白き羽織り。現ICOに置ける最強プレイヤー、《白き軍神》カゲトラ選手!』
爆発にも似た歓声が上がり、コロシアム内の熱気が一段を膨れ上がる。
やや赤みがかった漆黒の長髪をポニーテールに纏め、夕日のような瞳は身に宿す闘志を具現化するかのように燃えるような輝きを放っている。
薄紅色の肩衣に紺色の袴、腰には一振りの刀。肩に掛けた純白の羽織りは、描かれている龍が空を駆けるように揺れている。
その風貌とカゲトラという名前から、俺には彼女が越後の龍と謳われた上杉謙信のように見えた。
ちなみに余談になってしまうが、もしも彼女が近しい存在だったならシャルがまたキャラがどうのと騒いだだろうな。アキラは彼女を見て最強を目指そうと決意したのかもしれない……と同時に思ったりもした。
「黒の双剣、お前と再び相まみえるこの日を楽しみにしていたぞ」
「それはこっちのセリフ。前回の敗北を忘れた日はない。今日はあなたに勝つ」
「お前に出来るかな? 噂では男とイチャコラしていたらしいが」
「イ、イチャコラとかしてない。ただ友達の面倒を見てただけ。始めたばかりの初心者を助けるのは先輩プレイヤーとして当然のこと」
「強さを追い求めるお前に友人だと? ……まあそういうことにしておこう」
「その言い方は癪に障る。今言ったことは事実。自分がぼっちだからって妬むの良くない」
「……誰がぼっちだって?」
カゲトラの発する圧力が膨れ上がった。
周囲の声のせいでふたりの話している内容は分からないが、俺が思っている以上にあのふたりには因縁があるのだろう。
「私は強さを追い求めているだけだ。男にうつつを抜かしたお前の剣、今日も打ち砕いてやろう。負けた時はその友人とやらに胸を貸してもらうんだな」
「わたしが求めるのは心の強さ。自分だけを守る強さなんて要らない。人との繋がりがあれば、わたしは戦える。強くなれる。今日こそわたしが勝つ。負けたあなたはひとり枕を濡らせばいい」
マイとカゲトラの間には10メートルほど距離があるというのに、ふたりから発せられた何かがぶつかり、火花が散っているように見える。
これが準最強と最強……頂を争うプレイヤーの闘志。まだ戦いは始まってすらいあにのに何て覇気のぶつかり合いだ。
『両者やる気は十分のようです! 会場のボルテージも最高潮、ここで始めずにしてどこで始めるというのか。では皆さま、これより第6回決闘王国決勝戦を開始いたします!』
実況の宣言と同時にコロシアム上空に巨大なモニターが出現する。そこに表示された数字は10から始まり、一定のペースで0へと近づいていく。
マイは背中から一気に二振りの剣を抜き放ち、半身で手にした黒と白の剣をそれぞれ中段に構える。
対するカゲトラは流れるような動きが静かに刀を抜き、両手で構えるとその切っ先を迷うことなくマイへと向けた。
カウントダウンが進むにつれコロシアム中の声は息を潜め、決闘開始を知られる電子音は静寂の中で訪れた。
「「…………」」
だが決闘が始まっても両者は動かなかった。
これまでは開幕速攻だったにも関わらず、互いに得物を構えたまま微動だにしていない。
『おぉ~と、これはどうしたことか。決闘が開始されたというのに両者全く動きません。互いに出方を窺っているのでしょうか』
もちろん、その意味合いもあるだろう。
だがあの場に居るのは、ただのプレイヤーではない。最強の称号を掛けて戦っている最上位中の最上位プレイヤーだ。
おそらくふたりの脳内では、俺達では予想しえない激闘が繰り広げられている。
「「……………………」」
開始から1分ほど経とうしているが、両者に動きがない。
普通ならば観客から罵声が飛びそうな展開だ。しかし、俺を含めた全ての観客は時間と共に張りつめていく空気に固唾を呑んでいる。
この決闘はゲームであっても遊びではない。互いの命を懸けた真剣勝負。殺し合いだ。
――不意にコロシアムに吹いていた風が止む。
状況が動いたのはそれと同時だった。マイの身体が前に沈んだかと思うと、爆発的な加速でカゲトラまでの距離を潰す。
その速度を見て、俺が経験したマイとの決闘は確かに手加減されていたものだと悟る。
遠目から見ても残像が見えそうな速さ。相対していれば一瞬で懐に飛び込まれたと思うに違いない。
「――ッ」
空を駆ける黒と白の稲妻。俺であれば何が起こったのか自覚するのは斬られた後だったことだろう。
しかし、カゲトラは迫りくる脅威をあっさりと回避してみせた。表情ひとつ動かすことなく最小限の動きで。
「せあッ!」
見事な体重移動で振られた刀は、凄まじい風切音を巻き散らす。
それはアーツではないただの通常攻撃。にも関わらず、その一太刀はまるで龍が空間ごと薙ぎ払っているかのように思えた。
その動作の中で微かに見えたカゲトラの耳。
あれは《人間》のものではない。あの攻撃的な形をした耳は、限定版を購入した者のみが選択できる《竜人》が持つ特徴。《竜人》は総合的な能力値で見れば、全種族の中で最も優れた数値を誇る。
だがその反面、竜という神秘的な血が混じっているという設定から特定の属性に弱く、またHPなどが回復する速度も他の種族よりも遅いというデメリットがある。
そのため完全スキル制のこのゲームでは、おすすめ度は高くはない。しかし
「まだだ……!」
回復を必要としない決闘のような状況に置いては話は別だ。
他を上回る数値に装備とスキルによる補正が入り、それを最上位の技量を持ったプレイヤーが操る。
結果は言うまでもない。
繰り出される攻撃はまさに暴力。嵐のような連撃がマイを襲う。
マイのアバターの種族は《人間》。筋力値はカゲトラよりも確実に劣る。
また双剣は耐久力に優れている武器でもない。カゲトラの攻撃をまともに受けていれば、早い段階で得物を失うことになるだろう。
『おぉぉぉと! カゲトラ選手、目にも止まらぬ連続攻撃。まるで逆鱗に触れられた龍が暴れ狂っているようだ! しかぁぁし、マイ選手それを剣で捌くこともなく華麗に避けまくる!』
どうやら俺の師匠は、俺如きが心配していいレベルではないらしい。遥か高み、別次元の場所で立っているようだ。
何でマイは俺に自分よりも強くなれると言ったのだろうか。どう考えてもあの高みへ登れる気がしない。
『何とぉぉぉぉぉぉッ!? 皆さま、今のを目撃出来ましたでしょうか? ワタクシもあまり目で追えていませんので間違っているかもしれませんが、マイ選手あの嵐のような連撃を避けるだけでなく、隙を見つけて撃ち返しております!』
俺も全てを追えているわけではないが、マイとカゲトラの位置は多少前後及び左右に動くものの一定の範囲内からずれていない。それはつまり、絶え間なく攻守を入れ替えながら撃ち合っていることを意味している。
そこにアーツは存在しない。ただ行われているのは通常攻撃のみ。
それでいて見る者が思わず息をするのを忘れそうになるほど激しい戦いを繰り広げている。並みのプレイヤーでは踏み入ることすら出来ない異次元の死闘だ。
『いやぁ……前々から思ってましたがこの人達、本当に同じ人間なんですかね?』
仕事として来ていそうな実況さんですら本音であろう疑問を漏らす。
どうせ声は届きはしないが、心の中で自分なりに彼女の疑問に答えることにしよう。
あのふたりは、生物学上は人間だと思います。ですが、ただの人間ではありません。
だっていくら種族やスキル、装備の補正があるからって常人はあんな速く動けませんもの。反応速度とか確実に常人より上。
簡潔に言えば、VRの申し子とか天才です。敵として立ちふさがるなら天災になるでしょう。
「腕は落ちていないようだな」
「当然。というか……まだ本気じゃない」
「――っ」
マイは双剣を十字に重ね、体当たりするようにしてカゲトラの一撃を受け止める。そこから持ち前の剣速で半ば強引に刀を弾き飛ばし、体勢の乱れたカゲトラに連撃を放つ。
先ほどまでより1段階ギアを上げたのか、マイの斬撃は鋭さを増していく。それにはさすがのカゲトラも防戦を強いられ、戦況はマイが押す形に変化した。
「ち……」
「まだまだこれから」
連撃の最中、マイは左手の剣を逆手に持ち替えた。同時に左右の剣に青白い光が宿る。
この状況が示しているものはただひとつ。
双剣スキルの奥義にも等しい最上位アーツ。次々と降り注ぐ隕石の如き斬撃で敵を無に還す22連撃《ミーティアー・ゼロ》。
システムアシストによって攻撃力、速度が上昇したマイの斬撃は閃光と化し、一振りごとにカゲトラの余裕をなくす。そして、ついにアーツ終了まで残り半分に迫ったところで完全にカゲトラの体勢を崩した。
抵抗する存在がなくなった剣は更なる加速を見せ、瞬く間にカゲトラの身体を斬り刻み、フィニッシュである下段からの2連撃を叩き込む。
カゲトラの身体は大きく後方へ飛び、跳ねるように何度も転がりながら砂塵を巻き上げる。
全弾ヒットしたわけではないが、最上位アーツを半分もらったのは間違いない。カゲトラのHPは大きく削れたはず……
「――ッ!? ……ぁ」
砂塵から現れたひとつの影。
マイはそれに対し反射的に迎撃を行った。だが、彼女は剣を振り切って致命的なミスを犯したことを悟る。
マイが斬り捨てたその影は、カゲトラ本人ではなく彼女が肩に掛けていた白の羽織。
きっとマイの目には、羽織が宙を流れるのと同時に納刀状態のカゲトラが現れたに違いない。
「はあああぁッ!」
龍の咆哮にも似た気合。
それが具現化するように振り抜かれた白刃の軌跡を巨大な刃が追いかける。その刃は地面を削るように前進し、空間そのものを薙ぎ払った。
技の名は《葬破刃》。ヒットする位置で威力が変わるが、最大射程が10メートルにも及ぶ居合い系上位アーツ。
マイは持ち前の反応速度で後方へ回避行動を起こしていたが、《葬破刃》の速度の方が早く、剣を用いてガードしたものの大きく体勢を崩されHPも削られた。
その隙にカゲトラは刀を自身の顔に引き付けるように構え直す。
刀身が赤く発光し、地面を蹴るのと同時に放たれた矢のような勢いでマイとの距離を潰した。
「せりゃあッ!」
それらを一連の流れで放つ高速9連撃《九頭龍の
竜人の放つ剛剣をまともに受けたマイは、重力を無視するかのように一直線に吹き飛び、コロシアムの壁に激突した。
決闘終了のアナウンスが響かないということはHPは残っているのだろうが、今の一撃で大きくHPが減少したのは間違いない。
「……まだ……まだ終わってない」
双剣を杖にするようにしてマイは立ち上がる。
観客にも分かりやすいように視覚化された彼女のHPは、残り3割を切って安全を示す緑から黄色を通り越して危険を知らせる赤色に変わりつつある。
対するカゲトラは6割ほど残っており、色は黄色に変わりつつあるといったところ。アーツを一撃当てられれば縮められる差ではあるが、彼女達の戦いでこの差は俺が考える何倍も大きいものだろう。
「わたしは……諦めない。絶対に諦めたりしない。……に……カッコ悪いところは見せたくない!」
絶望的にも思えるHPの差を前にしてもマイの心は折れていない。それどころか、開幕よりも闘志を溢れさせている。
その姿に静まり返っていた会場は今日一番の歓声を上げる。
俺もマイの姿を見て思わず胸が熱くなった。彼女の友人であること、彼女が師匠であることが誇らしいと思えた。だから
「マイ! お前なら勝てる。最後まで諦めるな!」
気が付いた時には、人目も気にせずそう叫んでいた。
俺の声がマイに聞こえたかは分からない。でも彼女は微かに笑みを浮かべ、立ちふさがる強敵に向かって足を踏み出した。
龍を身に宿した軍神に、再度自分から挑む黒衣の英雄。それを目撃した会場のボルテージは限界を超え、巨獣の雄叫びのような轟きとなる。
「それでこそ、我が好敵手ッ!」
マイの闘志に触発されるようにカゲトラも前へ踏み出し、激しいという言葉すら生温い剣戟が開始される。
だが開幕直後とは違い、拮抗はしなかった。
カゲトラがマイのHPを残り2割にする間に、マイの双剣は何度もカゲトラの身体を捉え、HPの2割ほど削り残りは4割と差を縮めていた。
マイのアバターは《人間》。特別な能力は持っていない。
だが間違いなく、マイは先ほどまでより速くなっている。極限の集中力が彼女の枷を外し、更なる高みへ昇りつめたのかもしれない。
「ふ……後先考えるのはやめだ。ここで全て使い切る!」
カゲトラから迸る巨大な闘気。
それは《竜人》の特殊能力である《ドラゴニック・ソウル》を発動した証。
この能力は膨大なSPを消費し、ステータスを向上させる。それ自体は鬼人の《灼眼羅刹》と同じだ。しかし、鬼人のそれとは違いHPの減少はない。
だがデメリットがないわけではない。
発動していられる時間は固定であり、一度発動すれば終了するまでキャンセルも出来ない。そして、終了後は一定時間ステータスが大幅に減少する。言ってしまえば、某ロボット作品の圧縮粒子全面開放のようなものだ。
故に逃げに徹すればマイの勝利は固い。
だがここでそんな選択をするほど、俺の師匠は恥ずべき剣士ではない。
「「はああぁぁぁぁぁ……ッ!」」
ゲームを超えた死闘。
死闘をも超えた超常的な戦いに会場の誰もが目を奪われる。中には涙を流す者だって居る。
ならば会場だけではない。現実世界でもこの光景を見ている者は、間違いなく意識を惹かれていることだろう。
だが確実に終わりの時は近づいていく。
マイのHPが残り1割、カゲトラのHPが残り3割を切った。
「これで終わりだ!」
「絶対に勝つ!」
それぞれの得物に終焉の光が宿る。
マイが放ったのは、紫電の輝きを持って巨人をも撃ち砕く2連重撃《リーゼ・バウンサー》。
対するカゲトラは、己の全てをただ一閃に込める白夜色の一太刀《雲耀》。
限界を超え神速へ至った両撃は、剣が交わった瞬間に会場中を包むほどの光を発した。視界の全てはその光によって覆われ……それが収束した時には勝敗は決していた。
ふらつく身体を支えるために軍神は愛刀を地面に突き刺す。
限界を超えて戦った英雄は両膝から崩れ落ち、その魂だけ残してこの世界から姿を消した。全アーツの中でも最速と称される軍神の一太刀が、黒衣の英雄を斬り捨てたのだ。
『……しょ……しょ……勝負ありぃぃぃぃぃぃ! 今回の決闘王国を制したのは、《白き軍神》カゲトラ選手だああああぁぁぁぁぁぁぁあッ!』
天を穿つ勢いで歓声が上がる。
こうして第6回目となる決闘王国は幕を下ろした。きっと今日の戦いを俺は生涯忘れることはないだろう。
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